■『叶えられた祈り』(新潮社)
トルーマン・カポーティ/著 川本三郎/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りの上により多くの涙が流される」(聖テレサ)
なんだかやたらと『風と木の詩』を思い出した。刹那的で、他人事みたいに自分を傷つけながら居場所のない青年。
『風と木の詩』1巻(全8巻)
とにかく、1つの地に留まることなく移動し続け、そのたびにセレブらの集まる秘密クラブみたいなところに入り浸り、
パトロンやパトロネスのマンションを渡り歩くストーリーのため、登場人物が次から次へと出てきて、覚えきれない
しかも、実名で出てくる人たちは、「あれ?同じ時代にこんな人まで」ていう歴史上の人物ばかり。
J.F.ケネディが晩年、10代の女の子をレイプした話とか、チャップリンはロリータ好きなことなどなど!
女性のセレブは、ほぼ大金持ちの旦那を持つ金食い虫みたいに描かれている。
それに、数えきれないほどのお酒の名前が出てくる。
みんな夜も昼もなく食事代わりに飲んで、アルコール依存症になって、自殺未遂した話ですらゴシップの1つでしかない。
幸せな人間は、そんなに酒が必要だろうか?
そんな中、後半になって、ケイトとの出逢いで俄然ストーリーが加速度的に盛り上がる。
その先を一気に知りたい気持ちと、あとの1/3を無意識に早く読んでしまいたくない、
この夢から覚めたくない気持ちとが入り交じる。
いつも、素晴らしいストーリーを読む時は、同じ気持ちになる。
改めて、ウィキで確認したら、そんな波乱万丈でありながら、近年まで健在だったことにビックリ/驚
トルーマン・カポーティ(1924年9月30日 - 1984年8月25日)
自伝的作品で、登場人物の中には名前だけ変えられた実在人物が多いことから、
出版後、社交界からはみ出し者になったというが、こんな堕落した連中の仲間はずれになることが損失だろうか?
むしろ、サリンジャーの登場人物のように繊細な作者にとって害悪でしかない世界なのに、
「小説家」という厄介な嗜好ゆえに、自ら地獄を渡り歩いているとしか思えない印象がした。
J・D・サリンジャー(1919年1月1日 - 2010年1月27日)
サリンジャーだって、つい最近まで同じ空気を吸ってたって本当にビックリしたっけ。
そのサリンジャーもストーリーに出てくるが、願った通り、ゴシップはなかった。ホッ
これで、カポーティ作品も最後に残しておいた今作をもって、あらかた読みきってしまったのが寂しい。
あとは短編集かな。
【内容抜粋メモ】
Ⅰ まだ汚れていない怪獣
(やっぱりサリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』にあるシーモアと少女の場面が目に浮かぶ。
主人公P.B.ジョーンズがまだ社交界を出入りする前の、作家志望だった頃の話(35か36歳)
小学生の子どもの作文の特集で、フロリー・ロトンドという少女が書いた文章を紹介する。
「もし何でも出来るなら、私は、私たちの惑星、地球の中心に出かけていって、ウラニウムやルビーや金を探したいです。
まだ汚れていない怪獣を探したいです。それから田舎に引越したいです。フロリー・ロトンド。八歳。」
フロリー、聞いてくれ、私は、まだ汚れていない怪獣に会ったことがあるんだ!
それに汚れてしまった怪獣にも会った。
P.B.は、ヴォードヴィル小屋に捨てられていた。孤児院を逃げ出した。
7歳かそこらで、私はもう、年上の男の子や、僧侶などあらゆる男たちと経験を持っていた。
ヒッチハイクに乗せてくれたネッドと数ヶ月暮らして、マッサージ師の技術を身につける。
1万ドル以上貯めた時に、私は田舎に引っ越すべきだった。
しかし結局、NY行きのバスに乗った。
意外にもP.B.は結婚する。彼いわく「魚の腹みたいに真っ白な顔をした大女」ヘルガと。
しかし、xmasに彼女の両親が訪ねてきた時、本当は彼女をどう思っているか告白し、義父から殴られ、肋骨5本にヒビが入った。
その後、女性ファッション誌の小説担当の編集者ボーティ(ターナー・ボートライト)に出会う。
P.B.は小説家を目指し、すでに何本か書いていたがボーティの評価は低かった。
(途中、この文章を書いているYMCAでの時代が入る。
ここで、登場人物の名前を変えれば、これを小説として出版できると考えた。
“失うものは何もない。書かれた人間のうち何人かが私を殺そうとしたら、私はそれを有り難く受け入れる。”
ボーティは、やっとP.B.の小説を掲載し、『短編ベスト集』に収録された。
それがきっかけで、著名な女性作家アリス・リー・ラングマンと出会う。
ボーティの部屋には、ジャン・コクトー、ディートリヒ、ガルボも来ていた!
P.B.もウォーホルら画家たち、バーンスタインら作曲家たち、文学者らと出会う。
(ボーティの最期は、ヘロイン中毒のプエルトルコ人の売人に殴られて殺された。
目玉をえぐられ、頬に垂れ下がっていた。
アリスは、文壇内の詐欺師や、文学賞の密売人、高額の謝礼を受け取るペテン師、
貧乏な芸術家に助成金を与えようとする低俗な人間の中の女王だった。
P.B.はアリスと関係を持ち、アパートに移り住む。
私はウソつき以外の何者でもないので、もちろん愛していると言った。
人はその人間を本当に愛することができるのだろうか?
付き合うと何か利益を得られる下心、後ろめたい気持ちを持っている時に、純粋な愛情を感じることができるだろうか。
アリスは、P.B.の書いた『叶えられた祈り』(同タイトルなのが面白い)を書評したが、結局は本作は完全に無視された。
(酷評されるよりも、批評がひとつもないことのほうが残酷なんだな
P.B.はデニー(デナム・フーツ)と出会う。
「世界一の男めかけ」と呼ばれた神話の人間。
デニーの最後の永遠のパトロン、ピーター・ワトソンは、イギリスでもっとも容姿の優れた人間の一人だった。
ワトソンのマゾ的傾向を見抜き、それを恥じている者にとっては、デニーのような人間が必要だった。
デニーに出会うきっかけは、7年後、P.B.はワトソンのパリにあるアパートに引っ越した時。
アリスには黙って姿を消した。
こういう人間は決して少なくないと思う。彼らは近しい友人かもしれない。それでいて、
ある日諸君がうっかり連絡をとるのを忘れたりすると、黙って消えてしまって、二度と連絡がなくなる。
私から君に電話することは決してないからだ(なんだか分かる・・・
パリは、あふれかえった小便の便器のようにロマンティックで、セーヌ河に浮かんだ裸の絞殺死体のように魅惑的に見える。
フランス人でさえフランス人に我慢できないでいる。
彼らは自国を崇め奉るが、国民のことは忌み嫌っている。疑い深さ、嫉妬、卑しさを許せないのだ。
デニーはアヘンを吸い、アヘン茶(パイプの中のアヘンをお湯に入れて作る)をすすった。
そしてフラナガン神父の「ニガー・クイーン・コーシャー・カフェ」の話を聞く。
デニーは危険を覚悟で治療を受ける決心をする。治ったら、一緒に夢だったガソリンスタンド経営をしないかと誘う。
「もし治療が失敗したら、私のものはみんな破棄してくれ」
私は生まれつきの悪党だ。才能のある人間の唯一の義務は、自分の才能に従って生きることだ。
P.B.は二度とデニーに会わないよう、ホテルの小さな部屋に引っ越した。
サルトル、プルースト、カミュらも見かける高級ボヘミアンの溜まり場のようなバーがあった。
“年取った人間の皮”は、ジゴロ仲間の言葉で女性の小切手帳のこと。
コレットの『私の母の家』は傑作だった。
「あなたが人生に何を望んでいるのか教えてちょうだい。名声、富、若い人が望むのは当然だわ」
「私は何を望んでいるのかわからないんです。私は大人になりたいんです」
「あなたが考えている大人は、知性だけのひからびた服を着た人間になるってこと?
羨望、悪意、貪欲、罪という欠点をなくしてしまうこと? そんなの不可能よ。
いちばん重要なのは死ね。死は生命がなく純粋なモノにしてくれる。
そんなものになるより、くしゃみをしたり人間らしさを感じたりするほうがずっといいのよ」
ひとが大事なお守りを売ってしまうのは2つの場合。
手許に何もなくなった時か、逆にすべてのものを手にしてしまった時。どちらも地獄だ。
P.B.は友人のウッドロウ・ハミルトンから「セルフ・サービス社」のカードをもらう。
経営者は女性でミス・ヴィクトリア・セルフ。
「真実そのものと、人が真実と思うものは違うからさ」p.63
「真実はもともと存在していないのだから、あらゆるものは幻想だと言える。
幻想とは、事実を明らかにすることで生まれる副産物だが、完璧な真実に近づけないにせよ、それに近い頂上に到達できる。
幻想のほうがより真実に近いのだ」p.65
セルフは、いくつかの重要なルールを伝える。
「ここのお客の90%は中年男。注文の半分は、変態プレイ。だから、もしあなたが女相手の種馬として働きたいなら、いますぐ帰りなさい。
プレイの基本料金は1時間で50ドル。それを私とあなたで等分に分ける。チップはあなたのものよ。
ここではお客、従業員みんなに偽名をつけているの。あなたをスミスと呼ぶわ」
P.B.は、彼女がほかの娼婦宿と同様、マフィアの実業家の表向きの顔に違いないと確信する。
最初の客は、アメリカでもっとも賞賛されていた劇作家ウォーレス氏が飼っているイタズラ好きな犬ビルの散歩。
ビルの身体つきは奇形だ。盆栽や2kgもある金魚を作り出しては美しいと鑑賞している東洋人の感覚には、ビルは訴えるものを持っている。
ウォーレス「君はいい子だ。目を見れば分かる。傷つき侮辱された者の目だ」
「私は死にかかっている。7年前、批評家どもが私を攻撃した時に始まった。
どんな作家も自分の手法を持っている。批評家はそれを嗅ぎつける。
彼らはその手法で作家を見分けられる限り作家を愛してくれる。だが、彼らは多様な才能を憎むんだ。
作家なりに成長したり、変わったりするのが好きじゃない。彼らは羨望と無知から私を殺そうとしている」
彼は自分でも半分しか信じていない嘘を見知らぬ人間に話すことで注意をひき同情を得ようとしている。
見知らぬ人間に話すのは、彼には友人がいないから。友人がいないのは、彼が自分の作品の登場人物と自分にしか同情しないからだ。
涙もろい人間はみんなそうだが、彼は心の冷たい人間だった。
デニーは治療を無事に終え、ローマで会おうと約束するが、P.B.は代わりにベニスに行った。
冬の晩、デニーがローマで死んだことを知る。約束の数日後だった。
私は、何年間もベニスを偏愛していた。
その冬会ったアメリカ人で今でも覚えているのは、ペギー・グッゲンハイム(美術品収集家)。
ヘルガがいなかったら、彼女と結婚したかもしれない。30歳以上年上だったが。
P.B.は、やり手のエージェント、マーゴ・ダイアモンドに原稿を送ると
「作品の出来不出来が激しすぎて、職業的作家にはなれません」と返事がきた。
誠実で力のあるエージェントを確保するのは、信頼できる出版社を確保するより難しい。
マーゴは、最高のエージェントだった。
この惑星に住むもっとも悲愴な種族の中で、エスキモーよりもっと悲しいのは、虚栄心からか、
性的、財政的な理由からか、海外で暮らさなければならなくなったアメリカ人たちだ。
若ければ、2年間くらいは大丈夫だとう。25歳を過ぎると(30歳が限界だが)、
楽園と思われたところは平凡な風景だと分かってしまう。
それでも、P.B.は心に残る何人かに出会う。ケイト・マクロードもその1人。
彼女に会うきっかけとなったのは、エイス・ネルソン。
タンジールに住む人間の理由は、
1.ドラッグが簡単に手に入ること
2.好色な若い娼婦がいること
3.税金逃れができること
エイスから突然、犬をもらう。中国人料理人が蒸し焼きにして食べるというから買ったのだという
「君らはお互いに必要な者どうしだよ」
結局、マット(野良犬の意)と名付ける。
エイスは、P.B.をパーティで俳優・ケイリー・グラント夫人に引き合わせる。
そしてケイトの話を聞く。サファリに出かけ、白い豹を殺そうとした男を撃った話。
エイスは学生時代、ハリー・マクロードと友人だった。
一度も女の子とデートしないと噂だったが、GFがいて、3年前に婚約した話を聞かされた。
それがケイトで、当時まだ12歳だった。16歳でハリーと結婚。完璧な赤毛美人。
「赤毛には欠点も多い。濃すぎたり、病的だったり。それに肌が弱い。でも彼女は完璧だった」
エイスは式に出席、その後、2人は離婚し、ハリーは施設に入れられていると聞く。
ケイトがスイスにスキーに出かけた時はもっとも話題になった。
ユル・ブリナー夫人(!)らと同じくらいスキーが上手かった。
ある日の午後、ソリの馬が倒れ、前脚を折ったのを見たケイトは叫び声を上げて、昏睡状態になった。
自分の愛馬ナニーを思い出したせい。ハリーは異常に嫉妬深く、馬にまで嫉妬し、足を全部バールで殴って折った。
ハリーの母親はようやく遅かれ早かれケイトも殺されると分かり、飛行機でアイダホに行って離婚成立証明書をもらい、息子を施設に入れた。
エイス「彼女は今、かなり危険な状態で保護を必要としている」
Ⅱ ケイト・マクロード
再びYMCAの時代に戻り、夜中に眠れず、映画館に入ると、モンゴメリー・クリフトが出演していて、
彼が泥酔してボーティのホームパーティにやって来たことを思い出すP.B.。
ボーティは自分で料理を作って待っていたのに、1時間以上遅れて女性たち3人が酔っ払ってやって来た。
ミス・バンクヘッド、ミス・ウィンウッド、ミス・パーカーは、しょっちゅう睡眠薬を飲んだり、
リストカットしている女優の話などで勝手に盛り上がる。
「クリフトがゲイだなんてもったいない」とこぼす。
P.B.は映画にも退屈して、思わず、以前の優しかった客、アップルトンに電話する。妻が出たので、
「彼にただ・・・友達の一人が電話してきたとだけ伝えてください。三途の川の向こうにいる友人だと」
ケイトの話をするエイスの時期に戻る。
ケイトはパーティでヴァージニア・ヒル(ギャングの情婦でFBIや、仲間にも追われている)から、
「私も母親だから分かるの。子どもを取り戻そうと思ったら誘拐するしかないわ」と助言される。
エイス「そうだ! ジェット機に乗って、アメリカに入れば、離婚訴訟をして、養育権を認めさせることができる!」
P.B.は、ケイトの美しさにみとれ、初めて自然と興奮を覚える。
後にケイトは、P.B.を専属マッサージ師として同行してほしいとエイスに伝え、P.B.は二つ返事で引き受ける。
*
ミス・セルフの元にアップルトンからペンシルヴァニアの農場で感謝祭を一緒に過ごせないか手紙が届いたことで問い詰められる。
客と直接交渉すること、個人的に付き合うことは禁じられているが、アップルトンに500ドル請求することで承諾することになる。
*
再びエイスとの会話。
P.B.「彼女はなぜ、ハリーと離婚した後すぐ、アクセル・イェーガーなんかと結婚したんだ?」
西ドイツの金持ちは、みんなアイルランドとスイスの土地を買い漁っている。
彼らはまた戦争が始まっても、この2つの土地には爆弾が落ちないと思っている。
イェーガーはヨーロッパ1の金持ちで、信心深いカトリック。
ケイトは、ハリーとの結婚の無効証明書を手に入れ、すぐにイェーガーと結婚したが、1年以内に追い出された。
イェーガーとの息子ハイニイは父親が親権を持っていて、彼の実家に会いに行くことは出来るが、とても制限されている状態だった。
この辺の事情はケイトの忠実な小間使いコリンヌ・ベネットしか知らないが、決して他人には漏らさない。
イェーガーは部下に常にケイトを見張らせ、すべての情報を集めている。
エイス「カトリックは離婚ができない。彼は彼女を殺そうとしているのさ」
私は精神分析医がなぜあんなに高い料金を取るのか理解できる。
彼らは他人の夢の話を聞くという実に退屈な仕事をしているのだから当然なのだ。
P.B.は、自分とケイトとハイニイが海辺でたわむれる夢を見た。
Ⅲ ラ・コート・バスク
P.B.が社交界に出入りしていた頃の時代。
レディ・アイナ・クールバースにランチに誘われ、セレブ御用達のレストランに入る。そこはゴシップ話の宝庫。
サミー・ディヴィス・ジュニアがキム・ノヴァクとデート(!)したら、
コロムビア映画会社の亡き社長で、三流のハリウッドの悪党ハリー・コーンは殺し屋に電話をさせて、こう言った。
「よく聞けよ、黒ん坊。お前さん、片目だな。いっそ両方失くしてみるか?」
翌日、デイヴィスは、ヴェガスの黒人コーラス・ガールと結婚した。
コート・バスクでは、NYの高級レストランがどこでもそうだが、上客用のテーブルはドアに最も近い場所に置く。
そこに座れるかどうかが、地位に敏感な客にとっては重要になる(バカみたい・・・
どんなにシャンパンが嫌いな人間でも飲みたくなるのが2種類ある。ドン・ペリニョンと上等のクリスタルだ。
アイナ「王室一家は、基本的に世の中には3種類の人間しかいないと思ってるのよ。有色人種、白人、それに王室の人間」
近くの席では、クーパー夫人と、ウォルター・マッソー夫人が、チャーリー・チャップリンと妻のウーナの話をしていた。
「彼女、チャーリーに会う前は、オーソン・ウェルズと結婚したがってた。まだ17歳にもなってなかった。
彼女をチャーリーに紹介したのがオーソンだった。彼はこう言ったの、
『あなたにふさわしい男を知っていますよ。お金持ちで、天才で、なによりも貞淑な若い娘が好きな男です』」
ここでサリンジャーの話も出てくる。
「私はサリンジャーについて変わった話は一度も聞いたことないわ」
クーパー夫人は、前夫が挨拶したのに、前夫と分からなかった。「グロリア。あなたの最初の夫よ」
そこにミセス・ケネディと、妹リーが現れる(!)P.B.はリーとは知人だった。
アイナは2人が昔、散々男遊びしたことを話す。
「2人とも男から見ると完璧ね。1組の西洋のゲイシャ・ガールよ。
彼女たちはどうしたら男を偉くなった気分にさせるか心得てるのよ」
アイナは、ジョー・ケネディが自分をレイプした話をする(!
18歳の時、娘の友人として屋敷に泊まって、翌朝の6時、みんな熟睡している時間に不意打ちしてきた。
「ケネディ家の男たちはみんな犬と同じ。その後、信じられる? 彼ったら何もなかったフリをしたの。
また元の、私の学校友だちのいいお父さんって顔をするのよ。気味が悪かったわ」
無言で見つめ合う歳の離れたカップル、デルフィーンとボビーの話もする。
2人は白血病で死にかけていた。この話をミセス・ホプキンスなら素晴らしい小説にすると言うアイナ。
アン・ホプキンスは、神父と囁き合っていた。
彼女は夫デヴィッドを計画的に殺した、とアイナ。その前に、近所に空き巣が出て怖いと言いふらし、
暗闇の中で空き巣と間違えて夫の頭をショットガンで撃ち抜いた。
アンは田舎の貧乏な娘だったが、海兵隊員と結婚し、離婚。
デヴィッドは酔っている時にアンと寝た。アンは妊娠した。そして、結婚するには身分が違いすぎるからと自分から断った。
その代わり、子どもを時々、祖父母に合わせてあげて欲しいと頼んだ。毎年孫ができて3人になった。
アンはその間、上流社会のことをすべて身につけた。
アンが成功した一番の理由は、公爵夫人と知り合って保護を受けたこと。
アンが乱交している間、デヴィッドは、本来の婚約者メリー・ケンドルと再会。
デヴィッドは探偵を雇って、アンの乱交写真などを撮らせ、離婚はもちろん、刑務所に入れる証拠も集めた。
しかし、アンは「あなたの父がこんなスキャンダルを法廷に持ち込まない」と笑った。
探偵はアンがまだ離婚していない証明書のコピーを入手した。
そしてデヴィッドは死体となって発見された。フシギなことに、アンの言う寝室ではなく、シャワー室の中で。
「彼らは陪審員の評決を左右する力さえ持ってるわ。その結果、1日もかからずに事故だと決まったわけ」
さらにゴシップは続く。知事夫人と、巨大複合企業の経営者&大統領顧問シドニー・ディロン(ディル)の話。
「ディルがどんなに魅力的で、お金持ちでも、ユダヤ人のために手に入れられないものを彼女は持っていた。
ラケットクラブ、ル・ジョッキー、ゴルフ場、どうしても子どもを入学させることのできない学校もある」
ディルが夫人と寝たと思ったら、それは罠で、ベッドに大量の血のようなシミを残して夫人は去り、
夫が戻るまでにシーツを洗って、むりやり乾かさなければならなかった。
「彼には突然分かったの。自分には100人もの友人がいるのに本当の友人は1人もいない。
朝の3時に電話できる友人は1人もいないって」
アイナはひと通り話した後、「これから離婚しにメキシコに行く途中なの」と明かして泣く。
「生まれて初めて失ってはいけない男と結婚できたって感じた。でも、こんなことも学んだの。
人の夫を取ろうとする人間が必ず現れるってことも。いつも必ず。
くたびれた、若くない女に親切にしてくれるのはゲイだけよ。だから私は彼らのこと尊敬しているの。
サンタフェってアメリカの中のレズの都だって知ってた? ゲイにとってのサンフランシスコね」
*************
この章で突然ストーリーが終わってしまって、私は戸惑った。
短編集の中にもう1編ほど入ってるようだが。
冒頭にケイトとの事件がどうのとか書いてあったのも気になるし・・・。
*************
【編集者から~ジョセフ・M・フォックス 内容抜粋メモ】
トルーマンによれば、本作はプルーストの『失われた時を求めて』の現代版で、
ヨーロッパとアメリカ東部の大金持ちたちの狭い世界を描き出すはずだった。
『まんがで読破 失われた時を求めて』(イースト・プレス)
1966年に『叶えられた祈り』の契約にサインした2週間後には『冷血』が出版され大成功を収めた。
『冷血』の取材と執筆に6年間も費やし、それは彼にとってトラウマとなるような体験だった。
「私は1968~1972年まで、1943~1965年にわたる記録を整理し、索引をつけることに没頭した。
これらの素材を使って、ノンフィクション・ノヴェルの一種を考えていた。
1972年に最後の章を最初に書くことからとりかかった。
第1章「まだ汚れていない怪獣」、第5章「脳に受けた重度の損傷」、第7章「ラ・コート・バスク」。
私が作ったものは何ひとつないから、内容をすべて頭に入れておくのは難しいことではなかった」
「ラ・コート・バスク」が発表され、ほとんどの友人は秘密を漏らしたとして彼を追放した。
トルーマンは1976年に『叶えられた祈り』の仕事をやめたor中断した。
「世間の反発とは関係ない。中止したのは私が混乱の極にあったからだ。創造上の混乱に陥っていた。
私は作家生活の中でただの一度もすべてのエネルギーと、題材が持っている美的興奮を生かしきっていないという結論に達した。
出来のいい場合も、自分の力の半分以上、1/3も使って書いていない。なぜか?
問題は、作家は、どうやってうまく1つの形式の中に、知っている限りの他の形式を組み込むことができるかだ。
私はこの組み込みに失敗した」
トルーマンはなんでも貯めこむ性分だったが、「脳に受けた重度の損傷」の原稿も存在しなかった。
最後の章「フラナガン神父のオールナイト・ニガー・クイーン・コーシャー・カフェ」もなかった。
1976年頃から、トルーマンとの関係が悪化した。
1977年以降、彼はアルコールとドラッグに頼り、私は、あの陽気で、ウィットに富み、
いたずら好きな友人が消えてしまったことを嘆くばかりで、その苦しみに気がつかなかった。
消えた原稿については3つの説がある。
1.完成したが、恋人が悪意か金のために奪った。
2.「ケイト・マクロード」を公表後、一行も書いていない。
もっとも親しい友人&共同生活者&作家のジャック・ダンフィーがこの説を信じている。晩年は離れているほうが多かったが。
3.1980年に意識的に捨てた。少なくとも、4人は本書以外に1、2章読んだと主張している。
※第2章になるはずの「モハーベ砂漠」は『カメレオンのための音楽』に短編として収録。
※トルーマンに関する資料(原稿、写真、新聞の切り抜き、手紙など)は、遺産管理人によってNY市立図書館に寄贈された(!
中央調査図書館の希覯本(古書や限定版など、世間で容易には見られない珍重すべき書物。希覯書。希書。珍本)・原稿部門で閲覧可能。
【訳者あとがき 内容抜粋メモ】
晩年のカポーティは、『叶えられた祈り』に取り憑かれていたといっていい。
現代アメリカのリッチ&フェイマスの虚栄に満ちた生活を描きたいという壮大な構想を持っていた。
アメリカ文学には、社会全体を描いた小説が少なく、それを初めてやれる自信もあった。
その意欲が大きいほど、執筆は困難を極めた。
“『風と共に去りぬ』以来の事件”と言われた『冷血』の成功があまり大きく、カポーティはセレブになり、アルコールとドラッグに依存した。
「ラ・コート・バスク」が発表され、上流階級の“友人”から集中砲火を浴びた。この打撃が大きかったと思う。
彼は、自分は作家だから何を書いてもいいと特権意識を持っていたのだろう。
しかし、上流階級から見れば、彼は田舎から出てきた成り上がり者。
せっかく“仲間”に入れてやったのに、飼い犬に手を噛まれる行為だった。
ついに小説を完成することなく、カリフォルニアで客死した。
P.B.ジョーンズは彼の「分身」といっていい。
カポーティは、汚れきった男という最底辺からアメリカの上流階級を描こうとした。
華やかなリッチ&フェイマスは、実は同じ種族の人間ではないのか。
シェイクスピア風に言えば「キレイは汚い、汚いはキレイ」。
本書で、実在の人物をモデルに、名前だけ変えている。
ボーディのモデルは、「ミリアム」を雑誌に載せた編集者ジョージ・デイヴィス、
男娼のP.B.を部屋に呼んだウォーレスは、テネシー・ウィリアムス、
レディ・クールバースは、スリム・キース、シドニー・ディロンはCBS会長ウィリアム・ペイリー。
パトロネスだったスリムは激怒した。
アン・ホプキンスのモデルになったアン・ウッドワードは、「ラ・コート・バスク」の発表後に自殺した。
これは現代の最高のゴシップ小説であり、アメリカ文学の伝統であるホラ話(トール・トーク)の魅力とも重なり合う。
カポーティは、自分の人生を4つに分けて考えていた。
1.『遠い声 遠い部屋』で作家として認められるまで。
2.『ティファニーで朝食を』で人気作家になるまで。
3.『冷血』の大成功。
4.『叶えられた祈り』で円熟期を迎えるつもりが、ついに叶わなかった。
アメリカ文学の本質は、イノセンスと、その喪失のドラマにあると思う。
気になった言葉
両義的=二つの意味・意義を持つ。
ロメーヌ・ブルックスの絵、ウルトラ・リアリズム
活人画=背景の前で扮装(ふんそう)した人がポーズをとり,一幅の人物画のように見せること。
瘴気=熱病を起こさせるという山川の毒気。瘴毒。
トルーマン・カポーティ/著 川本三郎/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りの上により多くの涙が流される」(聖テレサ)
なんだかやたらと『風と木の詩』を思い出した。刹那的で、他人事みたいに自分を傷つけながら居場所のない青年。
『風と木の詩』1巻(全8巻)
とにかく、1つの地に留まることなく移動し続け、そのたびにセレブらの集まる秘密クラブみたいなところに入り浸り、
パトロンやパトロネスのマンションを渡り歩くストーリーのため、登場人物が次から次へと出てきて、覚えきれない
しかも、実名で出てくる人たちは、「あれ?同じ時代にこんな人まで」ていう歴史上の人物ばかり。
J.F.ケネディが晩年、10代の女の子をレイプした話とか、チャップリンはロリータ好きなことなどなど!
女性のセレブは、ほぼ大金持ちの旦那を持つ金食い虫みたいに描かれている。
それに、数えきれないほどのお酒の名前が出てくる。
みんな夜も昼もなく食事代わりに飲んで、アルコール依存症になって、自殺未遂した話ですらゴシップの1つでしかない。
幸せな人間は、そんなに酒が必要だろうか?
そんな中、後半になって、ケイトとの出逢いで俄然ストーリーが加速度的に盛り上がる。
その先を一気に知りたい気持ちと、あとの1/3を無意識に早く読んでしまいたくない、
この夢から覚めたくない気持ちとが入り交じる。
いつも、素晴らしいストーリーを読む時は、同じ気持ちになる。
改めて、ウィキで確認したら、そんな波乱万丈でありながら、近年まで健在だったことにビックリ/驚
トルーマン・カポーティ(1924年9月30日 - 1984年8月25日)
自伝的作品で、登場人物の中には名前だけ変えられた実在人物が多いことから、
出版後、社交界からはみ出し者になったというが、こんな堕落した連中の仲間はずれになることが損失だろうか?
むしろ、サリンジャーの登場人物のように繊細な作者にとって害悪でしかない世界なのに、
「小説家」という厄介な嗜好ゆえに、自ら地獄を渡り歩いているとしか思えない印象がした。
J・D・サリンジャー(1919年1月1日 - 2010年1月27日)
サリンジャーだって、つい最近まで同じ空気を吸ってたって本当にビックリしたっけ。
そのサリンジャーもストーリーに出てくるが、願った通り、ゴシップはなかった。ホッ
これで、カポーティ作品も最後に残しておいた今作をもって、あらかた読みきってしまったのが寂しい。
あとは短編集かな。
【内容抜粋メモ】
Ⅰ まだ汚れていない怪獣
(やっぱりサリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』にあるシーモアと少女の場面が目に浮かぶ。
主人公P.B.ジョーンズがまだ社交界を出入りする前の、作家志望だった頃の話(35か36歳)
小学生の子どもの作文の特集で、フロリー・ロトンドという少女が書いた文章を紹介する。
「もし何でも出来るなら、私は、私たちの惑星、地球の中心に出かけていって、ウラニウムやルビーや金を探したいです。
まだ汚れていない怪獣を探したいです。それから田舎に引越したいです。フロリー・ロトンド。八歳。」
フロリー、聞いてくれ、私は、まだ汚れていない怪獣に会ったことがあるんだ!
それに汚れてしまった怪獣にも会った。
P.B.は、ヴォードヴィル小屋に捨てられていた。孤児院を逃げ出した。
7歳かそこらで、私はもう、年上の男の子や、僧侶などあらゆる男たちと経験を持っていた。
ヒッチハイクに乗せてくれたネッドと数ヶ月暮らして、マッサージ師の技術を身につける。
1万ドル以上貯めた時に、私は田舎に引っ越すべきだった。
しかし結局、NY行きのバスに乗った。
意外にもP.B.は結婚する。彼いわく「魚の腹みたいに真っ白な顔をした大女」ヘルガと。
しかし、xmasに彼女の両親が訪ねてきた時、本当は彼女をどう思っているか告白し、義父から殴られ、肋骨5本にヒビが入った。
その後、女性ファッション誌の小説担当の編集者ボーティ(ターナー・ボートライト)に出会う。
P.B.は小説家を目指し、すでに何本か書いていたがボーティの評価は低かった。
(途中、この文章を書いているYMCAでの時代が入る。
ここで、登場人物の名前を変えれば、これを小説として出版できると考えた。
“失うものは何もない。書かれた人間のうち何人かが私を殺そうとしたら、私はそれを有り難く受け入れる。”
ボーティは、やっとP.B.の小説を掲載し、『短編ベスト集』に収録された。
それがきっかけで、著名な女性作家アリス・リー・ラングマンと出会う。
ボーティの部屋には、ジャン・コクトー、ディートリヒ、ガルボも来ていた!
P.B.もウォーホルら画家たち、バーンスタインら作曲家たち、文学者らと出会う。
(ボーティの最期は、ヘロイン中毒のプエルトルコ人の売人に殴られて殺された。
目玉をえぐられ、頬に垂れ下がっていた。
アリスは、文壇内の詐欺師や、文学賞の密売人、高額の謝礼を受け取るペテン師、
貧乏な芸術家に助成金を与えようとする低俗な人間の中の女王だった。
P.B.はアリスと関係を持ち、アパートに移り住む。
私はウソつき以外の何者でもないので、もちろん愛していると言った。
人はその人間を本当に愛することができるのだろうか?
付き合うと何か利益を得られる下心、後ろめたい気持ちを持っている時に、純粋な愛情を感じることができるだろうか。
アリスは、P.B.の書いた『叶えられた祈り』(同タイトルなのが面白い)を書評したが、結局は本作は完全に無視された。
(酷評されるよりも、批評がひとつもないことのほうが残酷なんだな
P.B.はデニー(デナム・フーツ)と出会う。
「世界一の男めかけ」と呼ばれた神話の人間。
デニーの最後の永遠のパトロン、ピーター・ワトソンは、イギリスでもっとも容姿の優れた人間の一人だった。
ワトソンのマゾ的傾向を見抜き、それを恥じている者にとっては、デニーのような人間が必要だった。
デニーに出会うきっかけは、7年後、P.B.はワトソンのパリにあるアパートに引っ越した時。
アリスには黙って姿を消した。
こういう人間は決して少なくないと思う。彼らは近しい友人かもしれない。それでいて、
ある日諸君がうっかり連絡をとるのを忘れたりすると、黙って消えてしまって、二度と連絡がなくなる。
私から君に電話することは決してないからだ(なんだか分かる・・・
パリは、あふれかえった小便の便器のようにロマンティックで、セーヌ河に浮かんだ裸の絞殺死体のように魅惑的に見える。
フランス人でさえフランス人に我慢できないでいる。
彼らは自国を崇め奉るが、国民のことは忌み嫌っている。疑い深さ、嫉妬、卑しさを許せないのだ。
デニーはアヘンを吸い、アヘン茶(パイプの中のアヘンをお湯に入れて作る)をすすった。
そしてフラナガン神父の「ニガー・クイーン・コーシャー・カフェ」の話を聞く。
デニーは危険を覚悟で治療を受ける決心をする。治ったら、一緒に夢だったガソリンスタンド経営をしないかと誘う。
「もし治療が失敗したら、私のものはみんな破棄してくれ」
私は生まれつきの悪党だ。才能のある人間の唯一の義務は、自分の才能に従って生きることだ。
P.B.は二度とデニーに会わないよう、ホテルの小さな部屋に引っ越した。
サルトル、プルースト、カミュらも見かける高級ボヘミアンの溜まり場のようなバーがあった。
“年取った人間の皮”は、ジゴロ仲間の言葉で女性の小切手帳のこと。
コレットの『私の母の家』は傑作だった。
「あなたが人生に何を望んでいるのか教えてちょうだい。名声、富、若い人が望むのは当然だわ」
「私は何を望んでいるのかわからないんです。私は大人になりたいんです」
「あなたが考えている大人は、知性だけのひからびた服を着た人間になるってこと?
羨望、悪意、貪欲、罪という欠点をなくしてしまうこと? そんなの不可能よ。
いちばん重要なのは死ね。死は生命がなく純粋なモノにしてくれる。
そんなものになるより、くしゃみをしたり人間らしさを感じたりするほうがずっといいのよ」
ひとが大事なお守りを売ってしまうのは2つの場合。
手許に何もなくなった時か、逆にすべてのものを手にしてしまった時。どちらも地獄だ。
P.B.は友人のウッドロウ・ハミルトンから「セルフ・サービス社」のカードをもらう。
経営者は女性でミス・ヴィクトリア・セルフ。
「真実そのものと、人が真実と思うものは違うからさ」p.63
「真実はもともと存在していないのだから、あらゆるものは幻想だと言える。
幻想とは、事実を明らかにすることで生まれる副産物だが、完璧な真実に近づけないにせよ、それに近い頂上に到達できる。
幻想のほうがより真実に近いのだ」p.65
セルフは、いくつかの重要なルールを伝える。
「ここのお客の90%は中年男。注文の半分は、変態プレイ。だから、もしあなたが女相手の種馬として働きたいなら、いますぐ帰りなさい。
プレイの基本料金は1時間で50ドル。それを私とあなたで等分に分ける。チップはあなたのものよ。
ここではお客、従業員みんなに偽名をつけているの。あなたをスミスと呼ぶわ」
P.B.は、彼女がほかの娼婦宿と同様、マフィアの実業家の表向きの顔に違いないと確信する。
最初の客は、アメリカでもっとも賞賛されていた劇作家ウォーレス氏が飼っているイタズラ好きな犬ビルの散歩。
ビルの身体つきは奇形だ。盆栽や2kgもある金魚を作り出しては美しいと鑑賞している東洋人の感覚には、ビルは訴えるものを持っている。
ウォーレス「君はいい子だ。目を見れば分かる。傷つき侮辱された者の目だ」
「私は死にかかっている。7年前、批評家どもが私を攻撃した時に始まった。
どんな作家も自分の手法を持っている。批評家はそれを嗅ぎつける。
彼らはその手法で作家を見分けられる限り作家を愛してくれる。だが、彼らは多様な才能を憎むんだ。
作家なりに成長したり、変わったりするのが好きじゃない。彼らは羨望と無知から私を殺そうとしている」
彼は自分でも半分しか信じていない嘘を見知らぬ人間に話すことで注意をひき同情を得ようとしている。
見知らぬ人間に話すのは、彼には友人がいないから。友人がいないのは、彼が自分の作品の登場人物と自分にしか同情しないからだ。
涙もろい人間はみんなそうだが、彼は心の冷たい人間だった。
デニーは治療を無事に終え、ローマで会おうと約束するが、P.B.は代わりにベニスに行った。
冬の晩、デニーがローマで死んだことを知る。約束の数日後だった。
私は、何年間もベニスを偏愛していた。
その冬会ったアメリカ人で今でも覚えているのは、ペギー・グッゲンハイム(美術品収集家)。
ヘルガがいなかったら、彼女と結婚したかもしれない。30歳以上年上だったが。
P.B.は、やり手のエージェント、マーゴ・ダイアモンドに原稿を送ると
「作品の出来不出来が激しすぎて、職業的作家にはなれません」と返事がきた。
誠実で力のあるエージェントを確保するのは、信頼できる出版社を確保するより難しい。
マーゴは、最高のエージェントだった。
この惑星に住むもっとも悲愴な種族の中で、エスキモーよりもっと悲しいのは、虚栄心からか、
性的、財政的な理由からか、海外で暮らさなければならなくなったアメリカ人たちだ。
若ければ、2年間くらいは大丈夫だとう。25歳を過ぎると(30歳が限界だが)、
楽園と思われたところは平凡な風景だと分かってしまう。
それでも、P.B.は心に残る何人かに出会う。ケイト・マクロードもその1人。
彼女に会うきっかけとなったのは、エイス・ネルソン。
タンジールに住む人間の理由は、
1.ドラッグが簡単に手に入ること
2.好色な若い娼婦がいること
3.税金逃れができること
エイスから突然、犬をもらう。中国人料理人が蒸し焼きにして食べるというから買ったのだという
「君らはお互いに必要な者どうしだよ」
結局、マット(野良犬の意)と名付ける。
エイスは、P.B.をパーティで俳優・ケイリー・グラント夫人に引き合わせる。
そしてケイトの話を聞く。サファリに出かけ、白い豹を殺そうとした男を撃った話。
エイスは学生時代、ハリー・マクロードと友人だった。
一度も女の子とデートしないと噂だったが、GFがいて、3年前に婚約した話を聞かされた。
それがケイトで、当時まだ12歳だった。16歳でハリーと結婚。完璧な赤毛美人。
「赤毛には欠点も多い。濃すぎたり、病的だったり。それに肌が弱い。でも彼女は完璧だった」
エイスは式に出席、その後、2人は離婚し、ハリーは施設に入れられていると聞く。
ケイトがスイスにスキーに出かけた時はもっとも話題になった。
ユル・ブリナー夫人(!)らと同じくらいスキーが上手かった。
ある日の午後、ソリの馬が倒れ、前脚を折ったのを見たケイトは叫び声を上げて、昏睡状態になった。
自分の愛馬ナニーを思い出したせい。ハリーは異常に嫉妬深く、馬にまで嫉妬し、足を全部バールで殴って折った。
ハリーの母親はようやく遅かれ早かれケイトも殺されると分かり、飛行機でアイダホに行って離婚成立証明書をもらい、息子を施設に入れた。
エイス「彼女は今、かなり危険な状態で保護を必要としている」
Ⅱ ケイト・マクロード
再びYMCAの時代に戻り、夜中に眠れず、映画館に入ると、モンゴメリー・クリフトが出演していて、
彼が泥酔してボーティのホームパーティにやって来たことを思い出すP.B.。
ボーティは自分で料理を作って待っていたのに、1時間以上遅れて女性たち3人が酔っ払ってやって来た。
ミス・バンクヘッド、ミス・ウィンウッド、ミス・パーカーは、しょっちゅう睡眠薬を飲んだり、
リストカットしている女優の話などで勝手に盛り上がる。
「クリフトがゲイだなんてもったいない」とこぼす。
P.B.は映画にも退屈して、思わず、以前の優しかった客、アップルトンに電話する。妻が出たので、
「彼にただ・・・友達の一人が電話してきたとだけ伝えてください。三途の川の向こうにいる友人だと」
ケイトの話をするエイスの時期に戻る。
ケイトはパーティでヴァージニア・ヒル(ギャングの情婦でFBIや、仲間にも追われている)から、
「私も母親だから分かるの。子どもを取り戻そうと思ったら誘拐するしかないわ」と助言される。
エイス「そうだ! ジェット機に乗って、アメリカに入れば、離婚訴訟をして、養育権を認めさせることができる!」
P.B.は、ケイトの美しさにみとれ、初めて自然と興奮を覚える。
後にケイトは、P.B.を専属マッサージ師として同行してほしいとエイスに伝え、P.B.は二つ返事で引き受ける。
*
ミス・セルフの元にアップルトンからペンシルヴァニアの農場で感謝祭を一緒に過ごせないか手紙が届いたことで問い詰められる。
客と直接交渉すること、個人的に付き合うことは禁じられているが、アップルトンに500ドル請求することで承諾することになる。
*
再びエイスとの会話。
P.B.「彼女はなぜ、ハリーと離婚した後すぐ、アクセル・イェーガーなんかと結婚したんだ?」
西ドイツの金持ちは、みんなアイルランドとスイスの土地を買い漁っている。
彼らはまた戦争が始まっても、この2つの土地には爆弾が落ちないと思っている。
イェーガーはヨーロッパ1の金持ちで、信心深いカトリック。
ケイトは、ハリーとの結婚の無効証明書を手に入れ、すぐにイェーガーと結婚したが、1年以内に追い出された。
イェーガーとの息子ハイニイは父親が親権を持っていて、彼の実家に会いに行くことは出来るが、とても制限されている状態だった。
この辺の事情はケイトの忠実な小間使いコリンヌ・ベネットしか知らないが、決して他人には漏らさない。
イェーガーは部下に常にケイトを見張らせ、すべての情報を集めている。
エイス「カトリックは離婚ができない。彼は彼女を殺そうとしているのさ」
私は精神分析医がなぜあんなに高い料金を取るのか理解できる。
彼らは他人の夢の話を聞くという実に退屈な仕事をしているのだから当然なのだ。
P.B.は、自分とケイトとハイニイが海辺でたわむれる夢を見た。
Ⅲ ラ・コート・バスク
P.B.が社交界に出入りしていた頃の時代。
レディ・アイナ・クールバースにランチに誘われ、セレブ御用達のレストランに入る。そこはゴシップ話の宝庫。
サミー・ディヴィス・ジュニアがキム・ノヴァクとデート(!)したら、
コロムビア映画会社の亡き社長で、三流のハリウッドの悪党ハリー・コーンは殺し屋に電話をさせて、こう言った。
「よく聞けよ、黒ん坊。お前さん、片目だな。いっそ両方失くしてみるか?」
翌日、デイヴィスは、ヴェガスの黒人コーラス・ガールと結婚した。
コート・バスクでは、NYの高級レストランがどこでもそうだが、上客用のテーブルはドアに最も近い場所に置く。
そこに座れるかどうかが、地位に敏感な客にとっては重要になる(バカみたい・・・
どんなにシャンパンが嫌いな人間でも飲みたくなるのが2種類ある。ドン・ペリニョンと上等のクリスタルだ。
アイナ「王室一家は、基本的に世の中には3種類の人間しかいないと思ってるのよ。有色人種、白人、それに王室の人間」
近くの席では、クーパー夫人と、ウォルター・マッソー夫人が、チャーリー・チャップリンと妻のウーナの話をしていた。
「彼女、チャーリーに会う前は、オーソン・ウェルズと結婚したがってた。まだ17歳にもなってなかった。
彼女をチャーリーに紹介したのがオーソンだった。彼はこう言ったの、
『あなたにふさわしい男を知っていますよ。お金持ちで、天才で、なによりも貞淑な若い娘が好きな男です』」
ここでサリンジャーの話も出てくる。
「私はサリンジャーについて変わった話は一度も聞いたことないわ」
クーパー夫人は、前夫が挨拶したのに、前夫と分からなかった。「グロリア。あなたの最初の夫よ」
そこにミセス・ケネディと、妹リーが現れる(!)P.B.はリーとは知人だった。
アイナは2人が昔、散々男遊びしたことを話す。
「2人とも男から見ると完璧ね。1組の西洋のゲイシャ・ガールよ。
彼女たちはどうしたら男を偉くなった気分にさせるか心得てるのよ」
アイナは、ジョー・ケネディが自分をレイプした話をする(!
18歳の時、娘の友人として屋敷に泊まって、翌朝の6時、みんな熟睡している時間に不意打ちしてきた。
「ケネディ家の男たちはみんな犬と同じ。その後、信じられる? 彼ったら何もなかったフリをしたの。
また元の、私の学校友だちのいいお父さんって顔をするのよ。気味が悪かったわ」
無言で見つめ合う歳の離れたカップル、デルフィーンとボビーの話もする。
2人は白血病で死にかけていた。この話をミセス・ホプキンスなら素晴らしい小説にすると言うアイナ。
アン・ホプキンスは、神父と囁き合っていた。
彼女は夫デヴィッドを計画的に殺した、とアイナ。その前に、近所に空き巣が出て怖いと言いふらし、
暗闇の中で空き巣と間違えて夫の頭をショットガンで撃ち抜いた。
アンは田舎の貧乏な娘だったが、海兵隊員と結婚し、離婚。
デヴィッドは酔っている時にアンと寝た。アンは妊娠した。そして、結婚するには身分が違いすぎるからと自分から断った。
その代わり、子どもを時々、祖父母に合わせてあげて欲しいと頼んだ。毎年孫ができて3人になった。
アンはその間、上流社会のことをすべて身につけた。
アンが成功した一番の理由は、公爵夫人と知り合って保護を受けたこと。
アンが乱交している間、デヴィッドは、本来の婚約者メリー・ケンドルと再会。
デヴィッドは探偵を雇って、アンの乱交写真などを撮らせ、離婚はもちろん、刑務所に入れる証拠も集めた。
しかし、アンは「あなたの父がこんなスキャンダルを法廷に持ち込まない」と笑った。
探偵はアンがまだ離婚していない証明書のコピーを入手した。
そしてデヴィッドは死体となって発見された。フシギなことに、アンの言う寝室ではなく、シャワー室の中で。
「彼らは陪審員の評決を左右する力さえ持ってるわ。その結果、1日もかからずに事故だと決まったわけ」
さらにゴシップは続く。知事夫人と、巨大複合企業の経営者&大統領顧問シドニー・ディロン(ディル)の話。
「ディルがどんなに魅力的で、お金持ちでも、ユダヤ人のために手に入れられないものを彼女は持っていた。
ラケットクラブ、ル・ジョッキー、ゴルフ場、どうしても子どもを入学させることのできない学校もある」
ディルが夫人と寝たと思ったら、それは罠で、ベッドに大量の血のようなシミを残して夫人は去り、
夫が戻るまでにシーツを洗って、むりやり乾かさなければならなかった。
「彼には突然分かったの。自分には100人もの友人がいるのに本当の友人は1人もいない。
朝の3時に電話できる友人は1人もいないって」
アイナはひと通り話した後、「これから離婚しにメキシコに行く途中なの」と明かして泣く。
「生まれて初めて失ってはいけない男と結婚できたって感じた。でも、こんなことも学んだの。
人の夫を取ろうとする人間が必ず現れるってことも。いつも必ず。
くたびれた、若くない女に親切にしてくれるのはゲイだけよ。だから私は彼らのこと尊敬しているの。
サンタフェってアメリカの中のレズの都だって知ってた? ゲイにとってのサンフランシスコね」
*************
この章で突然ストーリーが終わってしまって、私は戸惑った。
短編集の中にもう1編ほど入ってるようだが。
冒頭にケイトとの事件がどうのとか書いてあったのも気になるし・・・。
*************
【編集者から~ジョセフ・M・フォックス 内容抜粋メモ】
トルーマンによれば、本作はプルーストの『失われた時を求めて』の現代版で、
ヨーロッパとアメリカ東部の大金持ちたちの狭い世界を描き出すはずだった。
『まんがで読破 失われた時を求めて』(イースト・プレス)
1966年に『叶えられた祈り』の契約にサインした2週間後には『冷血』が出版され大成功を収めた。
『冷血』の取材と執筆に6年間も費やし、それは彼にとってトラウマとなるような体験だった。
「私は1968~1972年まで、1943~1965年にわたる記録を整理し、索引をつけることに没頭した。
これらの素材を使って、ノンフィクション・ノヴェルの一種を考えていた。
1972年に最後の章を最初に書くことからとりかかった。
第1章「まだ汚れていない怪獣」、第5章「脳に受けた重度の損傷」、第7章「ラ・コート・バスク」。
私が作ったものは何ひとつないから、内容をすべて頭に入れておくのは難しいことではなかった」
「ラ・コート・バスク」が発表され、ほとんどの友人は秘密を漏らしたとして彼を追放した。
トルーマンは1976年に『叶えられた祈り』の仕事をやめたor中断した。
「世間の反発とは関係ない。中止したのは私が混乱の極にあったからだ。創造上の混乱に陥っていた。
私は作家生活の中でただの一度もすべてのエネルギーと、題材が持っている美的興奮を生かしきっていないという結論に達した。
出来のいい場合も、自分の力の半分以上、1/3も使って書いていない。なぜか?
問題は、作家は、どうやってうまく1つの形式の中に、知っている限りの他の形式を組み込むことができるかだ。
私はこの組み込みに失敗した」
トルーマンはなんでも貯めこむ性分だったが、「脳に受けた重度の損傷」の原稿も存在しなかった。
最後の章「フラナガン神父のオールナイト・ニガー・クイーン・コーシャー・カフェ」もなかった。
1976年頃から、トルーマンとの関係が悪化した。
1977年以降、彼はアルコールとドラッグに頼り、私は、あの陽気で、ウィットに富み、
いたずら好きな友人が消えてしまったことを嘆くばかりで、その苦しみに気がつかなかった。
消えた原稿については3つの説がある。
1.完成したが、恋人が悪意か金のために奪った。
2.「ケイト・マクロード」を公表後、一行も書いていない。
もっとも親しい友人&共同生活者&作家のジャック・ダンフィーがこの説を信じている。晩年は離れているほうが多かったが。
3.1980年に意識的に捨てた。少なくとも、4人は本書以外に1、2章読んだと主張している。
※第2章になるはずの「モハーベ砂漠」は『カメレオンのための音楽』に短編として収録。
※トルーマンに関する資料(原稿、写真、新聞の切り抜き、手紙など)は、遺産管理人によってNY市立図書館に寄贈された(!
中央調査図書館の希覯本(古書や限定版など、世間で容易には見られない珍重すべき書物。希覯書。希書。珍本)・原稿部門で閲覧可能。
【訳者あとがき 内容抜粋メモ】
晩年のカポーティは、『叶えられた祈り』に取り憑かれていたといっていい。
現代アメリカのリッチ&フェイマスの虚栄に満ちた生活を描きたいという壮大な構想を持っていた。
アメリカ文学には、社会全体を描いた小説が少なく、それを初めてやれる自信もあった。
その意欲が大きいほど、執筆は困難を極めた。
“『風と共に去りぬ』以来の事件”と言われた『冷血』の成功があまり大きく、カポーティはセレブになり、アルコールとドラッグに依存した。
「ラ・コート・バスク」が発表され、上流階級の“友人”から集中砲火を浴びた。この打撃が大きかったと思う。
彼は、自分は作家だから何を書いてもいいと特権意識を持っていたのだろう。
しかし、上流階級から見れば、彼は田舎から出てきた成り上がり者。
せっかく“仲間”に入れてやったのに、飼い犬に手を噛まれる行為だった。
ついに小説を完成することなく、カリフォルニアで客死した。
P.B.ジョーンズは彼の「分身」といっていい。
カポーティは、汚れきった男という最底辺からアメリカの上流階級を描こうとした。
華やかなリッチ&フェイマスは、実は同じ種族の人間ではないのか。
シェイクスピア風に言えば「キレイは汚い、汚いはキレイ」。
本書で、実在の人物をモデルに、名前だけ変えている。
ボーディのモデルは、「ミリアム」を雑誌に載せた編集者ジョージ・デイヴィス、
男娼のP.B.を部屋に呼んだウォーレスは、テネシー・ウィリアムス、
レディ・クールバースは、スリム・キース、シドニー・ディロンはCBS会長ウィリアム・ペイリー。
パトロネスだったスリムは激怒した。
アン・ホプキンスのモデルになったアン・ウッドワードは、「ラ・コート・バスク」の発表後に自殺した。
これは現代の最高のゴシップ小説であり、アメリカ文学の伝統であるホラ話(トール・トーク)の魅力とも重なり合う。
カポーティは、自分の人生を4つに分けて考えていた。
1.『遠い声 遠い部屋』で作家として認められるまで。
2.『ティファニーで朝食を』で人気作家になるまで。
3.『冷血』の大成功。
4.『叶えられた祈り』で円熟期を迎えるつもりが、ついに叶わなかった。
アメリカ文学の本質は、イノセンスと、その喪失のドラマにあると思う。
気になった言葉
両義的=二つの意味・意義を持つ。
ロメーヌ・ブルックスの絵、ウルトラ・リアリズム
活人画=背景の前で扮装(ふんそう)した人がポーズをとり,一幅の人物画のように見せること。
瘴気=熱病を起こさせるという山川の毒気。瘴毒。