■シリーズ鳥獣害を考える3『かわいい目のシカが害獣ってどうして?』(農山漁村文化協会)
井上雅央、金森 弘樹/監修
『なぜハクビシン・アライグマは急にふえたの?』(農山漁村文化協会)
【内容抜粋メモ】
種類
日本で見られる鹿は「ニホンジカ」と呼ばれ、北に行くほど体や角が大きいのが特徴。
ニホンジカの中で最大の「エゾシカ」
生息地
クヌギ、アカマツなど雑木林がある山、スギ、ヒノキなどがある低い山地。
雪の多い地方には少ないが、「地球温暖化」の影響で、以前いなかった地域にも住むようになった。
体の特徴
・ニホンジカは「鹿の子模様」が美しい。
・オスには角が生える。身を守る武器、繁殖期にオス同士戦う時に使う。
春に角は落ち、新しい角が生え、形が年齢ごとに変わっていく。
・1m以上ジャンプできる。
・歯の根元に年輪のような層ができ、鹿の年齢が分かる。
・野生の鹿を数えるのは大変。ヘリコプターでは難しいので、糞の粒の数をかぞえる「糞粒法」が登場した。
食べるもの
鹿はスマートな体型から想像できないくらいたくさん食べる。3キロ/日。
どんな草でも食べる。
4つの胃で消化する「反芻動物」
口が届く高さ(2m以下)にある植物を食べる。
「ディアライン」(なんでも食べちゃうのはヒトも同じだな
1年の暮らし
鹿の行動範囲は狭く、1つの群れはずっと同じ場所にいる。
鹿の1日は、エサを食べて消化する繰り返し。
オスとメスは、9~11月の発情期以外は別々に暮らす。
発情期にはオスはハーレムを作るが、オスの子どもは1歳をこえるとオスの群れに入る。
メスの暮らし
メスは生後約1年半で大人になり、子どもが産めるようになる。
栄養状態がよければ毎年出産できる。
生まれる子どもの数はふつう1頭。エサ不足や、寒さで死んでしまう子どももいる。
オスの暮らし
発情期になると、オス同士は角で突き合って戦い、立派な角をもつオスだけが縄張りをもつ。
オスは小枝のような固いものを食べるので、歯のすり減るのが早い。
エサを食べる時間を減らしてハーレムを守るため、発情期には体重が10%以上減る。
なので、オスの寿命はメスより短い。
ヒトと鹿の関係は長い
縄文時代には、鹿、イノシシの肉は貴重な食料だった。
鹿の毛は筆に、皮は文箱などに利用された。
印伝革:鹿の皮でつくった煙草入れ
戦国時代には、鹿の皮で武具をつくった。
江戸時代に農地が拡大すると、鹿は田畑を荒すやっかいものとして追い払われるようになる。
絶滅の危機に
1900年代、毛皮のコートを着たアメリカ女性
大正~昭和には、欧米で毛皮をつくるため、野生動物が捕獲され数が激減したため、
日本の鹿が外国へ大量に輸出され、収入源となった
明治時代、鹿肉の缶詰工場が盛んになり、約57万頭のエゾシカが捕獲され、絶滅寸前となる。
日露戦争のときは、軍服に使われた。
第二次世界大戦後、鹿の保護政策が行われ、メスの鹿のみ狩猟が禁止され、再び増えた。
今は、メスのシカの狩猟も許可されている(!
なぜ鹿は増えた?
1番の理由は、1年を通してエサが豊富になったこと。
農道、林道の雑草、放置した規格外の農作物など。
鹿はエサが豊富にあるほど増える。
ヒトに慣れてしまった鹿
カワイイといってエサをあげる人がいる。
エサが豊富にある状態をつくりだすことは、無意識に鹿の「餌付け」をしていることになる。
農業の変化
農業の機械化が進み、畑にいるヒトが少なくなった。
田畑、山の手入れをするヒトが減った。
奈良の鹿は神の使い
春日大社の神さまは白い鹿の背中に乗ってやって来たという言い伝えがあるため、
「神鹿」として敬われ、殺したりすると厳しく罰せられた。
1957年に「天然記念物」に指定されて保護している。
「鹿島立神影図」
現在、奈良公園には1000頭以上の鹿が暮らしているがすべて野生。
観光客が与える「シカせん」はおやつ程度で、ふだんは公園の芝や木の実を食べている。
近年、観光客や近くの住民がエサを与えるので、鹿が公園を離れ、農地に侵入するようになった。
鹿による被害
・ヒトが山に植えた木の皮、枝、葉を食べると、成長できず腐ることもある。
・山の高い所にも住むようになり、貴重な高山植物が枯れてしまう。
(それはヒトが地球温暖化にしたせいだ
・鹿の荒した地域は洪水が起こりやすい?
「緑のダム機能」が低下し、洪水、山崩れなどの災害が起こりやすくなる。
(ヒトのゴルフ場建設やらでの森林伐採のほうがよっぽど広大で急速だ。
安いバナナが食べられるのも、欧米の大きなプランテーションで、現地の安い労働力を使って大量に栽培しているからだし
・農作物の被害
植えたばかりの苗、収穫前の野菜を食べる。
(私が鹿なら、そばに食べ物があれば行くよね
・お寺のお供え物、花を食べる。糞で墓地を汚す。
鹿の被害
鹿が山からおりてきて、自動車や電車と衝突する事故が増加。
車両が傷ついたり、電車が遅延する。
(それと鹿の命とどっちが大事?!
私たちにできること
ヒトに慣れさせない
エサをあげない。町で会ったら追い払い、「ここは来てはいけない場所だ」と鹿に教える。
・鹿の数を管理する
かつて日本には、鹿の天敵のオオカミがいたが、明治時代にオオカミが絶滅し、代わりにヒトが捕獲して管理するようになった。
(オオカミが絶滅した理由は???
・毎年数をかぞえて、計画的にメスを減らすこと
鹿肉を調理し、命を無駄にしないこと。
(結局は食べちゃうのね・・・
まずは知ることから
鹿の数が増えた原因には、人間の生活が大きく関係している。
鹿を殺すより、私たちができることをして、住み分けが必要。
(“住み分け”といっても、鹿よりヒトのほうが増えたからなあ。すでに十分、生息地は奪われているんだ。
いろいろな工夫
・植えたばかりの苗を合成樹脂の筒で覆う
・新芽が食べられないよう苗の周りに囲いをつくる
・鹿が飛び越えられない立体的な柵で畑を囲む
統計
鹿、猿、イノシシは「三大害獣」と呼ばれる。
野生獣による農作物被害金額/鹿による農作物被害金額
(やっぱり、最終的にはお金の問題なのね
役立つ資料
『自然の中の人間シリーズ 森に生きる動物たち』
『自然の中の人間シリーズ 生きものとつくるハーモニー2』(リンク先は同上
社団法人エゾシカ協会
財団法人 奈良の鹿愛護会
暮らしを守る獣害対策シリーズDVD
井上雅央、金森 弘樹/監修
『なぜハクビシン・アライグマは急にふえたの?』(農山漁村文化協会)
【内容抜粋メモ】
種類
日本で見られる鹿は「ニホンジカ」と呼ばれ、北に行くほど体や角が大きいのが特徴。
ニホンジカの中で最大の「エゾシカ」
生息地
クヌギ、アカマツなど雑木林がある山、スギ、ヒノキなどがある低い山地。
雪の多い地方には少ないが、「地球温暖化」の影響で、以前いなかった地域にも住むようになった。
体の特徴
・ニホンジカは「鹿の子模様」が美しい。
・オスには角が生える。身を守る武器、繁殖期にオス同士戦う時に使う。
春に角は落ち、新しい角が生え、形が年齢ごとに変わっていく。
・1m以上ジャンプできる。
・歯の根元に年輪のような層ができ、鹿の年齢が分かる。
・野生の鹿を数えるのは大変。ヘリコプターでは難しいので、糞の粒の数をかぞえる「糞粒法」が登場した。
食べるもの
鹿はスマートな体型から想像できないくらいたくさん食べる。3キロ/日。
どんな草でも食べる。
4つの胃で消化する「反芻動物」
口が届く高さ(2m以下)にある植物を食べる。
「ディアライン」(なんでも食べちゃうのはヒトも同じだな
1年の暮らし
鹿の行動範囲は狭く、1つの群れはずっと同じ場所にいる。
鹿の1日は、エサを食べて消化する繰り返し。
オスとメスは、9~11月の発情期以外は別々に暮らす。
発情期にはオスはハーレムを作るが、オスの子どもは1歳をこえるとオスの群れに入る。
メスの暮らし
メスは生後約1年半で大人になり、子どもが産めるようになる。
栄養状態がよければ毎年出産できる。
生まれる子どもの数はふつう1頭。エサ不足や、寒さで死んでしまう子どももいる。
オスの暮らし
発情期になると、オス同士は角で突き合って戦い、立派な角をもつオスだけが縄張りをもつ。
オスは小枝のような固いものを食べるので、歯のすり減るのが早い。
エサを食べる時間を減らしてハーレムを守るため、発情期には体重が10%以上減る。
なので、オスの寿命はメスより短い。
ヒトと鹿の関係は長い
縄文時代には、鹿、イノシシの肉は貴重な食料だった。
鹿の毛は筆に、皮は文箱などに利用された。
印伝革:鹿の皮でつくった煙草入れ
戦国時代には、鹿の皮で武具をつくった。
江戸時代に農地が拡大すると、鹿は田畑を荒すやっかいものとして追い払われるようになる。
絶滅の危機に
1900年代、毛皮のコートを着たアメリカ女性
大正~昭和には、欧米で毛皮をつくるため、野生動物が捕獲され数が激減したため、
日本の鹿が外国へ大量に輸出され、収入源となった
明治時代、鹿肉の缶詰工場が盛んになり、約57万頭のエゾシカが捕獲され、絶滅寸前となる。
日露戦争のときは、軍服に使われた。
第二次世界大戦後、鹿の保護政策が行われ、メスの鹿のみ狩猟が禁止され、再び増えた。
今は、メスのシカの狩猟も許可されている(!
なぜ鹿は増えた?
1番の理由は、1年を通してエサが豊富になったこと。
農道、林道の雑草、放置した規格外の農作物など。
鹿はエサが豊富にあるほど増える。
ヒトに慣れてしまった鹿
カワイイといってエサをあげる人がいる。
エサが豊富にある状態をつくりだすことは、無意識に鹿の「餌付け」をしていることになる。
農業の変化
農業の機械化が進み、畑にいるヒトが少なくなった。
田畑、山の手入れをするヒトが減った。
奈良の鹿は神の使い
春日大社の神さまは白い鹿の背中に乗ってやって来たという言い伝えがあるため、
「神鹿」として敬われ、殺したりすると厳しく罰せられた。
1957年に「天然記念物」に指定されて保護している。
「鹿島立神影図」
現在、奈良公園には1000頭以上の鹿が暮らしているがすべて野生。
観光客が与える「シカせん」はおやつ程度で、ふだんは公園の芝や木の実を食べている。
近年、観光客や近くの住民がエサを与えるので、鹿が公園を離れ、農地に侵入するようになった。
鹿による被害
・ヒトが山に植えた木の皮、枝、葉を食べると、成長できず腐ることもある。
・山の高い所にも住むようになり、貴重な高山植物が枯れてしまう。
(それはヒトが地球温暖化にしたせいだ
・鹿の荒した地域は洪水が起こりやすい?
「緑のダム機能」が低下し、洪水、山崩れなどの災害が起こりやすくなる。
(ヒトのゴルフ場建設やらでの森林伐採のほうがよっぽど広大で急速だ。
安いバナナが食べられるのも、欧米の大きなプランテーションで、現地の安い労働力を使って大量に栽培しているからだし
・農作物の被害
植えたばかりの苗、収穫前の野菜を食べる。
(私が鹿なら、そばに食べ物があれば行くよね
・お寺のお供え物、花を食べる。糞で墓地を汚す。
鹿の被害
鹿が山からおりてきて、自動車や電車と衝突する事故が増加。
車両が傷ついたり、電車が遅延する。
(それと鹿の命とどっちが大事?!
私たちにできること
ヒトに慣れさせない
エサをあげない。町で会ったら追い払い、「ここは来てはいけない場所だ」と鹿に教える。
・鹿の数を管理する
かつて日本には、鹿の天敵のオオカミがいたが、明治時代にオオカミが絶滅し、代わりにヒトが捕獲して管理するようになった。
(オオカミが絶滅した理由は???
・毎年数をかぞえて、計画的にメスを減らすこと
鹿肉を調理し、命を無駄にしないこと。
(結局は食べちゃうのね・・・
まずは知ることから
鹿の数が増えた原因には、人間の生活が大きく関係している。
鹿を殺すより、私たちができることをして、住み分けが必要。
(“住み分け”といっても、鹿よりヒトのほうが増えたからなあ。すでに十分、生息地は奪われているんだ。
いろいろな工夫
・植えたばかりの苗を合成樹脂の筒で覆う
・新芽が食べられないよう苗の周りに囲いをつくる
・鹿が飛び越えられない立体的な柵で畑を囲む
統計
鹿、猿、イノシシは「三大害獣」と呼ばれる。
野生獣による農作物被害金額/鹿による農作物被害金額
(やっぱり、最終的にはお金の問題なのね
役立つ資料
『自然の中の人間シリーズ 森に生きる動物たち』
『自然の中の人間シリーズ 生きものとつくるハーモニー2』(リンク先は同上
社団法人エゾシカ協会
財団法人 奈良の鹿愛護会
暮らしを守る獣害対策シリーズDVD