■SWITCHインタビュー 達人達 日野原重明(医師・104歳)×篠田桃紅(美術家・103歳)
一度、日野原重明さんの本を読んでみたい、その哲学を知りたいと常々思っていたので、予録してみた。
【内容抜粋メモ】
篠田さんの作品は「墨の抽象画」と呼ばれて世界的に高く評価され、100歳を過ぎてなお旺盛な制作を続けている。
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日野原さんは「高齢者の星」と讃えられ、講演などに引っ張りダコ。70年以上、医療の現場に立ち続けている。
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[2人が生きた時代背景]
篠田さんは大正2年、旧満州生まれ。翌年には第一次世界大戦が勃発。
日野原さんは明治44年生まれ。
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第二次世界大戦の終戦を迎えた時、日野原さんは33歳、篠田さんは32歳。
日野原さんはアメリカで先進医療を学んだ。篠田さんも43歳で単身渡米し、NYで高評価を得た。
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日野原さんはよど号に4日間人質となった/驚
篠田さんは初来日したビートルズのメンバーから作品にひと目惚れしたと連絡を受けたことがある。
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ソウルで解放された
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[篠田桃紅さんのアトリエを訪ねる日野原さん]
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篠田「たまには入院するのもいいですね」
日野原「たまには。人間だってことが分かるからイイね」![]()
2人は70年以上の付き合い。日野原さんの妻・静子さんが篠田さんに書を習っていたのがきっかけ。
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[対照的な2人?]
日野原「たくさんの目標があるが、生き甲斐と生きている姿を皆さんに見せたい」
篠田「その日、その日、風にまかせて生きている。私は目標を持ったことがありません、一度も」
[2人の長寿の秘訣]
2人とも3食欠かさない。
篠田さんが毎日食べているのは2品(キレイな和食! 大豆の五目煮は私も好きv
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*
篠田「私は魔法使いのおばあさんみたい。筆が魔法使いのホウキみたいに思っている」
増上寺の本堂、ホテルのロビー(92歳に手がけた“人よ”)にも作品がある(ステキ・・・
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篠田「以前いらした時、先生はすずりに聴診器をおあてになったの。
“この石より、この石のほうが固いですね”と言って、ちゃんと石の質を言い当てた/驚」w
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日「私は患者さんを診る時に、叩くと水がたまっていると音で分かります。
このアトリエには太い筆から小さい筆が何本もぶら下がっている」
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篠「こういう線を引きたいといって頼んで作ってもった」
日「この年齢で作品を創っておられるのが驚異」
篠「惰性で筆を持って描いてるってことが、お箸でご飯を食べる以上に身につきすぎているから、
それを取られると生きている気がしない。描いていることが生きていることと同じ。
なんか毎日毎日、紙やキャンバスを無駄にして何やってるんだろうてなものです。
随分思いあがりだと思う。“自分はもっといいものが描けるはずだ”と思っているの。
だから、出来たものが気に入らない。それは私が自分を買いかぶっているんですよ。
謙虚な気持ちがないんですね」
厳格だった父から書の手ほどきを受けた。
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23歳、父の反対を押しきり自活を始める。書を教えて生計を立てる。“必ず結婚すること”という父の遺言にも従わなかった。
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戦時中の1943年。ほぼ独学で書を追求した。
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1955年のフランスのドキュメンタリー映画『日本の書』。
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篠田:
青春の一番いい時に、アメリカなど相手にバカな戦争をしていた。我々には“いい青春”という時代がなかった。
愚かな戦争に巻き込まれて食べるものもなかった。爆弾の下で。
私が最初にアメリカで展覧会をしたのはボストンで、1956年。そこからNYに来た。
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ボストンという学問の都、ありとあらゆるものがひしめき合っているNY。アメリカっていう国の幅の広さ、奥の深さすべてに、
敗戦国から来たんですから、すべてが驚き、アートをやっているおかげで、こういう風に呼んでもらえた。
アートがいかに人間社会の中で普遍性があるかってことが分かりました。
独創的な水墨画は評判を呼んだ。
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篠田は伝統的な日本の書に限界を感じた。そんな篠田の作品は、伝統的な書の世界には受け入れらなかった。
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「やっぱり“川”は3本で止めなくてはならない。無数の縦の線を引きたいという衝動があっても、
決まった文字の制約の中では、自分の描きたいものは描ききれないと思った」
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乾燥した気候は墨に向かないと、2年で帰国。
篠田:
私は若い時から何かを楽しみにしているということはない。期待をしない。
描くことは楽しいことではないが、“義務を果たさなきゃ”というほど嫌ではない。
どう言ったらいいのか・・・自然ななりゆきに自分が乗っていると時々思う。
(100歳超えてなお、ハキハキとした滑舌で、しっかりと考えながら、言いたい事をハッキリ発言する、まさに“アーティスト”/驚
運命ってものは神さまみたいなものが何かやっているのか? 先生はハイジャックにお遭いになったでしょ。
それは、神とか、仏とか、地球にはそういう意志があって、そういうことをする、試すのかと思った。
日野原:
ソウルに着いて、助かった時に、私の命はこれからは誰かのために捧げるためにあるという生き方を学んだ。
それから今日までの生き方が、私にとっては大切で、人のサービスのために僕があると分かった。
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篠田:
私にはその謙虚さがない。感謝の気持ちが少ない」(その言葉そのものが謙虚では?
なにかして頂いたことには感謝するけど、生きている、天地万物の目に見えない何ものかにただ感謝することはない。
ただ自然物だから、ただ自然に生きている(!)
日「あるがまま。言葉の表現は違いますが、共通するものがある」(そうだね
篠田:
ないですよ、共通点なんて! とんでもない。月とスッポンですよ。
先生は万人の指標で、希有な存在。ご自分も長く生きてお手本を示して、
そして、周りの病人を力づけて治してあげている。神に近づいている。(ユーモアもあるんだなw
日「いやいやそれは言い過ぎw」
篠田さんの著書は50万部のベストセラー
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「それが死である、そう感じるようになりました」
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日「“生きている限り人間は未完成”と言っていますね」
篠田:
103歳になってこういうことが分かりました、なんて何もありませんよ!
昨日と今日が続いているだけ、ずーーーーっと。同じです、進歩なんてしていない。
小さい時から今まで、年中そそっかしくて。大人気ないというか、無駄に年をとった。
何事にもまずい、ヘタです。
Q:お2人は何歳まで生きたい?
日野原さんが愛用している10年手帳(ほんとにこういうのが売ってるんだ!
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日「2013~2022年まで、10年先の約束ごとが書いてある」
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篠田「これ、先生の日記ですか?! はぁ~あきれた、さすが先生」ww
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(“無駄に生きた”と無の境地に至った篠田さんと、生に執着することで医療の道に行き、
同じく生に執着する人たちに希望を与え続けている日野原さんは、たしかに対照的だけれども、それぞれの道なんだな
篠田「先生は永遠に生きる方だ。人間の寿命ってのは、まだまだ延びるのでしょうか?」
日「まだ延びます。希望はたくさんある。自分にはそういう使命があるということを自覚して、
毎日毎日生きていると、それが生き甲斐になる」
篠田「私は何も書きません。日記は一切ない。予定もなんにも」
日「でも絵が残っている」
篠田「その日暮らし。独り者だからそれが出来る。究極。今日やりたくなければ、やらなきゃいい。
1週間ぐらいボケーと過ぎたり(いいなあ!)よく言えば自由、悪く言えば自堕落」w
日「自分に厳しいんですよ」
篠田「いろいろ会う約束はします。そういう社会性ってものに触れ得る場は必要。
この社会に生きている以上は、絶対に必要だし、避けてはいけないものですよね。世捨て人じゃないんだから」
日「生き甲斐がなければダメ。こうしてカメラに映る機会、生きている姿をみんなに見せたいと思って、今日のチャンスはとてもいいと思う」
篠田「仏教ではそういうことを“縁”といいますね。それはキリスト教ではどういう言葉に置き換えられるんですか?」
日「縁は“絆”ですよ」
篠田「なんでそういう巡り合わせみたいなことを“ご縁”ていう」
日「そして、その瞬間、瞬間が本当の生き方。その瞬間の中に生き方のエッセンスがあると、
私は今日のトークのテーマの結論にしたいと思います」
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Q:お2人の長生きの秘訣は?
篠田「秘訣なんてないですよ!(面白いなあ
)早起きとか、間違ってもこういうことはしないとか、秘訣だなんて言うけど、
私はそういうものは何もない。普通にやってる」(それが秘訣なんだな
日野原の秘訣は3つのーV
1.vision 未来像
2.venture 冒険
3.victory 勝利![]()
(論理的な日野原さんと、感覚的な篠田さんには、男女の脳の構造の違いが見えてきた気がするw
篠田:
そういうものを持とう持とうというわけじゃなくて、自ずからそうなってた。
だから、先輩にどうやればいいか聞くことはナンセンス。
その人は自分で考えて、1人で作ったんです。だからあなたも作らなきゃダメ!
ディテールに1つや2つ教えられることはあるけど、本筋は自分で生み出している、生き方も。
Q:長い人生の中で後悔したことは?
篠田「ありません(即答
)長く生きててよかったと思う、受け入れているから長生きできている」
日「あるがままに受け入れている」
**********SWITCH
日野原さんが87歳の時に脚本を手がけたミュージカルは、10年間も公演され、NYのオフブロードウェイも果たした。
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2010年のNY公演。自らも舞台でパフォーマンス。当時99歳! ちゃんとステップ踏んで踊ってる/驚
1年に1つは新しいことを始めると決めている。98歳で俳句を始めた(デザインがウォホル的
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99歳で始めたのは、週1回の筋トレとストレッチ!
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背番号は「99」ちゃんとヒットしてた!
100歳でFacebookを始めた。
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日々の活動を積極的にアップしている。サッカー観戦も大好き。
75年間診療を続けた「聖路加国際病院」に篠田さんが訪れた。
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創設者「トイスラー記念館」は昭和初期の建物(木造でステキ![]()
落ち着いたいい部屋で、こういう所に住んでいたら時間も気にせず、健康でいられそうだね
篠田「ここに入れていただいたの初めてよ。日本じゃないみたい、雰囲気が」
(日野原さんの案内の仕方は、医師が患者に声をかけるような感じだったな
日野原:
桃紅先生がずっと絵を描き続けているように、私も歳をとってもずーっと医者として週に1回は病棟に行っている。
ホスピスの病棟に行って診察をして、患者さんの心が安らかに召されるように。
65歳から私の仕事が始まって、定年後から給料もらったことがない。私の時間と能力を捧げるという気持ち。
医師免許証には期限はない(そうなの!?それはどうなの?
)私の目が見えて、耳の聞こえる間は診察ができる。
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(牧師のようだな
篠田「先生は全人類のための存在なのよ。本当に医学っていうのは領域が広い」
日「単なるサイエンスではなく、もっと患者の心に接する職業なんです。
健康というのは、体の健康と、心の健康がある。両方が一緒。病名だけでなく、体が病むと心が病む」
篠田「体が病んでる人は、心も病みますよね」
日「逆もまた一緒。先生はいろんな病気になられたから」
篠田「別じゃないですよね、心身ていうのは、2つの“しん”。心身ともにって言うけれども分けられないかもしれないですね」
日「表や裏になる」
(クリニックや、他の病院の医師に聞かせたいよ![]()
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母が重い病になり、父は牧師で家計は貧しかった。近所の医師が診療代もとらずに母を治してくれた。
日野原さんは、病を治すだけではない医療の役割を考え続けてきた。
1954年、病の早期発見のため「人間ドック」を開設。「生活習慣病」という言葉を使い始めた。
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1980年代から「緩和ケア」にも取り組み始め、日本初の独立型「ホスピス」を設立。
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「結核性腹膜炎」のために入院してどんどん悪くなる。
“先生、私はもう死にそうに思う。もう母に会う機会がないと思うけど、本当に母には世話になったので、
私の代わりに先生からお礼を言って欲しい。私はもうこれで死んでいくから”と言ったので、
私は“頑張りなさい”と言って、叱咤激励するようなことを連続で言ったら、彼女は目をつむってしまった。
私はこの事がいつも頭の中にあって、どうして私は彼女の手を握り締めて、処置をするよりも
彼女の心をサポートすることができなかったのかと、ほんとに心の痛手になっている」
安らかな最期のため、医師として何ができるのか、末期がん患者の診察に力を注いできた。
(なんだかドラマ『風のガーデン』を思い出す
「ちょっと動けるようになりそうだね。バンザイてキレイな笑顔が出たじゃないの」
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日野原さんが看取った患者は4000人以上。
日「お釈迦様がね、インドで生まれてお城に住んでいたけれども、外に出てみたら、病人がいたり、
いろんな気の毒な人がいるのを見て、世の中というものは“生老病死”があるとハッキリ理解して」
篠田「“生老病死いずれか苦にあらざるべし”どれもみんな苦しみだって言ってますね」
(2人ともインテリだなあ
日「4つのこの難しい問題を受けて、どう生きるかみなさんが考えなければならない」
篠田「結局、仏教もキリスト教もどう生きるかってことに尽きますよね。
どう生まれて、どう生きて、病気になったり、死んだりしてく、人間の一生は大体決まっているようでいて、まったく決まりがない」
日「輪廻ですよね」
篠田「私が生涯に出会った人のことを考えても、1人として同じ人はいません。結局人は孤独なんですね。
その人1人。「孤」「独」2つの字をあてたりして、昔の人もどっちとも決められない。
だからその人間の迷いの形が文化なの。私は文化というのは全部“迷い”だとこの年になって思います」
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(篠田さんは書家だから、文字に興味があるんだな
篠田:
だって、私は毎日絵を描いてますけど、ひと筆いつでもまだ迷っている。決まっているわけじゃないですもの。
“迷路”に入っている。人間は死ぬまで。
日「先生は哲学者みたいね」(笑う篠田さん
(科学や論理の日野原さんと、アーティストの篠田さんの対談は、本人にとっても、私たちにとっても刺激的
篠田:
ただもう慣れてきたから、迷いと“自ずと何とかなっていくだろう”て楽天的な考え方がいつもやりあってる。
頭が悪いからかもw 頭のいい方は、人間てのはこういうものだ、とわりきってやってらっしゃるのかしら?
日「いやー、そこまでできる人はいない。みんな迷いがある」
小学生に向けた「いのちの授業」を200回以上行っている。
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小学生の蹴ったサッカーボールをブロック!![]()
日「昨日の2時間目は何の学科?」
「理科」
日「誰のために理科を習ったの?」
「自分のため」
日「皆さんの時間は全部、自分のためでしょう。それでいいんでしょう。みなさんが小さな時は。
でも、みなさんが大人になった時には、
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「そういう時が来るんですよ」
約1時間、子どもたちの間を歩き回りながら、命や平和について考えさせる。
日野原:
命とはどういうものかなあと自分で考えると、とにかく与えられたもので、自分で作ったんじゃない、それを命と言っている。
与えられた命を、芸、絵、人のために、この命を出すことが生きていく上で大切なことですから、
私はその大切な命を子どもたちに伝えたい」
篠田「その子が大人になった時の人となりに大変大きい影響を与えますね」
日「君たちの命は触ったり、目では見えないけれども、使うことができるのだから、その命を誰かのために使いなさい」
[食生活]
朝食は毎朝10時過ぎ。メニューは20年以上変わらない。
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バナナとミルクって、私と同じじゃんw 豆は体にイイんだなv
日「バナナを食べること。1日の食事は1500kcal。30歳の時の体重を生涯続ければ理想的」
(唇が松尾部長よりさらに紅をさしたように赤いのは血行も相当いい証拠だなv
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ランチは1杯の牛乳とクッキーのみ。
夕食は夜7時。
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こっちは豪華なんだ! 料亭みたい。これだけの量を食べられることが健康の一番の指標だな。
15分間で完食て!驚×1500 よく噛まなきゃダメっていう説が崩れたのでは?!
[悩み相談]
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10代女子大学生:
「将来やりたい事とか明確な目標がなくて、ただなんとなく毎日過ごしていて、なんとなく4年間過ごすかと思うと怖いです」
20代女性会社員:
やってみたいことがないので、今の仕事を頑張るしかないのかなと思って、
「辞めたい」と言っても、じゃ次何やるのって言われても何もない。
20代の男子大学生:
何もやりたい事がないから、解決策も分からない。
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ご名答!
篠田:
何にも心惹かれるものがない。若い人が生きる希望があまりないということでしょ。
それは、先輩、つまり我々年をとった人たちが、あんまり楽しそうじゃないからですね、きっと。
私たちがイキイキとやっていれば、“ああ、ああいうのいいな”て言うじゃない。
老いたる人のやっていることが、若い人には憧れたくない、憧れられないのよ。
日「私たちの力が足りない」
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40代主婦:
仕事にも復帰したいんですけど、なかなか思うようにもいかない。毎日手一杯で、考えている余裕が全然ない。
40代主婦:
今、一生懸命子育て中なので、趣味とか持てるかなとか、子どもが巣立った時、主人と2人で生きていけるかなとかという不安があります。
篠田「子育ては私の経験にないことだし、こういうやり方があるでしょう、とは簡単には申し上げられない。
私はよく言えば“独立心”がある、悪く言えば“わがまま”。だから私は自分がやりたいようにやってきた」
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日野原:
自分で求めて。そうすると出会い、英語でいうと“encounter”は人間の一生を変える。
子育てが終わった後は、社会の中に自分で飛び込んで、自分でチャンスを求めないと、
消極的な考えでは、解決法はないと思う。
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60代の主婦:
現実に足や膝が痛かったり、自分がどうなるのか漠然とした不安がある。
60代の主婦:
死っていうのが目の前に意識するようになる。身近な人が亡くなると、そういう年なんだって。
60代の主婦:
同世代の人が亡くなると感じる、怖いなって思う。
(そうは言っても、私が小さい頃の60代ておじいちゃん、おばあちゃんだったけど、みんな40代くらいに見えて、
実際は、なんだかんだ言いながらも女性はとくにパワフルに生きてる世代だよな。
それぞれの趣味を持ったりして、経済的にも安定してるんだろうし。
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日野原:
なんらかの病気をいろいろ持っている。その寿命を受け入れる心の広さがないと、こう迷う。
だから生きることを許される限り、自分がどう生き甲斐を持って与えられた命を終えるか。
(さすがの日野原さんもそう思ってるのか
篠田「私は30歳で肺結核になった。これは長生きできないと諦めたんですから、一度は。
それが長生きできた。人の寿命なんて医学だけでは分からない」
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日「私も大学の時に肺結核になった」
篠田「あの頃は、肺病なんて“死にますよ”と言われているようなもの」
日「薬がない時代だった。しかし、あるがままに生きましょうというね」
篠田「それは死に向き合うなんてことは、どんな偉い人だって、ちゃんと用意ができて、
“いつ死んでも大丈夫”なんて方はいないと思いますね」
(日野原さんを横にして、言いたいことはキチンと言えるパンクな人でカッコいい![]()
日野原:
作り出すこと、始めることが私の生き甲斐になってる。だから俳句やいろんなことを始めたり、
自分をそういう医療以外の世界の中に放り込むことに対する情熱を持っているということは、
“日野原先生若いですね”と言われるのは、始めることを忘れないという意味。
人間ていうのは希望がなければ生きられない。“もうこれはダメだ”と言ってしまうとダメになる。
自分が希望を持つということは、いろんな社会に飛び込んでいかないと、そのカーテンは開かない。
だから、自分でカーテンを開けようとする努力を必要とするから、
もっと自分の心のカーテンを広げて、チャンスを求めないと言うしかしょうがない。
私の場合は、許された寿命の間に一生懸命、全力投球をする、命を投入する、
与えられたことに一生懸命になれることが1つの生き甲斐ということを申したい」
***************
対談の3日後、篠田さんの103歳を記念して、103点の作品を展示する催しが開かれた/祝
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リトグラフの壁を見て「自分でやっても気が遠くなる」w
そこにスケジュールを調整して日野原さんも現れた。いつも会うとハグするのね。毎回が一期一会なんだ![]()
2人は手を握り合ったまま、しばし作品を鑑賞した。
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一度、日野原重明さんの本を読んでみたい、その哲学を知りたいと常々思っていたので、予録してみた。
【内容抜粋メモ】
篠田さんの作品は「墨の抽象画」と呼ばれて世界的に高く評価され、100歳を過ぎてなお旺盛な制作を続けている。
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日野原さんは「高齢者の星」と讃えられ、講演などに引っ張りダコ。70年以上、医療の現場に立ち続けている。
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[2人が生きた時代背景]
篠田さんは大正2年、旧満州生まれ。翌年には第一次世界大戦が勃発。
日野原さんは明治44年生まれ。
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第二次世界大戦の終戦を迎えた時、日野原さんは33歳、篠田さんは32歳。
日野原さんはアメリカで先進医療を学んだ。篠田さんも43歳で単身渡米し、NYで高評価を得た。
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日野原さんはよど号に4日間人質となった/驚
篠田さんは初来日したビートルズのメンバーから作品にひと目惚れしたと連絡を受けたことがある。
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ソウルで解放された
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[篠田桃紅さんのアトリエを訪ねる日野原さん]
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篠田「たまには入院するのもいいですね」
日野原「たまには。人間だってことが分かるからイイね」
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2人は70年以上の付き合い。日野原さんの妻・静子さんが篠田さんに書を習っていたのがきっかけ。
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[対照的な2人?]
日野原「たくさんの目標があるが、生き甲斐と生きている姿を皆さんに見せたい」
篠田「その日、その日、風にまかせて生きている。私は目標を持ったことがありません、一度も」
[2人の長寿の秘訣]
2人とも3食欠かさない。
篠田さんが毎日食べているのは2品(キレイな和食! 大豆の五目煮は私も好きv
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*
篠田「私は魔法使いのおばあさんみたい。筆が魔法使いのホウキみたいに思っている」
増上寺の本堂、ホテルのロビー(92歳に手がけた“人よ”)にも作品がある(ステキ・・・
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篠田「以前いらした時、先生はすずりに聴診器をおあてになったの。
“この石より、この石のほうが固いですね”と言って、ちゃんと石の質を言い当てた/驚」w
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日「私は患者さんを診る時に、叩くと水がたまっていると音で分かります。
このアトリエには太い筆から小さい筆が何本もぶら下がっている」
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篠「こういう線を引きたいといって頼んで作ってもった」
日「この年齢で作品を創っておられるのが驚異」
篠「惰性で筆を持って描いてるってことが、お箸でご飯を食べる以上に身につきすぎているから、
それを取られると生きている気がしない。描いていることが生きていることと同じ。
なんか毎日毎日、紙やキャンバスを無駄にして何やってるんだろうてなものです。
随分思いあがりだと思う。“自分はもっといいものが描けるはずだ”と思っているの。
だから、出来たものが気に入らない。それは私が自分を買いかぶっているんですよ。
謙虚な気持ちがないんですね」
厳格だった父から書の手ほどきを受けた。
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23歳、父の反対を押しきり自活を始める。書を教えて生計を立てる。“必ず結婚すること”という父の遺言にも従わなかった。
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戦時中の1943年。ほぼ独学で書を追求した。
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1955年のフランスのドキュメンタリー映画『日本の書』。
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篠田:
青春の一番いい時に、アメリカなど相手にバカな戦争をしていた。我々には“いい青春”という時代がなかった。
愚かな戦争に巻き込まれて食べるものもなかった。爆弾の下で。
私が最初にアメリカで展覧会をしたのはボストンで、1956年。そこからNYに来た。
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ボストンという学問の都、ありとあらゆるものがひしめき合っているNY。アメリカっていう国の幅の広さ、奥の深さすべてに、
敗戦国から来たんですから、すべてが驚き、アートをやっているおかげで、こういう風に呼んでもらえた。
アートがいかに人間社会の中で普遍性があるかってことが分かりました。
独創的な水墨画は評判を呼んだ。
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篠田は伝統的な日本の書に限界を感じた。そんな篠田の作品は、伝統的な書の世界には受け入れらなかった。
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「やっぱり“川”は3本で止めなくてはならない。無数の縦の線を引きたいという衝動があっても、
決まった文字の制約の中では、自分の描きたいものは描ききれないと思った」
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乾燥した気候は墨に向かないと、2年で帰国。
篠田:
私は若い時から何かを楽しみにしているということはない。期待をしない。
描くことは楽しいことではないが、“義務を果たさなきゃ”というほど嫌ではない。
どう言ったらいいのか・・・自然ななりゆきに自分が乗っていると時々思う。
(100歳超えてなお、ハキハキとした滑舌で、しっかりと考えながら、言いたい事をハッキリ発言する、まさに“アーティスト”/驚
運命ってものは神さまみたいなものが何かやっているのか? 先生はハイジャックにお遭いになったでしょ。
それは、神とか、仏とか、地球にはそういう意志があって、そういうことをする、試すのかと思った。
日野原:
ソウルに着いて、助かった時に、私の命はこれからは誰かのために捧げるためにあるという生き方を学んだ。
それから今日までの生き方が、私にとっては大切で、人のサービスのために僕があると分かった。
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篠田:
私にはその謙虚さがない。感謝の気持ちが少ない」(その言葉そのものが謙虚では?
なにかして頂いたことには感謝するけど、生きている、天地万物の目に見えない何ものかにただ感謝することはない。
ただ自然物だから、ただ自然に生きている(!)
日「あるがまま。言葉の表現は違いますが、共通するものがある」(そうだね
篠田:
ないですよ、共通点なんて! とんでもない。月とスッポンですよ。
先生は万人の指標で、希有な存在。ご自分も長く生きてお手本を示して、
そして、周りの病人を力づけて治してあげている。神に近づいている。(ユーモアもあるんだなw
日「いやいやそれは言い過ぎw」
篠田さんの著書は50万部のベストセラー
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「それが死である、そう感じるようになりました」
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日「“生きている限り人間は未完成”と言っていますね」
篠田:
103歳になってこういうことが分かりました、なんて何もありませんよ!
昨日と今日が続いているだけ、ずーーーーっと。同じです、進歩なんてしていない。
小さい時から今まで、年中そそっかしくて。大人気ないというか、無駄に年をとった。
何事にもまずい、ヘタです。
Q:お2人は何歳まで生きたい?
日野原さんが愛用している10年手帳(ほんとにこういうのが売ってるんだ!
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日「2013~2022年まで、10年先の約束ごとが書いてある」
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篠田「これ、先生の日記ですか?! はぁ~あきれた、さすが先生」ww
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(“無駄に生きた”と無の境地に至った篠田さんと、生に執着することで医療の道に行き、
同じく生に執着する人たちに希望を与え続けている日野原さんは、たしかに対照的だけれども、それぞれの道なんだな
篠田「先生は永遠に生きる方だ。人間の寿命ってのは、まだまだ延びるのでしょうか?」
日「まだ延びます。希望はたくさんある。自分にはそういう使命があるということを自覚して、
毎日毎日生きていると、それが生き甲斐になる」
篠田「私は何も書きません。日記は一切ない。予定もなんにも」
日「でも絵が残っている」
篠田「その日暮らし。独り者だからそれが出来る。究極。今日やりたくなければ、やらなきゃいい。
1週間ぐらいボケーと過ぎたり(いいなあ!)よく言えば自由、悪く言えば自堕落」w
日「自分に厳しいんですよ」
篠田「いろいろ会う約束はします。そういう社会性ってものに触れ得る場は必要。
この社会に生きている以上は、絶対に必要だし、避けてはいけないものですよね。世捨て人じゃないんだから」
日「生き甲斐がなければダメ。こうしてカメラに映る機会、生きている姿をみんなに見せたいと思って、今日のチャンスはとてもいいと思う」
篠田「仏教ではそういうことを“縁”といいますね。それはキリスト教ではどういう言葉に置き換えられるんですか?」
日「縁は“絆”ですよ」
篠田「なんでそういう巡り合わせみたいなことを“ご縁”ていう」
日「そして、その瞬間、瞬間が本当の生き方。その瞬間の中に生き方のエッセンスがあると、
私は今日のトークのテーマの結論にしたいと思います」
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Q:お2人の長生きの秘訣は?
篠田「秘訣なんてないですよ!(面白いなあ
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私はそういうものは何もない。普通にやってる」(それが秘訣なんだな
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1.vision 未来像
2.venture 冒険
3.victory 勝利
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(論理的な日野原さんと、感覚的な篠田さんには、男女の脳の構造の違いが見えてきた気がするw
篠田:
そういうものを持とう持とうというわけじゃなくて、自ずからそうなってた。
だから、先輩にどうやればいいか聞くことはナンセンス。
その人は自分で考えて、1人で作ったんです。だからあなたも作らなきゃダメ!
ディテールに1つや2つ教えられることはあるけど、本筋は自分で生み出している、生き方も。
Q:長い人生の中で後悔したことは?
篠田「ありません(即答
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日「あるがままに受け入れている」
**********SWITCH
日野原さんが87歳の時に脚本を手がけたミュージカルは、10年間も公演され、NYのオフブロードウェイも果たした。
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2010年のNY公演。自らも舞台でパフォーマンス。当時99歳! ちゃんとステップ踏んで踊ってる/驚
1年に1つは新しいことを始めると決めている。98歳で俳句を始めた(デザインがウォホル的
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99歳で始めたのは、週1回の筋トレとストレッチ!
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背番号は「99」ちゃんとヒットしてた!
100歳でFacebookを始めた。
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日々の活動を積極的にアップしている。サッカー観戦も大好き。
75年間診療を続けた「聖路加国際病院」に篠田さんが訪れた。
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創設者「トイスラー記念館」は昭和初期の建物(木造でステキ
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落ち着いたいい部屋で、こういう所に住んでいたら時間も気にせず、健康でいられそうだね
篠田「ここに入れていただいたの初めてよ。日本じゃないみたい、雰囲気が」
(日野原さんの案内の仕方は、医師が患者に声をかけるような感じだったな
日野原:
桃紅先生がずっと絵を描き続けているように、私も歳をとってもずーっと医者として週に1回は病棟に行っている。
ホスピスの病棟に行って診察をして、患者さんの心が安らかに召されるように。
65歳から私の仕事が始まって、定年後から給料もらったことがない。私の時間と能力を捧げるという気持ち。
医師免許証には期限はない(そうなの!?それはどうなの?
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(牧師のようだな
篠田「先生は全人類のための存在なのよ。本当に医学っていうのは領域が広い」
日「単なるサイエンスではなく、もっと患者の心に接する職業なんです。
健康というのは、体の健康と、心の健康がある。両方が一緒。病名だけでなく、体が病むと心が病む」
篠田「体が病んでる人は、心も病みますよね」
日「逆もまた一緒。先生はいろんな病気になられたから」
篠田「別じゃないですよね、心身ていうのは、2つの“しん”。心身ともにって言うけれども分けられないかもしれないですね」
日「表や裏になる」
(クリニックや、他の病院の医師に聞かせたいよ
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母が重い病になり、父は牧師で家計は貧しかった。近所の医師が診療代もとらずに母を治してくれた。
日野原さんは、病を治すだけではない医療の役割を考え続けてきた。
1954年、病の早期発見のため「人間ドック」を開設。「生活習慣病」という言葉を使い始めた。
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1980年代から「緩和ケア」にも取り組み始め、日本初の独立型「ホスピス」を設立。
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「結核性腹膜炎」のために入院してどんどん悪くなる。
“先生、私はもう死にそうに思う。もう母に会う機会がないと思うけど、本当に母には世話になったので、
私の代わりに先生からお礼を言って欲しい。私はもうこれで死んでいくから”と言ったので、
私は“頑張りなさい”と言って、叱咤激励するようなことを連続で言ったら、彼女は目をつむってしまった。
私はこの事がいつも頭の中にあって、どうして私は彼女の手を握り締めて、処置をするよりも
彼女の心をサポートすることができなかったのかと、ほんとに心の痛手になっている」
安らかな最期のため、医師として何ができるのか、末期がん患者の診察に力を注いできた。
(なんだかドラマ『風のガーデン』を思い出す
「ちょっと動けるようになりそうだね。バンザイてキレイな笑顔が出たじゃないの」
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日野原さんが看取った患者は4000人以上。
日「お釈迦様がね、インドで生まれてお城に住んでいたけれども、外に出てみたら、病人がいたり、
いろんな気の毒な人がいるのを見て、世の中というものは“生老病死”があるとハッキリ理解して」
篠田「“生老病死いずれか苦にあらざるべし”どれもみんな苦しみだって言ってますね」
(2人ともインテリだなあ
日「4つのこの難しい問題を受けて、どう生きるかみなさんが考えなければならない」
篠田「結局、仏教もキリスト教もどう生きるかってことに尽きますよね。
どう生まれて、どう生きて、病気になったり、死んだりしてく、人間の一生は大体決まっているようでいて、まったく決まりがない」
日「輪廻ですよね」
篠田「私が生涯に出会った人のことを考えても、1人として同じ人はいません。結局人は孤独なんですね。
その人1人。「孤」「独」2つの字をあてたりして、昔の人もどっちとも決められない。
だからその人間の迷いの形が文化なの。私は文化というのは全部“迷い”だとこの年になって思います」
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(篠田さんは書家だから、文字に興味があるんだな
篠田:
だって、私は毎日絵を描いてますけど、ひと筆いつでもまだ迷っている。決まっているわけじゃないですもの。
“迷路”に入っている。人間は死ぬまで。
日「先生は哲学者みたいね」(笑う篠田さん
(科学や論理の日野原さんと、アーティストの篠田さんの対談は、本人にとっても、私たちにとっても刺激的
篠田:
ただもう慣れてきたから、迷いと“自ずと何とかなっていくだろう”て楽天的な考え方がいつもやりあってる。
頭が悪いからかもw 頭のいい方は、人間てのはこういうものだ、とわりきってやってらっしゃるのかしら?
日「いやー、そこまでできる人はいない。みんな迷いがある」
小学生に向けた「いのちの授業」を200回以上行っている。
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小学生の蹴ったサッカーボールをブロック!
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日「昨日の2時間目は何の学科?」
「理科」
日「誰のために理科を習ったの?」
「自分のため」
日「皆さんの時間は全部、自分のためでしょう。それでいいんでしょう。みなさんが小さな時は。
でも、みなさんが大人になった時には、
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「そういう時が来るんですよ」
約1時間、子どもたちの間を歩き回りながら、命や平和について考えさせる。
日野原:
命とはどういうものかなあと自分で考えると、とにかく与えられたもので、自分で作ったんじゃない、それを命と言っている。
与えられた命を、芸、絵、人のために、この命を出すことが生きていく上で大切なことですから、
私はその大切な命を子どもたちに伝えたい」
篠田「その子が大人になった時の人となりに大変大きい影響を与えますね」
日「君たちの命は触ったり、目では見えないけれども、使うことができるのだから、その命を誰かのために使いなさい」
[食生活]
朝食は毎朝10時過ぎ。メニューは20年以上変わらない。
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バナナとミルクって、私と同じじゃんw 豆は体にイイんだなv
日「バナナを食べること。1日の食事は1500kcal。30歳の時の体重を生涯続ければ理想的」
(唇が松尾部長よりさらに紅をさしたように赤いのは血行も相当いい証拠だなv
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ランチは1杯の牛乳とクッキーのみ。
夕食は夜7時。
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こっちは豪華なんだ! 料亭みたい。これだけの量を食べられることが健康の一番の指標だな。
15分間で完食て!驚×1500 よく噛まなきゃダメっていう説が崩れたのでは?!
[悩み相談]
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10代女子大学生:
「将来やりたい事とか明確な目標がなくて、ただなんとなく毎日過ごしていて、なんとなく4年間過ごすかと思うと怖いです」
20代女性会社員:
やってみたいことがないので、今の仕事を頑張るしかないのかなと思って、
「辞めたい」と言っても、じゃ次何やるのって言われても何もない。
20代の男子大学生:
何もやりたい事がないから、解決策も分からない。
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ご名答!
篠田:
何にも心惹かれるものがない。若い人が生きる希望があまりないということでしょ。
それは、先輩、つまり我々年をとった人たちが、あんまり楽しそうじゃないからですね、きっと。
私たちがイキイキとやっていれば、“ああ、ああいうのいいな”て言うじゃない。
老いたる人のやっていることが、若い人には憧れたくない、憧れられないのよ。
日「私たちの力が足りない」
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40代主婦:
仕事にも復帰したいんですけど、なかなか思うようにもいかない。毎日手一杯で、考えている余裕が全然ない。
40代主婦:
今、一生懸命子育て中なので、趣味とか持てるかなとか、子どもが巣立った時、主人と2人で生きていけるかなとかという不安があります。
篠田「子育ては私の経験にないことだし、こういうやり方があるでしょう、とは簡単には申し上げられない。
私はよく言えば“独立心”がある、悪く言えば“わがまま”。だから私は自分がやりたいようにやってきた」
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日野原:
自分で求めて。そうすると出会い、英語でいうと“encounter”は人間の一生を変える。
子育てが終わった後は、社会の中に自分で飛び込んで、自分でチャンスを求めないと、
消極的な考えでは、解決法はないと思う。
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60代の主婦:
現実に足や膝が痛かったり、自分がどうなるのか漠然とした不安がある。
60代の主婦:
死っていうのが目の前に意識するようになる。身近な人が亡くなると、そういう年なんだって。
60代の主婦:
同世代の人が亡くなると感じる、怖いなって思う。
(そうは言っても、私が小さい頃の60代ておじいちゃん、おばあちゃんだったけど、みんな40代くらいに見えて、
実際は、なんだかんだ言いながらも女性はとくにパワフルに生きてる世代だよな。
それぞれの趣味を持ったりして、経済的にも安定してるんだろうし。
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日野原:
なんらかの病気をいろいろ持っている。その寿命を受け入れる心の広さがないと、こう迷う。
だから生きることを許される限り、自分がどう生き甲斐を持って与えられた命を終えるか。
(さすがの日野原さんもそう思ってるのか
篠田「私は30歳で肺結核になった。これは長生きできないと諦めたんですから、一度は。
それが長生きできた。人の寿命なんて医学だけでは分からない」
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日「私も大学の時に肺結核になった」
篠田「あの頃は、肺病なんて“死にますよ”と言われているようなもの」
日「薬がない時代だった。しかし、あるがままに生きましょうというね」
篠田「それは死に向き合うなんてことは、どんな偉い人だって、ちゃんと用意ができて、
“いつ死んでも大丈夫”なんて方はいないと思いますね」
(日野原さんを横にして、言いたいことはキチンと言えるパンクな人でカッコいい
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日野原:
作り出すこと、始めることが私の生き甲斐になってる。だから俳句やいろんなことを始めたり、
自分をそういう医療以外の世界の中に放り込むことに対する情熱を持っているということは、
“日野原先生若いですね”と言われるのは、始めることを忘れないという意味。
人間ていうのは希望がなければ生きられない。“もうこれはダメだ”と言ってしまうとダメになる。
自分が希望を持つということは、いろんな社会に飛び込んでいかないと、そのカーテンは開かない。
だから、自分でカーテンを開けようとする努力を必要とするから、
もっと自分の心のカーテンを広げて、チャンスを求めないと言うしかしょうがない。
私の場合は、許された寿命の間に一生懸命、全力投球をする、命を投入する、
与えられたことに一生懸命になれることが1つの生き甲斐ということを申したい」
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対談の3日後、篠田さんの103歳を記念して、103点の作品を展示する催しが開かれた/祝
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リトグラフの壁を見て「自分でやっても気が遠くなる」w
そこにスケジュールを調整して日野原さんも現れた。いつも会うとハグするのね。毎回が一期一会なんだ
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2人は手を握り合ったまま、しばし作品を鑑賞した。
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