■『左手のパズル (絵物語 永遠の一瞬)』(新書館)
萩尾望都/文 東逸子/イラスト
少女漫画の神さま~萩尾望都@漫勉
なんと妖しく、美しく、哀しい萩尾望都の世界
S.キングの霊にとり憑かれる『シャイニング』のようでもあり
自身の吸血鬼マンガ『ポーの一族』のようでもある
心理学で実際「吸血鬼病(ヴァンパイアフィリア)」て聞いたことがあるし
小さい頃から身寄りもなく、伯父に育てられたまま成長できずに儚く散った美しい少年は
『風と木の詩』も思い出す
今作では、恋人ソフィアが辛抱強く見守り、彼自身が現実世界のほうを選んだというのが重要
児童心理学としても深く考えさせられる
疎外され、否定されて育つと「自己肯定」が出来ずに
両親の離婚、その他すべてが「自分のせいだ」と思ってしまう過程は
こないだ書いたいじめの番組ともリンクした
知ってほしい・・・。“いじめ後遺症”@あさイチ
萩尾望都さんのマンガではなく、東逸子さんの挿絵を使ったのも、これ以上ないコラボレーション!
鏡の世界の右と左を最初と最後のページのバルコニーで表現している
1枚1枚が美しい絵画で、家に飾ったら、現実世界に戻れなくなりそうなほど惹きこまれてしまう
右手と左手
そのコトバと、幼い頃の愛情の欠如が結びついてしまっていることも興味深い
結局、この伯父らは、どの世界の人間なのか?
それは重要ではないのか
ヒトの深層心理の話なのかもしれない
▼あらすじ(ネタバレ注意
ソフィア(16)は学生コンサートのリハーサルで、チェロの代理で来たジョシュア(16)と初めて会う
いろいろ聞くと、両親は7歳の時に別れてどこかへ行ったまま
その後は森の中の家で伯父たちと暮らしていたが突然行方不明になった
その後は、祖母と港町に住んでいたという
ジョシュアはソフィアの部屋で同居を始める
彼は左利きだが、しょっちゅう左右を間違えることに気づく
「あなた、もしかして、左右を小さい頃逆に覚えて、誰にも注意されないままじゃないの?」
「どうして、この手は、左手なんだろう」
「世界中でそう決まってるのよ みんな好きに決めたら大混乱よ 正しく覚え直してよ」
次第にイライラしたソフィアは、きつい言い方をして、それからジョシュアは帰らず、学校も無断で休んでしまう
ソフィアは子どもの頃泣き虫だった
泣き虫って損です
いじめられるか、バカにされるか
だからある日、泣くかわりに怒ることにしたんです
そうだ、彼の世界は、こちらとは逆、鏡の中の世界なのです
私は彼を否定し、追い詰めたのです
1ヵ月後、ジョシュアは戻ってきて、これまで語らなかった自分の話をはじめる
母はすごく厳しくて、僕が“ヒダリキキ”なのを矯正された
両親は離婚して、ぼくの前から消えた
ぼくは森の中に住むアダン伯父の家に行った
両親がぼくを捨てたのは、ぼくが悪い子で、ヒダリキキもそのひとつだと思っていた
伯父は父と違って、いつも目が笑っていた
「ここでは、こっちの手を使ってもいいのさ」
ことばは変化した 左右は変化した
それがいけないと、もう誰も言わない
伯父は、古いクラブサン、ピアノ、リュート、フルート、
ヴァイオリン、チェロ、家にある楽器はなんでも、歌も教えてくれた
急に森の家から引っ越すことが決まり、もちろん僕も行くのだと思っていた
何時間も車と列車に乗り、祖母の家に残して伯父は消え去った
祖母はぼくの話を信じなかった
両親はぼくを学校の寄宿舎に入れたと言っていた
ぼくには伯父はいたが、クリフォードという名で、12かそこらで熱病で亡くなっていた
アルバムを見ると、森の家にいた顔と似た人たちがいた
アダン伯父さんそっくりで、もう1人は恋人のラウラ
祖母は、祖母の兄の従兄妹で、2人は結婚を反対されて心中したという
やっぱりあの世界は夢で、たくさんの人のいる規律正しく忙しいこちらの世界が本当なんだろうか
ソフィアは左右で怒るのを止め、2人は週末ごとに森の家を探したが見つからなかった
学校の卒業生に、イタリアで大成功したオペラ歌手がいた
「赤毛の歌姫」と言われたパンドラが、9月に特別に1日だけコンサートをすると話題になったが
直前に彼女は緊急入院してしまい、いろんな噂が飛び交う
11月のある日、ジョシュアに伯父から「赤毛の歌姫を聴きにいらっしゃい」と招待状が届く
「なぜ迎えに来なかったのか、すべてあなたも聞くべきだわ」
「そんなことを聞けるのは、嫌われても構わないって思える、君のような強い人だよ ぼくは言えない」
2人が列車を降りると車が迎えに来る
屋敷の中には大勢がざわめいていた
伯父は階段から降りて「やあ、帰ってきたね 私たちの息子」とジョシュアを抱き締めた
「あの端の部屋がぼくの部屋だった」
入るとベッドにパンドラが死んだように眠っていた
伯父「彼女は助けを求めてきた だから休ませているんだ」
「ちがうわ、誘拐してきたのよ! あなたは小さかったジョシュアもさらったのよ
鏡の国に閉じ込めて、左右を逆に教えて 何が目的なの?」
「我々は世の中から少し離れたところで過ごしている
別れが来た時は本当に辛かった でも仕方がなかった周期が来ていたから
我々は時々集まって眠ってしまうんだ
もし君が不幸なら、仲間に誘おうと思っていた」
階下にはラウラがいて、ふくよかな胸にジョシュアを抱き締めた
階段に歌姫が現れ、目の焦点が合わず、息を吸うさまも見せず歌いはじめた
『フィガロの結婚』の♪恋とはどんなものだろう
ジョシュアはラウラと一緒にいて、彼女は彼の首にキスしようとしていた
「帰るのよ!」
なにかが壊れる音が響きわたり、美しい灯りに映えていた壁や天井に染みが広がっていった
ソフィアはジョシュアを引っ張っていくと、運転手がいて
「家の中で事故だろ こういう古い家でパーティを開くなんて正気かなとは思ったんだけど」
森の家から帰っても、ジョシュアはほとんど食べなくなり、チェロを弾かなくなった
「吸血鬼病よ」
「あの人たちは吸血鬼じゃないよ
あの森の家の何もかもが嘘なら、ぼくは何を信じればいいんだ
あの人たちが僕を愛していたのが嘘なら、ぼくは何を信じればいいんだ」
3週間ぶりにジョシュアはチェロを弾いて泣いていた
その後、風邪をひいて家に閉じこもり、チェロを取り出しても音を出せなくなった
「私がいるわジョシュア 私があなたのそばにいるんじゃだめなの?」
「もしぼくがチェロを弾けなくなっても、ぼくのそばにずっといてくれる?」
「チェロを捨てて私といるのと、チェロをもってまた森の人と暮らすのと
あなたは・・・どちらが幸福なの?
でも、残されるのはいや そのときは、私も一緒に連れていって
(鏡の世界に ともに、死者の群れの中に)」
「ダメだよ きみは、捨てられた子どもじゃないんだ」
「あなたが行ってしまったら、私は捨てられた子どもになるわ」
チェロは彼の半分なのです
年が明けた雪の日、チェロを立てているジョシュアの前に伯父がいた
「こちらが右手だよ」 右手の甲にくちびるをつけました
「こちらが左手だよ」 左手も引き寄せてくちびるをゆっくりと押しつけました
「これですっかり鏡の世界からきみの世界に帰っていけるね」
そうして紳士は去り、彼に右手と左手を返してくれた
その夜から彼のチェロは再び音楽を奏でるようになり、
この日以来、彼が左と右を間違えることはなくなる
芝草の上で彼の手をとって手の甲にキスをします
こんなとき私はあの美しい伯父さんに負けた、と思います
でも今、いちばん彼を愛しているのは私です
萩尾望都/文 東逸子/イラスト
少女漫画の神さま~萩尾望都@漫勉
なんと妖しく、美しく、哀しい萩尾望都の世界
S.キングの霊にとり憑かれる『シャイニング』のようでもあり
自身の吸血鬼マンガ『ポーの一族』のようでもある
心理学で実際「吸血鬼病(ヴァンパイアフィリア)」て聞いたことがあるし
小さい頃から身寄りもなく、伯父に育てられたまま成長できずに儚く散った美しい少年は
『風と木の詩』も思い出す
今作では、恋人ソフィアが辛抱強く見守り、彼自身が現実世界のほうを選んだというのが重要
児童心理学としても深く考えさせられる
疎外され、否定されて育つと「自己肯定」が出来ずに
両親の離婚、その他すべてが「自分のせいだ」と思ってしまう過程は
こないだ書いたいじめの番組ともリンクした
知ってほしい・・・。“いじめ後遺症”@あさイチ
萩尾望都さんのマンガではなく、東逸子さんの挿絵を使ったのも、これ以上ないコラボレーション!
鏡の世界の右と左を最初と最後のページのバルコニーで表現している
1枚1枚が美しい絵画で、家に飾ったら、現実世界に戻れなくなりそうなほど惹きこまれてしまう
右手と左手
そのコトバと、幼い頃の愛情の欠如が結びついてしまっていることも興味深い
結局、この伯父らは、どの世界の人間なのか?
それは重要ではないのか
ヒトの深層心理の話なのかもしれない
▼あらすじ(ネタバレ注意
ソフィア(16)は学生コンサートのリハーサルで、チェロの代理で来たジョシュア(16)と初めて会う
いろいろ聞くと、両親は7歳の時に別れてどこかへ行ったまま
その後は森の中の家で伯父たちと暮らしていたが突然行方不明になった
その後は、祖母と港町に住んでいたという
ジョシュアはソフィアの部屋で同居を始める
彼は左利きだが、しょっちゅう左右を間違えることに気づく
「あなた、もしかして、左右を小さい頃逆に覚えて、誰にも注意されないままじゃないの?」
「どうして、この手は、左手なんだろう」
「世界中でそう決まってるのよ みんな好きに決めたら大混乱よ 正しく覚え直してよ」
次第にイライラしたソフィアは、きつい言い方をして、それからジョシュアは帰らず、学校も無断で休んでしまう
ソフィアは子どもの頃泣き虫だった
泣き虫って損です
いじめられるか、バカにされるか
だからある日、泣くかわりに怒ることにしたんです
そうだ、彼の世界は、こちらとは逆、鏡の中の世界なのです
私は彼を否定し、追い詰めたのです
1ヵ月後、ジョシュアは戻ってきて、これまで語らなかった自分の話をはじめる
母はすごく厳しくて、僕が“ヒダリキキ”なのを矯正された
両親は離婚して、ぼくの前から消えた
ぼくは森の中に住むアダン伯父の家に行った
両親がぼくを捨てたのは、ぼくが悪い子で、ヒダリキキもそのひとつだと思っていた
伯父は父と違って、いつも目が笑っていた
「ここでは、こっちの手を使ってもいいのさ」
ことばは変化した 左右は変化した
それがいけないと、もう誰も言わない
伯父は、古いクラブサン、ピアノ、リュート、フルート、
ヴァイオリン、チェロ、家にある楽器はなんでも、歌も教えてくれた
急に森の家から引っ越すことが決まり、もちろん僕も行くのだと思っていた
何時間も車と列車に乗り、祖母の家に残して伯父は消え去った
祖母はぼくの話を信じなかった
両親はぼくを学校の寄宿舎に入れたと言っていた
ぼくには伯父はいたが、クリフォードという名で、12かそこらで熱病で亡くなっていた
アルバムを見ると、森の家にいた顔と似た人たちがいた
アダン伯父さんそっくりで、もう1人は恋人のラウラ
祖母は、祖母の兄の従兄妹で、2人は結婚を反対されて心中したという
やっぱりあの世界は夢で、たくさんの人のいる規律正しく忙しいこちらの世界が本当なんだろうか
ソフィアは左右で怒るのを止め、2人は週末ごとに森の家を探したが見つからなかった
学校の卒業生に、イタリアで大成功したオペラ歌手がいた
「赤毛の歌姫」と言われたパンドラが、9月に特別に1日だけコンサートをすると話題になったが
直前に彼女は緊急入院してしまい、いろんな噂が飛び交う
11月のある日、ジョシュアに伯父から「赤毛の歌姫を聴きにいらっしゃい」と招待状が届く
「なぜ迎えに来なかったのか、すべてあなたも聞くべきだわ」
「そんなことを聞けるのは、嫌われても構わないって思える、君のような強い人だよ ぼくは言えない」
2人が列車を降りると車が迎えに来る
屋敷の中には大勢がざわめいていた
伯父は階段から降りて「やあ、帰ってきたね 私たちの息子」とジョシュアを抱き締めた
「あの端の部屋がぼくの部屋だった」
入るとベッドにパンドラが死んだように眠っていた
伯父「彼女は助けを求めてきた だから休ませているんだ」
「ちがうわ、誘拐してきたのよ! あなたは小さかったジョシュアもさらったのよ
鏡の国に閉じ込めて、左右を逆に教えて 何が目的なの?」
「我々は世の中から少し離れたところで過ごしている
別れが来た時は本当に辛かった でも仕方がなかった周期が来ていたから
我々は時々集まって眠ってしまうんだ
もし君が不幸なら、仲間に誘おうと思っていた」
階下にはラウラがいて、ふくよかな胸にジョシュアを抱き締めた
階段に歌姫が現れ、目の焦点が合わず、息を吸うさまも見せず歌いはじめた
『フィガロの結婚』の♪恋とはどんなものだろう
ジョシュアはラウラと一緒にいて、彼女は彼の首にキスしようとしていた
「帰るのよ!」
なにかが壊れる音が響きわたり、美しい灯りに映えていた壁や天井に染みが広がっていった
ソフィアはジョシュアを引っ張っていくと、運転手がいて
「家の中で事故だろ こういう古い家でパーティを開くなんて正気かなとは思ったんだけど」
森の家から帰っても、ジョシュアはほとんど食べなくなり、チェロを弾かなくなった
「吸血鬼病よ」
「あの人たちは吸血鬼じゃないよ
あの森の家の何もかもが嘘なら、ぼくは何を信じればいいんだ
あの人たちが僕を愛していたのが嘘なら、ぼくは何を信じればいいんだ」
3週間ぶりにジョシュアはチェロを弾いて泣いていた
その後、風邪をひいて家に閉じこもり、チェロを取り出しても音を出せなくなった
「私がいるわジョシュア 私があなたのそばにいるんじゃだめなの?」
「もしぼくがチェロを弾けなくなっても、ぼくのそばにずっといてくれる?」
「チェロを捨てて私といるのと、チェロをもってまた森の人と暮らすのと
あなたは・・・どちらが幸福なの?
でも、残されるのはいや そのときは、私も一緒に連れていって
(鏡の世界に ともに、死者の群れの中に)」
「ダメだよ きみは、捨てられた子どもじゃないんだ」
「あなたが行ってしまったら、私は捨てられた子どもになるわ」
チェロは彼の半分なのです
年が明けた雪の日、チェロを立てているジョシュアの前に伯父がいた
「こちらが右手だよ」 右手の甲にくちびるをつけました
「こちらが左手だよ」 左手も引き寄せてくちびるをゆっくりと押しつけました
「これですっかり鏡の世界からきみの世界に帰っていけるね」
そうして紳士は去り、彼に右手と左手を返してくれた
その夜から彼のチェロは再び音楽を奏でるようになり、
この日以来、彼が左と右を間違えることはなくなる
芝草の上で彼の手をとって手の甲にキスをします
こんなとき私はあの美しい伯父さんに負けた、と思います
でも今、いちばん彼を愛しているのは私です