Quantcast
Channel: メランコリア
Viewing all articles
Browse latest Browse all 8633

『赤い靴』 東逸子/画(偕成社)

$
0
0
『赤い靴』(偕成社)
山中恒/作 東逸子/画

「読書感想メモリスト1」カテゴリーに追加しました。

▼あらすじ(ネタバレ注意

私は両親、妹たちと東京近郊の小さな町に住んでいました
中学1年生 戦争の終わる半年前のことになります

その頃、日本は中国、アメリカ、イギリスとも戦争をしていました

隣りの相倉さん宅には4歳になるマリちゃんという可愛い女の子がいて
当時はとても珍しい人形を持っていました

赤い靴を履き、金髪で、青い目の磁器のママ人形で
寝かせると目を閉じ、起こすと目をあけて「ママー」と言うのです

体が弱く一人っ子のマリちゃんの相手は、チロという子犬と、ママ人形のモモちゃんだけでした

その頃は人形なんか作っているところはありません
飛行機や、爆弾、大砲などの兵器ばかりです




中学生も授業はなく、毎日のように近所の農作業の手伝いをしたり
上級生は泊り込みで兵器工場に働きに行かされました

役人は、子どもたちに「欲しがりません勝つまでは」などと言わせて
ノートや甘いものも配らず、敵国の歌まで禁止しました


やがて、この小さな町にも空襲警報のサイレンが鳴り、
恐ろしい焼夷弾や爆弾を積んだアメリカの飛行機が毎日のように夜昼となく飛ぶようになりました

マリちゃんのお父さんは仕事、お母さんは隣組の防空隊へ行くので
マリちゃんは、人形と子犬といっしょにじっと防空壕に入っていました




ある日、チロは退屈で、人形をくわえたために、人形の足と手が壊れてしまい
マリちゃんは防空壕を飛び出してお母さんのところへ走って行ってしまいました

隣組の防空隊の群長さんが厳しい顔になり
「これはアメリカ人形じゃないですか これは問題ですぞ!」
と言いました

その頃、学校で「撃ちてし止まん」とアメリカ製の人形を竹やりで突き壊したり
燃やしたりして、敵国に憎しみを抱けと、軍人、教師、役人たちが国民に気合いをかけていたのです

群長さんが人形を踏み潰すのを、人形にモンペを履かせ、外へ持ち出さないと
お母さんが頼みこんで、内緒で許してもらいました


「いやぁねぇ、こんなモンペ!」
「でもねマリちゃん、戦争なんですよ」

「ねえ、センンソウっていやぁねぇ!」
「ほんとうにそうねえ!」





東京が焼け野原になったと噂になり、町にも家が焼かれたり、死人が出るようになり
建物の「強制疎開」といって、軍需工場のそばの商店や住宅が壊されることになり
私はその手伝いをさせられていました

マリちゃんのお父さんは、お母さんとマリちゃんを遠い田舎のおばあさんのところへ疎開させることにしました
汽車の切符も制限つきで、証明書がなければ買えません
荷物も1人何個と決められていました

疎開の前の晩、マリちゃんは高熱を出し、お父さんはマリちゃんを荷物と一緒に持たなければなりません
マリちゃんのお父さんは、私に言いました
「リュックにマリの財産が入っているが、家内に燃やすよう言ってくれませんか?」

最後に人形が残りました
座敷のほうであの防空群長さんの大きな声がして
マリちゃんのお母さんは「燃やしてください」と私に言いました

真っ赤な炎で、人形の可愛らしい顔がものすごい形相にかわり
ガラスの目が焼けて赤くなり、私は背筋がぞおっと寒くなりました





「モモタン、あたしのモモタンいない・・・」

「あのね、マリちゃん あのお人形はアメリカのお人形だから
 アメリカに帰ったんだよ ほら、お歌にあるでしょ、赤い靴はいてた女の子・・・」

「どうちて、マリちゃんをおいてかえっちゃったの?」

「戦争なのよ マリちゃんに分かるかしら?」

マリちゃんは、赤くなった目にいっぱい涙を浮かべて、可愛いこっくりをしました

「センソウって、いやでちゅねえ!」



【山中恒さんあとがき 内容抜粋メモ】

この物語の素材になった人形の話を東さんにしたら、人形に詳しい東さんが
「それはドイツ製のビスクドールですよ」と教えてくださいました

もしそうなら、モモちゃんは焼かれずに済んだのです
でも、外国製の人形はみな、敵国アメリカ製品と頭から決めこんでいた
当時の大人たちは、やっぱり許さなかったでしょう

東さんの素晴らしい絵で、私はもう一度再会できて
あの時の悔しさを託すことで、モモちゃんに許しを請うています

1992年


ジュモー人形~その歴史と見所~



Viewing all articles
Browse latest Browse all 8633

Trending Articles