■『閉ざされた時間割』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑、本文イラスト/谷俊彦(昭和52年初版 昭和58年19版)
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
1度読み直した時のメモがあったので、それはそれで残すことにした
『閉ざされた時間割』 眉村卓/著(角川文庫)
[カバー裏のあらすじ]
この奇妙で恐るべき事件は、中学二年生の良平が珍しく勉強にうち込もうとしている夜に始まった。
はじめ良平は、ベランダに映る無気味な人影を見た。
そして翌日、彼のノートにはメモした覚えのないことが書き込まれているのを発見。
次には何故か夢遊病のように学内をふらつく先生と生徒を目撃・・・。いったい何が起きたのか?
そして魔の手はついに、ガールフレンドや、良平の家族にものびてきた!
人間の乗っ取りを企む借体生物との闘いを描くスリルあふれる眉村卓の傑作SFジュブナイル!
表題作のほか「押しかけ教師」等3篇収録。
▼あらすじ(ネタバレ注意
「閉ざされた時間割」
松田良平は、深夜、苦手な数学の勉強をしていると、
誰かに見張られているような気がして、窓の外を見た
そこには、良平ぐらいの少年の姿がハッキリと映っている
「だれだ?」
勇気を出して、窓を開けると、そこには誰もいなかった
翌朝 近所に住むクラスメートの三原令子に弟・努のことで相談があるから昼休みに会ってくれと言われる
1時限目の数学 良平は急に抗い難い眠気に襲われる
気づくと、教師の姿がいない 1時間も眠ってしまったと焦っていると
他の生徒から授業が終わったと言われ驚愕する
「そういえば、今日の松田さん、いつも違っていたわ やたら質問したり、すすんで答えたり」
良平はそんなタイプではない
クラス委員の山形英一が割り込んできた
「よせよせ 松田のいつもの冗談さ」
良平は自分のノートを見ると、自分の筆跡ではなく、拙い文字で
授業を一言一句メモった6時限分の書き取りがあったが、全然覚えていない
令子に声をかけると、とても怒っていた
「相談に乗ると言ったのに、いくら話しかけても知らんふりして いい加減な約束しないで!」
帰り道、普段そう親しくはない山形に話しかけられる
「君、変なことを尋ねるが、今日、いつもと違ってなかったか?
ひょっとして、ずっと意識がなかったんじゃないのか?」
そこまで言って、首をがくんとうなだれたかと思うと、すぐにしゃんとして
「冗談だよ なんでもないんだ!」と去って行った
2人が話していた場所に突然クルマが暴走してきて電柱にぶつかった
その瞬間、良平は山形が宙に跳躍して逃げるのを見た
家に帰り、様子がおかしいと両親から心配されるが、気が変になったと思われたくなくて言うのを控える
令子に聞いてみよう 自宅から5分のところにある家に行くと、ツトムくんがぼうっと佇んでいる
声をかけると、消えた
令子が出てきて「弟は2階で勉強してるわよ」という
事情を話すと「それなのよ! 相談したいのは 近頃、別人みたいなの 私と話したことを忘れてしまっていたり・・・」
両親に話したがまともにとりあってくれないという
気づいたのは1週間ほど前 中廊下にツトムがいたが目の前から消え、もう1人のツトムはお風呂に入っていたという
良平も自分に起きたことを話し、ノートを見せると、さっきは気づかなかった文字に気づいた
“このことは他人にもらしてはならない もらすと、君でなくなるかもしれないからだ”
翌日、また令子と放課後に会う約束をしたが、令子は欠席していた
国語の授業で、教科書を読ませていると、学期のはじめから休んでいる上谷の席に
なぜか1年の教科書をもって見知らぬ生徒がぽかんと立ち上がった
それを見た山形は「お前はまだ早すぎる! 出ろ!」と声を出した
生徒は首をがくんとうなだれ、泣きそうに「なんだか知りません 気づいたらこんなところにいるんです」
次は国語の先生が頭をうなだれ、フラフラと隣りの教室に入っていく
生徒がついていくと、良平の横にいた山形が前に倒れた
国語の先生は「ここはどこ? 私は何をしていたの?」両手で顔を覆い、泣きながら廊下を走って行ってしまう
国語の先生の振る舞いも変だが、山形の様子もおかしい
女子生徒が「山形くん、職員室へ見に行ってよ」と言い、山形が出て行って1、2分後
山形の後ろの生徒が叫び声をあげた 前に山形が座っていて、
背中を突くと指がつき抜けて、山形は目の前から消えた
山形は教室に戻り、消えたと言われるとぎくりとして
「僕は知らん! 失敬だ 僕は早退する」と教室を出て行ってしまう
放課後、令子が気になった良平は家を訪ねると、玄関に鍵もかけず、家には誰もいない
壁には大きな乱れた字で「助けて」と書かれていた
近所の人も来て「ツトムちゃんのお友だちも来たのよ 欠席したからって」
「今晩待ってみて、明日も誰も帰らなかったら、警察に届けてみたら?」ということになった
良平はようやく両親に話す
「そういえば、今日、山形さんが来て、僕からの手紙が来ていたら、
間違って出したものだから返して欲しいって言うの」と母
翌朝、令子の家にはやはり誰もいない
そこに靴音が聞こえ、慌てて隠れると、山形が来て、ペンで書かれた文字を消し始める
「どうしてそんな真似するんだ!」
良平がつかみかかると、宙に浮き、1回転して叩きつけられた
近所の人、親も来て、良平はひどい怪我を負い、翌日は学校を休んだ
そこに山形からの速達が届く
“松田くん 急いで書く じきに奴らが来て、僕を占領してしまうからだ
そいつには実体がない 人間の体を乗っ取るのだ
初めて経験したのは4週間前 はじめは3、4日おきだった間隔は短くなり
それにつれて、僕の体の使い方が上手くなったようだ
この手紙はこれで2回目 1回目は書いている最中に乗っ取られ、処分されたらしい
今度はうまくいってほしい”
母にも手紙を見せる その良平の枕元に胸から下が透き通った父が立っているのを見た
そこに父が帰ってきて「母さんは植え込みにいたんじゃないのか?」と言う
チャイムが鳴り山形が来た 迷っているとベランダまで跳び、靴のまま入ってきた
手紙を切り裂き、父母が同時にがくりとうなだれた
良平は両親に腕をつかまれ、クルマに乗せられた
クルマの中に包帯を巻いた自分がいるのを見て、不審に思ってくれる人がいないかと期待したが
交差点で停車しても、すぐそばを通りかかる人は、車内の様子など見ていないものだとすぐに悟った
通行人にとっては、ただの物体にすぎないのである
考える時間があるなら、あるうちに考えよう
なぜ、自分は乗っ取られなかったのだろう
外をもっと見ていれば、ここがどの辺か検討くらいはついたのにと後悔したが、目的地に着いてしまった
そこは廃校で、地面が突然盛り上がり、円盤型に盛り上がり、奇妙なエレベーターに乗せられ、
地下深くに着くと、かなり大きな部屋に、男女、少年少女が疲れ果てた様子で集められていた
その中に、三原家族もいた
家族が誘拐されるまでのことを話す令子
ツトムが「自分を縛ってくれ 他の何かに乗っ取られている」と言う
首が垂れて「僕はこれから使命を果たしに行かなければならない」と出て行った
そこに山形が来て「こうなっては仕方ない みんなで行ってもらうしかない」
令子「私たち、工事場に連れていかれ、監督に命令されて、時間制で働かされてるの」
頭上から声がして「働く時間だ あと1分でドアは閉じ、空気調整も停止する 急げ!」
良平も従い、歩きながら歩数を数えていた(『少年探偵団』みたい
つるはしのようなものを渡され、労役の監督に子どももごちゃまぜに4班に分けられ、岩盤を掘らせる
休んだり、作業が遅いと、金属棒でムチのように叩かれる
良平の近くの少年が倒れ、ムチで叩かれても動けない
「反抗もなにも、その子は動けないんだぞ! 働けなくなれば処分するとか・・・」
反射的に班長の足に飛びついて、金属棒を奪い取り、一撃を加えると、班長は我に返った様子
「みんな逃げよう!」と言っても、みんな諦め、疲れきっていた
監督がきて「こんな非能率的なやり方はおかしい」と良平が噛み付くと、やはり彼も我に返った
「痛みだ! やつらは体の痛みが怖いんだ!」
その時、黄色い煙があがり、みなバタバタ倒れた
気づくと、良平は大きなイスに縛りつけられていた
真っ白な、上から下まですっぽりと服をかぶった連中に尋問を受ける
「我々のどこが卑怯だというのだ これは本能だ
借体型の生物は、生命体に乗り移る 不快な感覚は味わいたくない 敏感なのだ
お前に選択させよう 処分されるか協力するか
我々の数は限られている 3日もすれば、本隊が到着し、10万以上の仲間がくる
あとは人間に乗り移る 協力はそれまででいい」
良平は考え
「僕はお前たちのことを何も知らないから、どうすれば役立つか分からない
乗っ取られていない山形に会って相談させてくれ」
白い服の3人は良平を部屋に閉じ込めた
部屋の向こうには石油缶のような透明な容器が3つ並んでいた
青みをおびた液体が入っていて、20cmくらいの黒い玉が浮かんでいる
山形が入ってくると、その中の1つが液体と同じ色になった
「あれはやつらの休憩場なんだ 何時間か乗り移っていると、しばらく体を出ていかなきゃならない
待機球と呼んでいる 何日も休息する時はここに来る やつらのホテルみたいなものだ」
この会話が相手に筒抜けだと分かり、2人は慎重に話すことにする
山形
「我々は全力をあげて協力しなければならない 1つにまとめさえすれば仕事はしやすくなる
障害は叩き潰して、求める方向へ努力すべきだ
それにはたとえ友人でも徹底的に厳しく、手加減してはいけない」
山形は、あの待機球をみんなで協力してやっつけて逃げろと言っているのだ
そのためには、手加減せずに傷つけあえば、奴らは乗り移れない
山形が透明なドアをなでて開ける様子を見た
良平は、みんなのいる部屋に戻り「もっと働かなければならない あと3日もすれば本隊の第一陣が来る」
みんなは良平が敵の味方になったと思い、冷たい態度になる
数日が過ぎ、良平は最初のエレベータから地上に出される
オレンジ色の光る円盤が降りてきた
「あの飛行体には、約100個の先遣隊員をおさめた待機球が積んである
すべてこの基地におさめる作業は、お前が指揮をとれ」
「これは重要な任務だ 僕の指揮に従わない者がいたら大変だ 僕にも武器を持たせてほしい」
ピストルに似た武器をもつ奴は「こんな高性能の武器を貸すことはできないが金属棒を渡そう」
良平は武器を持った奴の手首を思いきりたたき、待機球の容器を蹴倒した
武器を奪い取り、待機球を撃つと、爆弾さながら火の塊となって弾け飛んだ
エレベーターに戻ると山形とツトムが立ちはだかるが、金属棒で叩くと我に返り
「ありがとう! それにしても、随分殴りやがったな」
男たちが来て例の武器を出すと「やめろ! それは人の体だけでなく、我々も破壊するのだ!」
坑道に行き「みんな 奴らに乗っ取られないよう、お互いに殴り合うんだ 脱出だ!」
良平は、待機球がたくさん並んだ部屋を思い出し、武器で撃つと爆発とともに炎が大きくなり意識が遠のくのを感じた
病院で気がつき、父が
「みんな救急車で病院に運ばれた グラウンドは陥没するし、校舎は火事だし、大騒動だったらしい
だが、警察はもとより、だれも信用しないんだ 集団幻覚と考えているらしい」
彼らはまだどこかにいるはずだ 本隊が来れば、世界中の人々が乗っ取られる
まだ何も終わってはいないのかもしれない
良平は、ふと今までの毎日のことを考えた
学校や、世の中はこんなものだと自分で決めて、枠の中で人生を送っている自分たちは、本当に自由だろうか?
借体生物に乗っ取られているのと、実は大差がないのではなかろうか、と
「少女」
青山伸一郎がいつものように学校へ行こうとすると、同じ年くらいの可愛い顔立ちの少女から声をかけられた
「青山伸一郎さんね?」と言って少女はけたたましい声で笑い出した
テルテル坊主のような形の真っ赤な服を着ている
どうしたわけか、こんな奇妙な女の子といても誰もこっちを見ていない
教室にも勝手に入り、授業中もずっと話しかけられ、ちっとも勉強に身が入らないため
隣りの藤川律子が心配して声をかけるが「別になんでもないよ」と誤魔化す
「返事ぐらいしてよ!」と少女が伸一郎を激しくゆさぶり「やめてくれ!」と言うと
律子「何してるの? 一人で体をゆすって叫んだりして」
間違いない この少女は自分以外に見えないし、声も自分にしか聞こえないのだ
少女「“目標同調四次元震動装置”がはたらいてるから伸一郎さんにしか分からないのよ
授業後、律子は「私なんて何の役にも立たないかもしれないけど、心の負担を軽くすることはできるかもしれない」と言ってくれるが
少女にからかわれ、伸一郎は思わず「やめないか! いい加減にして、どこかへ行ってくれ!」と言い
律子は自分に言ったと思い、廊下を走り去って行ってしまった
グラウンドでサッカー部の練習になると、少女のことも忘れてしまう
ここ数日の練習が認められれば、今度の試合でゴールキーパーとして出場できるかもしれない
そこにも少女が邪魔しに来る 「助けてあげるわ!」
伸一郎のこぼしたボールをはねかえしたが
「自然の土の上でやるサッカーって、こんなに不潔なものだとは思わなかった
これじゃ病原菌がとりくつ機会を、わざわざ与えているようなものよ!
破傷風にでもなったら大変よ やめて!」と今度は足を引っ張り始める
キャプテンに怒られ、少女を叱り、ふと見ると、グラウンドの隅でポツンとうなだれているのを見て
さすがにかすかな後悔がわきあがってきた
帰り道、少女が来て
「もうそろそろ時間だし、、、やっぱり一度謝らないと気が済まなかったの
私、そんなにいけない子だった?」
「まあね とにかく人の迷惑も考えないのは、どうかと思うよ」
「そっくりだわ 今のパパの言い方だわ やっぱり来てよかった
自分と同じ年頃のパパと会うのは悪くなかったわ
私、あなたの子どもなのよ 1960年代を調べることになって
歴史研究用のタイムマシンを借りて、少年時代のパパの生活を見に来たのよ
明日は、私と同じ年頃のママと会うつもり」
待ってくれと言おうとした瞬間、少女は消えてしまった
その日以来、あの少女に少しでも似た女の子と会うたび、頭に血がのぼる感じを覚えるのである
(まだ今はタイムマシンは開発されてないのが残念でしたね、眉村さん
「月こそわが故郷」
宇宙開発庁の玄関で、建設隊長・ツガワは、少年と職員がもめているのを見た
「月面都市の建設隊員は半年も前に決まっているんだ
第一、お前のようなヒョロヒョロした体で月などとても行けないと、この前も言ったじゃないか 出ていけ!」
訳を聞くと、
「僕の名前はサカタヒデオです 僕は月で生まれました 僕は月に帰りたい 月で死にたいんです
僕の父母は、第一次月面都市が完成する前に、事故で月の上で亡くなりました 僕の故郷は月なんです」
「一緒に開発長官のところに来たまえ」
ヒデオは、両親の死後、9歳の時に地球へ送り返された
「月の引力は、地球の1/6 僕は地球で生まれた人より筋肉も弱く、骨も細い みんなに馬鹿にされどおしだった」
“月面護身術”は身につけているという
「形のとおり動くだけで、相手を倒すこともできます でも、地球は引力が違うので役に立ちません」
ツガワ「私は、彼を隊員に加えたいと思います」
訓練所のベッドでヒデオは建設隊員の有志・ハラに起こされる
「オレは半年前に選抜された正規の建設隊員だ
お前は隊長に直接頼みこんで加えてもらったそうだな
“建設隊員を辞めます 僕にはとてもつとまりません”と隊長に言うんだ」
「いやです!」
ヒデオはハラからひどい暴力を受ける
月へ行く前にあらゆる道具の使い方などをマスターしなければならないが、ヒデオはいつも抜群の成績をおさめた
訓練所の機械類は、幼い頃に使い慣れていたものとほぼ同じだったからだ
このことは逆に隊員たちの間に妬みを植えつけた
ヒデオはみんなと打ち解ける間もなく、月へ出発する日がやって来た
先発隊の基地のある嵐の大洋へ軟着陸を試みた時、外部のどこかがやられ、船内の気圧が下がり始めた
ヒデオがパイロット室に行った時、ツガワはもう失神していて、ハラが飛び込んできた
「隊長! 隊長! しっかりしてください」
ヒデオはハラの頬を殴り
「先に船内の処置をするんだ!」
「きさま、オレたちに命令するつもりか? 命令は隊長が出すものだ」
ヒデオはハラを宙で1回転させ、ハラはそのまま気を失った
「ただちに空気漏れの箇所を探せ!」
「空気漏れの箇所発見! いくら押さえても漏れてしまいます」
「各自、宇宙服を着用し、脱出の用意! パイロット室は隔壁で分離した
諸君は月上車で基地へ向かえ! 宇宙服の酸素タンクは4時間分しかない
月上車を組み立てるのに30分、基地まで3時間かかる ただちに始めよ!」
隔壁をブロックすると、もはや新しい空気は入ってこない
「そのままでは、2時間ももたんぞ」
「無駄口をたたかずに早く行け!」
船外はマイナス200℃ぐらいの真空
窓を開ければ、一瞬で窒息し、体内圧のためはじけ散ってしまう
ヒデオは、酸素をムダにしないため、ハラにも横になって喋るなと指示する
ハラ
「死ぬ前に言うのはおかしいが・・・月を開発するのは英雄ではない
平凡な、しかし、どんな場合でも辛抱できるやつでないといけないんだな
お前のとった処置は正しかった」
ツガワ
「君たちの話はさっきから聞いていた サカタを見ろ 何も出来ない時は、何もする必要はない
彼と一緒にいるかぎり、我々は彼と同じでいようじゃないか それが最善の方法なんだから」
ヒデオ
(僕は月の人間だから、月で生きるのは月の人間でなければダメだと信じていた
やっと分かってもらえたんだ)
基地から駆けつけた救援隊は、途中で建設隊員を拾い、そのままロケットに急ぐと
ヒデオらは昏々と眠っていた その口元には微笑すら浮かんでいたのである
「押しかけ教師」
水野真司は、中学の頃はトップクラスだったのが、南陵高校に入ってから
やることなすこと、すべて思うようにいかなかった
自信を取り戻すために、柔道部に入っても、中学から習っていた連中には歯が立たず、1年生にさえ投げられる始末
要するにダメ人間なのだ 近頃はしょっちゅうそんな気分だった
あと10日で期末テストが始まり、夏休みになる
例によってひどい成績をとり、思いきり遊ぶこともなく、何かに押さえつけられるように勉強することになるのだろう
バウンドしてきたボールを拾い上げる
「ありがとう!」
バレー部のエースで、成績上位、チャーミングな中塚こずえはクラスの花形だ
真司も好意を抱いていたが、到底手の届かない人だ
彼女は自分がクラスメートだとも気づかなかったかもしれない
「きみ」
背後から、長髪、ジーパンスタイルの見知らぬ青年に声をかけられた
「僕と友だちにならないか? いろいろ得をするよ」
どこかの犯罪組織の一員だろうか? 「失礼します!」
逃げながら、あんな変な人に声をかけられた自分が情けなかった
帰宅し、数学にとりかかるが頭が混乱する
新しい参考書を買いに、近くの本屋に行くと、またあの青年が声をかけてきた
「きみ、数学が不得意なのか? 僕を家庭教師にしないか?
僕は浪人でね T大を受けるため、田舎から出てきて、この辺に下宿してるんだが、
教えることには自信があるんだ どうせ教えるなら、頭のいい生徒の多い南陵高校生をと考えて
君がピッタリだと思ったのさ 1、2時間でいいから、効果がなければ引き下がる どうだ?」
藁をもつかみたい真司は名前を聞くと
「僕は、吉田茂だ まあ名前なんて符号だから 有名人と同じでも気にすることはない」
夕食後、両親の前に現れた青年は、髪をきちんと分け、シャツに紺色のズボンを着て
真面目な口調で事情を話し、両親はすっかり好感をもつほどだった
「それじゃ、はじめるか」
吉田は、教科書をパラパラとめくり、30秒ほどで全ページを見終えてしまった
シャツから筆記用具を出して、練習問題を書き始めた
真司は、筆記用具が自由自在に変わるのに見とれていると
「ペンなんかじゃないよ・・・いや、これは新製品でね それより問題をやってみたまえ」
「こんなに時間がかかっちゃいけないな 1年の教科書を出して 君はできるはずなんだ」
それは、今まで聞いたことのない鮮やかな講義だった
1つ1つの単元について、その概念はどう生まれたのか、矢継ぎ早に、しかもまた実に面白い
担任教師が真司に通知簿を渡す時「お前、やったな」と言う
見ると、1年の3学期よりも150番も上がっていた
こんなことのことのできる吉田とは、何者だ?
こずえ
「水野さん、今度のテストで、数学、クラスのトップだったんですってね
私、数学なら誰にも負けないつもりだったのに この次は覚悟してらっしゃい」
あのこずえが、彼を対等に扱ってくれたのだ
しかし、そんなに知識を持つ吉田がT大をパスしないなんてことがあるだろうか?
吉田は教授料もとらず、3日に1度くらいで、夜訪ねてきた
「ぼくが何者か、だって? それを聞いてどうする?
今はまだ話せない 君にウソをついたことは認める
だが、君の成績は上がった とにかく君は僕を利用することだけ考えていればいいんだ
僕は、僕の世界のやり方で君を教える それが効果を上げるのが楽しいんだ」
真司は、吉田の“僕の世界”と何度か言うことなどに何かひらめいた
「もういいじゃないか それより、明日から柔道の合宿が始まるんだね?
今日は柔道のコーチをしよう 僕たちがやったのは別のものだが、基本技術が応用できそうなんでね」
真司は開き直った こんな素晴らしい家庭教師はどこにもいないのだ
連携技を使えるようになり、合宿後にはレギュラーとも互角に戦えるようになった
キャプテン「そろそろ黒帯だし、試合に出しても大丈夫だろう」
真司は、2学期の中間テストでは、クラスのトップグループに入り、部活では柔道初段になった
劣等感は消し飛び、自信満々に高校生活を送れるようになり、クラスの花形の1人になっていた
生徒会の後期生徒会長に当選し、柔道部の副キャプテンとなり、GFはあのこずえなのである
吉田に教えられたこともあるが、あとは自分で勝ち取ったものだ 今の自分が自分なのである
こずえが「勉強を教えて」と家に来ていた日に、吉田はやって来て
大きなカバンをさげ、腰に機械装置のようなもののついた異様なベルトを締めている
「今日はお礼に来たんだ これからはもう永久に来ない
私は仲間と賭けをしてね 人間というやつをおだて、人格を破壊するのにどのくらいかかるかということだった
人間は面白い生物でね、何もかもうまくいくと、だんだんダメになり、
堕落して、もとの人格まで戻ってしまう 私は、それを密かに念写で立体映画に撮った
水野くんの成績を上げ、すっかり天狗にするのに5ヶ月しかかからなかった
今の水野くんには、あの頃の内省も、謙虚さもすっかりなくなっている
我々の目から見れば、人格破壊に至っている
このフィルムを証拠に、仲間から賭け金をせしめることができる
面白い実験だった お礼だけ言って、おさらばする」
「待て! あんたは僕がダメになったというのか?」
「そうじゃないかね? 今の君は鼻持ちならないよ 高慢で、息が詰まりそうだ
私はそんな安っぽい人間なんかじゃない 次元を自由に往来できる生物で、変身も思いのままだ
本体にかえって、自分の住む次元に戻るよ」
吉田はボウリングのピンのような恰好に変わり、消えた
真司は頭を抱えて絶叫をあげた
【佐藤忠男解説 内容抜粋メモ】
人間が、人間の主人は自分たち人間自身だと考えるようになったのは、ごく近年だと思う
それまでは、人間の主人は神だと考えてきた
それがわずか数百年ぐらいで頭の切り替えができるはずもない
国家を主人と考えたり、国家の主人である特別の人間は神さまと同じ存在だと考えようとしたりしてきた
だが、人間の主人はやはり“自分”なのだ
人類の歴史から考えると、キツネ・タヌキに化かされるとか、国家に身も魂も捧げるべきだとか
ご先祖さまに見守られて生きているとか、道に背けばバチが当たるとかのほうがずっと心に馴染んでいる
自分のことは自分で自由に決めると考えるには勇気がいるのだ
眉村の書く“借体生物”には実態がない 狐憑きみたいなものだ
デビュー作の『下級アイデアマン』という作品で、人間がロボットと同じように
ただ与えられた仕事をその通りにやるだけの存在でいいのか、というテーマを出した
その後「インサイダー文学」を提唱
文学はアウトサイダー的な人間を描くだけでなく、
社会組織の内側にいながら、組織に人間性をスポイルされることなく努力する人間を描こうと試みた
ロボットは空想科学小説の重要なテーマの1つだが、眉村は人間のロボット化を問題にしたわけだ
現代でもすでにそうなっていると言うべきかもしれない
戦争に賛成とも反対とも意見を持たず、ただ自分の勤めている会社が兵器を作っているからというだけで
上司の言うままに兵器を作るサラリーマンは、ロボットに近い存在だろう
会社が彼の主人なのか?
それとも、彼の体と心は、会社という借体生物に乗っ取られているのか?
人間は、決意し、努力しなければ自分自身の主人にはなれない
「閉ざされた時間」の良平たちのように、人間は自ら苦しむことのできる唯一の生物なのだ
そしてたぶん、自ら苦しむことを恐れない者が、はじめて自身の主人になることができる
これは素晴らしい発見ではなかろうか
自分が自分でなくなる、という恐怖は、眉村の小説に繰り返し現れる
これは人間が古くから抱き続けてきた恐怖の、現代的な現れだ
空想科学小説は、科学が発達すると、驚くべき未来が開けるという興味に応える読み物として現れた
しかし、むしろ逆らしい、と人々が気づくより早く、空想科学小説は変貌した
神や悪魔などを信じなくなった人々のかわりに、未来科学を扱うことで
人間が本当に自分の主人になるとはどういうことなのか、を問う文学になったのだ
追。
巻末の新刊情報には美輪さんの本発見
眉村卓/著 カバー/木村光佑、本文イラスト/谷俊彦(昭和52年初版 昭和58年19版)
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
1度読み直した時のメモがあったので、それはそれで残すことにした
『閉ざされた時間割』 眉村卓/著(角川文庫)
[カバー裏のあらすじ]
この奇妙で恐るべき事件は、中学二年生の良平が珍しく勉強にうち込もうとしている夜に始まった。
はじめ良平は、ベランダに映る無気味な人影を見た。
そして翌日、彼のノートにはメモした覚えのないことが書き込まれているのを発見。
次には何故か夢遊病のように学内をふらつく先生と生徒を目撃・・・。いったい何が起きたのか?
そして魔の手はついに、ガールフレンドや、良平の家族にものびてきた!
人間の乗っ取りを企む借体生物との闘いを描くスリルあふれる眉村卓の傑作SFジュブナイル!
表題作のほか「押しかけ教師」等3篇収録。
▼あらすじ(ネタバレ注意
「閉ざされた時間割」
松田良平は、深夜、苦手な数学の勉強をしていると、
誰かに見張られているような気がして、窓の外を見た
そこには、良平ぐらいの少年の姿がハッキリと映っている
「だれだ?」
勇気を出して、窓を開けると、そこには誰もいなかった
翌朝 近所に住むクラスメートの三原令子に弟・努のことで相談があるから昼休みに会ってくれと言われる
1時限目の数学 良平は急に抗い難い眠気に襲われる
気づくと、教師の姿がいない 1時間も眠ってしまったと焦っていると
他の生徒から授業が終わったと言われ驚愕する
「そういえば、今日の松田さん、いつも違っていたわ やたら質問したり、すすんで答えたり」
良平はそんなタイプではない
クラス委員の山形英一が割り込んできた
「よせよせ 松田のいつもの冗談さ」
良平は自分のノートを見ると、自分の筆跡ではなく、拙い文字で
授業を一言一句メモった6時限分の書き取りがあったが、全然覚えていない
令子に声をかけると、とても怒っていた
「相談に乗ると言ったのに、いくら話しかけても知らんふりして いい加減な約束しないで!」
帰り道、普段そう親しくはない山形に話しかけられる
「君、変なことを尋ねるが、今日、いつもと違ってなかったか?
ひょっとして、ずっと意識がなかったんじゃないのか?」
そこまで言って、首をがくんとうなだれたかと思うと、すぐにしゃんとして
「冗談だよ なんでもないんだ!」と去って行った
2人が話していた場所に突然クルマが暴走してきて電柱にぶつかった
その瞬間、良平は山形が宙に跳躍して逃げるのを見た
家に帰り、様子がおかしいと両親から心配されるが、気が変になったと思われたくなくて言うのを控える
令子に聞いてみよう 自宅から5分のところにある家に行くと、ツトムくんがぼうっと佇んでいる
声をかけると、消えた
令子が出てきて「弟は2階で勉強してるわよ」という
事情を話すと「それなのよ! 相談したいのは 近頃、別人みたいなの 私と話したことを忘れてしまっていたり・・・」
両親に話したがまともにとりあってくれないという
気づいたのは1週間ほど前 中廊下にツトムがいたが目の前から消え、もう1人のツトムはお風呂に入っていたという
良平も自分に起きたことを話し、ノートを見せると、さっきは気づかなかった文字に気づいた
“このことは他人にもらしてはならない もらすと、君でなくなるかもしれないからだ”
翌日、また令子と放課後に会う約束をしたが、令子は欠席していた
国語の授業で、教科書を読ませていると、学期のはじめから休んでいる上谷の席に
なぜか1年の教科書をもって見知らぬ生徒がぽかんと立ち上がった
それを見た山形は「お前はまだ早すぎる! 出ろ!」と声を出した
生徒は首をがくんとうなだれ、泣きそうに「なんだか知りません 気づいたらこんなところにいるんです」
次は国語の先生が頭をうなだれ、フラフラと隣りの教室に入っていく
生徒がついていくと、良平の横にいた山形が前に倒れた
国語の先生は「ここはどこ? 私は何をしていたの?」両手で顔を覆い、泣きながら廊下を走って行ってしまう
国語の先生の振る舞いも変だが、山形の様子もおかしい
女子生徒が「山形くん、職員室へ見に行ってよ」と言い、山形が出て行って1、2分後
山形の後ろの生徒が叫び声をあげた 前に山形が座っていて、
背中を突くと指がつき抜けて、山形は目の前から消えた
山形は教室に戻り、消えたと言われるとぎくりとして
「僕は知らん! 失敬だ 僕は早退する」と教室を出て行ってしまう
放課後、令子が気になった良平は家を訪ねると、玄関に鍵もかけず、家には誰もいない
壁には大きな乱れた字で「助けて」と書かれていた
近所の人も来て「ツトムちゃんのお友だちも来たのよ 欠席したからって」
「今晩待ってみて、明日も誰も帰らなかったら、警察に届けてみたら?」ということになった
良平はようやく両親に話す
「そういえば、今日、山形さんが来て、僕からの手紙が来ていたら、
間違って出したものだから返して欲しいって言うの」と母
翌朝、令子の家にはやはり誰もいない
そこに靴音が聞こえ、慌てて隠れると、山形が来て、ペンで書かれた文字を消し始める
「どうしてそんな真似するんだ!」
良平がつかみかかると、宙に浮き、1回転して叩きつけられた
近所の人、親も来て、良平はひどい怪我を負い、翌日は学校を休んだ
そこに山形からの速達が届く
“松田くん 急いで書く じきに奴らが来て、僕を占領してしまうからだ
そいつには実体がない 人間の体を乗っ取るのだ
初めて経験したのは4週間前 はじめは3、4日おきだった間隔は短くなり
それにつれて、僕の体の使い方が上手くなったようだ
この手紙はこれで2回目 1回目は書いている最中に乗っ取られ、処分されたらしい
今度はうまくいってほしい”
母にも手紙を見せる その良平の枕元に胸から下が透き通った父が立っているのを見た
そこに父が帰ってきて「母さんは植え込みにいたんじゃないのか?」と言う
チャイムが鳴り山形が来た 迷っているとベランダまで跳び、靴のまま入ってきた
手紙を切り裂き、父母が同時にがくりとうなだれた
良平は両親に腕をつかまれ、クルマに乗せられた
クルマの中に包帯を巻いた自分がいるのを見て、不審に思ってくれる人がいないかと期待したが
交差点で停車しても、すぐそばを通りかかる人は、車内の様子など見ていないものだとすぐに悟った
通行人にとっては、ただの物体にすぎないのである
考える時間があるなら、あるうちに考えよう
なぜ、自分は乗っ取られなかったのだろう
外をもっと見ていれば、ここがどの辺か検討くらいはついたのにと後悔したが、目的地に着いてしまった
そこは廃校で、地面が突然盛り上がり、円盤型に盛り上がり、奇妙なエレベーターに乗せられ、
地下深くに着くと、かなり大きな部屋に、男女、少年少女が疲れ果てた様子で集められていた
その中に、三原家族もいた
家族が誘拐されるまでのことを話す令子
ツトムが「自分を縛ってくれ 他の何かに乗っ取られている」と言う
首が垂れて「僕はこれから使命を果たしに行かなければならない」と出て行った
そこに山形が来て「こうなっては仕方ない みんなで行ってもらうしかない」
令子「私たち、工事場に連れていかれ、監督に命令されて、時間制で働かされてるの」
頭上から声がして「働く時間だ あと1分でドアは閉じ、空気調整も停止する 急げ!」
良平も従い、歩きながら歩数を数えていた(『少年探偵団』みたい
つるはしのようなものを渡され、労役の監督に子どももごちゃまぜに4班に分けられ、岩盤を掘らせる
休んだり、作業が遅いと、金属棒でムチのように叩かれる
良平の近くの少年が倒れ、ムチで叩かれても動けない
「反抗もなにも、その子は動けないんだぞ! 働けなくなれば処分するとか・・・」
反射的に班長の足に飛びついて、金属棒を奪い取り、一撃を加えると、班長は我に返った様子
「みんな逃げよう!」と言っても、みんな諦め、疲れきっていた
監督がきて「こんな非能率的なやり方はおかしい」と良平が噛み付くと、やはり彼も我に返った
「痛みだ! やつらは体の痛みが怖いんだ!」
その時、黄色い煙があがり、みなバタバタ倒れた
気づくと、良平は大きなイスに縛りつけられていた
真っ白な、上から下まですっぽりと服をかぶった連中に尋問を受ける
「我々のどこが卑怯だというのだ これは本能だ
借体型の生物は、生命体に乗り移る 不快な感覚は味わいたくない 敏感なのだ
お前に選択させよう 処分されるか協力するか
我々の数は限られている 3日もすれば、本隊が到着し、10万以上の仲間がくる
あとは人間に乗り移る 協力はそれまででいい」
良平は考え
「僕はお前たちのことを何も知らないから、どうすれば役立つか分からない
乗っ取られていない山形に会って相談させてくれ」
白い服の3人は良平を部屋に閉じ込めた
部屋の向こうには石油缶のような透明な容器が3つ並んでいた
青みをおびた液体が入っていて、20cmくらいの黒い玉が浮かんでいる
山形が入ってくると、その中の1つが液体と同じ色になった
「あれはやつらの休憩場なんだ 何時間か乗り移っていると、しばらく体を出ていかなきゃならない
待機球と呼んでいる 何日も休息する時はここに来る やつらのホテルみたいなものだ」
この会話が相手に筒抜けだと分かり、2人は慎重に話すことにする
山形
「我々は全力をあげて協力しなければならない 1つにまとめさえすれば仕事はしやすくなる
障害は叩き潰して、求める方向へ努力すべきだ
それにはたとえ友人でも徹底的に厳しく、手加減してはいけない」
山形は、あの待機球をみんなで協力してやっつけて逃げろと言っているのだ
そのためには、手加減せずに傷つけあえば、奴らは乗り移れない
山形が透明なドアをなでて開ける様子を見た
良平は、みんなのいる部屋に戻り「もっと働かなければならない あと3日もすれば本隊の第一陣が来る」
みんなは良平が敵の味方になったと思い、冷たい態度になる
数日が過ぎ、良平は最初のエレベータから地上に出される
オレンジ色の光る円盤が降りてきた
「あの飛行体には、約100個の先遣隊員をおさめた待機球が積んである
すべてこの基地におさめる作業は、お前が指揮をとれ」
「これは重要な任務だ 僕の指揮に従わない者がいたら大変だ 僕にも武器を持たせてほしい」
ピストルに似た武器をもつ奴は「こんな高性能の武器を貸すことはできないが金属棒を渡そう」
良平は武器を持った奴の手首を思いきりたたき、待機球の容器を蹴倒した
武器を奪い取り、待機球を撃つと、爆弾さながら火の塊となって弾け飛んだ
エレベーターに戻ると山形とツトムが立ちはだかるが、金属棒で叩くと我に返り
「ありがとう! それにしても、随分殴りやがったな」
男たちが来て例の武器を出すと「やめろ! それは人の体だけでなく、我々も破壊するのだ!」
坑道に行き「みんな 奴らに乗っ取られないよう、お互いに殴り合うんだ 脱出だ!」
良平は、待機球がたくさん並んだ部屋を思い出し、武器で撃つと爆発とともに炎が大きくなり意識が遠のくのを感じた
病院で気がつき、父が
「みんな救急車で病院に運ばれた グラウンドは陥没するし、校舎は火事だし、大騒動だったらしい
だが、警察はもとより、だれも信用しないんだ 集団幻覚と考えているらしい」
彼らはまだどこかにいるはずだ 本隊が来れば、世界中の人々が乗っ取られる
まだ何も終わってはいないのかもしれない
良平は、ふと今までの毎日のことを考えた
学校や、世の中はこんなものだと自分で決めて、枠の中で人生を送っている自分たちは、本当に自由だろうか?
借体生物に乗っ取られているのと、実は大差がないのではなかろうか、と
「少女」
青山伸一郎がいつものように学校へ行こうとすると、同じ年くらいの可愛い顔立ちの少女から声をかけられた
「青山伸一郎さんね?」と言って少女はけたたましい声で笑い出した
テルテル坊主のような形の真っ赤な服を着ている
どうしたわけか、こんな奇妙な女の子といても誰もこっちを見ていない
教室にも勝手に入り、授業中もずっと話しかけられ、ちっとも勉強に身が入らないため
隣りの藤川律子が心配して声をかけるが「別になんでもないよ」と誤魔化す
「返事ぐらいしてよ!」と少女が伸一郎を激しくゆさぶり「やめてくれ!」と言うと
律子「何してるの? 一人で体をゆすって叫んだりして」
間違いない この少女は自分以外に見えないし、声も自分にしか聞こえないのだ
少女「“目標同調四次元震動装置”がはたらいてるから伸一郎さんにしか分からないのよ
授業後、律子は「私なんて何の役にも立たないかもしれないけど、心の負担を軽くすることはできるかもしれない」と言ってくれるが
少女にからかわれ、伸一郎は思わず「やめないか! いい加減にして、どこかへ行ってくれ!」と言い
律子は自分に言ったと思い、廊下を走り去って行ってしまった
グラウンドでサッカー部の練習になると、少女のことも忘れてしまう
ここ数日の練習が認められれば、今度の試合でゴールキーパーとして出場できるかもしれない
そこにも少女が邪魔しに来る 「助けてあげるわ!」
伸一郎のこぼしたボールをはねかえしたが
「自然の土の上でやるサッカーって、こんなに不潔なものだとは思わなかった
これじゃ病原菌がとりくつ機会を、わざわざ与えているようなものよ!
破傷風にでもなったら大変よ やめて!」と今度は足を引っ張り始める
キャプテンに怒られ、少女を叱り、ふと見ると、グラウンドの隅でポツンとうなだれているのを見て
さすがにかすかな後悔がわきあがってきた
帰り道、少女が来て
「もうそろそろ時間だし、、、やっぱり一度謝らないと気が済まなかったの
私、そんなにいけない子だった?」
「まあね とにかく人の迷惑も考えないのは、どうかと思うよ」
「そっくりだわ 今のパパの言い方だわ やっぱり来てよかった
自分と同じ年頃のパパと会うのは悪くなかったわ
私、あなたの子どもなのよ 1960年代を調べることになって
歴史研究用のタイムマシンを借りて、少年時代のパパの生活を見に来たのよ
明日は、私と同じ年頃のママと会うつもり」
待ってくれと言おうとした瞬間、少女は消えてしまった
その日以来、あの少女に少しでも似た女の子と会うたび、頭に血がのぼる感じを覚えるのである
(まだ今はタイムマシンは開発されてないのが残念でしたね、眉村さん
「月こそわが故郷」
宇宙開発庁の玄関で、建設隊長・ツガワは、少年と職員がもめているのを見た
「月面都市の建設隊員は半年も前に決まっているんだ
第一、お前のようなヒョロヒョロした体で月などとても行けないと、この前も言ったじゃないか 出ていけ!」
訳を聞くと、
「僕の名前はサカタヒデオです 僕は月で生まれました 僕は月に帰りたい 月で死にたいんです
僕の父母は、第一次月面都市が完成する前に、事故で月の上で亡くなりました 僕の故郷は月なんです」
「一緒に開発長官のところに来たまえ」
ヒデオは、両親の死後、9歳の時に地球へ送り返された
「月の引力は、地球の1/6 僕は地球で生まれた人より筋肉も弱く、骨も細い みんなに馬鹿にされどおしだった」
“月面護身術”は身につけているという
「形のとおり動くだけで、相手を倒すこともできます でも、地球は引力が違うので役に立ちません」
ツガワ「私は、彼を隊員に加えたいと思います」
訓練所のベッドでヒデオは建設隊員の有志・ハラに起こされる
「オレは半年前に選抜された正規の建設隊員だ
お前は隊長に直接頼みこんで加えてもらったそうだな
“建設隊員を辞めます 僕にはとてもつとまりません”と隊長に言うんだ」
「いやです!」
ヒデオはハラからひどい暴力を受ける
月へ行く前にあらゆる道具の使い方などをマスターしなければならないが、ヒデオはいつも抜群の成績をおさめた
訓練所の機械類は、幼い頃に使い慣れていたものとほぼ同じだったからだ
このことは逆に隊員たちの間に妬みを植えつけた
ヒデオはみんなと打ち解ける間もなく、月へ出発する日がやって来た
先発隊の基地のある嵐の大洋へ軟着陸を試みた時、外部のどこかがやられ、船内の気圧が下がり始めた
ヒデオがパイロット室に行った時、ツガワはもう失神していて、ハラが飛び込んできた
「隊長! 隊長! しっかりしてください」
ヒデオはハラの頬を殴り
「先に船内の処置をするんだ!」
「きさま、オレたちに命令するつもりか? 命令は隊長が出すものだ」
ヒデオはハラを宙で1回転させ、ハラはそのまま気を失った
「ただちに空気漏れの箇所を探せ!」
「空気漏れの箇所発見! いくら押さえても漏れてしまいます」
「各自、宇宙服を着用し、脱出の用意! パイロット室は隔壁で分離した
諸君は月上車で基地へ向かえ! 宇宙服の酸素タンクは4時間分しかない
月上車を組み立てるのに30分、基地まで3時間かかる ただちに始めよ!」
隔壁をブロックすると、もはや新しい空気は入ってこない
「そのままでは、2時間ももたんぞ」
「無駄口をたたかずに早く行け!」
船外はマイナス200℃ぐらいの真空
窓を開ければ、一瞬で窒息し、体内圧のためはじけ散ってしまう
ヒデオは、酸素をムダにしないため、ハラにも横になって喋るなと指示する
ハラ
「死ぬ前に言うのはおかしいが・・・月を開発するのは英雄ではない
平凡な、しかし、どんな場合でも辛抱できるやつでないといけないんだな
お前のとった処置は正しかった」
ツガワ
「君たちの話はさっきから聞いていた サカタを見ろ 何も出来ない時は、何もする必要はない
彼と一緒にいるかぎり、我々は彼と同じでいようじゃないか それが最善の方法なんだから」
ヒデオ
(僕は月の人間だから、月で生きるのは月の人間でなければダメだと信じていた
やっと分かってもらえたんだ)
基地から駆けつけた救援隊は、途中で建設隊員を拾い、そのままロケットに急ぐと
ヒデオらは昏々と眠っていた その口元には微笑すら浮かんでいたのである
「押しかけ教師」
水野真司は、中学の頃はトップクラスだったのが、南陵高校に入ってから
やることなすこと、すべて思うようにいかなかった
自信を取り戻すために、柔道部に入っても、中学から習っていた連中には歯が立たず、1年生にさえ投げられる始末
要するにダメ人間なのだ 近頃はしょっちゅうそんな気分だった
あと10日で期末テストが始まり、夏休みになる
例によってひどい成績をとり、思いきり遊ぶこともなく、何かに押さえつけられるように勉強することになるのだろう
バウンドしてきたボールを拾い上げる
「ありがとう!」
バレー部のエースで、成績上位、チャーミングな中塚こずえはクラスの花形だ
真司も好意を抱いていたが、到底手の届かない人だ
彼女は自分がクラスメートだとも気づかなかったかもしれない
「きみ」
背後から、長髪、ジーパンスタイルの見知らぬ青年に声をかけられた
「僕と友だちにならないか? いろいろ得をするよ」
どこかの犯罪組織の一員だろうか? 「失礼します!」
逃げながら、あんな変な人に声をかけられた自分が情けなかった
帰宅し、数学にとりかかるが頭が混乱する
新しい参考書を買いに、近くの本屋に行くと、またあの青年が声をかけてきた
「きみ、数学が不得意なのか? 僕を家庭教師にしないか?
僕は浪人でね T大を受けるため、田舎から出てきて、この辺に下宿してるんだが、
教えることには自信があるんだ どうせ教えるなら、頭のいい生徒の多い南陵高校生をと考えて
君がピッタリだと思ったのさ 1、2時間でいいから、効果がなければ引き下がる どうだ?」
藁をもつかみたい真司は名前を聞くと
「僕は、吉田茂だ まあ名前なんて符号だから 有名人と同じでも気にすることはない」
夕食後、両親の前に現れた青年は、髪をきちんと分け、シャツに紺色のズボンを着て
真面目な口調で事情を話し、両親はすっかり好感をもつほどだった
「それじゃ、はじめるか」
吉田は、教科書をパラパラとめくり、30秒ほどで全ページを見終えてしまった
シャツから筆記用具を出して、練習問題を書き始めた
真司は、筆記用具が自由自在に変わるのに見とれていると
「ペンなんかじゃないよ・・・いや、これは新製品でね それより問題をやってみたまえ」
「こんなに時間がかかっちゃいけないな 1年の教科書を出して 君はできるはずなんだ」
それは、今まで聞いたことのない鮮やかな講義だった
1つ1つの単元について、その概念はどう生まれたのか、矢継ぎ早に、しかもまた実に面白い
担任教師が真司に通知簿を渡す時「お前、やったな」と言う
見ると、1年の3学期よりも150番も上がっていた
こんなことのことのできる吉田とは、何者だ?
こずえ
「水野さん、今度のテストで、数学、クラスのトップだったんですってね
私、数学なら誰にも負けないつもりだったのに この次は覚悟してらっしゃい」
あのこずえが、彼を対等に扱ってくれたのだ
しかし、そんなに知識を持つ吉田がT大をパスしないなんてことがあるだろうか?
吉田は教授料もとらず、3日に1度くらいで、夜訪ねてきた
「ぼくが何者か、だって? それを聞いてどうする?
今はまだ話せない 君にウソをついたことは認める
だが、君の成績は上がった とにかく君は僕を利用することだけ考えていればいいんだ
僕は、僕の世界のやり方で君を教える それが効果を上げるのが楽しいんだ」
真司は、吉田の“僕の世界”と何度か言うことなどに何かひらめいた
「もういいじゃないか それより、明日から柔道の合宿が始まるんだね?
今日は柔道のコーチをしよう 僕たちがやったのは別のものだが、基本技術が応用できそうなんでね」
真司は開き直った こんな素晴らしい家庭教師はどこにもいないのだ
連携技を使えるようになり、合宿後にはレギュラーとも互角に戦えるようになった
キャプテン「そろそろ黒帯だし、試合に出しても大丈夫だろう」
真司は、2学期の中間テストでは、クラスのトップグループに入り、部活では柔道初段になった
劣等感は消し飛び、自信満々に高校生活を送れるようになり、クラスの花形の1人になっていた
生徒会の後期生徒会長に当選し、柔道部の副キャプテンとなり、GFはあのこずえなのである
吉田に教えられたこともあるが、あとは自分で勝ち取ったものだ 今の自分が自分なのである
こずえが「勉強を教えて」と家に来ていた日に、吉田はやって来て
大きなカバンをさげ、腰に機械装置のようなもののついた異様なベルトを締めている
「今日はお礼に来たんだ これからはもう永久に来ない
私は仲間と賭けをしてね 人間というやつをおだて、人格を破壊するのにどのくらいかかるかということだった
人間は面白い生物でね、何もかもうまくいくと、だんだんダメになり、
堕落して、もとの人格まで戻ってしまう 私は、それを密かに念写で立体映画に撮った
水野くんの成績を上げ、すっかり天狗にするのに5ヶ月しかかからなかった
今の水野くんには、あの頃の内省も、謙虚さもすっかりなくなっている
我々の目から見れば、人格破壊に至っている
このフィルムを証拠に、仲間から賭け金をせしめることができる
面白い実験だった お礼だけ言って、おさらばする」
「待て! あんたは僕がダメになったというのか?」
「そうじゃないかね? 今の君は鼻持ちならないよ 高慢で、息が詰まりそうだ
私はそんな安っぽい人間なんかじゃない 次元を自由に往来できる生物で、変身も思いのままだ
本体にかえって、自分の住む次元に戻るよ」
吉田はボウリングのピンのような恰好に変わり、消えた
真司は頭を抱えて絶叫をあげた
【佐藤忠男解説 内容抜粋メモ】
人間が、人間の主人は自分たち人間自身だと考えるようになったのは、ごく近年だと思う
それまでは、人間の主人は神だと考えてきた
それがわずか数百年ぐらいで頭の切り替えができるはずもない
国家を主人と考えたり、国家の主人である特別の人間は神さまと同じ存在だと考えようとしたりしてきた
だが、人間の主人はやはり“自分”なのだ
人類の歴史から考えると、キツネ・タヌキに化かされるとか、国家に身も魂も捧げるべきだとか
ご先祖さまに見守られて生きているとか、道に背けばバチが当たるとかのほうがずっと心に馴染んでいる
自分のことは自分で自由に決めると考えるには勇気がいるのだ
眉村の書く“借体生物”には実態がない 狐憑きみたいなものだ
デビュー作の『下級アイデアマン』という作品で、人間がロボットと同じように
ただ与えられた仕事をその通りにやるだけの存在でいいのか、というテーマを出した
その後「インサイダー文学」を提唱
文学はアウトサイダー的な人間を描くだけでなく、
社会組織の内側にいながら、組織に人間性をスポイルされることなく努力する人間を描こうと試みた
ロボットは空想科学小説の重要なテーマの1つだが、眉村は人間のロボット化を問題にしたわけだ
現代でもすでにそうなっていると言うべきかもしれない
戦争に賛成とも反対とも意見を持たず、ただ自分の勤めている会社が兵器を作っているからというだけで
上司の言うままに兵器を作るサラリーマンは、ロボットに近い存在だろう
会社が彼の主人なのか?
それとも、彼の体と心は、会社という借体生物に乗っ取られているのか?
人間は、決意し、努力しなければ自分自身の主人にはなれない
「閉ざされた時間」の良平たちのように、人間は自ら苦しむことのできる唯一の生物なのだ
そしてたぶん、自ら苦しむことを恐れない者が、はじめて自身の主人になることができる
これは素晴らしい発見ではなかろうか
自分が自分でなくなる、という恐怖は、眉村の小説に繰り返し現れる
これは人間が古くから抱き続けてきた恐怖の、現代的な現れだ
空想科学小説は、科学が発達すると、驚くべき未来が開けるという興味に応える読み物として現れた
しかし、むしろ逆らしい、と人々が気づくより早く、空想科学小説は変貌した
神や悪魔などを信じなくなった人々のかわりに、未来科学を扱うことで
人間が本当に自分の主人になるとはどういうことなのか、を問う文学になったのだ
追。
巻末の新刊情報には美輪さんの本発見