■『禁じられた約束』(徳間書店)
ロバート・ウェストール/作 野沢佳織/訳
「あの夢、最近は毎晩見るの。迷子になって、家から遠く離れたところにいて、
誰一人探しに来てくれない夢・・・・。あなたは来てくれる?」
「うん、探しに行くよ」
「ありがとう」
大人と子どもの間で揺れ動く15歳のボブとヴァレリーの初々しい恋。
愛する人がこの世から亡くなってしまった後の気持ちのひだが痛々しいほどに書かれていて、
ウェストール作品としては異色という印象を受ける。
第二次大戦のリアルな描写は変わらず、まるで読者が当時のイギリスの小さな町で暮らしているかのような錯覚に陥る。
墓地を爆撃して、埋葬してある骨まで吹き飛ばすなんて狂気の沙汰だ。
まともに爆風を受けて、両耳から出血し、何日も聴こえなかったという少年の体験も生々しい。
そして、日本人としてはなかなか感覚的に分からない、イギリスの階級制度。
富裕層と労働者の区分、立場、組合との力関係。
父と息子の男同士の心の交流には、ちょっとした嫉妬すら抱く。
わずか15歳で死をつきつけられた少女の絶望と怒り。
産まれてからずっと外出もままならず、周囲の慰めのウソで育ち、歪んでしまった心。
鏡を通してしか姿を見れないという件は、冒頭に女性教師が話した詩が伏線として効いている。
恋人を死の世界へと導こうとする中盤から後半、有無を言わさぬ急展開で
一気に終盤へと読者を巻き込んでいく筆力は凄まじいものがある。
読後は、喪失感と同時に、陽射しの温かさ、変わらぬ日常にホッと安堵する余韻がいつまでも後を引く。
巻末の徳間書店の広告に「栄光への墜落」(仮題・05年夏刊行予定)とあるが、出版されなかったのだろうか?
▼あらすじ
第二次大戦の足音が響く中、ボブは同じクラスのヴァレリーと急速に惹かれあっていく。
幼い頃から体が弱い彼女のために、父モンクトン氏は、身分違いのボブを家族のように迎え入れ、
毎日のように2人で楽しい時を過ごすことになる。
戦争が次第に市民の生活を直接脅かす頃になると、ヴァレリーの病状は悪化し、
ボブの日常から記憶が薄れはじめた頃、儚い命が消えた。
恋人を失うという初めての体験に虚ろになっていたボブ。
ヴァレリーの両親は、傷心を癒すために、妻の実家へ帰ってしまう。
以前、ヴァレリーから預かっていた合鍵がベストのポケットからふと出てくる。これは彼女からの合図だ。
ボブは人目を避けて、彼女の家に通いはじめる。。。
【内容抜粋メモ】
ところが、この日を境に、僕はしばしば過去を振り返ることになる。
ヴァレリーと一緒に過ごしたその日の午後だけは、「今」に満足していたのだが・・・。p89
当時、子どもは叩き込まれていたのだ。教師、親、牧師・・・大人はいつだって正しい、と。
ほんとうはどんなに間違っていても。大人は神様。p93
ぼくは恐ろしい罪の意識に襲われた。いつだってそうだ。
大人に責められると、実際に悪いことをしていようがいまいが、やましい気持ちにさせられてしまう。p94
「所詮、立場が違えば友だちになんてなれないのさ。資本家と労働者ってわけだ」p98
ポーランドの地域ごとの産業について学び始めた。
けれど、実際にはもう、ポーランドという国は存在していなかった。p99
ナチスだが、人間にはちがいない。僕は突然悟った。人は簡単に消えてしまうものだと。
あんなにもあっさりと。それを止める法律などない。
そして、それは僕にも起こりうる。父さんと母さんにも。p115
「さよならのしるしに、額にキスするんだ。そうすれば、この子はもう亡くなったんだと、お前にもはっきり分かるから」
父さんは前かがみになると、お手本をしめした。いつも僕の先に立ってくれる・・・父さんはいい人だ。p140
誰かが死ぬと、人はその誰かを探しはじめる。それが自分にとって大切な人ならば。
ばかげて聞こえるかもしれないが、ほんとうのことだ。p145
幽霊は怖いものだなんて、デタラメもいいところだ。大切な誰かを亡くした人なら、幽霊を怖がったりはしない。
特別な人を亡くすと、むしろ幽霊が現れてくれたらと願うものだ。
お願いだから、幽霊でもいいから、もう一度会えますように、とりついてくれても構わないから・・・と。p148
今、彼女はなんの理由もなく奪い去られ、もう触れることはできない。まったく筋の通らない話だ。
そう思うと、この世のすべてがまやかしだと思えてきた。
どんなに必死で勉強しようと、どんな試験に受かろうと、将来どんなに成功して大金を稼ごうと、
どんな車や家を買おうと、意味がない。
そんなものはすべて、あっという間に取り上げられてしまう。理由さえ知らされずに・・・。p150
「あたしは、怒りのせいで死にかけたことがあるよ。おまえのおじいちゃんが亡くなった後にね。
あの世の入口まで行って、戻ってきた。怒りを抱いても、時間を無駄にするだけだよ」
「でも、どうしたら怒りを忘れられるの?」
「ひとつだけ、飲み込めばいいんだよ。愛は墓よりも強い、ってね」p155
奇妙なことだが、人は生きていても、自分の魂を置き去りにしていくことがあるらしい・・・。p181
恋をしている人間は、今手にしているものだけでは足りず、もっともっと欲しくなるものだ。p185
闇を恐れる彼女の気持ちが感じとれた。
眠っている町の一軒一軒の家から立ちのぼる激しい怒りや悪夢を、恐れる気持ちが。
この世の汚らしいものすべてを嫌悪する気持ちが。
ベッドの足もとにくしゃくしゃに脱ぎ捨てられた衣類や、臭い靴下や、
眠れずにベッドに横たわったまま口ゲンカをしている何組もの夫婦。
人々がみな、養兎場のウサギのように狭いところに押し込められている、めちゃくちゃな世界。
「いいか、相手が必要としているものを与えるんだ。欲しがっているものじゃなく、な。
欲しがっているものを与え始めると、相手はしまいにはきみの皮を剥いでブーツを作ろうとするぞ。
そして、皮の質が悪いと文句を言うんだ」p237
背中に日があたり、掘り返した土のにおいが鼻をくすぐった。太陽と土には、不思議な力があった。
すごくしっかりと、そこにあるという感じがするから、頭で考えることなど、薄っぺらであやふやなものに思えてくるのだ。p238
ロバート・ウェストール/作 野沢佳織/訳
「あの夢、最近は毎晩見るの。迷子になって、家から遠く離れたところにいて、
誰一人探しに来てくれない夢・・・・。あなたは来てくれる?」
「うん、探しに行くよ」
「ありがとう」
大人と子どもの間で揺れ動く15歳のボブとヴァレリーの初々しい恋。
愛する人がこの世から亡くなってしまった後の気持ちのひだが痛々しいほどに書かれていて、
ウェストール作品としては異色という印象を受ける。
第二次大戦のリアルな描写は変わらず、まるで読者が当時のイギリスの小さな町で暮らしているかのような錯覚に陥る。
墓地を爆撃して、埋葬してある骨まで吹き飛ばすなんて狂気の沙汰だ。
まともに爆風を受けて、両耳から出血し、何日も聴こえなかったという少年の体験も生々しい。
そして、日本人としてはなかなか感覚的に分からない、イギリスの階級制度。
富裕層と労働者の区分、立場、組合との力関係。
父と息子の男同士の心の交流には、ちょっとした嫉妬すら抱く。
わずか15歳で死をつきつけられた少女の絶望と怒り。
産まれてからずっと外出もままならず、周囲の慰めのウソで育ち、歪んでしまった心。
鏡を通してしか姿を見れないという件は、冒頭に女性教師が話した詩が伏線として効いている。
恋人を死の世界へと導こうとする中盤から後半、有無を言わさぬ急展開で
一気に終盤へと読者を巻き込んでいく筆力は凄まじいものがある。
読後は、喪失感と同時に、陽射しの温かさ、変わらぬ日常にホッと安堵する余韻がいつまでも後を引く。
巻末の徳間書店の広告に「栄光への墜落」(仮題・05年夏刊行予定)とあるが、出版されなかったのだろうか?
▼あらすじ
第二次大戦の足音が響く中、ボブは同じクラスのヴァレリーと急速に惹かれあっていく。
幼い頃から体が弱い彼女のために、父モンクトン氏は、身分違いのボブを家族のように迎え入れ、
毎日のように2人で楽しい時を過ごすことになる。
戦争が次第に市民の生活を直接脅かす頃になると、ヴァレリーの病状は悪化し、
ボブの日常から記憶が薄れはじめた頃、儚い命が消えた。
恋人を失うという初めての体験に虚ろになっていたボブ。
ヴァレリーの両親は、傷心を癒すために、妻の実家へ帰ってしまう。
以前、ヴァレリーから預かっていた合鍵がベストのポケットからふと出てくる。これは彼女からの合図だ。
ボブは人目を避けて、彼女の家に通いはじめる。。。
【内容抜粋メモ】
ところが、この日を境に、僕はしばしば過去を振り返ることになる。
ヴァレリーと一緒に過ごしたその日の午後だけは、「今」に満足していたのだが・・・。p89
当時、子どもは叩き込まれていたのだ。教師、親、牧師・・・大人はいつだって正しい、と。
ほんとうはどんなに間違っていても。大人は神様。p93
ぼくは恐ろしい罪の意識に襲われた。いつだってそうだ。
大人に責められると、実際に悪いことをしていようがいまいが、やましい気持ちにさせられてしまう。p94
「所詮、立場が違えば友だちになんてなれないのさ。資本家と労働者ってわけだ」p98
ポーランドの地域ごとの産業について学び始めた。
けれど、実際にはもう、ポーランドという国は存在していなかった。p99
ナチスだが、人間にはちがいない。僕は突然悟った。人は簡単に消えてしまうものだと。
あんなにもあっさりと。それを止める法律などない。
そして、それは僕にも起こりうる。父さんと母さんにも。p115
「さよならのしるしに、額にキスするんだ。そうすれば、この子はもう亡くなったんだと、お前にもはっきり分かるから」
父さんは前かがみになると、お手本をしめした。いつも僕の先に立ってくれる・・・父さんはいい人だ。p140
誰かが死ぬと、人はその誰かを探しはじめる。それが自分にとって大切な人ならば。
ばかげて聞こえるかもしれないが、ほんとうのことだ。p145
幽霊は怖いものだなんて、デタラメもいいところだ。大切な誰かを亡くした人なら、幽霊を怖がったりはしない。
特別な人を亡くすと、むしろ幽霊が現れてくれたらと願うものだ。
お願いだから、幽霊でもいいから、もう一度会えますように、とりついてくれても構わないから・・・と。p148
今、彼女はなんの理由もなく奪い去られ、もう触れることはできない。まったく筋の通らない話だ。
そう思うと、この世のすべてがまやかしだと思えてきた。
どんなに必死で勉強しようと、どんな試験に受かろうと、将来どんなに成功して大金を稼ごうと、
どんな車や家を買おうと、意味がない。
そんなものはすべて、あっという間に取り上げられてしまう。理由さえ知らされずに・・・。p150
「あたしは、怒りのせいで死にかけたことがあるよ。おまえのおじいちゃんが亡くなった後にね。
あの世の入口まで行って、戻ってきた。怒りを抱いても、時間を無駄にするだけだよ」
「でも、どうしたら怒りを忘れられるの?」
「ひとつだけ、飲み込めばいいんだよ。愛は墓よりも強い、ってね」p155
奇妙なことだが、人は生きていても、自分の魂を置き去りにしていくことがあるらしい・・・。p181
恋をしている人間は、今手にしているものだけでは足りず、もっともっと欲しくなるものだ。p185
闇を恐れる彼女の気持ちが感じとれた。
眠っている町の一軒一軒の家から立ちのぼる激しい怒りや悪夢を、恐れる気持ちが。
この世の汚らしいものすべてを嫌悪する気持ちが。
ベッドの足もとにくしゃくしゃに脱ぎ捨てられた衣類や、臭い靴下や、
眠れずにベッドに横たわったまま口ゲンカをしている何組もの夫婦。
人々がみな、養兎場のウサギのように狭いところに押し込められている、めちゃくちゃな世界。
「いいか、相手が必要としているものを与えるんだ。欲しがっているものじゃなく、な。
欲しがっているものを与え始めると、相手はしまいにはきみの皮を剥いでブーツを作ろうとするぞ。
そして、皮の質が悪いと文句を言うんだ」p237
背中に日があたり、掘り返した土のにおいが鼻をくすぐった。太陽と土には、不思議な力があった。
すごくしっかりと、そこにあるという感じがするから、頭で考えることなど、薄っぺらであやふやなものに思えてくるのだ。p238