■『あの夏の日』(自由国民社)
葉祥明/絵・文
『この世界の片隅に』(ネタバレ注意)11月12日(土)全国公開
『さがしています』(童心社)
※「作家別」カテゴリー内の「葉祥明さんまとめ」に追加します
葉祥明 『アジアのこころ』(自由国民社)
音読しながら涙が出て、途中から声が出せなくなってしまった
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▼あらすじ(ネタバレ注意
わたしはナガサキ
わたしは、すべてを受け入れてきました
それがわたしの愛です
1945年8月9日 晴れ
今日もまた、暑いいち日になりそうです
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クスノキは豊かに茂り
涼しい木陰では、おばあさんが孫とのどかに遊んでいます
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夏休みで学校は休み
空襲警報が解除されたので、
こどもたちは広場、校庭、池や川で遊んでいます
戦争はまだ続いているけれど
今日のナガサキはとても静かです
大人は仕事に出かけ
中学生以上は学徒動員で工場で働いています
そんな穏やかな夏の日の午前11時
白い雲の切れ目に、突然1機の飛行機があらわれました
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B29 ボックスカー機は、ヒロシマのエノラ・ゲイ機につづいて
2個目の原子爆弾を投下しました
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原子爆弾 ファットマンは
ナガサキの町の真上500mに落下していきます
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11時2分
ピカー!!
太陽よりもまぶしい光が包みこみ
爆心地に存在していたものは
一瞬のうちに、この世から消えてしまいました
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大音響とともに凄まじい衝撃波で
地上にあったあらゆるものが吹き飛ばされました
不思議な静けさの中、数万人が光線、熱線、衝撃波で即死し
瓦礫の中で、何万人が死につつありました
一体、何が起きたのか分からないまま・・・
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空は夕暮れのように暗く、太陽は赤黒く浮いています
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巨大なキノコ雲で大地は覆い隠されました
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あちこちから一斉に火の手があがり
町は火の海となり、瓦礫に挟まれた人も
酷い火傷を負った人も
生きたまま焼かれていきました
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かつて誰も見たことのない、この世の地獄
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「痛いよお」「怖いよお」
「かあさん、どこにいるの?」
「・・・みずをください」
火傷や怪我で血だらけの人々が
裸同然で逃げまどっています
熱さのあまり、大勢が川、池、田んぼに飛び込み
そのまま折り重なって死にました
一部で降り出した「黒い雨」の中
みんなボロボロに苦しみながら死んでいきました
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馬も、牛も、可愛がっていた犬や猫、小鳥もぜんぶ死んでしまいました
生き延びた人たちも放射能で死に
その影響は、何年も人々を苦しめました
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たった一発の原子爆弾で、何万人の命、暮らし、夢、未来が奪われたなんて
あなたは信じられますか?
戦争は、相手への憎しみから起こり
原子爆弾は、恐れ、疑いのこころから生まれました
しかし、人は愛するココロ、理解し、受け入れるココロも持っています
そのココロが平和をもたらし、原子爆弾を不要にするはずです
わたしは、ナガサキ
わたしの願いは、核兵器のない平和な世界です
世界のみなさん、わたしの愛を受けとってくれますか?
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【原子爆弾による被害状況 内容抜粋メモ】
(当時の推定人口21万人)
死者 73,884人
負傷者 74,909人
罹災人員 120,820人(半径4km以内の全焼・全壊の世帯員数)
(長崎市制65年史から)
長崎型原爆「ファットマン」
その形状から「太っちょ」と呼ばれた
まわりの火薬でプルトニウムを内側に爆縮して核分裂を起こす
長さ:3.25m
直径:1.52m
重さ:4.5t
【長崎市の願い 内容抜粋メモ】
原子爆弾により大勢が亡くなり、傷つきました
かろうじて生き延びた人々も、放射線の影響で、今なお苦しみ続けています
この経験を、人類は二度と繰り返さないという願いから
長崎市は核兵器廃絶・恒久平和を訴えてきました
原子爆弾の惨禍から半世紀以上が経ち、被爆体験の風化が深刻になっています
次代を担う子どもたちに、被爆の実相を伝えるために、この絵本の作成をお願いしました
「核兵器のない平和な世界が一日も早く訪れますように」
【長崎市民平和憲章 内容抜粋メモ】
長崎は、古くから海外文化の窓口として発展し、文化を育んできました
第二次世界大戦末期、原子爆弾により大きな被害を受けました
「長崎を最後の被爆地」にしなければなりません
私たちは、世界平和実現に努力すると誓い、長崎市制施行100周年にあたり
ここに「長崎市民平和憲章」を定めます
1. 私たちは、お互いの人権を尊重し、差別のない思いやりにあふれた明るい社会づくりに努めます。
1. 私たちは、次代を担う子供たちに、戦争の恐ろしさを原爆被爆の体験とともに語り伝え、平和に関する教育の充実に努めます。
1. 私たちは、国際文化都市として世界の人々との交流を深めながら、国連並びに世界の各都市と連帯して人類の繁栄と福祉の向上に努めます。
1. 私たちは、核兵器をつくらず、持たず、持ちこませずの非核三原則を守り、国に対してもこの原則の厳守を求め、世界の平和・軍縮の推進に努めます。
1. 私たちは、原爆被爆都市の使命として、核兵器の脅威を世界に訴え、世界の人々と力を合わせて核兵器の廃絶に努めます。
平成元年3月27日 長崎市議会議決
平成29年 長崎平和祈念式典(2017.8.9)
【著者あとがき 内容抜粋メモ】
戦争には、人間の知るすべての悪があります
科学技術の頂点のひとつでもある「核兵器」は
いったん使用されると、あらゆるものがすべて失われてしまいます
二度の被爆体験をもつ日本にとって、
戦争は二度としない、という気持ちを持ち続けることは
世界における大切な役割ではないでしょうか
私たちは、美しい自然、平和な地球を次代に手渡す責任があります
未来の子どもたちから
「どうして? あの時、どうにかできなかったの?」
と言われないように・・・
※この本の売上の一部は、長崎平和推進協会(長崎原爆資料館内)を通じて、平和活動に使われます
「長崎平和推進協会」
「長崎原爆資料館」
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葉祥明/絵・文


※「作家別」カテゴリー内の「葉祥明さんまとめ」に追加します

音読しながら涙が出て、途中から声が出せなくなってしまった

▼あらすじ(ネタバレ注意
わたしはナガサキ
わたしは、すべてを受け入れてきました
それがわたしの愛です
1945年8月9日 晴れ
今日もまた、暑いいち日になりそうです

クスノキは豊かに茂り
涼しい木陰では、おばあさんが孫とのどかに遊んでいます

夏休みで学校は休み
空襲警報が解除されたので、
こどもたちは広場、校庭、池や川で遊んでいます
戦争はまだ続いているけれど
今日のナガサキはとても静かです
大人は仕事に出かけ
中学生以上は学徒動員で工場で働いています
そんな穏やかな夏の日の午前11時
白い雲の切れ目に、突然1機の飛行機があらわれました

B29 ボックスカー機は、ヒロシマのエノラ・ゲイ機につづいて
2個目の原子爆弾を投下しました

原子爆弾 ファットマンは
ナガサキの町の真上500mに落下していきます

11時2分
ピカー!!
太陽よりもまぶしい光が包みこみ
爆心地に存在していたものは
一瞬のうちに、この世から消えてしまいました

大音響とともに凄まじい衝撃波で
地上にあったあらゆるものが吹き飛ばされました
不思議な静けさの中、数万人が光線、熱線、衝撃波で即死し
瓦礫の中で、何万人が死につつありました
一体、何が起きたのか分からないまま・・・

空は夕暮れのように暗く、太陽は赤黒く浮いています

巨大なキノコ雲で大地は覆い隠されました

あちこちから一斉に火の手があがり
町は火の海となり、瓦礫に挟まれた人も
酷い火傷を負った人も
生きたまま焼かれていきました

かつて誰も見たことのない、この世の地獄

「痛いよお」「怖いよお」
「かあさん、どこにいるの?」
「・・・みずをください」
火傷や怪我で血だらけの人々が
裸同然で逃げまどっています
熱さのあまり、大勢が川、池、田んぼに飛び込み
そのまま折り重なって死にました
一部で降り出した「黒い雨」の中
みんなボロボロに苦しみながら死んでいきました

馬も、牛も、可愛がっていた犬や猫、小鳥もぜんぶ死んでしまいました
生き延びた人たちも放射能で死に
その影響は、何年も人々を苦しめました

たった一発の原子爆弾で、何万人の命、暮らし、夢、未来が奪われたなんて
あなたは信じられますか?
戦争は、相手への憎しみから起こり
原子爆弾は、恐れ、疑いのこころから生まれました
しかし、人は愛するココロ、理解し、受け入れるココロも持っています
そのココロが平和をもたらし、原子爆弾を不要にするはずです
わたしは、ナガサキ
わたしの願いは、核兵器のない平和な世界です
世界のみなさん、わたしの愛を受けとってくれますか?

【原子爆弾による被害状況 内容抜粋メモ】
(当時の推定人口21万人)
死者 73,884人
負傷者 74,909人
罹災人員 120,820人(半径4km以内の全焼・全壊の世帯員数)
(長崎市制65年史から)
長崎型原爆「ファットマン」
その形状から「太っちょ」と呼ばれた
まわりの火薬でプルトニウムを内側に爆縮して核分裂を起こす
長さ:3.25m
直径:1.52m
重さ:4.5t
【長崎市の願い 内容抜粋メモ】
原子爆弾により大勢が亡くなり、傷つきました
かろうじて生き延びた人々も、放射線の影響で、今なお苦しみ続けています
この経験を、人類は二度と繰り返さないという願いから
長崎市は核兵器廃絶・恒久平和を訴えてきました
原子爆弾の惨禍から半世紀以上が経ち、被爆体験の風化が深刻になっています
次代を担う子どもたちに、被爆の実相を伝えるために、この絵本の作成をお願いしました
「核兵器のない平和な世界が一日も早く訪れますように」
【長崎市民平和憲章 内容抜粋メモ】
長崎は、古くから海外文化の窓口として発展し、文化を育んできました
第二次世界大戦末期、原子爆弾により大きな被害を受けました
「長崎を最後の被爆地」にしなければなりません
私たちは、世界平和実現に努力すると誓い、長崎市制施行100周年にあたり
ここに「長崎市民平和憲章」を定めます
1. 私たちは、お互いの人権を尊重し、差別のない思いやりにあふれた明るい社会づくりに努めます。
1. 私たちは、次代を担う子供たちに、戦争の恐ろしさを原爆被爆の体験とともに語り伝え、平和に関する教育の充実に努めます。
1. 私たちは、国際文化都市として世界の人々との交流を深めながら、国連並びに世界の各都市と連帯して人類の繁栄と福祉の向上に努めます。
1. 私たちは、核兵器をつくらず、持たず、持ちこませずの非核三原則を守り、国に対してもこの原則の厳守を求め、世界の平和・軍縮の推進に努めます。
1. 私たちは、原爆被爆都市の使命として、核兵器の脅威を世界に訴え、世界の人々と力を合わせて核兵器の廃絶に努めます。
平成元年3月27日 長崎市議会議決

【著者あとがき 内容抜粋メモ】
戦争には、人間の知るすべての悪があります
科学技術の頂点のひとつでもある「核兵器」は
いったん使用されると、あらゆるものがすべて失われてしまいます
二度の被爆体験をもつ日本にとって、
戦争は二度としない、という気持ちを持ち続けることは
世界における大切な役割ではないでしょうか
私たちは、美しい自然、平和な地球を次代に手渡す責任があります
未来の子どもたちから
「どうして? あの時、どうにかできなかったの?」
と言われないように・・・
※この本の売上の一部は、長崎平和推進協会(長崎原爆資料館内)を通じて、平和活動に使われます


