図書館で借りたCDコーナー。テープからデジタル化するシリーズのつづき。
擦り切れて、ボタンが勝手に上がって止まってしまうまで聴いた曲も、これでいつでも気軽に聴けるv
近所になかったCDも他区で見つかって嬉しい。
久々にライナーノーツにも目を通して、それぞれの歩んできた道を振り返ってメモったら、また長くなってしまった/謝
まずは、クイーンのつづきから、ほんとは発売年順に書きたいところだけど、まあ、細かいことは抜きで。
▼Greatest Hits ?&?/QUEEN(2枚組)
図書館にあったジャケは、ゴールドを背景に中央に「Greatest Hits ?」の4人の写真があしらわれている。
「クイーンてどんなバンド?」って人はまずベストから入ればいいと私は思うのですが、どうでしょう?
▼News Of The World(世界に捧ぐ)/QUEEN
![]()
出だしの♪We Will Rock You といい、次の♪We Are the Champions といい、
クイーン自体はあまり知らない人でも、これなら知ってる2曲からスタート。
ジャケも、ライナーのイラストも懐かしいSF映画ポスターを思わせる好みのデザイン。
【ライナーノーツ抜粋メモ】
1977年は、エリザベス女王の在位25年にあたる「ジュビリー(25年祭)」で、派手好き&豪華お祭好きなクイーンは大赤字を出して
ロンドン・アールスコートでの2日間の公演で祝った。
一方、皮肉にも、この年は傾きかけた大英帝国の威信を象徴するかのように、パンクが台頭し、民衆は
ピストルズの逆説的な♪God Save the Queen に諸手を挙げて共感した。
そして、ステージに臆面もなく王冠
を掲げるクイーンは体制の手先、商業ロックの急先鋒と見なされたのである。
6枚目のアルバムのレコーディングでは、隣りのスタジオで偶然にもピストルズがレコーディングをしていた!
『世界に捧ぐ』リリース後、すかさず2度目のアメリカツアーに出発。例の巨大な王冠
は、ボストンの造船所で
先の公演の16mから直径約30メートルにグレードアップするサービス精神を忘れなかった。
デビュー以来初めて、イギリスよりもアメリカでより売れたアルバム。
<ジャケットについて>
![]()
1950年代、「アメージング・ストーリー」ほかSFパルプ・マガジンが出版界で隆盛を極めた。
そんな挿絵画家の一人、フランク・ケリー・フリーズの作品を見つけてきたのはロジャーだった。
(彼は意外にもクイーンいちの読書家で知られる
)
メンバの顔があまりにも似ていないと、ファンの間では話題になった![]()
▼Made in Heaven/QUEEN
クイーン後期のアルバムに関しては、フレディの死の影が漂っているため、あまり積極的に聴いてないのが正直なところ。
![]()
![]()
▼Innuendo/QUEEN
![]()
![]()
「1991年、フレディ・マーキュリーの生前リリースされた最後のアルバム」。聴くたび胸になにかわだかまりが残る。
歌詞にも、激痩せしたPVにも、フレディの最後までショーマンとしてのエンタテイメントが詰まってて、
余計にいろんな感情が湧き上がって、クイーンのアルバムの中では、比較的聴いてないほうかもしれないなぁ。
▼Greetings From Asbury Park Nj (アズベリー・パークからの挨拶)/Bruce Springsteen
スプリングスティーンを知ったのは、ボウイが♪Growin' Up をカバーしてたからじゃなかったっけ?
♪Spirit in the Night も好き。スプリングスティーンはこれで全部揃ったかな(テープの話
![]()
写真が若すぎて別人/驚
【ライナーノーツ抜粋メモ】
ディランを見出したことで知られるCBSコロンビア・レコードのジョン・ハモンドは、レコード界の大物の一人だった。
オーディションの結果、ブルースはレコードデビューを果すこととになったが、
ハモンドとアベルはブルースをディランのようなソロ・アーティストとして売り出そうと考えていた。
しかし、ブルースはあくまでバンドとして作ることを希望した(→結果は失敗だったが、ファンの間では評価が高いアルバム
ブルースの魅力の本質は、不満感、あるいはそれから生じる怒りだと思う。
しかも、仲間たちと一緒に力をあわせれば、より良い社会を築くことができると信じている正義感だ。
訳してみて分かったのは、このアルバムはまさに思春期から大人になりつつある若者たちの混沌とした心象風景を描いたものだということだ。
与えられた価値観、上からの指示に従順に従うのではなく、自ら一歩を踏み出すこと、そして倒れることが重要、そこからしか物語は始まらない。
アメリカの夢に裏切られ続けながらも、アメリカの夢への信仰を捨てられずにいる若者たち。
このアルバムの主人公たちは、アメリカの夢、それに裏切られてきた労働者階級の若者たちではあるが、自らそのことに気づいていない。
ブルースは彼らを糾弾していない。賞賛もしていない。淡々と彼らのことを映しているだけである。
アズベリー・パーク、アトランティック・シティの混沌さであると同時に、彼の心の中の風景でもある。
▼Any Day Now(ボブ・ディランを歌う)/Joan Baez
たくさん名演のあるヴォーカリストだけど、ディランのカバー曲がとくに好き。
♪Love Is Just a Four-Letter Word が聴きたかったv
【ライナーノーツ抜粋メモ】
6作目の『さよならアンジェリーナ』では、アルバム中4曲がディランのカバーだった。
実際バエズとディランは恋愛関係にあった
1964年のニューポートでは蜜月の状態だったと言っていい。
1965年、ディランの英国ツアーに、バエズは公演の予定もなく同行している。
ところがディランは、もう一人の女性、サラ・ラウンズを呼び寄せていた。
この様子はドキュメンタリー映画『Dont Look Back』に記録されている。バエズは傷心のまま帰国していたのだ![]()
これ以降、バエズとディランの関係は、お互い淡い感情と清清しさを讃えた、友人としてのものになる。
2人が中傷し合ったという話は一切聞かない(大人だねぇ、バエズさん
このアルバムのレコーディングを行った1968年、徴兵拒否で投獄中だった社会活動家の恋人、デヴィッド・ハリスと結婚。
▼Tapestry(つづれおり)/Carole King
キャロル・キングって言えば、このアルバムだね。♪Way Over Yonder が大好き。
【ライナーノーツ抜粋メモ】
キャロルの名前が、初めてポップスファンの目に触れたのは1960年。シュレルスという黒人女性3人のグループが
キャロルと彼女の夫ゲリー・ゴフィンの書いた♪Will You Love Me Tomorrow? が全米ヒットチャート第1位になった時だ。
他にも、キャロル×ゴフィン作品は、エヴァリ・ブラザース、トニー・オーランド、ドリフターズなど、1961年に発表されただけでも12曲もある![]()
ほかにも、Blood, Sweat & Tearsの♪Hi-De-Ho(この曲大好き。キャロル自身が歌ってるほう
など、一連のアメリカのポップス界のVIPの中に見ることができる。
その後、ゲリー・ゴフィンと離婚し、ベーシストのチャールズ・ラーキーと結婚し、
音楽的にも新しいものを作り出しているのが、このアルバムから感じられる。
▼ベリッシマ/ピチカート・ファイヴ
![]()
田島さんがいた頃。ライナーの写真にちょうど保護用のテープがかぶってるのが残念![]()
これから後の小西さんのチャカチャカした明るい音、全力ホーン隊とかじゃなく、
オリラブのアルバムといってもいいほど田島さんのロマンティックな歌が聴ける。
♪これは恋ではない で奥田民生とコラボしてる軽快なのものもイイけど、元ネタは初聴。なんだか切ない?
▼TOGAWA LEGEND SELF SELECT BEST&RARE 1979-2008/戸川純(3枚組)
このロリータ&エロティックなジャケもなんとも言えない純ちゃんの世界。
3枚組とあって、ヤプーズ、ゲルニカほか、私も知らないユニットで、初聴もたくさん入ってる貴重な1枚。
ライナーも分厚くて、1冊のアートワークになっている。読んでみたら、本人が書いててビックリ/驚×5000
![]()
【ライナーノーツ抜粋メモ】
今回のように企画の段階から私監修のもと、制作進行すべてに関わることができたのは初めて。
これが今回のベスト・アルバムの最も大きなポイントです。
<ゲルニカ結成>
上野耕路さんから打診され、「8 1/2」の時からファンだったので嬉しさと戸惑いが入り混じった気持ちだった。
私が18歳、上野さんが19歳の時でした。
私は歌手として活動する前の、1979年から女優として活動していました。
当時のファンの間には「戸川純は、こうでなくちゃいかん!」みたいな声が多かったのも事実です。
カリスマ視されるよりも、笑いを取るほうが好きな人なんだ、と思われたかったんです。
<『玉姫様』自己プロデュース>
(♪玉姫様 のデモテープでは細野晴臣さんが歌っていた!驚×5000
(♪隣りの印度人 のコーラスもしたって知らなかった! 今も時々カラオケで歌います。大好きv
(『極東慰安唱歌』では、♪眼球綺譚 でドラムに高橋幸宏さんが参加!
ソロツアーも初めてやりましたが、私のライヴでは生理用品が飛び交いました![]()
あと、「好きな食べ物は?」てアンケートに、面倒臭いから「塩」と書いたら、
大きな袋に入った食卓塩がドサッとステージに投げ込まれたことが何度かありました。
あんな大騒ぎなライヴになるとは思わなかったです、本当に。
地味にひっそり売れて、ひっとりと闇に・・・みたいなつもりでいたんです。
当時は、女優がテレビに出るとかっこ悪いという風潮があった中、私は臆せず出たんです。
その後、そういうイメージは薄れましたから、自分でもこれは評価されてもいいなと思う部分です。
<あくまでも個人レーベルだったHYS>
アルファとの契約をクリアした時、「新しくレーベルをあげるよ」と言ってきたのがHYSでした。
1987年はヤプーズを結成し、本格的な活動がスタートした(ヤプーズ大好き!![]()
バンドにするんだったら、バンドバンドした感じにして、ソロとは違う!という今後の方向性を明確にしようと思ったんです。
<ゲルニカ再始動>
翌1988年、上野さんから突然電話
がかかってきてゲルニカ復活。
1989年は、芸能生活10周年で、ギリギリ間に合わせて『昭和享年』を発売。
『ハロー!ムービーズ』という映画情報番組のナビゲーターや、『夜のヒットスタジオR&N』のレギュラー司会など
テレビや舞台の仕事が忙しくなってきた時期でもあった。
その中で椎間板ヘルニアが悪化して大手術をした。その頃は、2時間だけ効く薬を注射してもらって生放送をこなすくらい多忙で、
入院した時、医者から「これほど酷いヘルニアは初めて見ました。手術しても3人に1人は下半身不随になる」と言われた。
手術の前日に医師から特別に許可をもらって車イスでスタジオに行って♪吹けば飛ぶよな男だが を録音。
手術は成功し、リハビリを克服して1991年には復帰し、復帰第1作が『ダイヤルYを廻せ!』。
<ヤプーズ計画>
『ダイヤルYを廻せ!』のジャケはダダみたいなコラージュが施されていますが、私はダダよりもともとマニエリスム、シュルレアリスムが好きで、
最初から壊れている感じのダダはあまり好きではりませんでしたが、すっごく気に入りました。
HYSのコンセプトは「思春期」でした。自分でキャッチコピーを「遅すぎた思春期。早すぎた更年期」にしました。
私は基本的には似たような体験がないと歌詞を書けませんから。
<即興への興味が生み出した、戸川純バンド>
20周年記念盤の『20th Jun Togawa』のライヴをやることになって、“戸川純バンド”という名前が情報誌に載っているのを目にしたので、
バンド名はそれでいいや、と簡単に決めた。
<東口トルエンズ>
2005年に『東口DVD』をリリースしています。
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後半はDISC-3の曲解説。
♪真空キッス
コーラスをしているのは、同じ¥ENレーベルだったSET(スーパーエキセントリックシアター)の三宅裕司さんでした。驚
♪リズム運動
私の声にはいろいろなパターンがありますが、第三者からすれば、これがいちばん普通の声なのでしょうか。
私には分かりません。私にとっては、他であまり出していないレアな声質のつもりです。
♪蘇州夜曲
『刑事ヨロシク』は、私の初めてのレギュラー番組で、椅子とか片付けながら一人で歌っているうちに
途中からギターが入ってくるという演出でした。でもそれって、絶対音感がないとできないことなんですよ。
最初にキーをキープしてないといけないから。現場のほとんどの人は分かっていませんでしたが、
ギタリストさんだけが「絶対音感ですね」と言ってくれました。
途中からビートたけしさんが入ってデュエットをしているのですが、諸般の事情でフェイドアウトすることにしました。
♪The homage for Jean-Luc Godard〜movement #3
今回の中でいちばん即興性が高い曲です。2002年青山CAYでゴダール絡みのイベントがあり、
ホッピーから「2曲一緒に何かやってくれない?」と電話があって、実は録音してあったんですね。私は知りませんでした。
♪鈴木建設社歌
『ダウンタウンヒーローズ』という映画に出た時、山田洋次監督が「君は何もしなくても、立ってるだけで可笑しいね」と言われて気に入られたんです。
それで、『釣りバカ日誌』の脚本をやっていた関係で、出るようになりました。
♪ローハイド
私が出演したナイロン100℃の公演『すべての犬は天国へ行く』のサントラです。
ちなみに、♪ローレン、ローレン、ローレン と歌っていますが、よく考えたら
♪ローリング、ローリング、ローリング なんですよね。でも私が子どもの頃の記憶でそう歌っているから、
コーラスの人たちも迷わず♪ローレン、ローレン、ローレン と歌っています。
自分じゃカリスマじゃないってゆってるけど、今でも十分刺激的な存在。
これまでの経歴も人間関係もハンパじゃないなあ!
世界中探してもこんな稀有なアーティストはいないんじゃないかなって思ってる。
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擦り切れて、ボタンが勝手に上がって止まってしまうまで聴いた曲も、これでいつでも気軽に聴けるv
近所になかったCDも他区で見つかって嬉しい。
久々にライナーノーツにも目を通して、それぞれの歩んできた道を振り返ってメモったら、また長くなってしまった/謝
まずは、クイーンのつづきから、ほんとは発売年順に書きたいところだけど、まあ、細かいことは抜きで。
▼Greatest Hits ?&?/QUEEN(2枚組)
図書館にあったジャケは、ゴールドを背景に中央に「Greatest Hits ?」の4人の写真があしらわれている。
「クイーンてどんなバンド?」って人はまずベストから入ればいいと私は思うのですが、どうでしょう?
▼News Of The World(世界に捧ぐ)/QUEEN
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出だしの♪We Will Rock You といい、次の♪We Are the Champions といい、
クイーン自体はあまり知らない人でも、これなら知ってる2曲からスタート。
ジャケも、ライナーのイラストも懐かしいSF映画ポスターを思わせる好みのデザイン。
【ライナーノーツ抜粋メモ】
1977年は、エリザベス女王の在位25年にあたる「ジュビリー(25年祭)」で、派手好き&豪華お祭好きなクイーンは大赤字を出して
ロンドン・アールスコートでの2日間の公演で祝った。
一方、皮肉にも、この年は傾きかけた大英帝国の威信を象徴するかのように、パンクが台頭し、民衆は
ピストルズの逆説的な♪God Save the Queen に諸手を挙げて共感した。
そして、ステージに臆面もなく王冠
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6枚目のアルバムのレコーディングでは、隣りのスタジオで偶然にもピストルズがレコーディングをしていた!
『世界に捧ぐ』リリース後、すかさず2度目のアメリカツアーに出発。例の巨大な王冠
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先の公演の16mから直径約30メートルにグレードアップするサービス精神を忘れなかった。
デビュー以来初めて、イギリスよりもアメリカでより売れたアルバム。
<ジャケットについて>
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1950年代、「アメージング・ストーリー」ほかSFパルプ・マガジンが出版界で隆盛を極めた。
そんな挿絵画家の一人、フランク・ケリー・フリーズの作品を見つけてきたのはロジャーだった。
(彼は意外にもクイーンいちの読書家で知られる
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メンバの顔があまりにも似ていないと、ファンの間では話題になった
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▼Made in Heaven/QUEEN
クイーン後期のアルバムに関しては、フレディの死の影が漂っているため、あまり積極的に聴いてないのが正直なところ。
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▼Innuendo/QUEEN
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「1991年、フレディ・マーキュリーの生前リリースされた最後のアルバム」。聴くたび胸になにかわだかまりが残る。
歌詞にも、激痩せしたPVにも、フレディの最後までショーマンとしてのエンタテイメントが詰まってて、
余計にいろんな感情が湧き上がって、クイーンのアルバムの中では、比較的聴いてないほうかもしれないなぁ。
▼Greetings From Asbury Park Nj (アズベリー・パークからの挨拶)/Bruce Springsteen
スプリングスティーンを知ったのは、ボウイが♪Growin' Up をカバーしてたからじゃなかったっけ?
♪Spirit in the Night も好き。スプリングスティーンはこれで全部揃ったかな(テープの話
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写真が若すぎて別人/驚
【ライナーノーツ抜粋メモ】
ディランを見出したことで知られるCBSコロンビア・レコードのジョン・ハモンドは、レコード界の大物の一人だった。
オーディションの結果、ブルースはレコードデビューを果すこととになったが、
ハモンドとアベルはブルースをディランのようなソロ・アーティストとして売り出そうと考えていた。
しかし、ブルースはあくまでバンドとして作ることを希望した(→結果は失敗だったが、ファンの間では評価が高いアルバム
ブルースの魅力の本質は、不満感、あるいはそれから生じる怒りだと思う。
しかも、仲間たちと一緒に力をあわせれば、より良い社会を築くことができると信じている正義感だ。
訳してみて分かったのは、このアルバムはまさに思春期から大人になりつつある若者たちの混沌とした心象風景を描いたものだということだ。
与えられた価値観、上からの指示に従順に従うのではなく、自ら一歩を踏み出すこと、そして倒れることが重要、そこからしか物語は始まらない。
アメリカの夢に裏切られ続けながらも、アメリカの夢への信仰を捨てられずにいる若者たち。
このアルバムの主人公たちは、アメリカの夢、それに裏切られてきた労働者階級の若者たちではあるが、自らそのことに気づいていない。
ブルースは彼らを糾弾していない。賞賛もしていない。淡々と彼らのことを映しているだけである。
アズベリー・パーク、アトランティック・シティの混沌さであると同時に、彼の心の中の風景でもある。
▼Any Day Now(ボブ・ディランを歌う)/Joan Baez
たくさん名演のあるヴォーカリストだけど、ディランのカバー曲がとくに好き。
♪Love Is Just a Four-Letter Word が聴きたかったv
【ライナーノーツ抜粋メモ】
6作目の『さよならアンジェリーナ』では、アルバム中4曲がディランのカバーだった。
実際バエズとディランは恋愛関係にあった
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1965年、ディランの英国ツアーに、バエズは公演の予定もなく同行している。
ところがディランは、もう一人の女性、サラ・ラウンズを呼び寄せていた。
この様子はドキュメンタリー映画『Dont Look Back』に記録されている。バエズは傷心のまま帰国していたのだ
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これ以降、バエズとディランの関係は、お互い淡い感情と清清しさを讃えた、友人としてのものになる。
2人が中傷し合ったという話は一切聞かない(大人だねぇ、バエズさん
このアルバムのレコーディングを行った1968年、徴兵拒否で投獄中だった社会活動家の恋人、デヴィッド・ハリスと結婚。
▼Tapestry(つづれおり)/Carole King
キャロル・キングって言えば、このアルバムだね。♪Way Over Yonder が大好き。
【ライナーノーツ抜粋メモ】
キャロルの名前が、初めてポップスファンの目に触れたのは1960年。シュレルスという黒人女性3人のグループが
キャロルと彼女の夫ゲリー・ゴフィンの書いた♪Will You Love Me Tomorrow? が全米ヒットチャート第1位になった時だ。
他にも、キャロル×ゴフィン作品は、エヴァリ・ブラザース、トニー・オーランド、ドリフターズなど、1961年に発表されただけでも12曲もある
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ほかにも、Blood, Sweat & Tearsの♪Hi-De-Ho(この曲大好き。キャロル自身が歌ってるほう
など、一連のアメリカのポップス界のVIPの中に見ることができる。
その後、ゲリー・ゴフィンと離婚し、ベーシストのチャールズ・ラーキーと結婚し、
音楽的にも新しいものを作り出しているのが、このアルバムから感じられる。
▼ベリッシマ/ピチカート・ファイヴ
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田島さんがいた頃。ライナーの写真にちょうど保護用のテープがかぶってるのが残念
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これから後の小西さんのチャカチャカした明るい音、全力ホーン隊とかじゃなく、
オリラブのアルバムといってもいいほど田島さんのロマンティックな歌が聴ける。
♪これは恋ではない で奥田民生とコラボしてる軽快なのものもイイけど、元ネタは初聴。なんだか切ない?
▼TOGAWA LEGEND SELF SELECT BEST&RARE 1979-2008/戸川純(3枚組)
このロリータ&エロティックなジャケもなんとも言えない純ちゃんの世界。
3枚組とあって、ヤプーズ、ゲルニカほか、私も知らないユニットで、初聴もたくさん入ってる貴重な1枚。
ライナーも分厚くて、1冊のアートワークになっている。読んでみたら、本人が書いててビックリ/驚×5000
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【ライナーノーツ抜粋メモ】
今回のように企画の段階から私監修のもと、制作進行すべてに関わることができたのは初めて。
これが今回のベスト・アルバムの最も大きなポイントです。
<ゲルニカ結成>
上野耕路さんから打診され、「8 1/2」の時からファンだったので嬉しさと戸惑いが入り混じった気持ちだった。
私が18歳、上野さんが19歳の時でした。
私は歌手として活動する前の、1979年から女優として活動していました。
当時のファンの間には「戸川純は、こうでなくちゃいかん!」みたいな声が多かったのも事実です。
カリスマ視されるよりも、笑いを取るほうが好きな人なんだ、と思われたかったんです。
<『玉姫様』自己プロデュース>
(♪玉姫様 のデモテープでは細野晴臣さんが歌っていた!驚×5000
(♪隣りの印度人 のコーラスもしたって知らなかった! 今も時々カラオケで歌います。大好きv
(『極東慰安唱歌』では、♪眼球綺譚 でドラムに高橋幸宏さんが参加!
ソロツアーも初めてやりましたが、私のライヴでは生理用品が飛び交いました
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あと、「好きな食べ物は?」てアンケートに、面倒臭いから「塩」と書いたら、
大きな袋に入った食卓塩がドサッとステージに投げ込まれたことが何度かありました。
あんな大騒ぎなライヴになるとは思わなかったです、本当に。
地味にひっそり売れて、ひっとりと闇に・・・みたいなつもりでいたんです。
当時は、女優がテレビに出るとかっこ悪いという風潮があった中、私は臆せず出たんです。
その後、そういうイメージは薄れましたから、自分でもこれは評価されてもいいなと思う部分です。
<あくまでも個人レーベルだったHYS>
アルファとの契約をクリアした時、「新しくレーベルをあげるよ」と言ってきたのがHYSでした。
1987年はヤプーズを結成し、本格的な活動がスタートした(ヤプーズ大好き!

バンドにするんだったら、バンドバンドした感じにして、ソロとは違う!という今後の方向性を明確にしようと思ったんです。
<ゲルニカ再始動>
翌1988年、上野さんから突然電話

1989年は、芸能生活10周年で、ギリギリ間に合わせて『昭和享年』を発売。
『ハロー!ムービーズ』という映画情報番組のナビゲーターや、『夜のヒットスタジオR&N』のレギュラー司会など
テレビや舞台の仕事が忙しくなってきた時期でもあった。
その中で椎間板ヘルニアが悪化して大手術をした。その頃は、2時間だけ効く薬を注射してもらって生放送をこなすくらい多忙で、
入院した時、医者から「これほど酷いヘルニアは初めて見ました。手術しても3人に1人は下半身不随になる」と言われた。
手術の前日に医師から特別に許可をもらって車イスでスタジオに行って♪吹けば飛ぶよな男だが を録音。
手術は成功し、リハビリを克服して1991年には復帰し、復帰第1作が『ダイヤルYを廻せ!』。
<ヤプーズ計画>
『ダイヤルYを廻せ!』のジャケはダダみたいなコラージュが施されていますが、私はダダよりもともとマニエリスム、シュルレアリスムが好きで、
最初から壊れている感じのダダはあまり好きではりませんでしたが、すっごく気に入りました。
HYSのコンセプトは「思春期」でした。自分でキャッチコピーを「遅すぎた思春期。早すぎた更年期」にしました。
私は基本的には似たような体験がないと歌詞を書けませんから。
<即興への興味が生み出した、戸川純バンド>
20周年記念盤の『20th Jun Togawa』のライヴをやることになって、“戸川純バンド”という名前が情報誌に載っているのを目にしたので、
バンド名はそれでいいや、と簡単に決めた。
<東口トルエンズ>
2005年に『東口DVD』をリリースしています。
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後半はDISC-3の曲解説。
♪真空キッス
コーラスをしているのは、同じ¥ENレーベルだったSET(スーパーエキセントリックシアター)の三宅裕司さんでした。驚
♪リズム運動
私の声にはいろいろなパターンがありますが、第三者からすれば、これがいちばん普通の声なのでしょうか。
私には分かりません。私にとっては、他であまり出していないレアな声質のつもりです。
♪蘇州夜曲
『刑事ヨロシク』は、私の初めてのレギュラー番組で、椅子とか片付けながら一人で歌っているうちに
途中からギターが入ってくるという演出でした。でもそれって、絶対音感がないとできないことなんですよ。
最初にキーをキープしてないといけないから。現場のほとんどの人は分かっていませんでしたが、
ギタリストさんだけが「絶対音感ですね」と言ってくれました。
途中からビートたけしさんが入ってデュエットをしているのですが、諸般の事情でフェイドアウトすることにしました。
♪The homage for Jean-Luc Godard〜movement #3
今回の中でいちばん即興性が高い曲です。2002年青山CAYでゴダール絡みのイベントがあり、
ホッピーから「2曲一緒に何かやってくれない?」と電話があって、実は録音してあったんですね。私は知りませんでした。
♪鈴木建設社歌
『ダウンタウンヒーローズ』という映画に出た時、山田洋次監督が「君は何もしなくても、立ってるだけで可笑しいね」と言われて気に入られたんです。
それで、『釣りバカ日誌』の脚本をやっていた関係で、出るようになりました。
♪ローハイド
私が出演したナイロン100℃の公演『すべての犬は天国へ行く』のサントラです。
ちなみに、♪ローレン、ローレン、ローレン と歌っていますが、よく考えたら
♪ローリング、ローリング、ローリング なんですよね。でも私が子どもの頃の記憶でそう歌っているから、
コーラスの人たちも迷わず♪ローレン、ローレン、ローレン と歌っています。
自分じゃカリスマじゃないってゆってるけど、今でも十分刺激的な存在。
これまでの経歴も人間関係もハンパじゃないなあ!
世界中探してもこんな稀有なアーティストはいないんじゃないかなって思ってる。
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