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『ハプワース16、一九二四』 J・D・サリンジャー著

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『ハプワース16、一九二四』Hapworth 16(1924, 1965)
J・D・サリンジャー著

(ノートからの転記)
最も尊敬し、文句なく好きな作家。
「今作を『New Yorker』に発表した後、サリンジャーは音信を絶った」というような宣伝コピーが
大きく帯に書かれているのを読んで買ってしまった。

いずれはすべて読むつもりでいたけど、彼の作品は集中力と、難解な心理描写への心構えがいるから
覚悟ができる時期をうかがっていた。

一連のグラース家の物語の最新、もしかして最後となるかもしれない今作は、
後に31歳で自殺してしまう長兄シーモアが、7歳の時に、弟バディと行ったキャンプ中に
ホームシックにかかって、両親に情熱的(彼曰く感情過多)気味の長い長い手紙を書き、
後に、母ベッシーから、大学教授で作家となったバディに送られ、全文を私たち読者に紹介するという形式。

簡単に言えばの話。それが7歳の子どもとは思えない文章なんだな。
もちろん書いているのは、十分に成熟した経験豊富なサリンジャーだから、
手紙の主を7歳の天才児に設定したところが作品の面白さで、
それを前提に読むとビックリさせられることばかり!!

後々の兄弟のそれぞれの運命が、傾向としてもうこの時ハッキリ見えているのが
ファンにとっては他のシリーズの手がかりになるから、一言一句も読み落とせない。

********

本書を買ったのももうかなり前になるけれども、半分まで読んで放っておいてからも相当経ってしまった。
記憶を取り戻す意味でも最初から読み直した。
内容は難しい部分もあるけれど、手紙形式だから読みやすい。


▼story(ネタバレ注意

[前半]
シーモアは足を怪我したことで暇をもらい手紙を書いている。
メインは素晴らしい弟のこと。バディはすでに作家の卵で小説を書き、
兄はそれを見守りながら、自らも詩を書いている。
バディは田舎が好きで、シーモアは都会生活と家族から長く離れて生きられない。

サリンジャー自身はどうだろう?
書き物は自然に書き手の心象が表れるから、どうしても作者をイメージしてしまう。

プライベートを極度に隠すという彼も、やはり幼児期からハッキリとした意識を持っていたのかとか、
神を絶対視して大量の読書をしたのかとか、彼も感情過多なのかとか。
厚い下唇のエピソードも、唯一私が見ているこの、絵とも写真とも言えない若きホープとして光輝く
ハンサムな作者の顔にも同じく愛情深い下唇を見受けられるとか。

一番ビックリなのは、シーモアが、障害を持ったグリフィスくんより性的早熟なことだろう!!
図書館の司書をする女性への親しみ、同情、批判(ある種の能力~第3の目かな~を持つシーモアには
必ずこの3つが交錯して表れる)以上に、キャンプ場の指導員・ハピー夫人の性的魅力に惑わされて、
父の体験談とアドバイスを求めるあたり。

彼女は離婚して、妊娠中なんだけど、彼女の言う通り「自分は愛情深くて、彼は薄情だ」と信じているのは、
実は逆だと言いきるあたりに、笑いと共に、真実の重みを感じる。
人より多くが見えて、感じてしまうグラース家の子どもたちの苦しみが、主人公が幼いだけに強烈な印象で伝わってくる。

ハピーが軍人の友人と訪ねて来て、他の軽薄な忠告を押しつけまくる指導員やカウンセラーと共に
シーモアをひどく傷つけたり、有名なグラース家の息子とバレて、ちょっとした軽口を言われて、
ガラスのように繊細で透明な彼の心は粉々にされてしまう。

「僕が燃え尽きて、消えてしまっても、弟はうまく皆を最後まで導くことだろう」

「肉欲に身をやつすくらいなら喜んで死を選ぼう。現世(うつせみ)の短い余生に課せられた仕事をするべきだ」

ひと言ひと言にこんなヒントが隠れている。
どうやら彼は、子どもの時から魅力的で才能のない女性に弱く、人間性と理性の板ばさみに悩まされていたらしい。
それが自死の理由? 後半を読むのが待ち遠しい。



[後半]
家族1人1人のメッセージの後は、司書オーバーアン女史とフレイザー氏が「読みたい本があったらいつでも送る」
といってくれた言葉に甘えて、母を通じてキャンプに送ってほしい本のリストが主題。

膨大なリストで、シーモアも自分で認めているけれども、
彼と弟バディは読書マニアで、猛スピードで難書を読んでしまって司書らを困らせ、
また彼らの自慢話のネタにされるのを嫌がっている。

この頃には、もう手紙自体、7歳の子どもが書いているって前提で読まずに
サリンジャー自身が、彼の年齢で書いていると思って読んでいたんだけど、
サリンジャーも相当の読書家で、宗教に深く入れ込んでいたんだね。
これだけ心酔していて、シーモアみたく若死にしなかったのが不思議なくらい。

今作は『バナナフィッシュにうってつけの日』でのシーモアの死の謎解きの解説書的役割もあるらしい。

私が分かる範囲だと、シーモアの認める不安定さ、激しやすく、脆いまでの悲観的感情、
真理を見抜く目が幼くして備わっていたことの悲劇、もちろん人生の感動的な部分もすべて見抜いていて、
普通の人の何十倍もの人生を30年間で学べたってこと、宗教的考えに囚われていて、訳者は「入定説」と言っているけど、
今作のそこかしこにも自分の死の予兆を匂わせ、そんなに悲しむべきことではないと、
両親にあらかじめ心の準備をさせているような言い方をしている。

ストーリーと感想が混ざっちゃったけど、その本のリストをメモると、、、

・イタリア語会話の本
・神に関するHより後
・詩集
・トルストイの全集
・ガーヤトリー讃歌(ヒンズー教)
・「ドン・キホーテ」
・ラージャ・ヨーガとバクティ・ヨーガの2冊
・C.ディケンズ全集か分冊
・ジョージ・エリオット
・ウィリアム・メイクピース・サッカレー
・ジェーン・オースティン
・ウォーウィック・ディーピング
・ブロンテ姉妹
・中国の薬草学
・V.ユーゴー、ギュスターヴ・フローベール、オノレ・ド・バルザック 3人のフランス作家
・ギ・ド・モーパッサン、アナトール・フランス、マルタン・レペール、ウー・ジェーヌ・シュー 仏語で
・マルセル・プルースト全集
・アーサー・コナン・ドイル全集

(湖の水泳中、とても好きだって真理を与えられた21~30以上の者は
“自分を愛する人々のリストの参照”を存命中に作っておくべき、単なる好き嫌いリストではなく)

・世界大戦に関する本
・「アレクサンダー伝」と「起源と思索」はバディに最悪の書の見本として
・身体の旋回に関する本
・超絶主義者に関する本
・モンテーニュ「随想録」
・古代ギリシャ以前の文明書
・心臓の構造書(一番大切)
・仮骨のでき方
・「ダブリン大学マガジン」1842、「ジェントルマン・マガジン」1866、「北英レビュー」1866
・ムーン・マリンス夫妻の本
・「ヴァラエティ誌」2、3冊
以上!!

確かキャンプはあと1ヶ月といっていたから、これだけ読もうなんて1日1冊ではとても追いつかない!
送るだけでも大きめの箱2、3個でも足りないだろうし。
これらを見つけなきゃならない司書もやりがいある仕事ってもんだ。

ここでやっとバディが帰ってくる。
7時間半ぶりにってことは、この長い手紙を書いたのはたった7.5時間ということになる。相当の速記だね!

司書らに今後6ヶ月間は辞書をひいて過ごすから迷惑をかけないとのこと。
この子にもまだ知らない単語があるのか、復習か?
でもラストにバディに罫線のない便せんは分かるけど、ウサちゃんを送ってほしいという頼みは最後にきてちょっと不気味。

「あなたたちを愛する2人の不気味な厄介者より5万回のキスを」

************************

しかし気になって仕方ないのは、今作を最後に筆を止め、姿すら消している著者のこと。
そりゃ今でも執筆活動を続けていてほしいけど、もう80歳は超えてるでしょ。
隠遁生活でも1、2人は外界とつながる人がいるのかしら?

唯一の彼のイメージは、表紙に使われている1枚の写真(を元にしたイメージ画)だけ。
自信にあふれた素晴らしいユダヤ系の容貌で、賢さが目の輝きに宿っている。

まだ私の読んでいないサリンジャー短編が1、2あった気がする。
それらとの出会いをまた楽しみにして、年月が流れるに任せよう。

ちなみに私が今読みたいなって思っているのは、私の好きなコメディアンか俳優に関する写真がたくさん入った伝記(次元が違うね)。
なんでもそろえてくれるオーバーマン女史みたいな司書が身近にいてくれたらいいのに!


(ウィキによるとサリンジャーはそれほど隠遁生活でもなかったみたいね



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