■『ゾマーさんのこと』(文芸春秋)
パトリック・ジュースキント/著 ジャン・ジャック・サンペ/画 池内紀/訳
1992.11初版 1996.7第4刷
(ノートから感想メモを記載しました
作品の叙情性と、名前からフランスの作家だと思ったら、ドイツ人だった。
クリスマス・プレゼント用にベストセラーとなり、その後も人気だという。
このゾマーさんの謎めいたキャラクターに惹かれてしまうが、結局その正体は分からずじまいなのがイイ。
ヘタな種明かしなどないほど普遍性があって、記憶に残り、何度も読み返すことができる。
訳者は、解説で戦争の傷痕について触れている。
新聞に載った写真の若き頃の自信に満ちた活気あふれる青年から、
とり憑かれたように町を歩き、苦渋の表情に変貌してしまうまでの間に一体なにがあったのか。
そう考えると、なにか幻影というイメージより、暗く陰鬱なリアルさが増す。
単なる少年の日々の投影だけであってほしくもない。
彼は存在し、そして少年の目の前で消えたのだ。
同時に繰り広げられる少年の瑞々しい生活の記憶。
40歳を過ぎて、ここまで新鮮に幼少期のことを思い描けたらいいだろうなあ。
私にも、そんな高い杉の木・・・じゃなくリンゴの枝に登った記憶や、子ども時代の事件の数々があったはずなのに、
当時の感覚を呼び覚まして筆に移せるだけの才能はない。
ジャーナリズムから離れていたり、なんだかサリンジャーを思わせる作品。
その他『香水』も気になる。同じ店の棚に並んでいたかな?
自然がそのままの美しさで人の目と心を魅了していた時代。
時代や背景は違っても、正義感、純粋さ、傷つきやすく、頑なだった頃のこと、
理不尽な世の中は今でもそのままだけど(今じゃ加担してさえいる)。
それにしても、ヨーロッパは特に子どものしつけに厳しいね
まさに不公平な厳しさ。
名作『にんじん』にも、本気で自殺を企てるシーンがある。
私にも「こんな世界から消えてやる」って思ったことはやっぱりあるけど、
こんな社会で普通の大人になるのはむしろフシギなくらいだ。
いつ、そんな怒りや正義感と折り合いをつけたのか? もう思い出せない。
本書を度々読んで、子ども時代に忘れてきた感覚を呼び覚ましておかなきゃ。
▼あらすじ(ネタバレ注意
主人公の「ぼく」が木登りをしていた頃、オーバーを広げたら空も飛べるくらい体が軽かった。
一度ひどく落ちて打った頭が天気予報となる。
そして湖畔の町にゾマーさんという男がいた。
いつもよじれた木を3本目の足にして、ひっきりなし歩いている。
「冬じゅうズボンの下で白いすねが、夏秋と季節を経て色が変わっていく」という表現が笑える。
少年がいつまでも忘れない出来事。
ひどい嵐の日。雹、あられ、霧雨が降る中でも外を歩いているゾマーさんに、
父は思わず自分が嫌いな「死神を招く」という決まり文句を使って車に乗るよう誘うと、
「放っといてもらいましょう!」とハッキリ言った言葉。
母は、彼がクラウストロフォビア(閉所恐怖症)だという。
このヘンテコな言葉を何度も言ってクラクラする「ぼく」。
「のべつ外を歩いていなくてはならない病」
「ゾマーさんの顔は、どしゃ降りの中でもひどくノドが渇いている表情だった」
憧れのカロリーナの首筋の産毛に息を吹きかけるシーン。
月曜の帰り道、念入りに計画されたデートが、彼女のひと言ですべて吹き飛んだ淡い恋の話。
ペダルとイスにいっぺんに届かない自転車で、ピアノのレッスンに遅れた史上最悪の恐怖体験。
確かに老教師の鼻水がついた黒鍵盤なんて、読んでいて悲鳴をあげてしまった。
「化けるほどの年寄り」って爆笑!
その教師の母からビスケットをもらう話。
あまりに自尊心が傷ついて一番高い木から飛び降り自殺する計画を立て、
葬式の盛大さにほくそ笑む少年少女の姿はゾッとしないな。
その木の下で、機械のように食事をとるゾマーさんの、安らぎのひとかけらもない絶望の長い吐息。
「生涯、死に追われている男」の姿を垣間見て、自殺なんて考えは吹き飛ばされてしまう。
それから5、6年後。15歳になった「ぼく」は、自転車での帰り道、湖水に入っていくゾマーさんを見かける。
止めることもできず、2週間後、新聞に行方不明の記事が載るが「変わり者」のことなどすぐに忘れられてしまう。
「ぼく」はひと言も真相を話せなかった。
彼が言った「放っておいてもらいましょう!」のひと言を守り通して。
************************
6時間で読みきり、ちょうどいいサイズと量、そしてなんといってもサンペの挿絵が
なんともいえない味があり、思わず興味をそそる。
タイトルのシンプルさもそう。原題は『ゾマーさんの物語』とのこと。
また心のゆとりが出て、こんなステキな装丁の短編をもっと読みたい欲が出てきた。
ちょうど季節柄に食欲が出るように、感性ってやつが「何か内容のある食べ物はないか?」って騒ぎ出す。
じっくり腰を据えて長編を読むには時間とゆとりが足りない気がする。
幸い、今月はもう1回連休があるし、コレクションをもっと増やそう。
もっと持っていたのに、名作類をどこに隠してしまったのか? 私の宝ものは???
(結局、数冊を残して、持っていた本は、引越しのたびにほぼ売り払ってしまったけれども、今は、図書館が私の本棚だ
パトリック・ジュースキント/著 ジャン・ジャック・サンペ/画 池内紀/訳
1992.11初版 1996.7第4刷
(ノートから感想メモを記載しました
作品の叙情性と、名前からフランスの作家だと思ったら、ドイツ人だった。
クリスマス・プレゼント用にベストセラーとなり、その後も人気だという。
このゾマーさんの謎めいたキャラクターに惹かれてしまうが、結局その正体は分からずじまいなのがイイ。
ヘタな種明かしなどないほど普遍性があって、記憶に残り、何度も読み返すことができる。
訳者は、解説で戦争の傷痕について触れている。
新聞に載った写真の若き頃の自信に満ちた活気あふれる青年から、
とり憑かれたように町を歩き、苦渋の表情に変貌してしまうまでの間に一体なにがあったのか。
そう考えると、なにか幻影というイメージより、暗く陰鬱なリアルさが増す。
単なる少年の日々の投影だけであってほしくもない。
彼は存在し、そして少年の目の前で消えたのだ。
同時に繰り広げられる少年の瑞々しい生活の記憶。
40歳を過ぎて、ここまで新鮮に幼少期のことを思い描けたらいいだろうなあ。
私にも、そんな高い杉の木・・・じゃなくリンゴの枝に登った記憶や、子ども時代の事件の数々があったはずなのに、
当時の感覚を呼び覚まして筆に移せるだけの才能はない。
ジャーナリズムから離れていたり、なんだかサリンジャーを思わせる作品。
その他『香水』も気になる。同じ店の棚に並んでいたかな?
自然がそのままの美しさで人の目と心を魅了していた時代。
時代や背景は違っても、正義感、純粋さ、傷つきやすく、頑なだった頃のこと、
理不尽な世の中は今でもそのままだけど(今じゃ加担してさえいる)。
それにしても、ヨーロッパは特に子どものしつけに厳しいね
まさに不公平な厳しさ。
名作『にんじん』にも、本気で自殺を企てるシーンがある。
私にも「こんな世界から消えてやる」って思ったことはやっぱりあるけど、
こんな社会で普通の大人になるのはむしろフシギなくらいだ。
いつ、そんな怒りや正義感と折り合いをつけたのか? もう思い出せない。
本書を度々読んで、子ども時代に忘れてきた感覚を呼び覚ましておかなきゃ。
▼あらすじ(ネタバレ注意
主人公の「ぼく」が木登りをしていた頃、オーバーを広げたら空も飛べるくらい体が軽かった。
一度ひどく落ちて打った頭が天気予報となる。
そして湖畔の町にゾマーさんという男がいた。
いつもよじれた木を3本目の足にして、ひっきりなし歩いている。
「冬じゅうズボンの下で白いすねが、夏秋と季節を経て色が変わっていく」という表現が笑える。
少年がいつまでも忘れない出来事。
ひどい嵐の日。雹、あられ、霧雨が降る中でも外を歩いているゾマーさんに、
父は思わず自分が嫌いな「死神を招く」という決まり文句を使って車に乗るよう誘うと、
「放っといてもらいましょう!」とハッキリ言った言葉。
母は、彼がクラウストロフォビア(閉所恐怖症)だという。
このヘンテコな言葉を何度も言ってクラクラする「ぼく」。
「のべつ外を歩いていなくてはならない病」
「ゾマーさんの顔は、どしゃ降りの中でもひどくノドが渇いている表情だった」
憧れのカロリーナの首筋の産毛に息を吹きかけるシーン。
月曜の帰り道、念入りに計画されたデートが、彼女のひと言ですべて吹き飛んだ淡い恋の話。
ペダルとイスにいっぺんに届かない自転車で、ピアノのレッスンに遅れた史上最悪の恐怖体験。
確かに老教師の鼻水がついた黒鍵盤なんて、読んでいて悲鳴をあげてしまった。
「化けるほどの年寄り」って爆笑!
その教師の母からビスケットをもらう話。
あまりに自尊心が傷ついて一番高い木から飛び降り自殺する計画を立て、
葬式の盛大さにほくそ笑む少年少女の姿はゾッとしないな。
その木の下で、機械のように食事をとるゾマーさんの、安らぎのひとかけらもない絶望の長い吐息。
「生涯、死に追われている男」の姿を垣間見て、自殺なんて考えは吹き飛ばされてしまう。
それから5、6年後。15歳になった「ぼく」は、自転車での帰り道、湖水に入っていくゾマーさんを見かける。
止めることもできず、2週間後、新聞に行方不明の記事が載るが「変わり者」のことなどすぐに忘れられてしまう。
「ぼく」はひと言も真相を話せなかった。
彼が言った「放っておいてもらいましょう!」のひと言を守り通して。
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6時間で読みきり、ちょうどいいサイズと量、そしてなんといってもサンペの挿絵が
なんともいえない味があり、思わず興味をそそる。
タイトルのシンプルさもそう。原題は『ゾマーさんの物語』とのこと。
また心のゆとりが出て、こんなステキな装丁の短編をもっと読みたい欲が出てきた。
ちょうど季節柄に食欲が出るように、感性ってやつが「何か内容のある食べ物はないか?」って騒ぎ出す。
じっくり腰を据えて長編を読むには時間とゆとりが足りない気がする。
幸い、今月はもう1回連休があるし、コレクションをもっと増やそう。
もっと持っていたのに、名作類をどこに隠してしまったのか? 私の宝ものは???
(結局、数冊を残して、持っていた本は、引越しのたびにほぼ売り払ってしまったけれども、今は、図書館が私の本棚だ