■『土神と狐(画本宮沢賢治) 』(パロル舎)
宮沢賢治/著 小林敏也/画 1985年第1刷発行 1993年第3刷 用紙/親和紙業
『土神と狐』は、以前も読んだけれども→here、賢治作品としては異色だと思った。
とても哀しい気持ちと不安感でいっぱいになり、最後は毎回泣いてしまう。
とくにキツネの最期の表情の描写。
我に返った土神の絶望と、キツネの孤独さがあらわになって、あっけなく終わってしまうラスト。
こんなに哀しい恋心の物語を書くということは、賢治自身にも覚えがあるからではないだろうかと推察する。
神さまなのに狂おしいほどの嫉妬心に苛まれ、なんの関係もない農民にイタズラして笑ったり、
そんな自分を卑下して落ち込んだり、この神さまはとても人間的なココロをもっているからこそ、余計に胸が苦しくなる。
この対照的な2人の姿を描写した小林さんの、堂々とした画風も本当に素晴らしい。
あらすじは、もう知られているので、ここでは、私が好きなセリフを中心に紹介したい。
【内容抜粋メモ】
「見せてあげませう。僕実は望遠鏡を独乙のツァイスに注文してあるんです。
来年の春までには来ますから来たらすぐ見せてあげませう。」
狐は思はず斯う云ってしまひました。そしてすぐ考へたのです。
あゝ僕はたった一人のお友達にまたつい偽を云ってしまった。
あゝ僕はほんたうにだめなやつだ。けれども決して悪い気で云ったんぢゃない。よろこばせやうと思って云ったんだ。
あとですっかり本当のことを云ってしまはう、狐はしばらくしんとしながら斯う考へてゐたのでした。
樺かばの木はそんなことも知らないでよろこんで言ひました。
「まあうれしい。あなた本統にいつでも親切だわ。」
樺の木のことなどは忘れてしまへ。ところがどうしても忘れられない。
今朝は青ざめて顫へたぞ。あの立派だったこと、どうしても忘られない。
おれはむしゃくしゃまぎれにあんなあはれな人間などをいぢめたのだ。
けれども仕方ない。誰だってむしゃくしゃしたときは何をするかわからないのだ。
おれはいやしくも神ぢゃないか、一本の樺の木がおれに何のあたひがあると毎日毎日土神は繰り返して自分で自分に教へました。
それでもどうしてもかなしくて仕方なかったのです。
殊にちょっとでもあの狐のことを思ひ出したらまるでからだが灼けるくらゐ辛かったのです。
ところがその強い足なみもいつかよろよろしてしまひ、土神はまるで頭から青い色のかなしみを浴びてつっ立たなければなりませんでした。
それは狐が来てゐたのです。
もうすっかり夜でしたが、ぼんやり月のあかりに澱んだ霧の向ふから狐の声が聞えて来るのでした。
「天道といふものはありがたいもんだ。春は赤く夏は白く秋は黄いろく、
秋が黄いろになると葡萄は紫になる。実にありがたいもんだ。」
「全くでございます。」
「わしはいまなら誰のためにでも命をやる。みみずが死ななけぁならんなら、それにもわしはかはってやっていゝのだ。」
土神は遠くの青いそらを見て云ひました。その眼も黒く立派でした。
二人はごうごう鳴って汽車のやうに走りました。
「もうおしまひだ、もうおしまひだ、望遠鏡、望遠鏡、望遠鏡」
と狐は一心に頭の隅のとこで考へながら夢のやうに走ってゐました。
それからいきなり狐の穴の中にとび込んで行きました。
中はがらんとして暗くたゞ赤土が奇麗に堅められてゐるばかりでした。
土神は大きく口をまげてあけながら少し変な気がして外へ出て来ました。
宮沢賢治/著 小林敏也/画 1985年第1刷発行 1993年第3刷 用紙/親和紙業
『土神と狐』は、以前も読んだけれども→here、賢治作品としては異色だと思った。
とても哀しい気持ちと不安感でいっぱいになり、最後は毎回泣いてしまう。
とくにキツネの最期の表情の描写。
我に返った土神の絶望と、キツネの孤独さがあらわになって、あっけなく終わってしまうラスト。
こんなに哀しい恋心の物語を書くということは、賢治自身にも覚えがあるからではないだろうかと推察する。
神さまなのに狂おしいほどの嫉妬心に苛まれ、なんの関係もない農民にイタズラして笑ったり、
そんな自分を卑下して落ち込んだり、この神さまはとても人間的なココロをもっているからこそ、余計に胸が苦しくなる。
この対照的な2人の姿を描写した小林さんの、堂々とした画風も本当に素晴らしい。
あらすじは、もう知られているので、ここでは、私が好きなセリフを中心に紹介したい。
【内容抜粋メモ】
「見せてあげませう。僕実は望遠鏡を独乙のツァイスに注文してあるんです。
来年の春までには来ますから来たらすぐ見せてあげませう。」
狐は思はず斯う云ってしまひました。そしてすぐ考へたのです。
あゝ僕はたった一人のお友達にまたつい偽を云ってしまった。
あゝ僕はほんたうにだめなやつだ。けれども決して悪い気で云ったんぢゃない。よろこばせやうと思って云ったんだ。
あとですっかり本当のことを云ってしまはう、狐はしばらくしんとしながら斯う考へてゐたのでした。
樺かばの木はそんなことも知らないでよろこんで言ひました。
「まあうれしい。あなた本統にいつでも親切だわ。」
樺の木のことなどは忘れてしまへ。ところがどうしても忘れられない。
今朝は青ざめて顫へたぞ。あの立派だったこと、どうしても忘られない。
おれはむしゃくしゃまぎれにあんなあはれな人間などをいぢめたのだ。
けれども仕方ない。誰だってむしゃくしゃしたときは何をするかわからないのだ。
おれはいやしくも神ぢゃないか、一本の樺の木がおれに何のあたひがあると毎日毎日土神は繰り返して自分で自分に教へました。
それでもどうしてもかなしくて仕方なかったのです。
殊にちょっとでもあの狐のことを思ひ出したらまるでからだが灼けるくらゐ辛かったのです。
ところがその強い足なみもいつかよろよろしてしまひ、土神はまるで頭から青い色のかなしみを浴びてつっ立たなければなりませんでした。
それは狐が来てゐたのです。
もうすっかり夜でしたが、ぼんやり月のあかりに澱んだ霧の向ふから狐の声が聞えて来るのでした。
「天道といふものはありがたいもんだ。春は赤く夏は白く秋は黄いろく、
秋が黄いろになると葡萄は紫になる。実にありがたいもんだ。」
「全くでございます。」
「わしはいまなら誰のためにでも命をやる。みみずが死ななけぁならんなら、それにもわしはかはってやっていゝのだ。」
土神は遠くの青いそらを見て云ひました。その眼も黒く立派でした。
二人はごうごう鳴って汽車のやうに走りました。
「もうおしまひだ、もうおしまひだ、望遠鏡、望遠鏡、望遠鏡」
と狐は一心に頭の隅のとこで考へながら夢のやうに走ってゐました。
それからいきなり狐の穴の中にとび込んで行きました。
中はがらんとして暗くたゞ赤土が奇麗に堅められてゐるばかりでした。
土神は大きく口をまげてあけながら少し変な気がして外へ出て来ました。