■『風と木の詩』9巻(小学館叢書)
竹宮惠子/著
【内容抜粋メモ】
[第8章 ラ・ヴィ・アン・ローズ]
セルジュ“生活を辛いとは思わないが、ジルベール、君には生活を感じない 存在すら感じさせない!”
古物市で古い譜面を見つめるセルジュ。ジルは少ない生活費も気にせずにそれを買ってしまう。
それを見て、ビストロの支配人は「店でロハで弾いてくれ」と頼み、歓喜するセルジュ。
店でクラシックを弾くと固いと怒られ、カミイユが歌う俗曲(流行歌など)を弾く。
美形のギャルソン&トビ色のピアニストのビストロは、若い女性の間でまたたく間に評判を呼ぶ。
その噂を聞いて驚くパトリシア。
ピアノ教師の娘・マレリーはすっかりセルジュが好きになり、父に伝えて、ピアノ教室の助手の職を頼む。
一方、ジルは、この界隈の元締めで男色のダルニーニに目をつけられ、支配人にも誘いを断るなと命令される。
また誰かに暴力を受けて戻ってきたジルを見て、セルジュは支配人に店を辞めると言う。
パトリシアは2人と再会。
「これからは女性も立派に働く時代なのよ。男の人ばかりに人生を任せていてはダメ。
そのほうが人間としてどんなに生き生きと輝けるか。
身を墜とさなければ女性が生きていけない時代は終わったのよ。私、新聞記者になりたいの」
2人は月に1度、公園で会おうと約束する。
嫉妬したジルとケンカしてタバコを吸うセルジュ。なんだか急に大人びた・・・
ピアノ教室はあっという間に大盛況となる。
ジルはセルジュとパットが会っているのを垣間見てしまう。
慰めるカミイユと寝ているところを見るセルジュ。
“相手のウソが見破れないのは 愛していない証拠。
気づかないうちに君は僕をズタズタにする。愛という牙と爪で”
ジル「女なんてみんな自分のカラッポな部分を埋めてくれるものなら何だっていいんだから!」
カミイユに言った言葉はジルにも当てはまるね・・・
マレリーの父に投げ文があり、ジルとの同棲のことが書かれていた。
「マレリーをめとるつもりで、うちの養子にならないか。そうすれば遠慮なく音楽院に行ける」
「彼と別れることは、彼を殺すのと同じことなんです」と断るセルジュ。
ボナールと再会するジル(そうなると思った)/ルノーもすっかり大人びて
すっかり贅沢な暮らしに戻って、笑顔を取り戻すジル。
セルジュは、ダルニーニの根回しでなかなか仕事を見つけられない。
「お前が連れてるあのキレイなのと別れな。そうすりゃ簡単に見つかるぜ」
公園に来なくなったセルジュを心配して、パットは宿代を肩代わりする。
“僕には彼をふつうの人にする力がない。空しく泡にしてしまう。
それくらいならいっそここに置いていこう。彼を守る幻想の宮殿に”
セルジュは、ボナールの元にジルを置いて家に帰ると言い残す。
“彼(ジル)にとって愛は至上だ。自分を愛する者がどんな貢物をしようと当然と思っている。
セルジュがここで暮らすのをどんなに苦痛に感じているか分かるはずもない。
ジルベールは、育つことができない永遠の少年。生き残ることを知らない。だからこそ輝いている”
ルノー「生き抜いていくには不適格な子だ。死にますよ、放っておいたらね。
昔もそうだったけど、今はもっと影が薄くなった。
立派に生き抜くなんてジルベールには拷問でしかない。
なのにセルジュは彼に生き抜くことを教えようとしている。絵に描いたような不幸ですね」
ジルにセルジュが家に帰ったと言うと、セルジュ同様、来た時のコートを着て去るジル。
“来ない。彼はもう二度と来ない・・・”
「ジルベールはもう自由な鳥ではいられない。籠の中で自由に焦がれているからこそ、あの脆い美しさが輝くのか」
家で迷うセルジュ。追いかけるジル。
“繰り返し、繰り返し、戦いが始まる。黒と白の戦いが”
ダルニーニは、セルジュに職を与え、ジルが一人で部屋にいる間を狙って、阿片漬けにする。
セルジュとパットはまた公園で会えるようになる。
「女たちは、きっと自由になっていくわ。
窮屈な服からも、窮屈な家からも解放されていくのよ」
(なかなか実現は難しいね・・・
ちょっと見分からない程度にクスリ漬けにしていく
パットは異変に気づき、パスカルを呼ぶ。
「栄養失調で目の焦点もしっかりしてない。
カールは今でも立ち直れないほどの打撃を受けたよ。あいつは神学校へ移るそうだ。懺悔のために。
2人とも救うにはもう他に方法はない。ヤツ(ジル)にはヤツの処し方がある。
このままじゃヤツを本当にメチャメチャに壊しちまう。離して自由にさせてやれ。
自惚れるな! おまえの与え得る愛情より、求めるほうが、ずっと熱くて激しいんだ。
満たされずに苦しむのはヤツのほうだぞ」
パスカルはパットをセルジュにやりたいと言う。「どちらもはとれないさ。どちらかをとるんだ」
ジルはクスリを求めてダルニーニの元へ行く。
「わしのきれいなプリマヴェーラ(春の精)。その名で売ってやる。お前を愛したがる者は何百人もいるさ」
パットからセルジュの実家が当主が行方知れずで存続が難しく、叔母は病気で倒れたと聞いてショックを受ける。
(18歳で正式に子爵家を継ぐシステムなのね
パットはセルジュに帰省するよう薦めるが「彼といるだけで叔母やアンジェリンの迷惑になる。帰れないよ」
ジルはセルジュに売春や麻薬常習がバレないよう、稼ぎを全部酒代に代えて、アル中のようになる。
カミイユ「アル中ね。そのうちきれいな顔が台無しになるわ。何人も見たもの、ああいう風にダメになっていく人」
「ジルベール、チロルへ行こう。そしてもう一度初めからやり直そう。この街が君を腐らせるんだ」
「いやだよ!」“チロルにはクスリがない!”
阿片煙草も吸うジル。
仲間の一人に「別のところに移る気はないか? お前を買いたいという大物がいるんだ。
故郷へ連れてって、客に売ったりはしないとよ。シチリアさ」
ジルは海と聞いて「海の天使城」を思い出す。
「いいよ。僕が死んだら、海へ投げ込んでくれる?」
パスカルが秋に来て、まだ別れていないセルジュを説得する。
「麻薬だよ。阿片さ。ヨーロッパでも中毒患者が増えてるんだ。密輸で」
案の定、大量の阿片が見つかり、「力ずくでも養護院へ。やむを得んさ。なまじなことで抜けられるもんじゃない」
それを聞いたジルはダルニーニのところへ戻る。
“手が届かない もうセルジュ・・・”
クスリの大量摂取で自殺を図ったジルを雨の中、馬車に乗せ、別のパトロンに売ろうとする仲間。
しかし、ジルの様子を見て「無理だ。あの子は諦める」と去る馬車。
それをオーギュと間違えるジル。
“連れて帰って、海の天使城へ
まだ だれをも知ることのなかった あのころ 花咲き誇る春へ”
“どこでそんなに汚したんだい”
パスカル「参った。ミシェルの時以来だ。いや、あいつの時よりもっと酷い。
オレがこの手でヤツを地獄に送った・・・そんな気分だ。
どこかで聞いてたのかもしれない。そういう奴だったよ」
「人間には考える場所が2つある。頭と心と。ジルベールに振り回される彼を見て、
ついオレは頭で考えたんだ。結果は悪く転びすぎたよ」
パット「お願い悪く考えないで。結果はここで出るのじゃない。もっと遠い未来かもしれないのよ」
パスカル「“罪を犯すまいとして真実を見誤るな”か。セルジュのオヤジさんが書き残した言葉さ。皮肉だな」
セルジュ“失敗シタ 彼ヲ愛スルコトニ失敗シタ 育チニクイバラヲ 培養室カラ引キダシテ 枯ラシタ”
セルジュを外に連れ出すパット。
パスカル“女ってやつは時々、とてつもない才能を発揮する。女なしには世界は回らんよ、実際”
(哲学者のパスカル、いまさら気づいたの?
宿にいることが戒めでしかないと気づいたパットは、今はバトゥール家を管理しているアンジェリンに手紙を書く。
アンジェリンはすぐにやって来た。
「私の婚約が破棄されて以来、母はもう子爵家の後見からは身を引いています。
だからどうかセルジュにあなたからおっしゃって、戻る家はここにあると」
パットとパスカルはセルジュを実家に連れてくる。
執事のクロードほか、子どもの頃の使用人も、アンジェリンは呼び戻して待っていた。
“キミハ知ッテル 肌ノ熱さサト ヤサシサ ボクガキミニアゲタ 永久ニ 消エナイ”
♪ホザンナ が聴こえてたどり着いたのは、セルジュがずっと欲していた父の形見の鍵盤と日記、そしてピアノだった。
♪ホザンナ
主の御名を讃えん
高きところより
見おろしたもう
我らが主よ
学舎(まなびや)の灯(ひ)をともし
我らが足もとを照らしたまえ
“きみは わがこずえを鳴らす 風であった
風と木ぎの詩が きこえるか
青春のざわめきが
思い出すものも あるだろう
自らの青春の ありし日を・・・”
[巻頭のカラーページ・巻末イラスト集]
****************
“美しい死”というものがあるのか、私は知らないけれども、
極貧で、未来もない2人の未熟な青年が、街で生きることは、こんなに難しいものか?
2人の別れは、随分前からはじまっていた。
パリに移ってもたいした喜びもなく、ただただ生活に追われ、すれ違って。
だから、死の場面には、悲しみより、胸が悪くなった。
ものすごい後味の悪い映画を観た後みたいで、
目を閉じてみたり、本を数回閉じる必要さえあった。
外はジメジメと雨が降りつづき、冷たい夜気が入りこんで、
時間も忘れて2巻分を読みつづけていた。
1巻目で「1人が死ぬ」と予告された事に文句を言ったけれども、
心構えができた分、逆に今では感謝したい。
あまりにのめりこみ過ぎて、我を忘れてトラウマになりそうだったから、
いったん外の雨の音を聴きながら、コレを書いた。
セルジュの父の死とは真逆。
あの時は、強い母の愛があったし、少年の未来には無限の可能性と希望があった。
なぜ最上の美がここまで貶められなければならないのか。作者の意図は?!
夢中になって読みつづけ、ラストの2冊を待ち焦がれていたのに、
ここにきて、これほど強烈な毒を飲むんじゃなかったと後悔すらした。
芸術にだけは傷つけられるのはごめんだ。
音楽も、映画も、本も、本物の芸術だけは、
勝敗がなくて、金がらみもなくて、
たとえ悲劇であっても、一筋の希望が残るような。
実際、この世は50-50なのだから。
天上は耐えられないほどの苦しみは与えないから。
今の私ですらこの有様なのに、当時の少年少女の読者は
コレを一体どう読みくだしたんだろうか。
もっとも柔らかくて、不安定なココロに、どう突き刺さったのか。
まだ現実社会がボンヤリしていた頃なら、1つの物語りとして通過できるだろうか?
でも、彼らはやっと解放されたんだな。
鳥にも、風にも、海にもなれる。
なににも縛られない姿となって。
美しい思い出を残して、純粋なまま。
それは有機体ではムリだった。
あまりに浮世離れした美しい天使は、地上では嫉妬され、
弄ばれ、畏れられ、墜とされるしかなかった。
ラストの数ページを、何度も何度も繰って見た。自分を癒やすために。
唯一の救いはパットの強さ。
やっぱり女性のほうが強いんだ。
2人はこれでやっと永遠にいっしょだ。父も、母も。
そして、なによりピアノが彼を救うだろう。
私が思っていたとおり、冒頭のセリフに戻り、
この物語りが、大人になった彼の回想だったことを思い出させる。
彼のそばにはパットがいるかもしれないし、
全く別の人生があったかもしれない。
この9冊は、あくまでも青春の一瞬を切り取ったもの。
思い出がどれほど美しく、悲しくても、
現在という時間は、過去とは全く関係なく、
どんどん過ぎてゆく。ひたすら前へ、前へと。
竹宮惠子/著
【内容抜粋メモ】
[第8章 ラ・ヴィ・アン・ローズ]
セルジュ“生活を辛いとは思わないが、ジルベール、君には生活を感じない 存在すら感じさせない!”
古物市で古い譜面を見つめるセルジュ。ジルは少ない生活費も気にせずにそれを買ってしまう。
それを見て、ビストロの支配人は「店でロハで弾いてくれ」と頼み、歓喜するセルジュ。
店でクラシックを弾くと固いと怒られ、カミイユが歌う俗曲(流行歌など)を弾く。
美形のギャルソン&トビ色のピアニストのビストロは、若い女性の間でまたたく間に評判を呼ぶ。
その噂を聞いて驚くパトリシア。
ピアノ教師の娘・マレリーはすっかりセルジュが好きになり、父に伝えて、ピアノ教室の助手の職を頼む。
一方、ジルは、この界隈の元締めで男色のダルニーニに目をつけられ、支配人にも誘いを断るなと命令される。
また誰かに暴力を受けて戻ってきたジルを見て、セルジュは支配人に店を辞めると言う。
パトリシアは2人と再会。
「これからは女性も立派に働く時代なのよ。男の人ばかりに人生を任せていてはダメ。
そのほうが人間としてどんなに生き生きと輝けるか。
身を墜とさなければ女性が生きていけない時代は終わったのよ。私、新聞記者になりたいの」
2人は月に1度、公園で会おうと約束する。
嫉妬したジルとケンカしてタバコを吸うセルジュ。なんだか急に大人びた・・・
ピアノ教室はあっという間に大盛況となる。
ジルはセルジュとパットが会っているのを垣間見てしまう。
慰めるカミイユと寝ているところを見るセルジュ。
“相手のウソが見破れないのは 愛していない証拠。
気づかないうちに君は僕をズタズタにする。愛という牙と爪で”
ジル「女なんてみんな自分のカラッポな部分を埋めてくれるものなら何だっていいんだから!」
カミイユに言った言葉はジルにも当てはまるね・・・
マレリーの父に投げ文があり、ジルとの同棲のことが書かれていた。
「マレリーをめとるつもりで、うちの養子にならないか。そうすれば遠慮なく音楽院に行ける」
「彼と別れることは、彼を殺すのと同じことなんです」と断るセルジュ。
ボナールと再会するジル(そうなると思った)/ルノーもすっかり大人びて
すっかり贅沢な暮らしに戻って、笑顔を取り戻すジル。
セルジュは、ダルニーニの根回しでなかなか仕事を見つけられない。
「お前が連れてるあのキレイなのと別れな。そうすりゃ簡単に見つかるぜ」
公園に来なくなったセルジュを心配して、パットは宿代を肩代わりする。
“僕には彼をふつうの人にする力がない。空しく泡にしてしまう。
それくらいならいっそここに置いていこう。彼を守る幻想の宮殿に”
セルジュは、ボナールの元にジルを置いて家に帰ると言い残す。
“彼(ジル)にとって愛は至上だ。自分を愛する者がどんな貢物をしようと当然と思っている。
セルジュがここで暮らすのをどんなに苦痛に感じているか分かるはずもない。
ジルベールは、育つことができない永遠の少年。生き残ることを知らない。だからこそ輝いている”
ルノー「生き抜いていくには不適格な子だ。死にますよ、放っておいたらね。
昔もそうだったけど、今はもっと影が薄くなった。
立派に生き抜くなんてジルベールには拷問でしかない。
なのにセルジュは彼に生き抜くことを教えようとしている。絵に描いたような不幸ですね」
ジルにセルジュが家に帰ったと言うと、セルジュ同様、来た時のコートを着て去るジル。
“来ない。彼はもう二度と来ない・・・”
「ジルベールはもう自由な鳥ではいられない。籠の中で自由に焦がれているからこそ、あの脆い美しさが輝くのか」
家で迷うセルジュ。追いかけるジル。
“繰り返し、繰り返し、戦いが始まる。黒と白の戦いが”
ダルニーニは、セルジュに職を与え、ジルが一人で部屋にいる間を狙って、阿片漬けにする。
セルジュとパットはまた公園で会えるようになる。
「女たちは、きっと自由になっていくわ。
窮屈な服からも、窮屈な家からも解放されていくのよ」
(なかなか実現は難しいね・・・
ちょっと見分からない程度にクスリ漬けにしていく
パットは異変に気づき、パスカルを呼ぶ。
「栄養失調で目の焦点もしっかりしてない。
カールは今でも立ち直れないほどの打撃を受けたよ。あいつは神学校へ移るそうだ。懺悔のために。
2人とも救うにはもう他に方法はない。ヤツ(ジル)にはヤツの処し方がある。
このままじゃヤツを本当にメチャメチャに壊しちまう。離して自由にさせてやれ。
自惚れるな! おまえの与え得る愛情より、求めるほうが、ずっと熱くて激しいんだ。
満たされずに苦しむのはヤツのほうだぞ」
パスカルはパットをセルジュにやりたいと言う。「どちらもはとれないさ。どちらかをとるんだ」
ジルはクスリを求めてダルニーニの元へ行く。
「わしのきれいなプリマヴェーラ(春の精)。その名で売ってやる。お前を愛したがる者は何百人もいるさ」
パットからセルジュの実家が当主が行方知れずで存続が難しく、叔母は病気で倒れたと聞いてショックを受ける。
(18歳で正式に子爵家を継ぐシステムなのね
パットはセルジュに帰省するよう薦めるが「彼といるだけで叔母やアンジェリンの迷惑になる。帰れないよ」
ジルはセルジュに売春や麻薬常習がバレないよう、稼ぎを全部酒代に代えて、アル中のようになる。
カミイユ「アル中ね。そのうちきれいな顔が台無しになるわ。何人も見たもの、ああいう風にダメになっていく人」
「ジルベール、チロルへ行こう。そしてもう一度初めからやり直そう。この街が君を腐らせるんだ」
「いやだよ!」“チロルにはクスリがない!”
阿片煙草も吸うジル。
仲間の一人に「別のところに移る気はないか? お前を買いたいという大物がいるんだ。
故郷へ連れてって、客に売ったりはしないとよ。シチリアさ」
ジルは海と聞いて「海の天使城」を思い出す。
「いいよ。僕が死んだら、海へ投げ込んでくれる?」
パスカルが秋に来て、まだ別れていないセルジュを説得する。
「麻薬だよ。阿片さ。ヨーロッパでも中毒患者が増えてるんだ。密輸で」
案の定、大量の阿片が見つかり、「力ずくでも養護院へ。やむを得んさ。なまじなことで抜けられるもんじゃない」
それを聞いたジルはダルニーニのところへ戻る。
“手が届かない もうセルジュ・・・”
クスリの大量摂取で自殺を図ったジルを雨の中、馬車に乗せ、別のパトロンに売ろうとする仲間。
しかし、ジルの様子を見て「無理だ。あの子は諦める」と去る馬車。
それをオーギュと間違えるジル。
“連れて帰って、海の天使城へ
まだ だれをも知ることのなかった あのころ 花咲き誇る春へ”
“どこでそんなに汚したんだい”
パスカル「参った。ミシェルの時以来だ。いや、あいつの時よりもっと酷い。
オレがこの手でヤツを地獄に送った・・・そんな気分だ。
どこかで聞いてたのかもしれない。そういう奴だったよ」
「人間には考える場所が2つある。頭と心と。ジルベールに振り回される彼を見て、
ついオレは頭で考えたんだ。結果は悪く転びすぎたよ」
パット「お願い悪く考えないで。結果はここで出るのじゃない。もっと遠い未来かもしれないのよ」
パスカル「“罪を犯すまいとして真実を見誤るな”か。セルジュのオヤジさんが書き残した言葉さ。皮肉だな」
セルジュ“失敗シタ 彼ヲ愛スルコトニ失敗シタ 育チニクイバラヲ 培養室カラ引キダシテ 枯ラシタ”
セルジュを外に連れ出すパット。
パスカル“女ってやつは時々、とてつもない才能を発揮する。女なしには世界は回らんよ、実際”
(哲学者のパスカル、いまさら気づいたの?
宿にいることが戒めでしかないと気づいたパットは、今はバトゥール家を管理しているアンジェリンに手紙を書く。
アンジェリンはすぐにやって来た。
「私の婚約が破棄されて以来、母はもう子爵家の後見からは身を引いています。
だからどうかセルジュにあなたからおっしゃって、戻る家はここにあると」
パットとパスカルはセルジュを実家に連れてくる。
執事のクロードほか、子どもの頃の使用人も、アンジェリンは呼び戻して待っていた。
“キミハ知ッテル 肌ノ熱さサト ヤサシサ ボクガキミニアゲタ 永久ニ 消エナイ”
♪ホザンナ が聴こえてたどり着いたのは、セルジュがずっと欲していた父の形見の鍵盤と日記、そしてピアノだった。
♪ホザンナ
主の御名を讃えん
高きところより
見おろしたもう
我らが主よ
学舎(まなびや)の灯(ひ)をともし
我らが足もとを照らしたまえ
“きみは わがこずえを鳴らす 風であった
風と木ぎの詩が きこえるか
青春のざわめきが
思い出すものも あるだろう
自らの青春の ありし日を・・・”
[巻頭のカラーページ・巻末イラスト集]
****************
“美しい死”というものがあるのか、私は知らないけれども、
極貧で、未来もない2人の未熟な青年が、街で生きることは、こんなに難しいものか?
2人の別れは、随分前からはじまっていた。
パリに移ってもたいした喜びもなく、ただただ生活に追われ、すれ違って。
だから、死の場面には、悲しみより、胸が悪くなった。
ものすごい後味の悪い映画を観た後みたいで、
目を閉じてみたり、本を数回閉じる必要さえあった。
外はジメジメと雨が降りつづき、冷たい夜気が入りこんで、
時間も忘れて2巻分を読みつづけていた。
1巻目で「1人が死ぬ」と予告された事に文句を言ったけれども、
心構えができた分、逆に今では感謝したい。
あまりにのめりこみ過ぎて、我を忘れてトラウマになりそうだったから、
いったん外の雨の音を聴きながら、コレを書いた。
セルジュの父の死とは真逆。
あの時は、強い母の愛があったし、少年の未来には無限の可能性と希望があった。
なぜ最上の美がここまで貶められなければならないのか。作者の意図は?!
夢中になって読みつづけ、ラストの2冊を待ち焦がれていたのに、
ここにきて、これほど強烈な毒を飲むんじゃなかったと後悔すらした。
芸術にだけは傷つけられるのはごめんだ。
音楽も、映画も、本も、本物の芸術だけは、
勝敗がなくて、金がらみもなくて、
たとえ悲劇であっても、一筋の希望が残るような。
実際、この世は50-50なのだから。
天上は耐えられないほどの苦しみは与えないから。
今の私ですらこの有様なのに、当時の少年少女の読者は
コレを一体どう読みくだしたんだろうか。
もっとも柔らかくて、不安定なココロに、どう突き刺さったのか。
まだ現実社会がボンヤリしていた頃なら、1つの物語りとして通過できるだろうか?
でも、彼らはやっと解放されたんだな。
鳥にも、風にも、海にもなれる。
なににも縛られない姿となって。
美しい思い出を残して、純粋なまま。
それは有機体ではムリだった。
あまりに浮世離れした美しい天使は、地上では嫉妬され、
弄ばれ、畏れられ、墜とされるしかなかった。
ラストの数ページを、何度も何度も繰って見た。自分を癒やすために。
唯一の救いはパットの強さ。
やっぱり女性のほうが強いんだ。
2人はこれでやっと永遠にいっしょだ。父も、母も。
そして、なによりピアノが彼を救うだろう。
私が思っていたとおり、冒頭のセリフに戻り、
この物語りが、大人になった彼の回想だったことを思い出させる。
彼のそばにはパットがいるかもしれないし、
全く別の人生があったかもしれない。
この9冊は、あくまでも青春の一瞬を切り取ったもの。
思い出がどれほど美しく、悲しくても、
現在という時間は、過去とは全く関係なく、
どんどん過ぎてゆく。ひたすら前へ、前へと。