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ちくま文庫『カポーティ短篇集』(筑摩書房)

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ちくま文庫『カポーティ短篇集』(筑摩書房)
トルーマン・カポーティ/著 河野一郎/訳

内田百間さんの『阿房列車』はこんな感じだろうか?
「ローラ」などは、『ノラや』みたいな悲しい物語だったし。

「作家別」カテゴリーに追加しました。

▼あらすじ(ネタバレ注意

「楽園への小道」
イヴォール・ベリ氏は、27年間連れ添って亡くなった妻の墓参りに陽気の良さにつられて散歩がてら初めて来た。
あれほど心の休まらない付き合いは二度とごめんだと思いつつ、嫁いだ2人の娘から一度も墓参りに行かないことを責められるのは嫌だった。

墓に黄水仙をたむけていると、ある女性から声をかけられる。彼女も父を亡くしたばかりだという。
共通点が多いことをしきりに持ち出すこの女性に対して、税理士という職業柄“どれほど残酷でも人生の皮肉を楽しむ余裕のある”ベリ氏は好感を持つ。
秘書のエスター・ジャクソンも思い出させた。ベリ氏と彼女は心が通じ合い、そろそろ再婚を申し込もうかと悩んでいた。

女性からピーナツをすすめられると、大好物で断りきれずに、つい長話をしてしまう。
彼女は、子どもの頃、ジェットコースターから落ちて、九死に一生を得たが、片脚が義足だった。
名前はメアリ・アメガン。
ベリ氏がユダヤ系と聞いてちょっとためらうが、「私の生まれはロシアです」と言われ元気を取り戻す。

メアリとは、ヘレン・モーガンに心酔している点でも同じで感激する。
「私の歌うモノマネ聴いてくださる?」
その声はヘレンそのものだった。

ベリ氏が疑った通り、メアリは「再婚をお考えになったことはおありですか?」と聞く。
ベリ氏に脈がないと分かると、メアリは正直に顛末を話す。

親しいアニーから「若くも美人でもなく、義足のあなたは結婚しなければならない」と言われる。
まともで、収入が十分にある人を見つけられる場所は、新聞の死亡告示欄だとも。

「死亡記事って、奥さんをなくした人たちでいっぱいでしょ。
 だからお葬式に行って、自己紹介するんです。でなければ墓地で」

あまりに正直なメアリにベリ氏は笑い、妻への恨み言も晴れ、エスターとの再婚も決意する。
「いつかそのうち、もっと元気いっぱいの男性と知り合えますよ

すれ違いに、陽気で、元気な男がやってきて、「成功を祈りますよ、オメガンさん」


「ヨーロッパへ」
ヨーロッパに来たのは正しかった。再び驚きの目で見ることができたというだけでも。
ある齢を越え、ある知恵を越えると、驚きの目で見ることはとても難しくなる。
それが一番よくできるのは、子どもの頃だ。

ぼくらは(この後もこう言っているが同行者が気になる)ヴェネツィアからシルミオーネまで来た。
かつて、オスカー・ワイルドが、引退してヴェネツィアに住んでは、とすすめられ
「そして観光客相手の記念碑になるのかね?」と訊き返したという。

ルチアという女性は、家なし非行少年たちのリーダーで、「金本位制」の世ではないことを知らないうぶなDが、
チェスターフィールドを1箱まるごとあげてから、完全に受け入れられた。

ルチアは、どこにもついて来て、異常に嫉妬深く、たびたび気まずいことが起こった。
ホテルのマネジャーが彼女をロビーで押し留め、部屋を訪ねてはいけないと言った。

ぼくらはとうとうヴェネツィア去ることにした。
「ベルドーナミ、マ・ターモ」と彼女は叫んだ。許して、でも愛してんのよ、と。

その後、Dはローマへ、ぼくはパリに戻った。
オリエント・エクスプレスの名には、背筋のうずくような期待をかき立てられた。
アガサ・クリスティや、グレアム・グリーンを信じるならば。

でも、実際は違った。上品なイタリア女性が2人いて、鳥かごの中から百袋ほどのヘロインの紙包みが入っていた。
税関吏が鳥かごを分解し、中のオウムは外に飛び出していった。


「イスキア」
上陸騒ぎに巻き込まれて、ぼくは時計を落として壊してしまった。
あまりにも的を射た、ひどい象徴的事件だった。
イスキアは時間を気にして慌てる場所でないのが明らかだった。島はどこでもそうだが。

ジョコンダは美人だが、働き過ぎていた。ペンシオーネでは、部屋係と、ウエートレスを兼ねて夜中まで働きづめなのだ。
だが、今の仕事にありつけて幸運だった。就職はこの島で最大の問題だからだ。
大きな部屋が2つ、ランチ、ディナーもすべて込みで、1人あたり月に100ドルほどの格安だった。

この島には、男が職を求めて南米へ移住し、渡航費を送ってくれるのを5年も待ち続けている妻たちがいる。
カフェのマリアはなんでも手配してくれる、フォリオで一番の金持ちだという噂がある。

ムッソリーニの家族に浜で出会った。
今は亡い独裁者の未亡人と3人の子どもは、自らに課した隠遁生活を送っているらしかった。


「スペイン縦断の旅」
ぼくらはスペインの海湾、アルヘシラスへ行く途中だった。
途中、機関銃の音がして、TCは思わず「山賊(バンディッツ)だ!」と叫んでしまい、列車内に同じ叫び声がこだましていった。
実際は、無賃乗車で何時間もぶら下がっていた老人が落ちて、列車を止めたのだった。
「この列車に医者はいませんか?」


「フォンターナ・ヴェッキア」
フォンターナ・ヴェッキア(古い泉)と呼ばれる家に滞在しているTCら。

魅力的で元気いっぱいな料理女のGの一番の問題は、料理が出来ないこと
セシル・バートンが訪ねて来た時も、茹でたり、焼いたり、また茹で直したりされた鳥の首を出された時は、
藪から棒にどうしても友だちのところに帰らなくては、と言い出すほど

パーティでは、町の男たちは代わるがわるアコーディオンを弾き、シチリアの農村のしきたり通り、全員が踊る。

「タオルミーナ」は、シチリア島でもっとも古いギリシアの町。

第二次大戦中は、ドイツの将軍ケッセルリングの司令部だったため、連合国軍の爆撃を食らい、破壊は軽かったが、町は没落した。
ガイドブックには、「ドイツ人専用のテーブルを設けてあるところもある。同席を好まない人がいるから。
この冬、やっきになった末の最後の手段として、カジノを開く予定にしている。
ぼくとしては、今のままがぴったりだ。ツーリストセンターの便利さを備えていながら、観光客の姿はないからだ」w

とくに若い男たちは、ぼくの言う“ホテルっ子心理”をもっている。
ホテル暮らしをしてきた子どもたちは、すべてが一時的で、けっして何かに夢中になってはいけないことを知っている。
友情にしろ何日かしか続かないからだ(なんだか分かる
若者の多くが片言の数ヶ国語を操れ、広場(ピアッツァ)で旅行者を相手にわざとらしいお喋りを続ける。

買い物に出て、帰る前に最後に立ち寄るのは「煙草屋(タバツキ)」だ。

8月は、アーモンドの林の中で、何百人という農夫たちがアーモンドを叩き落し、地面から拾う。
互いに歌をうたい合い、1つの声がフラメンコ風の声をリードしている。
取り入れには1週間かかったが、日ごとに歌声は正気と思えぬ激しさに達した。

シチリアの男たちは、身内の女たちに「ああしろ」「こうしてはいけない」と注文がうるさい。
しかも、女たちは、それが好きなようなのだ。

料理女のGも、唇を切り、目の周りをアザだらけにして、腕にはナイフの切り傷、全身アザだらけで現れた。
苦笑しながら「だって、きょうだいげんかになって、兄に殴られたんだもの。あたしがあんまりたびたび浜へ行き過ぎるもんだから」
誰に言っても、兄が妹を叱って当然だと賛成する。

氷屋の少年と、月の晩、ちょっとした、しかしぞっとするやり取りを交わした。
夜ふけて家に帰る途中の少年が、吼える動物に襲われたと言い、それが四つん這いになった人間だったという。

TCは笑い「君は狼人間なんか信じてないだろ?」

「信じてるよ。タオルミーナには、昔、狼人間がたくさんいたんだ。今じゃもう2、3匹しかいないけど」


「ローラ」
ぼくは、鳥を昔から毛嫌いしていた。
Gからクリスマスプレゼントに1羽の醜いカラスの子をもらった時はうろたえを隠せなかった。

Gの父は村でも名うての飲んだくれで、母は狂信者、兄は毎週グラツィエッラ(G)を殴りつけて稼ぎを巻き上げたが、それでも兄との仲は良かった。

カラスは翼を根元まで切り取られて飛ぶことができなかった。
地中海人種特殊の気質で、動物の苦しみに無関心だったにすぎない。
私は、そいつを家具のない空き部屋に閉じ込めたが、そいつの孤独を思うと、ついそこへ行ってしまうのだ。

やがてなつき始めた頃、カラスの姿がなかった。
ガラス戸が開いていたので、外に出てしまったと思い、TCらは必死で考えつくあらゆる所を探して回る。
ようやくある事実がハッキリしてきた。私はとても好きだったのだ。ローラが!

もしかして家の中にいるのかも、と探したら、普段使わない居間にいた。

一緒に長く暮らすにつけ、犬2匹と挨拶させなければならない。
どの犬も、とまどった時にはあくびをする(そーなの!?
ケリー犬はおもちゃと決め付け、叩いて追い詰めると、ローラは反撃し、それから犬たちはローラに一目置くようになった。

6月には大きさが3倍になり、翼も戻ったが飛ばずに歩くほうを好んだ。
その時は、予想もしなかった。
自分の本性を捨て、自分以外のものになろうとするものすべてに待ち受けている運命は。

ローラは泥棒で、光ものを好んだ
ある時、金の指輪を囮にして後を追うと、書庫の本の間から、巣作りに使うつもりだったのか何千リラもの紙幣が千々に引き裂かれていた/驚


グラツィエッラはルキノという若者との婚約を発表した。
彼は、スウェーデンから来る老嬢や、ドイツ人未亡人、男やもめなど、孤独な観光客を相手にしているセミプロのジゴロと評判だった。

グラツィエッラは、喜びのあまり、ルキノの写真を家中に貼り、料理が出されないこともあった。

8月の夜、グラツィエッラの父親は、アメリカ人観光客にジンの一気飲みをしてみろと言われて、発作を起こし、それきり身体が麻痺してしまった。
その翌日、ルキノは田舎道でヴェスパを飛ばして、3歳の女の子をはね、即死させてしまった。
グラツィエッラは、自分の暗い前途を思って泣いた。

ローラを“魔女”だと言い、私の家は邪悪な目の館だという神話が広まった。
ある夜、にわかに2年住んだここを出ようと決意し、小さな車に犬もローラも全部乗せて、ナポリからローマへ行った。


ローマの新居は、急な階段を6つも登らねばならないが、ローラはバルコニーが気に入って、そこから離れなかった。
真向かいに住む93歳のシニョール・フィオリは、90歳の時、口がきけなくなったが、用事の際は鈴を鳴らした。
めったに笑わないが、ローラが好きで、可愛い仕草をすると、いたって男らしい老いた顔が微笑にくずれた。

ある日、鈴がけたたましく鳴っているので、バルコニーに行くと、ローラの背後にばかでかい茶トラの猫がいた。
危険を察して、手すりから宙に舞い落ち、翼は広げていたが羽ばたかず、真下に落ちて行った。

「ローラ! 飛ぶんだ、飛べ!」

そこに1台の小型トラックが来て、前に落ちるのは避けられたが、荷台に落ちて、走り去ってしまった。
TCは、追いかけ、眼鏡も吹き飛び粉々になったが、トラックは車の流れの中に見えなくなった。

じいさんは鈴を鳴らして、バルコニーへ呼んだ。
「あの子は自分を別のものだと思ってたんです。犬ですよ。行ってしまいました」
私たちは互いに頭を下げ合った。




※以下は既読にて、メモあり。
「ジョーンズ氏」
「もてなし」
「窓辺の灯」
「くららキララ」
「銀の酒瓶」
「無頭の鷹」


【訳者あとがき内容抜粋メモ】
1948年、処女作『Other Voices, Other Rooms』がアメリカ文壇に登場した時の衝撃は半ば伝説化されている。
ライフ誌は「暗黒の文壇の天空に新彗星近づく」と書き、書店には大きく引き伸ばされた著者の写真が飾られた。

ヘミングウェイ、スタインベック、フォークナーも新鮮な驚きをくれたが、
この23歳の作家には、開拓者と自然の宿命的な対決も、失われた世代の自虐的な苦悩もなく、
ガラス細工のように傷つきやすい永遠の少年の姿が、南部の自然を背景に、精巧な文章で焼き付けられていた。

私は帰国後、さっそく翻訳し、『遠い声 遠い部屋』として新潮社から出版された(え、この方のを私は読んでいたのか
書き上げるのに2年半以上を費やした今作は、「実際にはこれくらい書いた」とカポーティは手を30cmほどかざして見せたという。

早熟な読書家で、こう言っている。
「12、3歳の頃から、マンスフィールド、トマス・ウルフ、モーパッサン、チェホフ、ツルゲーネフ、プルースト、
 ぼくはすべてを読み、中でもプルーストから一番大きな影響を受けたように思う。芸術家としてより、1人の人間として」

「今作はけして自伝ではない」と後々まで何度も念を押しているが、幼児期の体験が、この父親捜しのテーマを選ばせたことは否定できない。



『夜の樹 その他』、『ローカル・カラー』、『ティファニーで朝食を』を発表。
カポーティ自身は、ホリー・ゴライトリー役にマリリン・モンローを考えていて、
オードリー・ヘプバーンはイメージとまるで違うと不満だったそう。

1984年8月25日、60歳で他界。三島由紀夫は「彼は自殺する」と予言していたが、それに近い最期だった。
長年の友人アーティ・ショウ()は、葬儀の弔辞で「彼は生きることのすべてが病因で死んだ」と述べた。

「楽園への小道」「クリスマスの思い出」「ミリアム」は短篇三部作として映画化された(この情報ネットにないなあ

晩年、いくつかの完成度の高い小品を残している。

「もしヘミングウェイが段落のパガニーニで、ヘンリー・ジェイムズがセミコロンのマエストロなら、
 ぼくはコロンのトスカニーニだ。午前中はコロン1つ入れるのに費やし、午後は取り去るのに費やしている」(1968)

「ここ3ヵ月ほど、もう何十回目か分からないが、ジェイン・オースティンを読み返している」

「最近は、以前に読んだものをもう一度読み返している。16歳までにすでに全部呼んだ作家たちだが、改めて読み直している」

カポーティには“明るいカポーティ”と“暗いカポーティ”があると多くの批評家が指摘しているが、
カポーティ自身は

「歌手であろうと、ピアニストであろうと、芸術家であれば、主題に合わせて音調や色調を変える。
 ぼくの文体はまったく変わっていないが、ただ材料によって、言葉のメロディの修整がされているだけだと分かるだろう」

~「無頭の鷹」より

「長い間、山や海辺の孤独に浸っていることもできるが、元来ぼくは都会の人間だ。
 終夜営業のレストラン、夜の闇の中で聞こえるサイレン、不気味だが生きている町。
 その意味では、NYは世界中で唯一の町らしい町だ」

今回このカポーティ選集を編むにあたって、作家の希有の資質がもっともよく現れている作品を選ぶことを唯一、最大の目標とした。
壊れやすいカットグラスのような硬質の文章を、母音が多い暖かみとふくらみを感じさせる日本語に訳すのは、
かなりな困難を伴うが、「無頭の鷹」が書かれた1946年から50年目にあたり、デビュー当時から敬意と愛着を抱いてきた訳者の
これはカポーティへのささやかなオマージュでもある。




また読み終えてしまったよ、カポーティさん。あと2冊ほどしか楽しみがない。
もっと、翻訳できる作品は残っていないのだろうか?



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