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サリンジャー選集4『九つの物語 大工たちよ、屋根の梁を高く上げよ』(荒地出版社)

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サリンジャー選集4『九つの物語 大工たちよ、屋根の梁を高く上げよ』(荒地出版社)
J.D.サリンジャー/著 繁尾久、武田勝彦、滝沢寿三/訳

「作家別」カテゴリーに追加しました。

サリンジャーの作品を振り返って、読書メモを書くにつけ、
私がグラース家物語の中で一番好きな「バナナフィッシュに最良の日」が収録されている本書をもう一度読むことにした。
以前読んだ時のメモ「notes and movies」カテゴリーの中には、なぜかタイトルしかなかったし。


【内容抜粋メモ】(★印はグラース家に関する話

「九つの物語」より

「両手をたたく音をわれわれは知っている。
 しかし、片手のたたく音はなにか?」
禅の公案



★「バナナフィッシュに最良の日」
ホテルにシーモアと泊まっている娘を心配して、母親が電話で話す繰言をうるさがるミュリエル。
「先生は陸軍病院が彼を退院させたことが、そもそも完全なる犯罪だっておっしゃったわ」

同じホテルの宿泊客カーペンター夫人の幼い娘シビルは「シーモアはどこ?」としきりに会いたがる。
そして、海岸の砂浜にいるシーモアを見つける(髪がすでに薄いこと、山羊座だということが分かる

シャロンという少女がシーモアのピアノの席に座ったことに嫉妬するシビル。
「まさか突き飛ばせやしないだろう? でも、僕はシャロンを君だと思いこむふりをしたんだ」

「いいことをしよう。バナナフィッシュをつかまえられるかどうかやってみようじゃないか。
 今日はもってこいのバナナフィッシュ日和だ」

バナナフィッシュについてシビルに説明するシーモア。
穴に入るとバナナを食べ過ぎて外に出られなくなり、バナナ熱にかかって死んでしまう。

「たった今、ひとつ見たわよ」
「うーん、まさか! 口にバナナをくわえていたかい?」
「ええ、6本よ」

そして、シビルは「さよなら」と言って未練なくホテルへ走る。

シーモアは、部屋に入り、ベッドに横になっている若い女をちらっと眺め、
口径7・65ミリの自動拳銃を取り出し、狙いを定め、右のこめかみを撃ち抜いた。

(少女とのやりとりが大好き。でも、いまだにこの衝撃的な終わり方を読む前には、
 しばらく時間をかけて覚悟しなければならなかった


★「コネチカットのウィグリおじさん」
メアリーは友人エロイーズの家を訪ねる。
エロイーズは痩せぎすな青年と結婚したが、3ヶ月のうちの2ヶ月間、彼は憲兵を傷害したかどで獄にいた。

2人の間にはラモナという子どもがいて、ジミーという空想の友だちと常に一緒で、
眠る時も彼の場所のため、端っこに寝ていることをエロイーズはとても心配している。

エロイーズが以前付き合っていたウォルト・グラスの話になる。

「あの人はステキだった。面白くて、女性の扱いも上手かった。それに子どもっぽくなかったのよ」
「じゃあ、どうしてあなたはご主人と結婚したの?」
「そんなこと、はっきり分からないわ。彼がジェイン・オースティンが好きだと言ったからなの。
 でも、結婚して分かったけど、オースティンのオの字も読んでなかったのよ」

「ウォルトが戦死したことはいつか言うつもりでしょう」
「男というものは実に抜け目なく話を聞いているのよ。
 ウォルトとかいう名前の兵隊さんとデートしたことがあるぐらいしか言ってないのよ。
 死んだなんて絶対言わないわ。もし言うとしても、戦場で殺されたと言うわ」

ウォルトの戦死した状況を話して、エロイーズは泣き始める。

「部隊がどこかに駐屯してた時、小さな荷物の中に、日本の小型コンロを入れておいたら、
 上官が送り返すように言って、コンロにはガソリンがいっぱい入ってたらしいわ。
 それが2人の目の前で爆発して、もう1人は片目を失明したというわけ」

ラモナが戻り、ジミーは轢かれて死んだが、代わりにミッキーという友だちができる。

エロイーズは涙声でメアリーに嘆願するように言う。
「大学に入った年のこと覚えてるでしょ。あの頃は私もいいお嬢さんだったわね、そうでしょう」


「エスキモーと戦う前に」
ジニーは、セレナとテニスをする友人同士だったが、いつも自分がタクシー代を払わされることを勇気を出して言うことに決めた。
「あたし百万長者じゃなくってよ」

セレナは気分を害して、半分払ってるし、いつもテニスボールを持ってくるのは自分だと主張する。
結局、セレナは2階で病気で寝ている母からお金をもらってくるまで1階で待っててくれと言う。

そこにセレナの兄フランクリンが入ってくる。カミソリで手をひどく切ったと言い、ジニーのことも、彼女の姉のことも知っているという。
「あんたの姉さんは、ひでえ気取り屋だ」

ジニーは怒るが、理由は、彼が姉を好きで8回も手紙を書いたのに返事をくれなかったこと、
ディックという海軍中佐と結婚することに腹を立てていると分かる。

子どもの頃にリューマチ熱にかかり、そのせいで徴兵検査に失格したことを話し、
「あなたは免除なのね」と言ってから後悔するジニー。

次に30歳ほどの、若い男エリックが入ってくる。フランクリンを迎えに来たが、いつも通り遅れている。
その間、しばらくジニーと話し込む。男のアパートに何ヶ月も同居していたサマリヤ人男の話。
餓死寸前だったため、同情して住まわせていたのに、今朝、手紙もなにもなく家出したという。

「僕たちはコクトーの『美女と野獣』を観に行くところなんだが、あの映画こそ本当に時間通りに行かなくてはダメなんです」

やっとセレナが1階に来た時には、ジニーは車代など要らないわと囁く。


「笑っている男」
1929年。私が9歳の頃、「コマンチ団」という名で知られる少年団に入っていた。
団長の運転するセコハンのオンボロバスに乗って、天気の良い日は野球をしたり、雨の日は博物館に連れていってくれた。

団長はジョン・ゲドスキーという名でスタテン島の住人だった。
彼はいつもバスの中でいろんな話を聞かせてくれるため、少年らは近くの席をとるのに必死。

一番のお気に入りは「笑っている男」の話。
金持ちの息子だったが、幼い時に支那の山賊にさらわれ、潰れない程度に頭にテコを回したため、見るも恐ろしい顔になった。
普段は、けしの花弁で作った仮面をつけて、動物と言葉を交わすこともできた。

ある盗賊は、「笑っている男」一味が大それた悪事を働いている噂を嗅ぎ付け、
アヘンを飲ませて寝ているところを刀で突き刺したが、それは盗賊の頭目の母親だった。

「笑っている男」は、世界一の巨大な私財をかき集め、大部分を匿名で田舎の修道院の僧に寄進した。
忠実な仲間4人のうち、ブラック・ウイングという名の狼とは特別な絆で結ばれていた。

話を聴く少年たちは、自分こそ「笑っている男」の直系の子孫だと皆信じていた。
ある時、バスに女子学生の写真が貼られ、団長の好きな人メアリーだと知る。
私の記憶では、一目見て強い印象を受けた絶世の美女3人の中の一人だった。

ある日、メアリーは野球を見に来て、自分もまぜてくれとしつこく頼んだ。
仕方なく試合に出すと、彼女はつねにヒットを飛ばし、なぜか一塁に留まらずに、3度は二塁に盗塁する活躍を見せた。

その間も、「笑っている男」の話は続き、盗賊はブラック・ウイングを捕らえて、
「笑っている男」を木にくくりつけて心臓めがけて弾倉いっぱい弾を撃ち込んだ。
少年たちは、この絶体絶命の状況でもきっと彼は生きていると信じた。

しばらくすると、団長とメアリーとの仲はこじれ、別れてしまう。
そして、団長は「笑っている男」のラストをたった5分で話し終える。

弾丸は心臓を貫いたが、なんと彼はそれを吐き出してしまう。
盗賊は、彼の顔をまともに見て頓死し、そのまま腐っていった。

ブラック・ウイングが殺されてしまったことを聞いた「笑っている男」は、
彼を生かす唯一の食事である鷲の血を飲むことなく、仮面を自らひき剥がした。

団長はそれきり二度とこの話をしなかった。
私はどうにもならないほど歯をガタガタさせて家に着く。


★「小舟にて」
女中のサンドラは、スネル夫人に、雇い主の息子ライオネル(4歳)について話す。
「頭がおかしくなっちまうよ、あの子が家中を抜き足差し足で歩き回るってことが」

女主人ブー・ブーは、ライオネルの好きな漬物を探すが、もう彼は食べてしまっていた。

ライオネルは以前も家出をして(当時2歳半)、警察が見つけた時は、2月の夜11時過ぎだった。
理由は、どこかの子どもから「弱虫だ」と言われたらしいこと。

桟橋にいるライオネルに向かって、「海軍中将だ」といって気を引くブー・ブー。
「あんたは提督なんかじゃない。女の人だ」

ブー・ブーは親指と人差し指で円形をつくって口にあて、集合ラッパのような音を出すと、
ライオネルは感動した様子を見せる。

「おまえ、家出はすっかりやめたとわしに言っただろう。あたしと約束したのよ」
ライオネルは、水中眼鏡を足で動かして、湖に沈めてしまう。
「お利口さん。あれはウェッブ伯父さんのものなのよ。以前はシーモア伯父さんのものだったのよ」

今度は鍵鎖で気を引く。
少年の目には涙が溢れていた。

「水兵さんは泣かないのよ、坊や。ただ船が沈む時だけ。それから・・・」
「サンドラが・・・スネルさんに言ったんだ。パパはでっかいぐうたらのカイク(ユダヤ人排斥者の用いる蔑称)だって」

ブー・ブーはわずかにひるんだが「そう、それは酷すぎるってほどではないわ」と締め付けるように抱きしめた。

「坊や、あんたカイクってなんだか知っている?」
「空にあげるものでしょう、手で持つヒモのついた」(kite(凧)と間違えた

「さあ、こうしましょうよ。町で漬物とパンを買って、駅でパパを乗せて、うちまでお送りして、パパにボートに乗せてもらいましょう」
「いいよ」


「エズメのために―愛と汚れ」
私のもとに結婚式の招待状が届いたが、妻の母が2週間ほど遊びにくるのを楽しみにしていたため断った。

1944年、私は下士官部隊の一員だった。
D・デー
私は3年間の軍隊生活で掲示板を読むのが習性になっていて、「児童聖歌隊練習の予定」という掲示板を見つける。

何気なく礼拝席の一番前に座ると、聖歌隊で一番そばにいる13歳くらいの少女の歌声の素晴らしさに気づき、つい見つめる。
その後、雨の中、喫茶店に入ると、あとから先ほどの少女とやんちゃな弟、彼らの女性家庭教師が入ってきて、
私に気づき、テーブルに座り、2人はかしこまった話をする。

「私、ラジオに出てジャズを歌ってお金を貯めて、30になったら、引退してオハイオの牧場で暮らしたいの」

アメリカ人に興味があるらしく、話した中で私が11人目だという。
母は亡くなり、叔母が自分と弟チャールズの面倒をよくみてくれている。
名はエズメといい、爵位があるために苗字を名乗るのは控える。

「弟は父のことを大変恋しがっていますわ。父は北アフリカの戦いで殺されましたの」

チャールズも私のテーブルに来て、得意のなぞなぞを出す。
「こっちのほうの壁が、あっちのほうの壁に何と言ったか分かる?」
私が降参すると「“隅のところで会おうよ”と言ったのさ」と大声で言って、発作を起こしたように笑った。

エズメは父の形見の時計をつけている。
2人は教師にうながされて喫茶店を去るが、エズメは弟が会いたいという口実で戻ってくる。
「私のためにきっと物語を書いてくださるわね。ひどく醜悪で、感動的なものにしてくださいね」

1945年。ヨーロッパ戦勝記念日後、数週間経った頃、彼は自分の魂が内部から抜け出して、フラフラ揺らめいているような感じがした。
封を切っていない24通の手紙や小包が机の上にのっていた。

2、3週間前までこの家に住んでいた家族の娘が持っていた本の見返しには、ドイツ語で「神よ、人生は地獄なり」と書かれていた。
彼女はナチス党の下級官吏で、逮捕したのは彼自身だった。

その下に彼は英語で「神父や、教父らよ。地獄とは何かを私は考える。それは愛することの出来ぬことの苦しみであると信じる」と書く。
そこにクレイ伍長が入ってきて、仲間と一緒にボブ・ホープのショーをラジオで聴こうと誘い、私の手がひどく震えていることに驚く。

クレイはロレッタと婚約していた。

「彼女の兄さんが、ノイローゼのために海軍を辞めようとしているそうだ。あのとてつもないノイローゼにかかってね。
 おい、君の顔の片側がひどく痙攣しているのが分かっているかい?
 ロレッタは心理学を専攻してるんだ。誰も戦争などでは神経衰弱なんかにならないと言ってるよ。
 たぶん、君が精神的に不安定だったのだろうって、君のそれまでの人生がだってさ」
(人にはストレス耐性の強いタイプと、弱いタイプがあることはたしかだな

「猫を殺した話は二度といわないでくれ、後生だから。
 あの猫はスパイだった。あれは安っぽい毛皮のコートを着た抜け目ないドイツの小型人間だったんだ」
「正気で言ってるのか?」

クレイが部屋から出て、彼はふと手紙を読んだ。それはエズメからのものだった。

「ノルマンディー上陸作戦のことで私たちは大変恐れ慄いています。
 チャールズも私もあなたの身を心配しております。
 追伸。勝手なことをして申し訳ありませんが、私の時計をお送りさせていただきます。
 戦争の続く限り、あなたにお持ちになっていただきたいと思います」

時計は輸送中にガラスが壊れていた。
彼は突然、眠れるような気がしてきた。
エズメ、君はまったく眠たい男を選んだものですね。そして、その男はいつも、
すべての才能を具えた人間に戻るあらゆるチャンスに立ち向かっているのですよ。


「美しき口もと、ひとみはみどり」
夜、女性と過ごしていたリーのもとに、アーサーから電話がかかる。

「妻のジョニーが帰って来ないんです。エレンボーガン夫妻と帰ったのか、ご存じかと思って。
 僕は、あれがおかしな奴としけこんだと思っているんです。もう5年間も。
 アパートに帰ると、どのドアを開けるのも遠慮しなきゃならない。
 毎晩、変な奴が隠れているのが見つかる気がするんですよ。エレベーターボーイとか、郵便屋とか、おまわりとか」

リーは隣りの女性がタバコを吸うのを見ながら、酔ってとめどもなく話すアーサーをなんとか正気にさせ、
そのうちエレンボーガン夫妻と帰ってくるよと説得しようとするが、聞く耳を持たない。
裁判に負け、軍隊に戻るかもしれないこと、離婚すべきだったとも話しだすアーサー。

「あなたは利口ですよ。結婚なんかしないんですからね。
 誰だって結婚する前に、どうなるかぐらいは第六感で分かるものですがね。
 僕じゃ弱くてダメなんです。要するにそういう訳なんです。
 よろしければ、ちょっとお邪魔して、どこかそこらに置いといていただきたいんですよ」

リーはなんとかそれを避けようと、再びジョニーはもうすぐ戻ってくるから家にいたほうがいいと押し留める。

いったん電話は切られたが、再びかかってくる。「ジョニーがちょうど帰ってきたんです
リーは急に酷い頭痛がしてきたからと言って電話を切る。


「ド・ドミエ・スミスの青の時代」
1947年に死んだ義父ボビー(母の再婚相手)に捧げた話。

私の父母は、私が8歳の時に離婚し、その年の晩春、ボビーと再婚した。
ボビーは失格したプレイボーイから、自主経営の画廊と博物館団体の代理鑑定人に変身した。
その9年後、母が亡くなった。

私は美術館の全国新進画家展で3つの一等賞を得た。
私と父が母を愛していることが徐々に分かった時は、絶望状態になり、忌まわしい互譲関係が生まれた。

私はカナダにある進歩的な通信美術学校に出願した。
自分は、29歳で(実際は19歳)、フランス画家オノレ・ドミエの息子で、
妻を失くし、絵筆を絶とうとしていたが、経済的逼迫により職を求めていること、
両親の最も古い親友の1人にパブロ・ピカソもいることなどをでっち上げると、講師としての採用通知が届く。

行ってみると、職員はヨショト氏と、彼の妻と自分の3人だけ。
あてがわれた部屋には椅子もなにもないが、私は喜びにたえないと感謝し、喋りまくった。
夜になると、ヨショト夫妻のうめき声が毎晩聞こえ、1日目の仕事は翻訳だけ。

ヨショト夫人のランチは食べるに耐えられず、翌日は口実をもうけて外で食べたが、似たり寄ったり。
ヨショト氏から手直ししてくれと渡された3人の生徒のうち、1人目は23歳のトロントの主婦。
足の色が病気のように塗ってあった。

2人目は、56歳の自称「社交界向け高級写真家」。で、清い乙女が教会の祭壇の影で、牧師に犯されているという絵。

3人目は、聖ヨセフ女子修道会のアーマという尼僧で、お金がないために油絵具が買えず、水彩画だったが、
見事な宗教画に惹かれて、興奮のあまり長い長い手紙を書いた
才能があること、画材をそろえたほうがよいこと、絵についての感想、隔週月曜に絵の提出をするまで待てないから、
自分から修道会に赴いてもよいか、時間はいつが空いているか、などなど。

しかしながら幸福と歓喜の奇妙な差異は、幸福が一種の固体であるのに、歓喜は液体だということである。
ヨショト氏から渡された手紙には、修道会からアーマ修道女を勉学から外させたいと書かれていた。
私は、心の拠り所をなくし、やけくそになり、他の生徒に画家になるのは断念するよう手紙を書く。

その後、再びアーマにあてて二度目の手紙を書いて、ぶしつけさを詫びたが、それは投函しなかった。
ウインザー・ホテルに予約して、結局、以前入った喫茶店に入り、21時過ぎ、
整形器具店で30歳くらいの女性が、人形の脱腸帯を替えているところを見る。

私は、アーマに彼女なりの運命に従う自由を与えることにした。万人はこれ尼僧である、と。
そして、他の生徒に手紙を書いて復学させた。
しかし、学校は1週間後、無資格での営業で閉鎖された。


「テディ」
テディが大学でインタビューを終えて、客船で帰る途中の家族
昼間のラジオ番組で主演声優をしている父マカードル氏は、息子テディに舷窓から離れろと何度も命令する。
まだ眠い母は、テディに、6歳の妹ブーパーに10時半から水泳の練習があるから迎えに行くよう頼む。

テディは、妹から父の大事なライカを返してもらい、水泳に遅れないよう言ってから、甲板の家族用の椅子に座る。
彼を見つめる30歳ほどの男ボブが近づいてきて、テディが大学でインタビューされた神童だと見抜き、熱心に話しかけ、質問攻めにする。

テ「詩人はいつも天候をひどく個人的に考えるものですから。詩人は常に情緒のないものに彼らの情緒を押しこめるものです。
  詩人が一番重視しているのは情緒ではないでしょうか? 僕は情緒が何の役に立つのか分からない」

テ「もし僕が神なら、誰にも感傷的に愛してもらいたくはないんです。それはあまりに頼りにならなすぎるから」

両親のことを聞かれて、
テ「あの人たちに、あるがままの僕らを愛することはできそうにありません。僕らを絶えず少しずつ変えないで愛することは出来ないようです」

ボ「あなたはヴェーダンタ哲学の霊魂再来説をかなり固く信じているそうですね。
  聞いたところでは、あなたは瞑想によって、ある知識を体得された」

テ「どのみち、僕は別の身体を借りて、また地上に舞い戻らなければならなかった。もし僕があの女性に出会わず、
  まっすぐに“姿羅吸摩(ばらくま)”に達し、二度と地上に戻らないとしても、僕は死滅できるほど精神的に進歩してはいなかった。
  アメリカで瞑想し霊的生活を送るのは非常に困難だということです」

テ「すべてが神であることが分かり、総毛だったのは、6歳の時でした。
  でも僕は4歳の時、かなりしばしば、この有限界から抜け出ることができたんです」

テ「すべての人は、事物はどこかで終始するとだけ考えている。ところが違う。あなたはただ論理的なだけなんです。
  最初に棄てなければいけないのは論理ですよ。アダムがエデンの園で食べたリンゴの中に入っていたのは論理です」

テ「大抵の人はありのままに物事を見ようとしない。彼らは常に産まれたり死んだりすることを止めようと願いさえしない。
  停止し、神とともに留まるのがほんとうは立派なことなんですが、彼らはただ常に新しい肉体を欲しがるだけです」

ボ「あなたは調査団の連中にいつ、どこで、どう死ぬかを告げたのは本当でしょうか?」

テ「彼はいつ死ぬことになるのか本当に知りたいものだと言っていました。
  ただ心の底で知りたがっていないのがわかっていた。
  彼らは宗教や哲学の類を教えてはいるが、まだかなり死を恐れていることが分かっていたんです」

テディは、もしも、これから水泳の練習に行って、プールの水が抜けているのを知らずに、
自分を嫌っている妹が、冗談で背中を押して、自分が底で頭蓋骨骨折で即死することもあり得ると話す。

ボ「あなたにはそうでなくても、あなたのご両親にとっては悲劇ですよ」

テ「もちろん。でも、それは皆が現象のすべてに名称と感情を与えているからだけのことです」

テディはもう水泳が始まるから行かなきゃいけない、と何度も言うが、なかなか質問を止めないボブ。
彼は、教育学を専攻しているため、今の教育制度について聞く。

テ「子どもを全部集めて瞑想を教えると思う。自分の本質をどう見い出すかを教える。名前とかだけではなく。
  両親やすべての連中が、前に彼らに吹き込んだすべてを空にさせようと試みるだろう」

ボ「それでは無学な世代を育てる危険はないですか?」

テ「ただある流儀で行動しないで、あるがまま存在しているというだけで、それが無知であることにはなりません。
  子どもたちにほんとうの観察方法で始めてもらいたい。それが僕の真意です」

テディは「さようなら、行かなくては」と去る。
ボブは考えた後、唐突に走り出し、プールに向かうと、幼い少女の悲鳴がタイルの壁の中で反響していた。


★「大工たちよ、屋根の梁を高く上げよ」

秦の穆公(ぼくこう)の話。

“物事の確信をつかむために粗雑な細部を忘れ、内面を見つめて外面は見落とす。
 注目すべき事物には注目し、必要のない事物は見逃す”ことの大切さ。

1942年(バディ23歳)、シーモアの結婚式のことを回想するバディ。シーモアはもう亡くなっている。
バディは肋膜炎を患って陸軍病院にいたが、姉のブーブーが「家族全員参席できないから、バディだけは行ってもらいたい」と頼んだため、
始終、咳き込みながら出席することになる。

ブーブーいわく、シーモアは、妻ミュリエルの母が勧めた精神科医に通っていること、
義母はきょうだいたちが出演していた神童のラジオ番組の大ファンなこと、
フラニーが「私は自分が飛べることを知っていました。降りてくるといつも電球に触れて指先が埃で汚れていたから」
と番組で答えたことなどを手紙に書いていた。

結局、待てども新郎は現れず、式はキャンセルされて、新婦はショックのあまり家族に寄り添われて蒼白で車に乗って自宅に帰った。
出席者は、帰る人、パーティに出る人に分かれて車に乗り、バディは運悪く、ミュリエルの介添夫婦と、親戚のシルズバーン夫人、
そしてずっと無言、無表情のままのとても小さな老人と一緒になった。

介添夫人は、新郎の態度は「気違いだ」と言い、バディは弟だという身分を隠しつつ、もうバレているのではとビクビクする。
介添夫人がミュリエルの母から聞いた話だと、シーモアは「あまりに幸せすぎて式には出られない」と当日の朝、電話してきたという。

介添夫人は散々吼えた後、バディはシーモアの弟だと最初から知っていたという。
険悪なムードの中で、突然、軍楽隊の音の外れた大音量のパレードが始まり、行列が終わるまで足止めを食らう。

介添夫人がリーダーとなって、皆で車を降り、近くの喫茶店で涼んで、遅れると電話を入れようとするが、
行ってみると店は閉まっていた。そこで、バディは、兄と暮らしていたアパートが近くだと言い、皆と行くことになる。

ミュリエルの母は、シーモアは潜在的なホモセクシュアルで、精神分裂症ではないか、とも言っていた。
有名女優のシャロットがシーモアに殴られて9針も縫ったことも話す。

「子どもの頃にそんな酔狂な生活を送ってたら、大人になんかなれっこないってことよ。ノーマルな人間となんか近づきにはなれませんよ」

バディはこれには反論した。
「彼が自己宣伝をした試しはない。彼が水曜の夜毎、放送に通う時は、さながら自分の葬式に行くようだった」

小柄の老人は、聾唖者で、ミュリエルの父の伯父だと分かる。
彼とバディは、なぜか気が合い、バディは彼の義歯だとすぐ分かる笑顔を見ては救われた思いがする。

バディはシーモアの日記を見つけてしまい、浴室に隠そうとして、チラッと中身を読み始める。
7人きょうだいと両親の間には、洗面台に石けんの切れ端でメッセージを書く習慣があり、ブーブーのメモが書いてあった。

「大工たちよ、屋根の梁を高く上げよ。ギリシャの軍神エアリズに似て、身の丈はるかに高き新郎来たる」

日記の抜粋:
世界中の人間が皆、寸分違わないように見えればいい。そうすれば誰に会っても、自分の妻か母か父と思えるし、
どこへ行ってもお互いにいつでも腕を組み交わせる、そうなれば大いに結構と思われる。

夕食の際に「死んだ猫になりたい」と言って、ミュリエルの両親を困惑させたことについて。

禅仏教で、ある禅師が“この世の中で一番貴重なものは何かと聞かれて、死んだ猫と答え、
その心は、誰にも値のつけようがないからだ、と答えた”という逸話を語ると、ミュリエルは安心した。
彼女は、なんでも母に話してしまう。

僕は彼女を真に幸せにしてはいない。

僕は未来永劫にわたる無差別を主張したい。なぜなら、無差別こそ健康と羨むべき真の幸福への門だから。

バディは完全な下戸なのに、ウイスキーを一気飲みする。
シルズバーン夫人が写真を見て、美少女のシャロットがミュリエルにソックリだと言うのを聞いて驚く。

介添夫人は、バディの電話でたっぷり1時間ほど話して、新郎新婦は駆け落ちしたと伝える。
シーモアは、ミュリエルの家にいて、2人はそのまま車に乗って行ってしまった。

介添夫人、シルズバーン夫婦は、ミュリエルの家に急ぎ、最後に残っていた老人も、バディが酔いつぶれている間に消えていた。

バディはふたたびシーモアの日記を開く。そこにはヴェーダンタ哲学の論文集のことが書かれていた。

「結婚の当事者はお互いに奉仕すべきだ。互いに高め合い、助け合い、教え合い、強め合え。
 子どもたちは尊敬されるように、愛情をこめて、しかも執着せずに育てよ。
 子どもは家の賓客であり、愛され敬われるべきもの。
 神のものなれば、ゆめ親の所有すべきものにあらず」


******************

【『九つの物語』について 繁尾久/武田勝彦 内容抜粋メモ】

サリンジャーは、今日までに40編近く発表している。
第二次世界大戦中に書かれたベーブ・グラドウォーラーの作品、
『ライ麦~』などのコールフィールド物語、そして最近のグラス家物語。

[各作品ごとの解説]

「バナナフィッシュに最良の日」
ヨーロッパ戦線に従軍し、「戦争ノイローゼ」になったシーモア。
シビルとの虎の話で、大小などは相対的で、絶対的ではないと、さり気ない応答の中に哲学を提起している。

「エスキモーと戦う前に」
戦争が終われば知らぬフリというのは、戦勝国、敗戦国共通の現象。

「笑っている男」
芥川の『河童』の世界が再現されているようにも思える。

「小舟にて」
アメリカの「マイノリティ」問題を巧みにのぞかせている。

「エズメのために」
サリンジャーは意外と思われるほど「わたし」を借りて自分を出し、自己を語ることを極度に避ける作家だけに、
「わたし」の発言には注目すべきことが多い。

「美しき口もと、ひとみはみどり」
「わたし」は、この事件のあった約13年後に書いているだけに、客観化されている。

「テディ」
テディは、芭蕉の俳句を2つ例にあげる。

「頓て死ぬけしきは見えず蝉の声」
この句には無常感が漂っている。

「此道や行人なしに秋の暮」
テディからすれば、自分と同じ道を歩む人を見い出すことは不可能だったであろう。人間は永遠に孤独な存在だ。
サリンジャーは、テディとボブの対話から、東洋と西洋の思想を相対峙させている。

ボブは、常識、人間の有限、アリストテレス的推論で、ヨーロッパ的な思潮を、
テディは、東洋的神秘主義の超絶主潮を代弁する。

テディは「ヨガ」()の教えを実行し、すでに生死が問題でなくなっていた。輪廻の終止が前世、現世の課題となっていった。
テディこそは「童心の権化」と言える。同時にそれと対比した、一般アメリカ社会、知識人の無知がアイロニカルに描かれる。


******************

【J・D・サリンジャー論―序説― 山屋三郎 内容抜粋メモ】
ヘミングウェイとフォークナーが相次いで亡くなったアメリカ文学界は、一種の「空位の時代」に入ったとも言える。

ニュー・ハムプシャーの山間にこもって驚くばかりの遅筆で書き続けているサリンジャーは、その跡を継ぐ、
少なくとも「空位の時代」に終止符を打つ数少ないアメリカ現代作家の一人。

彼が終始一貫した誠実な純文学者であったことは否定できまい。
あらゆる工夫を凝らして、1つの作品に多重の意味を与えようと試みている。

[アメリカのキリスト教超克時代]
東洋の処世哲学、人生態度、ものの見方が急速にキリスト教徒の中へ吸収されつつある。
「日本ブーム」、禅、活花、柔道の流行、「ビート・ジェネレーション」の中でも『路上』など。

ホールデンは、悪に満ちた世界の中で苛まれながら、なお一種の「君子」の態度を崩さずに過ごす。
まさに「中庸」の「君子和而不同」。→ん?こないだの美輪さんとリンクした?→here

サリンジャーは、シナ語や日本語は読めなくても、東洋的な人生観にかなり古くから親しんでいたことが察知できる。

「テディ」はわずか10歳でヨガの「沈思黙考(黙ってじっくりと深く物事を考え込むこと)」を続け、
自己の死の時期を予言することさえできる精神をもち、ヨガでいう神「Atma」の状態に達成している。
アメリカでは、エマーソン、ソロー、ホイットマン、メルヴィルなどが多少、東洋思想を取り入れた。

[主要作品の解説]

『フラニーとズーイー』のダストジャケット(埃をよけるためのジャケット、カバー)の裏に書いた文章を引用。

“私はグラス家ストーリーを書くのが楽しい。未整理の原稿を書き溜めているが、いつか受けがいい表現に置き換えて片をつけるべきと考えている。
 私自身は電光石火のごとく仕事をするが、私の分身、協力者であるバディ・グラスは我慢がならぬほど遅いのだ”

シーモアは20代で大学教授になり、のち第二次大戦に出征、ミュリエルと駆け落ちして結婚、除隊後、
ミュリエルとフロリダに行き、ホテルの自室でピストル自殺する。

彼の死の原因を探ろうとしたのが「大工~」「シーモア序章」。
この2作品の作者は、サリンジャーではなくバディということになっている。
シャロットという幼なじみが大きな影響を与えたことが語られる。
自殺の原因が解明されたとする批評家は知るかぎりまだいない。

「美しき口もと、ひとみはみどり」
唯物主義的な21世紀に住む分裂した人間が苦悶する姿、そこから救われる精神的必然性を描こうとしている。

「バナナフィッシュに最良の日」
“バナナフィッシュ”は、シーモアにとって高い精神性を喪失した、貪欲なブルジョワ社会の人間のシンボル。
シビルはT.S.エリオットの『荒地』のエピグラフ(文書の巻頭に置かれる句、引用、詩、つまり構成要素)に引用された、
死を願う“Sibyl of Cumae”同様、シーモアが死を願う心情の象徴ではないか。

純粋なもの、清らかなものを求める「ピューリタン的」シーモアは、“バナナフィッシュ”に代表される
汚辱の世界を極度に嫌悪し、ついに自殺するに至ると見ることができる。

バディの信条によれば、シーモアは「美を生み出す」真の芸術家・予言者で、その天国的な純粋さの追求ゆえに、
一方では心の苦しみに悶えぬき、他方では最高の真善美を追求する良心ゆえに死に追いやられるのである。


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