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レイモンド・ブリッグズ『風が吹くとき』(篠崎書林)

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『風が吹くとき』(篠崎書林)
レイモンド・ブリッグズ/作 さくまゆみこ/訳

レイモンド・ブリッグズと言えば、『スノーマン』とともに思い浮かべるのは本作。
だけど、ノートの中にメモがなかった。たしかに読んだ記憶の断片があるのだけれど。
ブリッグズシリーズとして、いい機会だからもう一度きちんと読もうと思った。

「読書感想メモリスト」カテゴリーに追加しました。


▼あらすじ
退職して田舎に住むジムと妻ヒルダ。

ジムはやることがないから図書館に行き、新聞を読んで、近々また戦争が起きるかもしれないと話すが、
「いくら心配してもしょうがないわ。どうせすぐに終わるんでしょう」と、家事に忙しいヒルダ。

念のため万全の準備をしておこうと、ジムは図書館でもらったパンフレットを見ながら用意し始める。
「核シェルターを作ったほうがいい。ちゃんとしたことしなくちゃ」

息子のロンを心配するヒルダに

「あいつも頑固だからな。彼が言うには、ロンドンがもしやられたら、どうせ僕もやられるんだから別に心配してないよ、だって」

その頃、はるかな平原では・・・




第一次世界大戦と、第二次世界大戦のことを思い出す2人。

「わたしあの人好きだったわ。口ひげとパイプがとてもステキだった」



「あの時代はなんとなく世の中のことが分かったもんだが、
 この頃じゃどんな奴らがいるのかさえも分からん・・・
 みんな長距離ミサイルがするんだ。
 それからコンピュータを使って、俺たちを締め上げるのさ」


ヒルダは、小さい頃の防空壕、ジムは室内避難のことを懐かしく思い出す。





「けっこう楽しいこともあったわ、あの戦争は」


ジムは買出しに行くがすべて売り切れた後。買いだめでパニック状態だったという。

再び、パンフレットに書いてある準備のつづきで、放射能を防ぐために窓に白く塗る。

「ヒロシマに落ちたのは太陽1000個分にあたるからすごい熱いんだ」

シェルターといっても、壁際に板を60度にとりつけたもの。

「国家が非常事態になれば、14日間は外へ出られないさ
 我らなすべきことは論ずることにあらず・・・」

ヒルダは、トイレはちゃんとトイレに行くといって譲らない。

水は1人1日1リットル必要と書いてあって、ビンに水を入れてフタもせずに並べる。

ジムは戦争が終われば、ロシア人は無条件降伏して、自由な世界になると論じる。
モンゴメリーを引き合いに出し、「彼で勝ったようなものだ」と褒め称える。


バーナード・モントゴメリーは、まさにモンティ・パイソンの由来じゃん


それよりソ連の指揮官に手紙を書いたらどうかと言うヒルダ。

「よく分からないけど、われら英国国民は爆撃にはウンザリしています。
 ですから私たちをそっとしておいて下さい。
 あなた方は、あなた方で、私たちは、私たちで生きていけばいいので・・・」
(とっても素朴だけど、とっても全うな意見だ


ペンキの次は紙袋に入れと書いてある。


ヒルダ「ばかみたい」

「白いものを着るのがいいんだって。ヒロシマの人たちは、柄のところだけ火傷して、白いところはそれほど酷くなかってさ」


そこに急に「敵から攻撃されました。3分以内に・・・」と警報が入る。

慌ててヒルダを自前のシェルターに入れるジム。



まっしろな2ページ



外に出ようとするヒルダをなんとか止めようとして、
「この前の時、“空襲警報解除”の合図がまだないだろう?」のひと言でやっと納得。



翌日。

2人はシェルターの中で「多民族社会における異人種間の融和」について話そうとするが、
2人とも意味は分からない。「その語感が好きなんだ」


図書館から借りた本『大決戦とあなた』には、こう書いてある。

“西欧の防備について。BMEWSが3つ、PARCSが1つ、NORAD、
 またJSS、7つのROCC、NADGE、AWACSが数機、
 これらをNCAがNMSCによって指揮して・・・・
 NMCCよりなり、AMCCがその上にあり、これらはWWMCSのもとにある”

「これだけのものが俺たちを守ってくれてるんだから大丈夫だよ」



翌日。

体中が痛くなる。

水は爆風でほとんどビンが壊れてしまった。
テレビは映らない。
ラジオも入らない。
電話も通じない。



水、電気も止まった。
牛乳屋も、新聞屋も来ない。

「インチキだわ! ほんとにインチキよ!
 こんな時こそ陽気な番組にすべきなのに。
 みんなを元気づけるためにも」

「時速500マイルの赤い暑い風が吹くというからな」


戦争が終わったかどうかも分からない2人。

「えーと、今の首相は何てったっけ?」


2人はダルさ、眩暈、頭痛がする。

「いずれ味方が救いに来てくれるよ」

シェルターの外にいたことに気づいて慌てる。

「放射能がその辺にあるんじゃないか?」

「見えも感じもしないんだもの害なんかあるはずないでしょ」



翌日。

夜中に3度も吐き気があったというヒルダ。
2人は外に出てみる。

「死の灰ってどんなもの?」
「知らん。きっと雪みたいなものだろうよ」

「ひどくきな臭いわ」

「道もすこし溶けたみたい」

「今朝、ひどい下痢をしたわ」


2人は日光浴すればよくなると、外にデッキチェアを出して休む。
雨雲がきたから、雨水をためようと喜ぶ。

「雨水ほどきれいなものはない。誰だって知ってることだ」

「今じゃ、あらゆる解毒剤や保護物質があるから、衛生兵が来れば、すぐに元気にしてくれるだろう」


ジムはもし自分がロンドンにいたら、どんなに歳でもできることがあると誇らしげに言う。




「この前の戦争の時、アメリカ人がガムやチョコレートをくれたものだ。嬉しかったな」
(日本人と同じ経験もあるんだね

ジムは、ロシア人が攻めてきたら、殺さなきゃならないのか?!と急に怖くなる。



翌日。

歯茎から血が出るヒルダ。

「非常事態が解除になったら歯医者に行くべきだ。入れ歯が合わなくなるよ」


翌日。

体中に青い斑点が出る2人。

「静脈瘤ってやつだ。中年の庶民はみんなそれで悩まされるのさ」

今度は毛が抜けるヒルダ



「気晴らしに歌おう!」




「政府はきっと助けに来てくれる」

「お祈りをしましょうよ」

“死の陰の谷に・・・”のところまできて止めるヒルダ。



「畜生め」




【あとがき 小林忠夫 内容抜粋メモ】

本作はブリッグズが18ヶ月をかけて描きあげた。
彼は反核運動に全力投球した。
本書は、イギリスでベストセラー第2位となった。


原題の“When the Wind Blows”は、マザーグースからのもの。

  「Hush a Bye Baby - Mother Goose」

  Hush a bye baby, on the tree top,
  When the wind blows the cradle will rock;
  When the bow breaks, the cradle will fall,
  And down will come baby, cradle and all.

  ねんねんころりよ 木の上で
  風が吹いたら 揺れるのよ
  枝が折れたら 落ちるのよ
  その時あなたも 揺りかごも 
  みんなそろって落ちるのよ


英米の家庭でよく知られる子守歌だが、いささか不気味なところがある。
注にはこうある。

「この歌は、思い上がった人々や、野心的な人たちへの戒めとなるでしょう。
 彼らは高い所へ登って、ついにはみんな落ちてしまうのですから」


この風は原爆で、揺りかごは私たちの住む地球なのです。
また、この作品には非人間的なコンピュータ時代への痛烈な風刺が込められています。

ここに出てくるジムとヒルダは、長年働いた後、田舎に引っ越して、年金で暮らす典型的なイギリス市民。
彼らは原爆が落ちてもなお、当局を疑おうとはしません。


最後に唱える祈りは、英国国教会の祈祷書にもある聖書の詩篇23

“主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
 あなたが私とともにおられますから。
 あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。”


テニソンが1854年に発表したこの詩は、クリミア戦争の歌で、
600人の兵が、命令の愚かさを知りつつ、ロシアの砲兵隊に斬り込み、全滅したことを歌っている。
明治時代、日本でも訳詩として流行したという。

【ブログ内関連記事】
『ナショナルジオグラフィック世界の国 イギリス』(ほるぷ出版)

今や日本も国防費が全国予算の1割を超えんとし、軍事力は世界8位。

あるSF作家の話だと、国会議事堂前の地下鉄の駅は非常に深く、
利用者も少ないのに広々とできているのは、核シェルターとして利用するためだそう。

核シェルター付きのゴルフ場ができるという新聞記事にもみんな一笑に付した。

世界で唯一の被爆国でありながら、日本人はこのようなことにあまりに無関心ではないだろうか。
日本が原爆の実験台となったのは、黄色人種だからという説さえある。

本書は、大人が子どもに読み聞かせる本。
一流の児童書とは、大人にも子どもにも深い感動を与えるものなのです。
1人でも多くの人が読み、子どもたちと話し合ってくれたらなと思います。





2人だったから支え合えてよかったね、この夫婦。
でも、社会情勢を得々と語るばかりの夫と、家事のことばかり気になる妻とのギャップがすこし哀しくなる。

無知がどれほど恐ろしいか、ということも伝えてくれている。
これほど辛い目に遭ってきたにも関わらず、軍人や指導者を偉くて、素晴らしい人だと勘違いしてたり、
原爆や放射能などの知識も、第二次世界大戦中、日本人が国から教えられたウソとソックリに愚かしい。

戦争に甘いノスタルジーにも似た思い出があるのは、国が違うせいだろうか?

マザーグースの原詩を読んだ時、号泣した。
絵も詩も、どんな演説などより、心の深部に直接届くんだ。




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