■『ぼくの島』(ほるぷ出版)
バーバラ・クーニー/さく 掛川恭子/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
▼あらすじ(ネタバレ注意
エゾマツが鬱蒼と生えているだけの島に、
お父さんが木を伐り、井戸を掘り、家を建てて
グリーンハーバーの町から妻と3人の子どもを連れて
ティベッツ一家が引っ越してきて、島の名をティベッツ島と決めた
子どもは12人(!)になり、一番末っ子はマサイス
(絵本の中に1箇所“マイサス”になってた
お父さんは息子たちに、土地を耕し、種を蒔くこと、木の伐り方、
石の切り出し方、獣や魚の捕まえ方、小舟の操り方などを教えた
畑にはジャガイモ、豆、カブラ、トウモロコシなどを植え、
30頭のヒツジ、6頭の雌牛、2頭の牡牛、ニワトリ、2頭のブタもいた
マサイスも手伝いたかったが、いつも「まだ小さいんだから」と言われ
リンゴの木の下でため息をついた
マサイスも読み書きを母から習う年になり、
もっと大きくなると、兄たちと一緒に仕事をした
お父さんと、はるか西にあるたまご岩まで卵をとりに行った時、
親とはぐれたカモメの赤ちゃんを連れてきた
カモメの赤ちゃんは、いつもマサイスのあとをついてきたが
空を飛べないので、ヒキガエルとあだなをつけた
ある日、岩の近くに行った時、カモメの仲間の呼ぶ声を聞き、
ヒキガエルは群れに帰っていった
姉さんたちは結婚し、兄さんたちは、父の兄のアルビオン叔父さんの造船所で働くために島を出て行った
叔父さんは、立派な2本のマストの船を造り、進水式には、近くの島や村の人たちが集まった
初めての航海にマサイスは見習い船員として乗り込んだ
『6人兄弟』号
マサイスは、ポートランド、ボストン、NY、西インド諸島まで行き、
やがて『6人兄弟』号の船長にまでなった
『6人兄弟』号はいろんなものを運んだ
遠い島々の丸い石は、都会の道路に敷かれ、
レンガ工場のレンガは、都会の家を造り、
サギ、カモメの羽は、そこに住む夫人の帽子を飾った
けれども、ティベッツ島が見えると、心臓が狂ったようにドキドキした
ある日、自分に向かって「よし、島に帰ろう」と言った
マサイスは、ボストンから来た学校の先生ハンナと結婚した
「帽子に羽を飾ってないぞ」と嬉しくなった
両親は本土にひきあげ、誰もいないティベッツ島で、
父さんに教わったとおり、マサイスも働いた
やがて、娘が3人生まれた
双子のエリー、ネリー、小さなアニー
6月にはキイチゴ、ブルーベリーなどを集め
秋にはツルコケモモの実をとり、母さんと一緒にジャムやパイを作った
バター、チーズ、石鹸、ロウソクの作り方
糸をつむいで織り、編んだり、縫ったりも教わった
娘たちは大きくなり、結婚し、島にはマサイスとハンナだけになった
ボストン、フィラデルフィアのような都会からティベッツ島に別荘を作り
どの家にも、ヨットやボートがつながれた
「その気なら、この島もあの人たちに売れますよ」とハンナは言ったが
「ここは我が家なんだ」とマサイス
ある年、ハンナが亡くなり、夏になるとアニーの息子のマサイスJr.が遊びにやって来る
彼はおじいちゃんのあとをついて回り、ずっと島に住めたらどんなにいいだろうと思った
マサイスJr.が5歳の時、グリーンハーバーで大勢がインフルエンザで亡くなり、
マサイスJr.のお父さんも亡くなった
アニーとマサイスJr.は、島にうつってきた
おじいちゃんは、畑を広げた
「夏に来る人たちは野菜や、ミルクが必要だろう」
「ジャムやゼリーも作るわ 洗濯だってしてもらいたいんじゃないかしら」
夏の間、おじいちゃんとマサイスJr.は、毎日小舟に
ミルク、野菜、卵、真っ白い洗濯物などを積んで本土に通った
長い冬の間は、おじいちゃんはマサイスJr.に『6人兄弟』号で航海したことなどを話した
「僕も大きくなったら船長になる その後で島に帰って、ずっとここで暮らすよ」
「目の前の海の向うに何があるか、まず見てみるんんだな
そうすれば、どこで暮らしたいか、ハッキリ分かるものだ」
「もう分かっているよ」
8月のある朝、荒れ模様の天気の中、小舟を出して、おじいちゃんは帰らなかった
その後、水びたしの小舟が見つかり、おじいちゃんも見つかった
黒い服を着た人たちが、あちこちから大急ぎでお葬式にやって来た
「立派な人だった 立派な一生だった」
そして、マサイスおじいちゃんを、丘のてっぺんのリンゴの木の下に葬った
【訳者あとがき 内容抜粋メモ】
アメリカの北の大西洋沿いは、入り組んだ海岸線が入り江をつくり
小さな島がいくつも浮かんでとても美しく、夏には避暑地として賑わいます
この物語は、小さな島にうつり住んだ一家の、数代にわたる年代記です
自分の手で自然を切り拓き、自然が与えてくれるものを感謝して受け取り、
自然の中で暮らす知恵を、次世代に伝えていきます
小さなマサイスも、やがてマサイスおじいちゃんになって
小さなマサイスと一緒に暮らすようになるのでしょう
ゆっくりしたペースでつながる人間の命の輪
その輪が続くには、自然の助けが必要です
自然は与えるだけでなく、奪うこともあります
けれども、神を信じる世界では、死を最後の航海といって、神の御許に船出するととらえています
自然の懐に抱かれて、永遠の眠りにつくことこそ、マサイスおじいちゃんにはふさわしかったのです
クーニーはNY生まれですが、この大西洋岸の美しさのとりこになって
夏になると通う人たちの一人で、そこからこのお話が生まれたのかもしれません
*
こうして1人で1つの無人島を開墾したってスゴイなあ/驚
男女ともに、暮らしに必要なものをなんでも手作り出来たってことだ
そして、大勢が集まれば街となる
それが広がれば国となる
一家の三代にわたる淡々とした暮らしの中に、そんな歴史が俯瞰で見ることができる
でも、忘れてならないのは、どの土地にも、もとからいた先住民がいたということ
ここには、アメリカの大きなタブーの1つである、ネイティヴアメリカンのことは一切描かれていない
『にぐるまひいて』 バーバラ・クーニー(ほるぷ出版)
そして、人が増え、経済活動を広げるほど、自然は破壊されていくということ
松だらけの島が、後半にはほとんど人の家にかわっている
街には大きな船、汽車から石炭の煙がモクモクと上がり
それがゆくゆく地球という星を滅ぼすかもしれないなんて
当時の人たちは夢にも思っていなかった
むしろどんどん開墾し、広がっていくことに夢を抱いていた時代
前回読んだ『おおきななみ ブルックリン物語』(ほるぷ出版)では
クーニー自身の一家の物語が描かれていた
それと本書を読むことでよりアメリカの歩んだ歴史も見えてくる
絵も細部にわたって愛情が込められ、人々の暮らしが豊かに描かれている
インフルで大勢が亡くなるなんて、やっぱり昔から怖い病気だったんだ
ウイルスにも、そんなに古い歴史があるのか/驚
マサイスが最後、大好きな島が見渡せるリンゴの木の下に眠り、土に還るってステキだなあ!
それにしても、子どもを12人も産むって!!
当時は、子どもも貴重な働き手として考えられていたとともに
あらゆる技術、知恵を教え、昔話も語り継がれていたことが分かる
小さな島だという特殊な環境のせいもあるだろうけれども
親子三代といっても、絵本1冊におさまるあっとう間の出来事
短く、儚い命だけれども、経験や知識を次世代に伝えることで
つながっていくことが分かる
バーバラ・クーニー/さく 掛川恭子/訳
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
▼あらすじ(ネタバレ注意
エゾマツが鬱蒼と生えているだけの島に、
お父さんが木を伐り、井戸を掘り、家を建てて
グリーンハーバーの町から妻と3人の子どもを連れて
ティベッツ一家が引っ越してきて、島の名をティベッツ島と決めた
子どもは12人(!)になり、一番末っ子はマサイス
(絵本の中に1箇所“マイサス”になってた
お父さんは息子たちに、土地を耕し、種を蒔くこと、木の伐り方、
石の切り出し方、獣や魚の捕まえ方、小舟の操り方などを教えた
畑にはジャガイモ、豆、カブラ、トウモロコシなどを植え、
30頭のヒツジ、6頭の雌牛、2頭の牡牛、ニワトリ、2頭のブタもいた
マサイスも手伝いたかったが、いつも「まだ小さいんだから」と言われ
リンゴの木の下でため息をついた
マサイスも読み書きを母から習う年になり、
もっと大きくなると、兄たちと一緒に仕事をした
お父さんと、はるか西にあるたまご岩まで卵をとりに行った時、
親とはぐれたカモメの赤ちゃんを連れてきた
カモメの赤ちゃんは、いつもマサイスのあとをついてきたが
空を飛べないので、ヒキガエルとあだなをつけた
ある日、岩の近くに行った時、カモメの仲間の呼ぶ声を聞き、
ヒキガエルは群れに帰っていった
姉さんたちは結婚し、兄さんたちは、父の兄のアルビオン叔父さんの造船所で働くために島を出て行った
叔父さんは、立派な2本のマストの船を造り、進水式には、近くの島や村の人たちが集まった
初めての航海にマサイスは見習い船員として乗り込んだ
『6人兄弟』号
マサイスは、ポートランド、ボストン、NY、西インド諸島まで行き、
やがて『6人兄弟』号の船長にまでなった
『6人兄弟』号はいろんなものを運んだ
遠い島々の丸い石は、都会の道路に敷かれ、
レンガ工場のレンガは、都会の家を造り、
サギ、カモメの羽は、そこに住む夫人の帽子を飾った
けれども、ティベッツ島が見えると、心臓が狂ったようにドキドキした
ある日、自分に向かって「よし、島に帰ろう」と言った
マサイスは、ボストンから来た学校の先生ハンナと結婚した
「帽子に羽を飾ってないぞ」と嬉しくなった
両親は本土にひきあげ、誰もいないティベッツ島で、
父さんに教わったとおり、マサイスも働いた
やがて、娘が3人生まれた
双子のエリー、ネリー、小さなアニー
6月にはキイチゴ、ブルーベリーなどを集め
秋にはツルコケモモの実をとり、母さんと一緒にジャムやパイを作った
バター、チーズ、石鹸、ロウソクの作り方
糸をつむいで織り、編んだり、縫ったりも教わった
娘たちは大きくなり、結婚し、島にはマサイスとハンナだけになった
ボストン、フィラデルフィアのような都会からティベッツ島に別荘を作り
どの家にも、ヨットやボートがつながれた
「その気なら、この島もあの人たちに売れますよ」とハンナは言ったが
「ここは我が家なんだ」とマサイス
ある年、ハンナが亡くなり、夏になるとアニーの息子のマサイスJr.が遊びにやって来る
彼はおじいちゃんのあとをついて回り、ずっと島に住めたらどんなにいいだろうと思った
マサイスJr.が5歳の時、グリーンハーバーで大勢がインフルエンザで亡くなり、
マサイスJr.のお父さんも亡くなった
アニーとマサイスJr.は、島にうつってきた
おじいちゃんは、畑を広げた
「夏に来る人たちは野菜や、ミルクが必要だろう」
「ジャムやゼリーも作るわ 洗濯だってしてもらいたいんじゃないかしら」
夏の間、おじいちゃんとマサイスJr.は、毎日小舟に
ミルク、野菜、卵、真っ白い洗濯物などを積んで本土に通った
長い冬の間は、おじいちゃんはマサイスJr.に『6人兄弟』号で航海したことなどを話した
「僕も大きくなったら船長になる その後で島に帰って、ずっとここで暮らすよ」
「目の前の海の向うに何があるか、まず見てみるんんだな
そうすれば、どこで暮らしたいか、ハッキリ分かるものだ」
「もう分かっているよ」
8月のある朝、荒れ模様の天気の中、小舟を出して、おじいちゃんは帰らなかった
その後、水びたしの小舟が見つかり、おじいちゃんも見つかった
黒い服を着た人たちが、あちこちから大急ぎでお葬式にやって来た
「立派な人だった 立派な一生だった」
そして、マサイスおじいちゃんを、丘のてっぺんのリンゴの木の下に葬った
【訳者あとがき 内容抜粋メモ】
アメリカの北の大西洋沿いは、入り組んだ海岸線が入り江をつくり
小さな島がいくつも浮かんでとても美しく、夏には避暑地として賑わいます
この物語は、小さな島にうつり住んだ一家の、数代にわたる年代記です
自分の手で自然を切り拓き、自然が与えてくれるものを感謝して受け取り、
自然の中で暮らす知恵を、次世代に伝えていきます
小さなマサイスも、やがてマサイスおじいちゃんになって
小さなマサイスと一緒に暮らすようになるのでしょう
ゆっくりしたペースでつながる人間の命の輪
その輪が続くには、自然の助けが必要です
自然は与えるだけでなく、奪うこともあります
けれども、神を信じる世界では、死を最後の航海といって、神の御許に船出するととらえています
自然の懐に抱かれて、永遠の眠りにつくことこそ、マサイスおじいちゃんにはふさわしかったのです
クーニーはNY生まれですが、この大西洋岸の美しさのとりこになって
夏になると通う人たちの一人で、そこからこのお話が生まれたのかもしれません
*
こうして1人で1つの無人島を開墾したってスゴイなあ/驚
男女ともに、暮らしに必要なものをなんでも手作り出来たってことだ
そして、大勢が集まれば街となる
それが広がれば国となる
一家の三代にわたる淡々とした暮らしの中に、そんな歴史が俯瞰で見ることができる
でも、忘れてならないのは、どの土地にも、もとからいた先住民がいたということ
ここには、アメリカの大きなタブーの1つである、ネイティヴアメリカンのことは一切描かれていない
『にぐるまひいて』 バーバラ・クーニー(ほるぷ出版)
そして、人が増え、経済活動を広げるほど、自然は破壊されていくということ
松だらけの島が、後半にはほとんど人の家にかわっている
街には大きな船、汽車から石炭の煙がモクモクと上がり
それがゆくゆく地球という星を滅ぼすかもしれないなんて
当時の人たちは夢にも思っていなかった
むしろどんどん開墾し、広がっていくことに夢を抱いていた時代
前回読んだ『おおきななみ ブルックリン物語』(ほるぷ出版)では
クーニー自身の一家の物語が描かれていた
それと本書を読むことでよりアメリカの歩んだ歴史も見えてくる
絵も細部にわたって愛情が込められ、人々の暮らしが豊かに描かれている
インフルで大勢が亡くなるなんて、やっぱり昔から怖い病気だったんだ
ウイルスにも、そんなに古い歴史があるのか/驚
マサイスが最後、大好きな島が見渡せるリンゴの木の下に眠り、土に還るってステキだなあ!
それにしても、子どもを12人も産むって!!
当時は、子どもも貴重な働き手として考えられていたとともに
あらゆる技術、知恵を教え、昔話も語り継がれていたことが分かる
小さな島だという特殊な環境のせいもあるだろうけれども
親子三代といっても、絵本1冊におさまるあっとう間の出来事
短く、儚い命だけれども、経験や知識を次世代に伝えることで
つながっていくことが分かる