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『産業士官候補生』眉村卓/著(角川文庫)

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■『産業士官候補生』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和53年初版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]
小さな字でびっしりと書き込まれた百ページものカタログを前に男は言った。
「諸君、明日テストをするから、それを全部覚えておくように…」

ここにいるのは、社会をコントロールできるエリート育成のために、
全国から集められた知能指数百五十を超す若者ばかりであった。
気が狂うほどの精神的、肉体的訓練をこなしてゆく彼らには、人間的な幸福は不用なのだろうか…。

人間不在の現代産業文明に鋭くメスを入れる、眉村卓の社会SF集。全九編収録。

***

面白いなあ
これだけの作品を量産していたって天才だ

“「EXPO'87」(1968)のスピンオフ作品”とウィキに書いてあったけれども
それを読む前にこちらを読んでしまった

どうやら、それぞれ短篇として読みきりではあるけれども
裏工作をしてでもなんでもやる「パイオニア・サービス」という会社の
エキスパートばかりが集まった「無任所要員」に関するストーリーとしてつながっているのが何篇かある

今回は、いろんな高速の未来の乗り物や、機械などの名前がたくさん出てきて
名前から想像するのも面白い(実際は乗りたくはないけど
今の「動く歩道」の進化ver.もあるけど、昭和40年代にそんな概念があったのだろうか?

SF作家さんて科学者でもあるし、文系でもあるし、とにかく知識の幅広さ
斬新なアイデアに驚きながら、今回も先が気になる話ばかりだった




▼あらすじ(ネタバレ注意

「工事中止命令」
部長から「特別手当はいらんかね」と声をかけられた杉岡勉

「パイオニア・サービス」の中でも特別訓練を受けた「無任所要員」である杉岡に
R国のジャングルに近代都市をつくるという難しい任務が与えられる
工事は全部ロボットがやっているが、国にクーデターが起こったせいで、一刻も早く工事を打ち切りたいという

前任の監督者はなぜか行方不明になってしまった
ロボットに中止命令をすればいいと簡単に思っていたが、事態は違っていた

指定された土地は低湿地帯で、雨季に入ると河になる場所のため
いったんセットされたら、任務遂行までやめない特別なロボット群が働いている

現地に赴くと、身長3mもの指揮ロボットが出迎え、早速部屋に案内し
ハードスケジュールを言いつけて、監督を守るためだとカギを外からかけて出て行った
人間と話せるロボットは彼だけで、前任者がどんな運命をたどったのかが薄々分かりながらも、杉岡にも意地があった

密林の生命力と戦い続けるロボットの中には倒れるものもいた
「ロボット1体は航空機よりも高いんだぞ! もともとこの工事は中止・・・」
「監督ガ工事進行ヲ妨害スルヨウナ言動ヲシタバアイハ片付ケマス」

雨季が近づき、破損見込みのロボットが24体と聞いて、怒った杉岡に対して
「私ハアナタノ言葉ヲキキトレナイヨウニナリマス」

完全保護は完全監禁にかわる
逃亡するには、1号を倒さなければ!
渾身の力を込めた一撃、2撃
「私ガイナクテモ、工事ハ完成サレマス」

意識が薄れ、気づいて部長に報告すると
「またR国にクーデターが起こって、政権はもとに戻ったから、工事契約も復活したんだ」

現地にぼくを送り、中止できそうかを見極め、不可能と分かると工作したに違いない
契約を復活させるためにクーデターを起こしたのだ

「特別手当は相当な額だぞ 使い道のあてでもあるのかね」
「ロボットのお墓はどうですかね」



「最後の手段」
南条宏を乗せたタービン車 本部長は、減感剤を使ってマグネット列車で来た
頭部以外全部、人工にとりかえたサイボーグ1号という女性の話を聞く(素子みたい

「今じゃ、大抵の大病院が人工臓器を使ってますからね」
この画期的な成果を享受できるのは、例によってひと握りの連中だけなのだ

本部長「若手の財界人らが財団法人をつくることになった 君にはセンターの建設を任せる」

杉岡勉含め3人の「無任所要員」をあてがわれるが、南条は彼らにいいイメージがなく闘志を燃やす
南条は、丸投げされた仕事を一人でこなし、杉岡らは、彼らだけで話し合い、行動している

医師・駒井の飾らない熱意に共感を覚える南条
杉岡らの裏工作により、難しいと思われた医師団の説得はあっさり決まり歯がゆさを覚える

サイボーグ1号の谷さゆりは、50歳に近い婦人で、全身リューマチのためにこの運命を背負わされた
シーツに覆われた部分は金属とプラスチックの人工臓器群の集合体だったが
編み物の手をとめ「前のことを思ったら夢のようです」

駒井
「ほんの1ヶ月前まで死ぬのは時間の問題だったのが、今では退屈がっている
 我々は、一刻も早くこの成果を一般のものにしたい」

駒井の熱がうつり、多忙を極めている南条に対して、杉岡は
「この仕事に、それだけの値打ちがあるのかね?
 センターが救えるのは、年間わずか10人に過ぎないんだろう?」

南条は、建設地の説得、広告、施設の設備を進めていく
サイボーグ化後、平均10年ほどは面倒をみつづけるため、多く見積もっても年間10名が精一杯だった

駒井も虚弱な体にムチ打って、あと4ヶ月でセンターが完成するところまでこぎつけたある日
ある記者から「指名会議」のことを耳にする

後にサイボーグ化する人間を指名する会議で、実際は利権づくり
あと10年の余命を得ればプラスになるVIPに働きかけ、札束が飛び交う
政府とぐるになって、特権者のイスをつくるのが本来の目的と分かる
本部長も、杉岡も最初から知っていたと分かる

絶望した南条は、最初信じたものに変えてみせると誓い、3ヵ月後の祝賀会までに
パンフレットを配ったり、同志を集めようとするが、裏工作のためかことごとく失敗する

そもそもサイボーグセンター自体が世間に浸透していないことに驚く
南条は、組織を離れた個人が、いかに非力か痛感した

駒井「いよいよ明日が祝賀会だな」

南条は爆薬を仕込んで自爆しようと試み、それも失敗 すべては終わった・・・

駒井
「会場へ連れて行って欲しい 僕をサイボーグ化しろと言ってくれ 僕はこのままでは死ぬほかないんだから」

南条は駒井を抱えて祝賀会に乗り込み
「彼は全身ががんに侵されています! サイボーグ化以外では助からないのです!」と訴える

駒井は病院に連れていかれ、サイボーグ化の最中に死亡した
しかし、杉岡から別枠として5名は一般の人々にするように決まったと聞く

「パイオニア・サービスを相手に、出資者の連中を向こうに回して、これだけの譲歩をさせたのは君だけじゃないかな」



「虹は消えた」
デラックスで有名なAAA機内で40代半ばの男が「ウア王国を知っているかね?」と聞いた
若いほうは「20年ほど前、アフリカに乱立したミニ国家の1つでは?」

天然ダイアモンドの大産地で栄えたが、合成ダイヤの普及とともに没落
一度は奇跡の復活をしたが、また泡のように消えた国

40代の男はその時代にその国にいたという話をする
ヒーローとも言えるベテランの大塚と組めると、若手の無任所要員は勇み立っていた

任務はアフリカの小国の経済を1年間で復興させること
空港は立派だが荒れ果てていた 日本公使館の山口が出迎える
王妃が日本の無任所要員を雇い、一刻も早く立て直して欲しいという

もとはイギリスの植民地で栄えたが、アメリカが合成ダイヤを量産し、
値打ちは急転直下、大国は手を引き、民族主義者の運動が激しくなり、
貴族が政争をやめ、不安定な状態だと説明
住民はみなどんよりと気力がない

大塚「私は切り札を使うつもりだ」

取り出したのは、直径15cmほどのボールで、みるみる色を変えていく
パイオニア・サービスが最新技術を使った試作品で、缶を開けて一定時間後には光は消えるため
「虹の玉」と大塚が名づけた 「これを作る工場を建てます」

大量の原料資材とともに送られてきたのは、大量のウア国の貨幣だった

大塚は、今度の仕事をすべて現地の者にやらせるという
最初に集まったのはやる気のない20人ほどだったが、
彼らに相場の10倍の報酬を与え、成績のいい者には2割増しを与える
このやり方が口コミで伝わり、労働者は増え続け、使えそうなのをチーフにして管理させた

工場の周りには、飲食店、女を抱かせる店が大当たりした
大国からは諜報員が大勢入り、貴族には金の力で懐柔策をはじめ
大塚は貴族の新鋭隊長になり、影のブレーンとして動いた

日本製のウア国貨幣はひとりでに動きはじめ、全産業を活性化した
すでに国内に流通する約50%に達し、あぶない均衡だった

しかも大塚は、続々と量産される虹の玉を、最初は貴族に献上するだけでストックするよう命じる
「上から下へ売り広めねばならない 大衆商品にするのは一番最後だ」

ぼくは口コミ、深層心理訴求、なんでもやり、下へと訴えていった
しかし、それが幻の繁栄だと知っていた 泡のような景気なのだ(また予言じみた文章だな

山口から急に
「帰るんだよ! 君たちの仕事は終わった ぼくも無任所要員でね
 この仕事のスポンサーは日本政府だったんだ ウア国の代表が、国連で日本に1票入れたんだ」

大塚は辞職願を出す
「無任所要員を辞める 私は有能だった だが、それがどうしたというのだ?
 いつまでたっても雇われ人のままで死んでゆくのではないか?
 ・・・休みたいんだ ここでは貴族として暮らしていける
 自分で作った幻の繁栄を本物にしてみせる 同じ一生を賭けるなら・・・」

5年ほど経って、大塚は民族主義者に暗殺されたと噂で聞いた

「自業自得ですよ」と若い男は軽く笑った
だが、今になれば、大塚の気持ちは分かり過ぎるほどよく分かる



「助け屋」
ポケットには帰郷旅費しか残っていなかった 長距離列車の発着場まで歩くほかはない
それがどんなに無謀かよく分かっていたが、クルマにはねられる危険を冒しても故郷へ帰るほうがマシなのだ
市内車が襲いかかり、身体が宙に浮き、アスファルトに叩きつけられた

気づくと老人に介抱されていた 「どうやら都市に来て間がないと見える」

「・・・半年です もうすっかり嫌になってしまいました
 僕らのような人間は、どうせ交通事故で死ぬようになっているんだ」

老人が「助け屋」だと気づいて痛みも忘れる

大都市は末期症状だった
道路が続々と建設され、モノレール、ムービングロードがわずかな隙間に作られた

革新的な方法として「市内車」が案出された
ハンドル、アクセル、ブレーキしかなく、テレビ並みの値段で買えるため、靴と同じ感覚となった
運転免許制が廃止され、歩道は撤去され、市内車か公共機関を使わず外に出ることは常識人のすることではなくなった

そこに現れたのが「助け屋」
貧しい人たちが道に出ると、まず報酬を受け取ってから強引に誘導し、安全な所に送り届ける

ぼくがいたビルの空き地で、老人は10人ほどの男たちを「助け屋」にするべく
ほとんど死闘のように訓練していた

ぼくは老人が出かけたのを見計らって、くにに帰るため、再び道を渡ろうとして
轢かれそうになり、老人に見事な動きで助けられる

「いったんこの味を覚えたら、やめられない わしらにとっては快楽なのじゃ
 報酬は生きてゆくための手段にすぎない」

その後、ぼくは仲間とともに激しい訓練を受けた
老人の夢は、「助け屋」を組織し、依頼に応じて歩行指導員を派遣する会社をつくること

「待ち遠しいですね じゃ、行ってきます うんと稼いできますよ
ぼくは、生きていることの幸福を感じた



「クイズマン」
チームメンバーのキムラから映話がきて「有望な新人を見つけた」という

「うちのチームはこの頃息切れ状態です 記憶強化法も、精神統一技術も、
 よそが同じことを始めましたからね なんとか補強してください」

あらゆるテレビ番組に飽きた人々は、さらに強い刺激を求めていた
視聴者からの出題を、電子頭脳がセレクトする
クイズマンチーム2組が対決し、寸秒を争って正解を出すシステム

元プロクイズマンで、今はマネージャーの私はヘリカーを飛ばしてユズルという青年の住所を訪ねた
長身で、たえず嘲笑を浮かべたような男 これこそクイズマンの典型ではないか
2、3のクイズテストに正解し、採用した

私の有名チーム「サイクロン」と対戦するのは、最近5連勝中の「チェックメイト」
こちらは過労でベテラン2人が倒れていたが、ユズルだけが変わらぬ薄笑いを浮かべていた

あらゆるテクニックを使ったが、あと10分 このままでは負けてしまう
私は絶対正解と信じる場合以外はボタンを押すなというサインを出した

そこから急にユズルは次々とボタンを押しては正解を当て、形勢は完全に逆転
1点差で勝利した

ユズルは救世主となったが、ミーティングの時キムラは
「自信を失いました 明日休ませてください」という

ユズルはミーティングにも現れず、遊んでいるのが、
プロのクイズマンとして、身を削ってあらゆる知識を日夜暗記している仲間には耐えられないのだ
私の考え方は時代錯誤かもしれないが、誇りがあった
それを踏みにじられるくらいなら辞めてもらったほうがいい

ユズルの行くバーに入り、彼に会うと
「もっと本気になれと言うんでしょう? プロか 狂ってやがる ただの遊びじゃないですかねえ」
「今の時代は誰だってひとつの歯車だ たとえ遊びでもすべてを投入すれば立派なことなんだ」

「僕には人の心が読めるのさ 試合に出ると、敵でも味方でも正解が出ると同時に、
 ぼくが解答すれば、それでいいのさ こんな楽な仕事がほかにあるものか」

メンバは意外にも納得し、ユズルのためにもっと勉強に励んだ
ユズルは倍、倍と報酬を上げさせ、チームの財政はかなり傾いていた

キムラ
「今日で51連勝です 我々は知識のプロ、専門家です ユズルがただの読み手なら、それでいいんですから」

私は自分の仲間を誇りに思う




「ガーディアン」
産業士官学校主催の社会組織披露セミナーに出かけたりして、48時間の休暇はまたたく間に過ぎた
もっと現代的なレジャーコースを開発してみせる
僕は、栄養たっぷりと保証つきだが、得体の知れないミックス食品を電子レンジから出した(今のウチのこと?

シンクロニュースでは
「今や人々は与えられた幻影を真実と信じ、本来の姿を見ない生活を続けている」と説いている
その記事を握りつぶし、非弾性紙はこまかい塵に還元した(すごい!

日本冒険社の立体ポスターには

「暗殺者に狙われよう!」
「お手軽な遊覧飛行 墜落サービスつき」などの横に大きく
「守護者(ガーディアン)があなたの安全を保証します」とある

心身チェックを受け、注射と活力剤を服用すると、たちまちやる気がおこってきた

「今度の仕事は太平洋横断だ コースの大部分は、実感装置で間に合わせるが
 最後の何日間かは、実際に太平洋を漂わなければならない
 アメリカで遊んでいた成金一家が帰国する道すがら冒険をやろうというわけだ」

上の部分は惨めなヨットだが、実は無人操縦をそなえた原子力潜水艦で
アンテナで位置が分かり、乗員自動救出装置等もついている

夫婦は「こら凄い、本物の漂流や!」と喜ぶが、小学5年生くらいの息子は
「ボロに見えて、本当はごっつい高性能船やねんで 僕、PR映画で知ってるわ!」

「食糧も乏しくなったので、割り当て分で辛抱していただきます」
ジュースに入れた睡眠薬が効いている間に専用室に行き、潜水を開始する

ブザーで起こされ、子どもが「この船、潜水艦とちゃうか?」などと言って
私と突き飛ばしたため海に落ちたが、自動的に投網で救われ 「ほら見てみ!」

その後、夫婦が謝りに来て、専用室の機器を見られてしまった上に
客室が監視されていることに気づかれ、夫は怒ってカメラを壊し、中からカギをかけられてしまう

このままではクビだ
部屋に行くと今度は子どもが危険玩具に指定された子ども用レーザーをもち、船首の旗竿が焼き切られていた

「あれはただの旗竿じゃない 本当に漂流するかもしれないんですよ!」
と言っても「おおこわ」と夫人は微笑して「でも絶対安全なこと、知っとりまっせ」

私は最後の手段として、機器を一斉に停止させた
「停電でっせ」
「精密機械は一部の事故でも全体に影響があるんです」
チビも泣き続けている 僕は声を殺して笑いぬいた

その後、緊急救助要請弾を発射して助かったが
「こんなに真に迫った冒険はやったことがない」とお客はひどく喜んだという

「というわけで、今後わが社は、あんたの開発した手法を大いに活用するそうだ」

僕は唖然とした 一体どこからどこまでが本物なんだ?
だがそれでいい 渦から放り出されて遠吠えをしても意味がない
幻影が現実で現実が幻影である以上、そこで生きていくのが現代人なのだ



「スラリコ・スラリリ」

スラリコ スラリリ
ヒルルト
リリリ
火星の土が こわいと
泣いたあの子の・・・

男はヘリタクシーに乗り、ドリーム・ルームに入る
ヘルメット、精神動揺剤などをのせた棚が微光を放つ

「お好きなのね、“火星の落日”」スクリーンにオペレーターの顔が現れる

男はドリーム・ルームマニアだった 汚辱の現世を避け、夢の中でやり直すんだ
運命的瞬間の分岐点を、選ばなかったほうへ行って、栄光と希望に満ちていたかもしれない生涯を・・・

夢の中に入り、男は昔からずっと会っているような感じの理想の女の出現を期待し続けている
やがて、待つ楽しさ自体が、今の幸福を支えている1原因だと悟りはじめた

これはちょっと新味だったな

3週間経営者として働き、同僚たちと会釈だけして別れる
エアシュートに乗り、またあの歌が頭に流れていることに気づく

また別のドリーム・ルームに入るが、夢に浸ることが出来なかった
もう1軒ドリーム・ルームを見つけて入ると
横に女がいて、顔は分からないが、それが彼の理想の女だと信じている
女は唄っていた ♪スラリコ、スラリリ・・・

どうしたのだ?
最初に入った店と関係があるのか確かめなければ

「やはり来たのね」

今度の夢は、彼は敗残者だった そんな彼をずっと1人の女が見つめていた
「あなたは、もう一度、自分の未来を取り戻すのよ」

「きみが、そうだったのか」

「精神分析家としての私の資格に賭けて言うけど、あなた、もう毎週ドリーム・ルームに行かなくても済むんじゃないかしら」


スラリコ スラリリ
ヒルルト
リリリ
火星の土が こわいと
泣いたあの子の
小さなお墓・・・


(この文章の感じ、詩みたいで好きだな



「午後」
柔らかな光の中を歩いている 巨大な複雑で見事に合成された人工都市の一員として
だが、夢はいつもそこで終わる

風景は、やがて完全に整理されるのを知らず、ただ炎(も)える空の下で季節を謳歌している
今日こそ決着をつけねばならない

僕は凝然として振り向くと、整理員が並んで歩きはじめた
整理員「あなたは境界線のほうへいくつもりだな」

「整地統合法」ができて5年目になるが、順応できない者は意外に多かった

整理員
「後進的、閉鎖的で、古い情緒にすがる無力な人々 つまり君だ
 土地はいくらあっても足らない あの法律は、建築技術の革新で生まれた
 地下を合わせて100レヴェルに近い巨大な自給都市にみんなが住みさえすればよかった
 生の土にしがみつくのを止めればよかったのさ

 だから整理員が、次期整理区域から1人でも多く収容して
 コンクリートと金属とプラスチックの都市に入ってもらう」

僕はむこう側の世界をどれほど憧れていたことか
細分化され、人間がまるで虫のように小さな部屋に住む

だが振り向けば、昔ながらの自然があった
人間を生んだ環境であって、人間によって作られたものではなかった

「ぼく自身、整理員だったのさ 報酬につられて狂ったように働き
 力ずくで強制的に引きずって、抵抗した女は途中で死んだ
 それで整理員をやめた

 脱走も、大気を生で吸うことも許されず、
 限られた個室で暮らし、あてがわれた労働をするだけの大群・・・」

秋になれば、何万人の整理員が徹底的な人間狩りにかかるに違いない
寝たらきっと、あの新都市の夢を見るだろう



「産業士官候補生」
巨大都市群とは対照的に、過疎地帯では、人口減少と荒廃に悩んでいた
山村の農家の三男坊・上田宏 長男は父母と畑仕事をし、次兄は中卒ですぐ町に働きに出た
まだ小さな弟や妹がいて、彼が高校に行くなど問題にならなかった(今の朝ドラみたい

担任に呼ばれた宏
「ある会社から名指しで入社を勧められた 常識はずれのいい条件らしい」

家に新大阪工業の社員が来て、中卒には破格の給与、支度金、寮への入居権・・・
なぜ、こんなにも自分に執着するのだ? 何か隠された事情があるのでは?

それでも断る理由はなく、宏は研修所に入った
ここで1ヶ月過ごし、適性を判断され、配属先が決定される

小講堂には、ほぼ50名の研修生がいる 担当の生徒・天野から課題が出される
100ページもの会社カタログを明日までにすっかり覚えろという

ここでは脱落したければいつでもしていいが、二度とここには戻れない
成績は本人にも知らされず、公表もされない 配属先でどう扱われるかで初めて分かる

「高校に行くほうがマシじゃないか! まるで囚人だ!」という生徒もいた

宏は、そこで小学校の時、同級生だった小松原和子と再会する
「私たちは文句ばかり並べている人たちとは違うわ」

和子にとって、これは自分より恵まれた境遇にある人々を見返す復讐なのだ
彼女は宏をすっかり仲間と信じきっていた

事実、すでに何人かは耐え切れず、脱走したが、誰も引き止めない代わりに雇用関係は消える

次は徹底した体力テスト

そしてついに配属を知る日が来た
宏と和子が天野に呼ばれ、2人だけが「産業士官学校」に入ることを告げる
想像を絶する課程を乗り切り、最優秀の若者を選抜するために

「今のわが国をどう思う? あらゆる施策がとられたが、事態はちっともよくならない
 かつてないほど複雑な産業社会になっているのに、コントロールできる人間がいないせいだ
 ここでは、7年間、現代科学技術のすべてを動員した最高度の教育が行われる
 卒業すれば、誰を恐れることのないエリートになり、世の中を自分の手で動かせるのだ」

宏はまた疑問を抱く もっと不気味な目的があるのでは?
しかし、和子は「行きましょうよ!」とはりきっている

学校に入れば、7年間、私用外出が許されないため、家族の説得に本社社員と帰る宏
詳細は言えないことになっていて、学校に入るのを拒否すれば、この1ヶ月の記憶は消される
家族には大阪から東京の研修所に移るとしか言われなかった

手当ては今までの倍以上が家に送られる
次兄だけが「それで採算がとれるんですか?」と承服しなかったが、宏に対する嫉妬からだった

天野
「僕は学校内に入ることは許されていない 君に関する記憶も消される
 会社に関わる人間は、秘密厳守のためにいろんな手術を受けている
 喋ろうとしても、意識が筋肉に作用して舌がひきつってしまう」

学校は驚くほどちゃちな外観だった
指紋鍵で入り、生徒の一人が「私があなたのブロックの担当 宿舎は地下18階」
学校の大部分は地下につくられていた

「今後、あなたは1-13号です ここでは平均点90点未満の場合、進級できない
 2年落第すると、出身企業の研修所へ送り返す」

入学したのは111名 中には1-14号になった和子もいる
生徒間に個人的な交流はほぼない

短時間睡眠、速読術、自己暗示のコントロール・・・あらゆることを身につけていき
1ヶ月ごとに成績表が渡され、平均点を計算する

こんな風にしゃにむに駆り立てられているうちに、自分の悩みは
成績に対するものだけにすり替えられてしまうのではないか
と思いながらも宏も努力し続けるほかなかった

和子は、上級生が使う簡略化した会話をするようになったが、宏は抵抗した
和子「感情・必要以上に反映 筋肉コントロール自習」と肩を落とす

表情術は、今月から始まった科目で、仕事上で相手によって適当な表情・動作をする訓練
すぐに気持ちが顔に出る彼女には難しかった

宏は何のせいか分からず、途方もなく疲れていた

成績通告の日 和子は96点だったのに、宏は88点
来月には次の成績が出て、そのまま及第を決定する その1ヶ月前がこれでは・・・

思わず、私物をまさぐり、入社支度金で買ったフルートを酔ったように吹き続けた

「1-13号! 音楽不要 産業将校は知識と行動 感情は自己コントロールするもの」
「これではロボットと同じではないですか!」

「誤認 人間自由は幻想 集団としての動物 ロボットは道具 音楽は低効率のひとつ 理解?」

宏が学校にいるかぎり、故郷には毎月、多額の手当が送られている
これこそ、生徒が途中で投げ出さないためのくびきだったのだと悟った

入学してから1年が流れた

「組織力学」では、人間の集団の発生の原因、育てる技術、崩壊させる手段などをマスターするため
討論室でシンクロ・ニュースと呼ばれる電波同調印刷新聞が用いられる

隣りに座った和子は、驚くほど魅力的になっていた
「そう 手術 担当教官アドバイス 筋肉手術 表情術成績向上・現実」

トップニュースは、雪解けの増水で山林の家10軒あまりが押し流されたというもので
死亡者の名前に宏の家族の名前があった

「あれは、ぼくの父母と兄弟だ! 全滅したんだ!」
「着席!」

もう十分だった 「欠席します」

彼は走りながらわめいていた もはやここに留まる必要はない たとえ記憶を消されようと
誰も追わず、出口を出られて、異様な疑惑がわいた

これこそ“踏み絵”だったのではないか?
あれは作りもののニュースだったのかもしれない

しかし、今はまだ捕えられてはいない 走れ! 走って・・・家族に会えるかもしれない
僕は失格者かもしれない! だが、栄光ある失格者なのだ! いいではないか!

きらきらと春の日をはね返す丘陵を、彼はフルートを振り回し、泣きじゃくりながら走りつづけていた





【小久保実氏解説 内容抜粋メモ】

ここに収められた短篇は、眉村氏の初期作品だが、読者は時間の腐食を感じないであろう
それは彼が現実離脱を書く作家ではなく、現実を凝視し、想像力をはたらかせる作家だからだ

“社会派ものは喫茶店のような騒がしい所で書くほうがよく書ける”と彼は述懐している(源くんと同じだ

2、3年前まで団地生活をしていて、インク瓶と原稿用紙を持った彼と偶然出会い、一緒に喫茶店へ行ったこともある
話しながらアイデアが生まれ、急速にストーリーが展開していくようだった
私は意表をつく発想に動転し、爆笑をこらえるのに苦労した

“忙しい時など、店の人には悪いと思うが、それぞれの店のムードやお客のタイプなどを
 それとなく観察しながら、店内の音楽にかき立てられるようにして筆を走らせるのは
 このいまいましい現代の、その真っ只中に生きるだけ生きているという
 そんな感覚があるからだ”

「最後の手段」「スラリコ・スラリリ」は、神田の喫茶店で書いたそう(!
“都会の応接室”などと言われる喫茶店には、さまざまな階層の人間が出入りする
“いまいましい現代”である

無任所要員・杉岡勉ものの一連の作品「工事中止命令」「最後の手段」「虹は消えた」
パイオニア・サービス会社は“人間リースを含む大規模な万能奉仕屋”で
特別訓練を受けた無任所要員は、会社の利益のためには、どんなにしてでもやり遂げるのだ

「虹は消えた」の大塚、「助け屋」の主人公は敗残者には違いないが
眉村氏は感傷的ではない むしろ彼らに“いまいましい現代”を刻印している

9篇の作品を読んで、読者は眉村氏の文学の源泉を発見するだろう




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