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『通りすぎた奴』 眉村卓/著(角川文庫)

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■『通りすぎた奴』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和56年初版 昭和59年5版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

超立体的に造築された未来都市。人は高速エレベーターで上下に移動して生活していた。
そんな都市の中で、ぼくが出会った変な男――髪も髭も伸び放題でスケッチを描いていた目の綺麗な男――。
ぼくはてっきり浮浪者だと想っていた。
が、再び出会ったときの男は、何百日もかけて、この高層都市を最上階まで旅していることを告白した。
そしてしばらく後、都市の人々が男のことを、聖人・英雄扱いしはじめたのだ。
そして、ついに彼が最上階に到達したときに起きた恐ろしい出来事・・・?!!
人間社会に潜む様々な意識の暗部を抉る問題SF。全9篇収録。



眉村さんの短編の中で「疲れ」が最も印象に残っている。
中学の頃の美術ノートに、数回にわたって全文書き写したことがあるほど

美術教師は「受験勉強しないで、こんなことしてていいのか?」とたしなめつつ
「早くつづきが読みたいから、全部書いてくれ!」と赤ペンで書かれたことを思い出すw



▼あらすじ(ネタバレ注意

「空しい帰還」

栗田進は、土日を利用して、戦時中に弟と縁故疎開していた岡山県P町に行くことにした
大阪に戻ってから一度も行っていなかった

新幹線で眠ってしまい、目が覚めると、前にいた女が
「なんやあんた、今までそこに居らんかったやろ? なんで急に現れたんや?」
と気味悪そうに席を立ち去る

大型バスに乗り換え、疎開先だった家に行くと、家はそのままで懐かしかったが
見知らぬ老婆が出て来て怪しまれたため、早々引き上げなければならなかった

昔よく遊んだ相手の家を何軒か訪ね、こちらは面影を覚えているのに
「あんた知らんで」と誰も覚えていない

その後も同様だったため、寂しさと不思議な思いでP町で泊るのをやめて大阪に帰る


家に帰ると、他の家は変わりないのに、自宅だけが違う建物で別人が住んでいる
公衆電話から電話をかけてみると、「栗田ではない」と切られる

妻の実家にもかけるが「どちらの栗田さんでしょうか?」と悪ふざけだと怒られる

弟・忠志にかけると「兄はずっと前に死にました」と言われる
最後の望みで会社に行くと、受付嬢に「栗田という人はいない」と慇懃に言われる

弟の会社が近いため、訪ねて、「少しご相談したいことがある」と喫茶店に来てもらう
話を聞くと、兄は空襲で死に、疎開もしなかったという

敗戦の日が8月16日と言い、
「あり得ないことだが、あなたは別の世界の人間かもしれませんよ
 もしそうだとすれば、あなたは、この世界に戸籍もなく、
 いったん死んだ者の戸籍を直すのは大変難しいそうですし
 僕自身、あなたを兄とは思えません」


栗田が別世界に迷い込んで2年が経った
仕事も見つからず、地下鉄の構内に住んでいた

今夜どこで寝るか、と階段を上がると、外は昼間だった
「おい、栗田じゃないか! そんなボロボロの格好をして、今、何をしてるんだ?」
と学生時代の友人に声をかけられ、元の世界に戻ったのでは?とその場を去り
若者に終戦日を聞くと、8月15日だという

早速、自宅に電話をかけると知らない人間が出た
むりもない 2年もたっているのだ

弟の会社に電話して、助けを求めると
「一体、どの面さげて、そんなことを言えるんだ 丸2年も蒸発して
 義姉さんは母子心中したよ お蔭でこっちだって迷惑したんだ
 兄貴の顔なんか見たくない 今ごろ社会復帰しようったって、そうは行くものか!」と切られる

長い年月をかけて作りあげてきたすべてが・・・たった2年いなかっただけで消えてしまうのか?
電話ボックスの中に座り込み、低い笑い声を立てた 涙など一滴も出なかった



「窓の灯」

男はカメラマンと、ニュータウンにある“おばけマンション”と呼ばれるところに取材に来る
業者が倒産し、建設途中でほったらかしにされて、誰も住んでいないはずの窓に
夜になると灯りがともり、その数がだんだん増えているという噂を調べるため

2人は15時頃に着き、とりあえず中に入ると、窓にはガラスがはまっておらず人気もない
11階もあるため、4階まで見たところで、屋上まで行ってみても何も変わったことはなかった
あとは夜に灯りがつくかどうか確かめてみるだけだ

お腹が減ったが、ニュータウンは、合理的・機能的すぎて
ひょいと飛び込んで食べられる店がまったくなかったため
取材を早めに終わらせてしまおうと引き返すと
無人のはずのマンションに灯りがついている

恐怖を押し殺して、中に入ると、昼間確かめた何もない部屋は変わらず誰もいない
幻覚を見たのでは? 「外へ出よう」
見ると、やはり19もの灯りがついている

呆然としている2人の前に野犬が10頭以上も襲ってきた
蹴飛ばしたりして夢中になっていると、いつのまにか手に鉄パイプを持っていることに気づく

「早く、これでバリケードを作ったら?」と真っ黒なワンピースを着た少女に言われる
歩道橋には、何のためか、鉄パイプや針金などが山積みになっている
2人は言われるままにバリケードを作る

少女は、何か機械をいじっていたかと思うと、溶接などにつかうバーナーで歩道橋に穴をあけている

「入りなさいよ」
「下へ落ちて死ぬだけじゃないか!」

穴の中を覗くと、その向こうは道路ではなく、ミルク色のぼんやりとした空間があるだけなのだ
野犬が口をあけて飛びついてきたので、彼は足から飛び込んだ

気づくと上等なベッドに寝ていた 見覚えがある あのおばけマンションなのだ

真っ黒なドレスの中年女が来て、横には先ほどの少女がいる

「私たちは、このマンションの世話係ですの
 ご入居、歓迎しますわ 他の入居者の方々とも、じきに仲良くなれるでしょう」

窓を開けると、真っ黒で何もない

「もう一人の方は、お気の毒にも来られなかったけど、あなたは暮らして下さいますわね
 食べ物も着るものも充分にありますわ あなたでちょうど20人目なんですのよ
 せっかくこうして建ったマンションですのに、住む方がいなくて意味ありませんもの
 私たち、もっと新しい方を連れて来ますわよ」




「疲れ」

日曜の夕方、小島はまだ晩ご飯まで時間があるため、庭の植え込みに水をやりはじめた
左手の細い道から突然、人が出て来て、まともに水をかけてしまい、謝ると
相手は着物姿、ちょんまげを結った武士なのだ

小島は、昔から武士が好きではなかった
そばに寄るとばっさり斬られそうな、いくら話しても理解不能の存在という気がするのだった

小さい頃、芝居かなにかで、凄まじい切腹をするシーンを観たかららしい
目の前にいるのは、その“こわい武士”の典型のようだった

「無礼者! よくも町人の分際で武士に水を浴びせおったな! 斬り捨ててくれるわ!」

いくらなんでもここまで芝居しなくてもいいではないか
それでも斬りかかってきて、水を浴びせてひるんだ隙に「助けてくれ!」と大声を出した

妻が出てきた時、武士の姿はもうなかった
事情を話しても「江戸時代じゃあるまいし、いたずらね? 私をからかったんでしょ?」と相手にしない


翌日の昼休み、小島は、超常現象を研究している友人・岸本のことを思い出した 彼に相談してみよう

のどかな景色を見ながら、なんとはない自己満足にふけり始めた途端
眼前にぼうっとあの武士が現れ、ふたたびぞっとする形相で進んで来た

「武士を嘲弄しおって、覚悟せい!」

小島はバットくらいある材木を突き出すと材木が切られていた
武士の刀は切れるのだ 真剣なのだ

そこに数人のOLがやって来て、武士は消えた
材木はもとに戻っていた



岸本「なるほど つまり、2回とも、他人のいない時に出現したんだな」
「これは、どういうことだろう?」

「隙間風さ どちらもまあまあの人生を意識した瞬間だったのだろう?
 なんとか生きなきゃならない 人並みにならなきゃとあくせく頑張ってきて
 ある程度のことは達成したと思った、心がぽかりと空いた時に出てきたんだ 幼い頃に怖かったイメージが
 そういう境遇にさしかかっている それだけのことだよ」

「しょっちゅうあると困るんだ どうすればいい?」

「あっさり斬られてやればいい すごい痛みをおぼえるうかもしれないが
 材木と同じで、実は自分の心が生み出した幻影だから、死にやしない」

「君は僕の話を聞いてもちっとも驚かないな」

「僕もだからさ 僕の前に出てくる奴は、はたに誰がいようとお構いなしなんだ
 文楽のような人形でね それがだしぬけに頭がパカっと割れて、目をむき出し、口をかっと開く
 小さい頃に見てぞっとしたんだろうな

 僕らの同年代の連中で、同じような目に遭っている奴は少なくない
 もうそれだけ僕たちは疲れて、後ろを見ている
 前のように、何もかも振り捨てて前進するなどしなくなった
 その空洞に、幼児期の恐怖が生き返ってくる そういうことなんだろうなあ」

岸本は、場所を変えて明るく飲みなおそうと外に出た

「この先にいい店があるんだ 若い子がたくさんいてね
 いささか高いが、ま、今の収入からすれば、大したことはないし・・・」

岸本は突然沈黙し、宙を見つめた
「来るな! やめろ! さわるな!」

小島が追うのも間に合わず、そのまま道路に出て、クルマにはねられる 手遅れだった

小島は、おのれの疲れ、子どもの頃から学生となり、会社勤めをし、
今の年になるまでの疲れだけは、はっきり自覚していた





「青白い月」

橋本健治はクラブへの寄付金をもらいに先輩の家に行く途中、妙に古めかしい商店街で迷う
横道に入ると、家々もひどく古風で、昭和初期あたりを連想させる

そこに見知らぬ女が急に駆け寄ってきて
「どこへ行ってたのよ! あんた、自分の立場が分かってるの? こんな、目につくところで」

人違いだろうと、名前を言うと、同姓同名で驚く

「私を巻き添えにしたくないのね でも、あんなことになったのは、私にも責任があるんだもの
 はじめの約束通り、W温泉へ行きましょう」

わけも分からぬまま引きずられるように歩き出す
「あれ、刑事かもしれない もう死体が発見されたのかもしれないわ」

喫茶店のレジで、女は見たこともない薄桃色の紙幣を出した
地下鉄の自動販売機も変な型だった

「細かいの足らないわ、あんた、持ってない?」

ポケットを探ると、いつのまにかおかしな四角い硬貨が出てきて驚く
地下鉄の駅名には覚えがあった

「別々に乗りましょう こんな格好じゃ変な顔をされるから、デパートで買い物しなくちゃ」

女と別れてから、新聞を買い、三面記事に殺人の記事を見つける

“バーの経営者が鈍器のようなもので殴り殺され、死亡推定時刻は午前3時頃
 近所の目撃者は、内妻の竹田てるよ(22)と、橋本健治(20)を見かけた
 花瓶からの指紋検出で橋本健治のものと判明
 彼は以前からてるよさんと深い仲だったのを被害者になじられ、凶行に及んだものとみて
 警察は2人の行方を捜している”

無実を立証するには? 指紋は最後の手段だ
アリバイの午前3時には下宿にいた
下宿に電話すると、おばさんの様子がおかしい そばに警察がいるのかもしれない
事情が分からない今は、あの女と一緒にいるほうが安全だ

W温泉旅館に着いたのは夕方
帳場では、もう警察に通報していて手がまわっていた

女に連れられて、海に出た
「ここから飛び降りて助かった人はいないって聞いたことがある」

女は僕と一緒に死ぬ気なのだ ためらっていると
「あんた一人で逃げる気でしょ そうはさせないわ!」

女は妖怪さながらに形相を変えて追ってくる
前方からはパトカーが来て、警官が降りてきた



「さあ、夢物語はいい加減にして、本当のことを言ったらどうだ 現場の指紋はお前のものなんだ」

「僕は平凡なQ大生です 寄付金をもらいに行く途中で、変な世界に来てしまったんです」

何度も同じことを聞かれるうちに、自分が犯人のような気がしてきた
留置場の小さな独房で、窓に青白い月が出た

僕は漠然と考えた
自分は、前の世界で、いてもいなくてもいいような人間だったから
あそこからこの世界へ抜き取られたのではないのか?

僕にはどうしても、表面の模様が疑問符の形をした月は、好きになれなかった




「ブレザーコート」

新幹線に乗るまで40分というハンパな時間があった

以前は出張にもっと期待があったが、あちこち泊っているうちに
大したことも起こらないことを身に染みて悟った

何気なく入ったデパートで、緑と白のブレザーコートとその下の真っ黒なタートルネックが目に入った 値札を見ると安い
これを身につければ、自分が変わりそうな気がして思わず買って着てみた

これは変身だ

席に座ると、横のビジネスマンが一瞥し、経済専門誌を広げた
自分にも覚えがある

ビジネスマンとして、同類でない奴が座れば、こっちは実社会を動かしているんだぞ
お前たちみたいなアウトサイダーではないのだと、わざとデモンストレーションして無視するのが常だった

サラリーマン同士だと、こいつは大企業のエリートだな
こいつは胸を張っていても下請会社だろうな、と互いに嗅覚を働かせて
適当な勢力関係ができあがる


大阪支社の入っているビルは、大半が規格品のサラリーマンで
ブレザーコートにタートルネックの彼は明らかにはみ出し者だった
みんな動物園の獣を見る目 ここまで別扱いしなくてもいいのでは?

エレベーターに乗ると、誰もついてこない
1人で支社のある5階に下りると誰もいない ドアも開かない
ストライキでもやっているのか? とりあえず東京の本社に連絡しなければ

エレベーターは5階を通過していく
仕方なく階段でおりるが、誰一人として出会わない
1階にいた大勢の人もいないのだ

公衆電話もつながらないばかりか、シャッターがおりていて、外に出られない
どこからか太鼓のような音がしてきて、地階のレストランに行ってみると、
モーニングを着込んだ紳士らが太鼓を叩きながら騒いでいた

彼は手を捕まれ、レストランの中央の柱に縛り付ける

「生け贄ですがな」

数人の紳士が石油缶の中に火をつけた

「さあ、儀式やでぇ!」

「ア、ヤ、ドンドコドン」
「ア、ヤ、ドンドコドン」

彼のブレザーコートに火がついた

「助けてくれ!」


企画部長は、書類を見て

「これは今日、東京から彼が持ってくるはずのものだ しかし彼はどこへ行ったんだろうな
 近頃はわけの分からない社員が多くなったよ」





「切断」

新田は、VTRの収録が終わり、すぐに別のラジオ局に行き、生放送に出なければならない
ラジオが終わったら、まっすぐ帰宅し、原稿を書かなければならないのだ

ディレクターは相変わらずのんびり彼に話しかけている

時間が惜しい・・・

その時、ディレクターも周りもすべて彫像のように止まった
これは、どうしたことだ?と思った瞬間、すべて元に戻っていた

ここ何週間か前から、他人の言動がひどくのろまに見えることをたびたび経験するようになっていた
時間に追いまくられ、1秒1秒が貴重な時によく感じる
時間が停止したみたいな感覚はまた起きるのか?
でも、実害はないんだ

ラジオ番組では、彼はレギュラー3人の1人
ハガキで寄せられた質問に対して、時にマジメに、時にひねった解答をするという主旨

第一問は新田が指名され「禁断の木の実とは何色だったでしょうか?」
意地の悪い問題だ 解答は2分以内

ここでまた時間が停止した これは僥倖だ
この間にしゃれた解答を考えよう 考えても、まだ時間は動かない

彼は次第に、それらが本当に自分のやりたい仕事か自信がなくなってきた
そんなに必死にやらなければならない大切なことではない気がしてきた

ラジオだ? 仕事だ? 人生だ?
人間全体がひどく滑稽でつまらない存在だ

「新田さん 降参ですか?」

「つまらんことを聞く人がいるもんだ 答えるほうも馬鹿だ
 こんな番組自体がナンセンスなんだ
 僕は家に帰って、ぐっすり眠るよ ま、適当にやってください」

誰も止めなかった




「ある夜の話」

飲みの席で、平安時代は官位が30段階もあったが、その後、7位以下は廃絶した、という話から、
「次の原稿のテーマを平安時代にしよう」と勢い余って言ったはいいが、
1ヶ月経っても何も書けず、締め切りも過ぎていた

逃げるようにバーに入ると、27、8歳の男がバーテンダーに妙な話をしているのが聞こえる

「どだいあの頃は、身分の高い女性は、みだりに人前に姿を現さないんだから
 源氏物語の女三ノ宮なんて、随分不用意な例だよ」

その植木孝司という男が平安時代について驚くほど知識があるのを知り、声をかけると、
「自分も平安時代について物語を書きたいが、あなた、書いてくれませんか?」と家に誘われる

いつもなら、断っていただろう
今までもよくあることで、本人が小説的だと信じているだけで、
大体、小説は筋だけで作れるものではないが、
今は藁にでもすがりつきたい心境でついていった

いわゆる文化住宅に住んでいて、部屋はやけに暗く、家具らしいものがない
「引っ越してばかりいるもので・・・」
奥さんがいるようだが、結局、最後まで顔を出さず、物音も出さなかった

植木は和紙を綴じた本を見せ、「筆写本の・・・真似事でしょうな、それ」
「さて、僕の物語を聞いてもらいますか」



勤め先が不況で、自宅待機を命じられていた
暗い気分のままデパートに入ると、妙な男がいて寒さで震えている

「燃料がなくなった おれ、クルマで寝てるんだよ
 燃料買ってくれ! その代わり、おれのタイムマシンに乗せてやるから!」

行くと荷台が箱状のトラックだが、どことなく普通と違う
ガソリンスタンドまで行き「できるだけオクタン価の高いガソリンにしてくれ」
いくらでも入りそうで満タンにすると、植木の有り金は全部なくなってしまい、今更後悔した

「おれツルタビっていうんだ」
「漢字でどう書くんだ?」
「おれたちの時代には漢字なんてありゃしない」と下品な笑い方

「どこか、行きたい時代はあるか?」
「じゃ、千年ほども飛んでもらおうか」冗談半分に植木は言った

タイムパラドックスの話が心配になり聞くと、
「歴史なんて入り混じり、どれがどれか分かるものか」とまた笑う
彼はいわば暴走族の一種なのだ

パトカーが追ってきて、クルマは時間を飛んだ
時間航行すると空間移動もしてしまうという

道が狭いため、「都の大路なら走れるのでは?」と言うと、
「人目につかないといえば、右京だな」
彼は、機械の扱いや、歴史の知識はよく知っているようだ

「食べ物は、クルマに合成食品がたくさんある
 この時代の連中を驚かし、傷めつけて遊ぶのに事欠かないよ 面白いだろうなあ

昔の時代を、こんな風に馬鹿にしてもいいものか?

ツルタビは、この時代の人々と話をつけて、植木もそこに住むようになって3ヶ月が過ぎた
「今夜は、三条あたりの屋敷に火をつけるんだ レーザーでやればよく燃えるぞ

ツルタビは、いろんなものを盗んできて、ここの連中や、植木にも本などの土産を持ってきた
植木はすっかり辟易していて、20世紀に帰りたくても、機械の使い方が分からない

野寺という女が
「またあの人、悪いことをするんだね でも、あんたは好きだよ
 何者か知らないけど、そんなこと、どうでもいいんだ」

ある日、盗賊の連中に見つかったとツルタビが慌てて逃げてきた
「おれは逃げるぜ 別の時代へ飛ぶんだ」

傷ついた野寺を放っておけず、トラックに一緒に乗る
「150年飛んだ 平家の絶頂だ おれはまたここで遊ぶんだ」
「女をどうする?」
「放り出せ」

植木は、これまでの反感がどっとあふれ、ツルタビの首を両手で絞め、外に蹴落とし
操作法を必死に考えながら20世紀に戻った



今になれば、もっとちゃんと話を聞けばよかったが、それは出来ない
植木と妻はいなくなってしまった 夜逃げしたのだ
あの夜、駐車場にあった頑丈そうなトラックもなくなっていた

もし、彼の話が本当なら、ツルタビがどうなったか空想する

牛若丸が鞍馬を脱出し、俗説によれば、奥州へ向かったという
彼は牛若丸とすり替り、義経におさまるくらい簡単ではないか?
彼の性格は、ぴったり合う

でも、もし事実なら、歴史とはそんないい加減なものか?
半分狂った青年がタイムマシンでかきまわすことが可能な
だから、僕は植木の話は創作だったと信じ込もうとしているのだ





「ネズミ」

男はビルの地下を降りて、薄汚れた木のドアを開け、がらんとした部屋にあるデスクに座り
次々とかかってくる電話をとる

答えるたびに名称が違う 「電話連絡屋」
さまざまな事情で直接電話をやりとり出来ない人と契約し
かかってくる電話の内容を、契約者から電話がくるのを待って伝える

高い料金にはならないから数をこなすしかない
これまで何人も女性を雇ったが、数ヶ月続く人はいなかった

彼自身満足しているわけでもない
昼か夜かも、世の中で何が起きているかも分からず、
1日中他人のための電話応対をするというのは

惨めな気分はどうにもなくならない
仕事に集中するためには、ラジオやテレビを見聞きするのもタブーだった
だが、それが彼の生きるための仕事なのだ

(なんだか、今のテレオペと変わりない感じ

以前は妻が弁当を作ってくれたが、妻が亡くなり、パンとジュースで済ませることが多い

今日はなぜか、私的な用件が多かった
彼はパン屑をいつもボロボロとこぼしていた

誰も来ない部屋で構いやしない
しばしばここにネズミが出てきて、食べ残しをあさる

ドアをノックする音がして、地味な若い女が入ってきた
「私、お手伝いに来たんです」

何人も辞めていくため、最近は募集も出していない
「誰に聞いて?」
「私、知っていたんです」

また電話が鳴り響いて、用件を聞いていると、2台しかないもう一方の電話を
その女がとり、自分より有能にさばくのに驚く

どういうわけか、急激に電話が少なくなり、鳴らなくなった
地震だ

「もうこれで、電話はかかって来ませんわ
 私のお手伝いも、これでおしまいです
 私もみんなと行かなければなりません では、さようなら」

追いかけた時は、ただ1匹のネズミが階段をあがって見えなくなるところだった

外に出てみるとすべて停電していた
そればかりか、叫び声も何の声も聞こえてこない

なにかざっという水の流れる音が聞こえて行くと
何十万ものネズミが左から右へとひしめき流れているのだった

昔聞いた、船が沈没する前に、船内のネズミが一斉に逃げ出す話を思い出した
これは、何かが終わろうとしているのではあるまいか?
ひょっとしたら世界そのものが終わりを告げようとしているのでは

彼の脳裏に、今日までの地下室でのあの長い1日の、どうしようもない繰り返しがよみがえってきた

「バンザイ!」

彼はだしぬけに叫んだ 涙がとめどもなく出てくるのだった




「通りすぎた奴」

ぼくは古めかしい食事が好きで、いつものエレ弁売りから白米、卵焼き、煮付けという弁当を買った

「きょうはどこまで行くのかね?」
「1万6125階」

「じゃ、1晩泊りだな 例の男みたいなの、いないかね?
 だいぶ前にあんたが世話してくれた“旅人”さ」

まだ話し足りなかったがエレベーターに飛び込んだ 案の定、空席はない
これから3時間乗り、1万6000階で全階停止の無料エレベーターに乗り換えるのだ


彼に初めて会ったのは3年ほど前
気まぐれから4階ばかり下の420階にあるレジャーセンターまで階段を使うことにした

エレベーターの少ない時間には、多くが階段を利用して、
それ目当ての浮浪者、いかがわしい女どもがたむろしているため
その男を見た時も浮浪者のたぐいだと思った

しかし、彼は絵を描いていた

「上手いね それ売るのかい?」
「いいや、売りはしないよ」青年の笑みは嘲笑に変わった

やっぱり、こいつは少しいかれているのに違いない
ちゃんとした世間の仲間になれない落伍者なのだ


やっと席に座れてホッとする
毎日、自宅のすぐ近くにある会社に出勤し、しょっちゅう出張であちこちのブロックへ
超高速地下鉄で出かけて、エレベーターで上がり下がりする

都市の外に何があるのか知らない
外どころか、都市にブロックがいくつあるのかさえ知らない
きっと何百何千とあって、それぞれ何千階も何万階もあるうちの、限られた階に降りるだけ
つまり、ぼくは都市の大部分を見ないうちに年老いて死んでしまうのだ

今では、そんなになにもかも知らなくても、ちゃんと生活できればいいと思っている
誰もかれも同じなのだ


最初の対面から1年ほどのある日、また旅人に会った 9900階で
エレベーターから降りると、次の上りの長距離急行まで3時間もある
寝不足でめまいがするから、一眠りしようと思ってもどこも閉まっていた

そこで行き倒れを見た 都市内では珍しくない
今のように方々飛び回る時代では、自分の家で倒れるのがむろ稀なのだ

行き倒れると、その階の治安担当係員が身元を調べて送り返す
それ以外はダストシュートに放り込まれる

男はまだ生きていた 「もう2日も食事をしていないんだ」かつての旅人と分かった
定職がないからクレジットカードもないという

「じゃ、浮浪者だな?」
「違う“旅人”だ 徒歩で、このブロックのてっぺんまで登るんだ」

そんな奇妙なことを考える人間には会ったことがない
好奇心のまま、そいつを泊め、食事を与えた

「今日で、もう411日目だ 僕は1日に30~40階登ればいいことにしている
 2日続けたら、賃仕事をして、食料や必需品を買う また2日間登る」

「なぜ、そんなことをする?」

「別に理由はないが・・・ただ登りたい、それだけかな」

ぼくは、年老いたエレ弁売りに彼を紹介すると、とても有能なことが分かった
彼は仕事を“やれない”のではなく、“やらない”と知り、奇異の念を抱き
都市には常識だけでは判断できない人間も存在するのだと信じるようになった
が、旅人はエレ弁売りが引き止めたが、再び登っていってしまった

ぼくは、このブロックの急行が2万5000階まであるのは知っているが
そこまで行ったことは一度もない その上がどうなっているかなど見当もつかない
最頂部など行った経験がないのだ

彼のスケジュールと最頂部到達予定日を聞いてメモしてから、それ以後、彼に会っていない
彼と別れてからもう2年近くになる

待てよ
彼が言っていた最頂部到達予定日は、今日だったのだ!

ぼくは仕事を片付けたら、最頂部まで行こうと決心した
ここから2万5000階までは特急で2時間半

上に行くほど、若者らがどんどん乗り込んできた
皆、顔を火照らせ、“冒険家”という単語が何度か耳に入った

2万5000階に着くと、がらんとして、さいはての階なのは明らかだった

エレ弁売りは
「あんた、相当下のほうから来なすったんじゃな
 わしが噂を聞いた時は“冒険家”だったが、“聖者”と言われるようになっていたが、いつも同じ人物なんじゃ」

「その気になれば誰だって最頂部へ登るぐらい・・・」

「考えついたり、真似事をするのと、本当にやり通すのは全然違う
 あんたもわしもやっとらん そこが大事じゃ」


最頂部へ至るエレベーターには長い列ができていた
座席は無論なく、立ってやっと15人ほどが乗れるだけ
オペレーターもおらず、客自身が行き先ボタンを押す構造なのだ
(今のタイプじゃん

広いフロアには、何の間仕切りもない
そこに群衆がいて、口々に叫んだりわめいたりしている

こんなに多くの人間を一度に見たことはかつてなく、
吐き気を覚え、座ったまま待った

彼がついにこの階に到着した
髭は胸まで伸び、髪も後ろへ長く垂れ下がっていた
疲れきった表情だが、目は以前よりもっと綺麗だった

群衆の中にぼくを認めて「あんたか」と言った
「とうとうぼくは登りきったんだ」

「バンザイ!」 どっと人々が言い、彼の頬に微笑みがともった
群衆は、また静かになり、じっと彼を見つめている

「どうしてみんな立ち去らないんだ?」と僕に囁いた

「あなたが、これからどうするか見守ってるんだ
 あんたは、あんたにふさわしい振る舞いをしなきゃならない」

彼はただの人間ではないのだ

「あなたが、下へ降りるはずはない そんな当たり前の行為をするはずがない」

「ぼくはぼくだ」

1人が怒鳴った 「窓だ! 窓を探していらっしゃるんだ

他の人々が手伝って押した これは、窓というものなのか?

「聖人は、窓から別の世界へお飛びになるんだ!」

「ぼくがなぜそんなことをしなきゃならない」

「ニセモノか? 我々をたぶらかしたのか?」

「私たちを試していらっしゃるのですね?」

ぼくは低く言ってやった

「あんたがどういうつもりでここまで上がってきたのかは知らないけれども、もう戻れやしない
 期待と信仰を裏切られたこの人たちにズタズタにされてしまうだろう
 聖者のまま、聖者の道をとるかのどちらかしかないんだ」

それから彼は、人々の手でそうされる前に、黒い闇の中へ身体を乗り出し
向こうへと飛んだ

人々は歓呼し、窓にぬかずいた
彼はまぎれもなく聖者なのだ
その彼とわずかながらでも関わりを持ったことを思って、ぼくは幸福だった

(♪Jump They Say/David Bowie を思い出した



【鏡明解説 内容抜粋メモ】

短篇は、長編に比べると様々なハンディを背負わされているが、
僕の場合、短篇のタイトルがうまく記憶できない
その長い間探し求めていたのがこの「通りすぎた奴」だった

世界が超高層ビルで覆い尽くされた社会というアイデアはSFでは珍しくない
J.G.バラード、ハリー・ハリスン、アイザック・アシモフ、フィリップ・K.ディック・・・
人口過剰になった未来社会を考えれば、必然的にたどりつく世界かもしれず
ことに否定的に未来を描こうとする場合にはうってつけだ


けれども、「通りすぎた奴」は、ハッピーではないが、安心感を感じる
眉村の短篇の多くに共通するものではないかと思う

外部の存在を知り、そこを脱出しようとする人は、
明らかに、本来、外部に属すべき者であり、一種の選民なのだ

この最頂部に登る男もスーパーマン、強固な意志の持ち主でもない
周囲の人々が、一方的に彼に目的を押し付けてしまう

本書には、典型的な眉村の短篇が集められていると言ってもいい

当たり前の人々が、当たり前でないことに巻き込まれる
それは眉村の短篇の1つの方法論である
眉村の短篇は、無名の人々を扱っているのだ

それは安心感というか、親しみというべきか、
誰もがどこかで感じ、知りうる世界であり、異常である

SFファンではない人々も読むことができるし、また読んでもらいたいと思うのだ



追。

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