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『奇妙な妻』 眉村卓/著(角川文庫)

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■『奇妙な妻』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和53年初版 昭和61年16版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

<大変だ、会社が倒産した。結婚したばかりなのにどうしよう・・・>
だが妻は、一部始終を知っても何故か平然としている。
それどころか、一日働いて一か月分の給料をくれることろを知っていると言いだした。
<そんな寝言みたいな話があるものか>そう思いながらも、夫は教えられた場所にやってきたが、
そこには傾いた木造の建物があるだけだ。彼は腹立ちまぎれに玄関のドアを開けた。
が、その時から彼の悪夢は始まった。何と三十世紀の戦争に駆り出されたのだ!
奇想天外・奇々怪々のSFショート・ショート全21篇を収録。


ショート・ショートのほうが短くて読みやすいかと言えば、そうでもない
どっぷりその世界に浸りたいと思っても、1話完結で、
また次のまったく別の世界に入るまで、頭を切り替えるのが大変だ

それぞれが独特で、もちろんどれも手を抜いていない眉村さんの作品群たちだと
1話1話の余韻をしばらく引きずっていたい気持ちになるからなおさら

たった2、3ページの中に起承転結して、1つの世界観を作り上げてしまう
ほんとうに天才



▼あらすじ(ネタバレ注意


「奇妙な妻」

宏平は、いつものように会社に行くと、倒産して、社長も専務も逃げた後
同僚はもう次の仕事を見つけたという

先月、結婚したばかりの宏平は、妻・美那子にどう言おうか迷いつつ告げると
「いいお仕事見つけておいたの」と笑った

前から少し変わったところがあったが、そこに惹かれたのも事実だ
出会ったのは1年前で、電車で足を踏まれて、お詫びに食事をおごってくれたが
身寄りも資産もなく、この店の支払いをしたらなけなしだと言う

「特許出願書類なの 私の発明よ」

会うたび、清新な驚きがあり、気づいたら結婚していた
それからは「いいアイデアが浮かばないのよ」と言うばかり

翌日、美那子に言われたビルに行くと傾いた木造で、騙されたと思いつつ面接を受ける宏平
「仕事内容は引き受けると分かってからでないと喋れない」と言われる
「法律に触れることではない この仕事に必要なのは“やる気”だ」

みんな怪しんで出て行き、気づくと宏平だけが残っていた
奇妙な乗り物に乗り、補助頭脳だという環を手首にはめる
部屋が震え、気づくと、環が外れていた

爆発音がして、ナメクジのような生物が数億ひしめきあって流れ出て来る大混乱の世界
1人の女が来て、何か言うが環がないと通じない

空飛ぶ円盤? ここは未来で、宇宙人の襲撃を受けている
女は器用に環を直し、2人は言葉が通じ合うようになる

防衛軍隊長は
「君らは、地球を守るために集められた ここは30世紀だ 君たちはいろんな時代から集められた
 この世界の医療技術は完璧で、大抵の怪我は治る たのむ、やってくれ」

女の顔を改めて見て、あまりに妻に似ていて驚く
「妻って何?」
「そんな制度も、もうなくなっているのか・・・」

「あなたのお話、もっとしてよ」女はしつこく聞いた

「これから私がどうしたらいいか分かったの 私、あなたの、その妻というのになるのよ
 その妻っていうのは、私のことよ 私が過去に行って、あなたと結婚するんだわ」

戦闘を続けて10日目 隊長はみんなを集め、
「ご苦労だった わが部隊は解散する 補給は次々続けられる 我々は地球を取り返すだろう 手当は出身世界で渡すはずだ」


なんだか、ひどく疲れていた
「君が眠ってから1時間も経っていない」

もらった封筒を見ると、10万円も入っていた

「どう、うまくいったでしょ? で、どうだったの?」
「ただ、台でひと眠りしただけだ」

妻はひどく失望した顔つきだった
「ひょっとしたら、1000年後の世界でも行ったんじゃない?」

あまりの奇想天外さに宏平は吹きだした
「私とあなたは、そこで初めて会ったのかもしれないわ」
ゲラゲラ笑って「そういうことにしておこうか

笑いながら美那子の目に涙が出ている気がした
手を見ると、いつも銀色の奇妙な腕輪がはまっていて、風呂に入る時さえ外したことがない

「君ってわりあい物もちがいいんだな」
「もちろんよ、これを取ったら、私は20世紀人じゃなくなるもの」



「ピーや」(タイトルや内容が内田百聞の『ノラや』を思い出す

「あなた、随分変わったわね 事故に遭ったって聞いたけど、それからなのね」

「ピーや」男が呼ぶと、猫が膝に跳び乗る

猫は随分長い間、男と暮らしてきた
猫は上品で、傲岸だったが、男にとっては生活の全部だった

ある夕方、男はクルマにはねられて死んだ
身元も分からず、警察は署の死体置き場に運んだ

男が帰って来ず、猫は不安になった
こんな事が前にもあった気がする

猫は男の腕のことを考えた いつも自分を撫でるあの手
やがて五体そろった男のシルエットが浮かびあがる
「ピーや」

しばらくして、男は街で1人の警官と出会った
たしか、前に交通事故で死んだはずの男 死体は翌朝になくなっていたのだ
「署まで来てもらおうか」

猫は待っていた 近所の子どもに空気銃で撃たれて、血を垂らして部屋まで戻るのがやっとだった
男のことを考え続けて、やっと現れて抱き上げ、それで満足し、意識は薄れてゆく
「ピーや」

取調べをしていた警官は絶叫した
男の頭や腕が消え、たちまち崩れて一塊の埃となり、窓から散り散りに飛んでいったのだ



「人類が大変」

僕は、安旅館に入り、安原利夫に関する資料をかき集めたものをもう一度読んだ
間違いない こいつも殺さなければならない

安心して稼げるところはパチンコ屋しかなかった
なぜ、こんな風に生きなければならないのか

なぜ、人類のため、ミュータントを消さねばならないのか
みんなは現生人類を越える恐るべき新人間がもう生まれているのを知らないのか

今ほど地球上に放射能が充満している時はない
ミュータントが生まれる確率も比較にならぬほど高いのだ
ヒトラーも東条英機もみなミュータントで、普通の人間の顔をして人類を滅ぼそうとしている

知能指数140の僕は、この使命のために会社をやめた まだ4人しか殺していない
頭には、何十種類もの殺し方がストックされていて、臨機応変に使い分けることができる

馬鹿どもには人殺しに見える だから証拠は消さねばならぬ
僕は人間を殺すことはできない

自宅前で殺すのはやめて、安原の学校で実行するほかないと決めた
トイレでクビを締めあげる ニッコリと殺すのだ

東京行きの新幹線に乗り、四畳半の部屋に帰る時間が唯一安らかだ
僕は一流大学を出て、幹部候補だったが、なかなか昇進しなかった
僕より劣った奴ばかり登用されてゆくのだ

それで分かった 会社は自ら潰れようとしている 会社の幹部がそうしているのだ
分析の結果、専務がミュータントだと分かったが、最初に殺すようなへまはしない
「実定法」の効力を知っているからだ

横に中年男が座った
「おたく、パチンコのプロですか? 私は、上手い人を見ると辛抱できずについて行くんです」

気が変なのだろうか 僕は無視して弁当を食べ始めた

「おたくのやったことはやっぱり人殺しですよ 5人も殺したじゃありませんか
 私は刑事で、おたくを連れて行かなくちゃなりません」

人殺しとミュータント殺しは違う しかし、六法しか知らない低脳に何が分かる?
男はねちねちと喋った

「まるでミュータントみたいでしょ?
 本物のミュータントは、社会で華々しく活躍したりしないかもしれませんよ
 あなたの殺したのはただのホモサピエンスかもしれませんよ」

「お前がミュータントだとばらしてやる!」
「誰も信じやしませんよ じゃ、戻りましょう せっかくだからパチンコのコツを教えてほしいんですよ」




「さむい」

サロンに改装した集会所にいるのは10名ほどの男女で、僕は気分が悪いのを隠して男の話を聞いていた

「うちの赤ん坊は、背中を撫でると、すぐ眠る癖があった
 それが快感になり、続けているうちに、異常な喜びを覚えるようになって ヒ、ヒ、ヒ!
 娘は婚期を逃して老いさらばえて、私は時間を逆行させて、また今の25歳に戻ったというわけで」

「内宇宙逆行ね」

「8718個のめざまし時計の針を戻すわけだから・・・お帰りですか?」

これ以上とどまるのはムリだった


山に近い団地の部屋に戻ると、例によって火の気がない
団地に楽団の華々しい音が聞こえてきた
団地の人々は寒さに身をすくめ、注視しているだけだった

僕「終わりなのかな」
妻「終わりなんだわ このまま春がやって来るのよ」

雪が降ってきた
妻は冷蔵庫を開けて、真っ白なベールを出した

今夜は、何人殺すことになるのかなあ
雪がやわらかいから、殺さないで帰ってくるかもしれない
すると、妻は一晩中すすり泣くだろう

いくら優しい雪女でも、1人も殺さないとイライラして悲しくなるのだ
そのため、僕は死体を壁に吊っておいてやらなければならない



「針」

ロビーで客を待っている もう15、6分過ぎている
左の首すじに小さな鋭い痛みが走った

針だった 細い、3cmあるかないかぐらいの なぜだ?
周囲を見ても、みんな急ぎ足で歩いている

午後になり、映画館に入る
「あ、痛」 幻覚ではない 今度は背中だ 「誰だ」
「ケケケ」 老婆だった 笑って、針を彼に突っ込んでくる 「やめろ」
(なんだか漫画『エコエコアザラク』に出てきそう/怖

会社に戻り、階段をのぼる 踊り場にさしかかり、2人の女の子が逆行してくる
どうも見たことのある女の子だ
1人がもう1人の女の子の袖を引き、うなづいた

女の子は短い筒をくわえて、銀色の針が彼に向かってかすめた
彼は女の子にとびつき、折り重なってひっくり返った

「なぜだ? なぜ僕を」
「やられたほうは覚えているけど、やったほうは、いつでも忘れているんだわ」

「何のことだ?」
「あんた、電車の中でイタズラしたでしょ? 4年前の9月29日の朝」
彼は常習だった

「気違い!」

「だから言ったでしょ やったほうは忘れているけど、やられたほうは決して忘れやしない
 だから仕返しするのよ ざまあ見ろだ イヒヒ
 みんなやってるわよ 電車で足踏まれたり、道で突き当たられたり」

彼はターミナルの人々の肩を見た 上衣に3本、針が刺さっている
そいつはちらりとこっちを見た あいつ、競争会社のセールスマンだ

今になって気がついた あちこち、ひゅうひゅうと針が飛び交い
みんなの肩や胸、髪に突き刺さっている
顔に刺さっても血は出ないのだ

そればかりか、ポケットから筒を出して、獲物も探している
あの時のあいつ、いないかな

「なんだそうか」

「だんな 針買いませんか とてもよく飛ぶんですがね」

すり寄ってくる男があった
彼は男を見る もう背中でも撫でてやりたいくらい愛しいのだ



「セールスマン」

朝起きるとひどく頭が痛い 前もこんなことがあった気がする

妻「今日はセールスマン・トーナメントがあるんでしょ?」
僕「僕の体よりトーナメントのほうが気になるか?」
妻「やめて」頬をひきつらせた 笑っているつもりなのだ

営業所長は「うちの商品の宣伝にもなるし、勝たんでもええんや」と送り出す


「皆様に夢をお届けするのが私の喜ばしい役目でございます
 この機械は脳刺激による幻覚持続装置“エンゼルドリーム”です」

相手は薬品会社のセールスマンで、制限時間いっぱいまで黙っていて
小さなネズミを出し、何度も叩いた
ネズミはひっくり返った後、はじめよりもっと元気に動きはじめた

僕「スイッチを入れて、見たい夢のフィルムを入れればOK」

相手
「わが社の“オリンポス”は、連続服用することで体質を変えられます
 不死身に近い肉体を作るのです 副作用がごくわずかなのが認められ、発売することになりました
 効き目が著しいので、あまり活動しない夜は、睡眠中に暴れまわることがあります
 そんな時は、ご家族にモルヒネを打ってもらうか、棒で叩いてもらえば結構です」



「テレビを見てたけど、あんたが負けたのは当たり前だわ
 あんた、ちっとも相手の話を聞いてないんだもの 寝たの?」

彼は突然はね起き、歯をむき出しにして吠えた
ベッドを持ち上げ、ぐるぐると走った

妻「はじまったわね」

妻は慣れた動作で、バットで一撃 彼はひっくり返った

朝起きるとひどく頭が痛かった 漠然とした鈍痛なのだ




「サルがいる」

今日こそ村に行かねばならない 山道を往復5時間かかるが仕方ない
村まで行けば、発電機用の油、食料も手に入るだろう

粗末な小屋で自家発電が止まり、保守点検する計器類も大半は止まった
外に出ると、サルの数がまた増えている気がする

こんな羽目になったのは自分のせいだった
役所で山奥の観測所に誰か行かせねばならず、僕が買って出たのだ

それまでの都会の生活に気持ちがすり減り、さらにうるさいのはマスコミ
習慣的に見るテレビ、新聞などのおかげで、必要以上に物事を大げさに考えてしまう
一度でもいいからそんなくだらぬものから解放されてみたかった

そんな時、観測所の計器がたびたびサルのイタズラで故障していることが分かり
防護装置のものにかえる3、4ヶ月、小屋に住んで番をすることになった

最初の1週間か10日は思う存分休養したが
持ってきた本にも飽きるとたちまち退屈になってきた

半月ほどごとに役所から食料や燃料の補給がある

「いい加減やせ我慢をやめて降伏したと言えよ」
「馬鹿いえ ここはスモッグもない 考える時間がいやほどある 羨ましいだろう?」
「1、2日ならね 3日ともなれば、僕なら気が違うところだ」

僕は何度かテレビのスイッチを入れようとしてやめた こうなれば意地だ
世の中で何が起きているのか判らないのはやはり辛く、一番近くの村に時々出かけていた


3日前、3機のジェット機が飛んでいった 戦闘機だ 演習だろうか?
初めてテレビをつけようとしたが、サルにアンテナをやられてつかない
ラジオも電池がいかれていた

何かあったのかもしれない 役所からも何の連絡もない
村に行く途中、ジャングルのように樹が急に伸びていることに気づいた

畑に人が働いているのを見て、やっとほっとし「おーい!」と声をかけた
振り返ると、全身がすくんだ 人間ではない サルだった
着物も着ているがサルの顔なのだ

「オマ・・・エ・・・、ニン、ゲ・・・・ン」

そいつは奇妙な発音で言った
僕は恐怖の声をあげ、ナイフを振り回し、小屋まで夢中で走った

こんなことになったのは、この辺りだけか?
それとも、日本中、世界中か?

ひょっとして、こないだの戦闘機は、演習ではなく、本物の出動命令だったのかもしれない
全面核戦争が起こって、、、

「ア・・・ケ・・・ロ」外からサルが呼ばわっていた

新聞かテレビか、何でもいいから僕以外の情報源が痛切に欲しかった




「犬」

遅刻しそうで乗り込んだ電車に異様なニオイを感じて、何気なく横を見ると犬がいた
コリーだが、ネクタイをぶらさげ、ジンベみたいなものを着て、シートにもたれ新聞を読んでいる(可愛い
周りのみんなは当たり前の顔で揺られている

ドアが開き、犬は不意に目をあげ、四つん這いでドアに走り、ドアが閉まった
ホームでは、通勤者にまじって、あの犬が短い後肢でひょいひょい歩いているのが見えた(可愛い

会社に行き、10年勤めているベテランのハイミスに
「また遅刻じゃないの どういうつもり?」
「犬がね、地下鉄に乗っていたんだ 新聞まで読んでやがったんだ」
「それで? それがどうしたの? 犬だって地下鉄に乗るわよ 当たり前じゃない」

そこに犬が受付にやって来た
ハイミスが課長のところへ案内する

「ワン、ワンワン!」犬が吠え、課長も応答した
誰一人、不審げな表情を浮かべてはいない

「あんた、本当にどうかしたんじゃない? 昔からじゃないの
 あんた・・・犬語が喋れないの? 呆れたわ 近頃は大学を出ても、ろくに犬語も話せないのね」

僕は昨日までと違う世界にいるのか?
でも・・・僕は考え直した それならそれで仕方ない 順応するほかないのだ

「ね、どこか、犬語を教えてくれる、いいとこ、知らない?」

(思わず笑ってしまったw いいなあ、わんこと一緒に働ける世界



「隣りの子」

結婚してまもなく公団住宅の抽選に当たったはいいが、家賃が高く、妻の良子と3年も共稼ぎをしていた

「お隣り、引っ越してきたみたいよ」

部屋から30歳くらいの生真面目そうな男が出てきた
「はじめまして 私たち、今度こちらへ移ってきました斎藤でございます」

奥さんも出てきて、おかしなものも一緒だった
1mぐらいの、あちこちハンダづけのある丸い胴に、金属製の頭部 ロボットだった

「和夫、ごあいさつは?」
「コンニチハ」

テープにふきこまれたあどけない子どもの声だった


日曜日 僕は団地の屋上で木刀を素振りして汗を流していると
斎藤氏が例のロボットを抱いて来た

「分かるでしょう? あれは、生きているんです
 おかしいという人もたくさんいますよ

 はじめの子は幼稚園の通園バスにダンプカーがぶつかって死んだんです
 家内はもう子どもを産めない体ですし 魂が乗り移ったのは、初七日の夜でした

 あれは私が和夫のために作ったんです 和夫のお気に入りで だから魂が乗り移ったんです」


それから1ヶ月ほど経ち、団地の人々は斎藤夫妻の事情を知ると好意的に無関心を装っていたが
斎藤氏に、団地の住人ではない3人の青年がつかみかからんばかりの勢いでわめいていた

「子どもにボールが当たったら危ないから止めてくれと言ってるんだ」
「なにが子どもだ! そんなものオモチャじゃねえか」

1人がロボットを蹴飛ばし、踏みつけた
奥さんが悲痛な声をあげた「和夫が・・・死んじゃいました」

斎藤氏は、青年の髪をつかみ地面に叩きつけた
僕は後ろから羽交い絞めにした「誰か手伝ってくれ!」

警察が来た時、夫妻はロボットをかき抱いて号泣していた

もう夫妻は団地を引っ越した
別れの挨拶に来た時、妻が「和夫ちゃん、どうにもならないんですか?」と聞くと
「身体は直したが、魂が戻ってこないんです 今度こそ本当にいなくなったんです」

ロボットには、なぜか、かつての生気が感じられないのだった




「世界は生きているの?」

僕が宇宙人たちをかくまってやってからどのくらいの日が経ったのかはっきりしていない
膝ぐらいの背丈しかなく、食べ物を少し分けて、ベッドの下に置いてやる

窓の外は生命の歓喜を歌うものばかりだ
樹も、石も、壁も、土も生きている 僕と同じように

その時、宇宙人の一人が半裸のまま駆けて来るのが見えた
外へ遊びになんか行くからだ

僕は手を伸ばして引っ張り上げようとし、身を乗り出した瞬間落ちた
無数の雨があたり、眠くなってきた


「やっと死んでくれたわ」若い女は医師に言った
「狂ってからもう2年よ やっと保険が貰えるわ」女は未練気もなく病室を出た

医師は、ベッドの下から臭う腐った飯の塊を見て、考えていた
この男にも生活があったんだろうか
どうせ現実逃避の馬鹿げた世界だったろうが・・・




「くり返し」

私は古寺の裏の林道を散歩していた
向こうから憂鬱な表情の青年がやって来た

「やあ、会いましたね いや、いつもと同じです」

私に石に腰掛けるよううながし、自分も座った

「驚かれるのももっともでしょうね 私にとってはもう何回目か分かりませんが
 あと40年後にはタイムマシンに乗るんです
 その時、馬鹿なことに、タブーとされている過去の自分との会見を夢見たんです
 自分がもっとも愉しかった頃、つまり今です
 そして、過去の自分に吸収されてしまった

 僕は両者の意識を抱いたまま、歳をとり、またタイムマシンに乗る
 そしてここに戻り、青年になり、同じ生涯を何十回も送る羽目になったんです

 地獄です 自分は1技師のまま、同じワイフのまま、何度もやり直すのはたまりません
 自殺さえできない」

「とすると、私はもう何十回もあなたに会っているわけですね」

気がつくと青年は道を去るところだった



「ふくれてくる」

飾りたてるほど狭く見える喫茶店 男はコーヒーをすすっていた
もう行かなくちゃ、もう1分だけと身についたなまけ癖で目を周りにやる

が跳ねて、男の手の平に飛び込んだ
気づくと、手に溶け込んでしまった 幻覚か?

会社に戻ると「いつまで油を売っとるんや」と社長がどなる
手の平を見ると、緑色に盛り上がってきて、はっと拳を握る
そんなものを、ことに社長に見られてはいけないのだ

「台風がこんなに早う来るんやったら、そない予報しくさったらええのに
 君、外行って、車を見つけて来てんか」

男は泣きそう だらんと手の平も開き、ふくれてきた
みるみる縮んで、蛙になって、後足で立ち、前足で窓を開け
河に飛び込み、見えなくなった

「窓しめんかい」社長が呟いた
「しょうがない わしが車、探しに行くわ」

(なんだか、だんだん小噺みたいになってるw




「やめたくなった」

昨晩は遅くまで麻雀をして、眠かった
出張の手続きを済ませると、専務に呼ばれる

「みんな、疲れているんだろう? もうイヤになってもいいころだよ
 そろそろやめたくなっているんじゃないかな きみ、そう思わないかね?」

「はあ・・・」


出張とはいえ、ローカル線で山奥の鉱山へ行くのだ
電車にもたれると、向かいの男が声をかけた

「たまりませんなあ もうほんとうにイヤになりましたよ そうでしょう?」
「ええ、そうですね」 不得要領にうなずいてやる 僕に関係ないじゃないか

眠りこみ、悪夢を見た
向かいの中年男の口が耳まで裂けたり戻ったりするのだ

「あなたも疲れているんですよ
 やっぱり、もうそろそろおしまいだと、全員合意したほうがいいのでしょう」

まだ、やってやがる どういうつもりだ


旅館に着くと女将が

「鉱山長さん、さっき山へ行かれましたよ 落盤があったとか
 誰も下敷きにはならなかったそうですが 大きな岩が落ちたという話でした
 都会の人に夜の山道はムリだから、明日早く迎えにあがるとのことでした
 もうイヤになりますわ みんなそうらしいけど・・・」


翌朝、鉱山長とともに山道を歩く
「5日ほどは採掘はムリです これで本社から文句を言われるだろうし・・・
 アア、もうやめたくなってきますな」

まただ 僕もつられて「実際だよ 疲れたし、イヤになったし・・・やめたくなりますな」

その時、鉱山長の口が裂けた オレンジ色の化け物はあの中年男と同じだった
ふいにみんなの顔がもとに戻った 錯覚にきまっている


帰りの電車 僕はもうあんな目に遭うのが怖いので一等車に乗ったが
みんな背伸びをして、あくびをし、口が耳まで裂けていた

僕はよろめき洗面室の鏡に行った
何かがある ぼくも仲間なのだ なのに・・・ちっとも口は裂けない
一生懸命口を引っ張ってみても化け物にはならなかった




「蝶」

課長の郷里のコネで採用された青年は、堅物で、仕事も要領が悪く、評判が悪い

「ああ固くちゃ、こっちの息が詰まるぜ」
「目がキレイで、体のごつい低脳」

頼まれた書類を工場に届けた帰り道、
青年(土が、ないなあ)(ほんと、同感
と考えていると、黄色い蝶がまとわりつく
(お前も、土、ほしいのか?)

蝶は社内にまで青年を追いかけて舞っている
(ほっとけ、ほっとけ)
みんなは、コンクリートにかこまれて生きる、まぎれのない都会人だった

青年は蝶を連れたまま、アパートに帰る
夢の中で、青年は蝶になった


翌日、珍しく青年は遅刻して入ってきた
かすかに微笑を浮かべ、着ているものも、いつもの野暮ったい背広ではなく
最高級生地の服で、優雅に会釈して座る
仕事もエキスパートぶりだ

(まるで別人じゃないか どうしたんだ?)

電話に出た社員は沈黙し、青年を見た 課長が代わり
「彼はここにいる アパートでポックリ病で亡くなったなんて、いい加減な話はやめてくれませんか!」

だしぬけに青年の全身は縮み、背中に羽根が生え、黄色い鮮やかな蝶となってあっという間に飛び去って行った




「できすぎた子」

この事務所は、シナリオライター氏本など、さまざまな連中のたまり場で、
戸倉という経営コンサルタントが資金を集めておこした

そこに経理や庶務などなにもかもやってくれている若林弓子がいる
SF作家の村上は彼女の採用試験の時にはいなかった

村上がSF作家と聞いて、なぜか弓子の視線を感じ、周りから気があるのではと冷やかされる
村上は、彼女がなにもかも完璧で、なんだか絶妙の演技をしているように思えてきた

「できすぎているくらいだ オレにはなにか動物学者が対象を冷静に観察しているみたいな気がする」


事務所の1周年記念パーティーでも弓子は1滴も酒を口にしていない
なにかアルコールを飲むと具合の悪いことでもあるのだろうか?

「今度書こうとしている話、聞いてもらいたいんだが」と向けると弓子は食いついてきた
近くのバーに連れていき、よくある話をでっち上げ、その間にけっこう飲ませることに成功した

「もっと怖い話、教えたげましょうか その子はね、普通の人間より長生きするの
 何百年も生きていて、ちっとも年をとらない
 幕末の伐り合いも、黒船も、昨日のことみたいだわ・・・

 でも、だんだんやりにくい世の中になっていく SFなんてものが出て来たお蔭で
 私は、またどこかへ消えなきゃならないんだもの でも、その前にあんたを・・・」

弓子は僕を引きずるように夜道へ出て、ブレーキの軋みとともにヘッドライトを認めた




「むかで」

男はひょろっとした出入り商人に
「こないだ納めてもろたんな、使いものにならんで 買い付け担当のわいが、そういうとるんや
 こないだの値段から2割引いて、あと5台ほど入れてもらおう」

「それでは、私ら、首を吊ることになります」

男の足元にムカデが落ちて、フロアをよぎっていく
どこから落ちたのかな?

部下にねちねち絡んでいる時もざわざわ、むずむずして、もう出てしまいそう

部長「なんだか、君の服から出て来たみたいだったぞ」
「まさか」

バーで青年に「君に営業に回ってもらうことになったんや 北海道に新しくできる出張所」
「僕が母と2人暮らしで、母が商売をしていることは課長もご存知じゃありませんか」

今度は、背中からムカデが出てきて、悲鳴が増幅

青年は笑い出した
「あんた、ムカデを生んでるんだ! あんたは毒を撒き散らして生きている ムカデづくりなんだ!」
「お前なんかに判るか!」

オレは生きてゆくために誰かを食わなきゃならないのだ 誰だってそうじゃないか
どんなに嫌がられ、嫌われようと、やり続けなければならない なぜオレだけがこんな目に遭わなきゃならない

ムカデをしたたらせながら男は、夜の闇に走った
クルマにぶつかり、男の体はばらばらになり、みんなムカデになり消失 一切のムカデはどこかへ行ってしまった

すべてのクルマ、人間が、また前のように動きはじめた




「酔えば戦場」

敗残サラリーマンの典型のような清水氏と一緒に飲みに行くことになった
時々、包帯を巻いて現れたりするから、酒乱という噂まである

だが、その晩、僕はパチンコですってんてんになって
すでに少し酔っている清水氏に声をかけられ「行きましょう」と誘われた
もう12時を回り、終電も終わり、清水氏に送ってもらうか、家に転がりこむしかない

小さなスナックに入ると、26、7の女が
「あら、清水さん そんなにお酔いになったの初めて見たわ」
「昔はひどく飲んだものですよ・・・戦争に行ってね」

わびしく♪枯れすすき を歌いだし、空気を変えるために、調子のいい軍歌を歌うと
「そんなにお手軽に軍歌をやらないでくれ!
 軍歌を聞くと思い出してしまう・・・敵だ! あぶない、伏せろ!」

誰かに突き飛ばされて、僕は地面に転がった 爆発音がして、機関銃が響く
看護婦姿をしたスナックの女が真っ青になって立っていて、あっという間に撃たれ、地に転がった
僕の右肩も鋭い痛みが貫いた 清水氏は足を引きずっている

気を失い、面を上げると、そこはさっきのスナックだった
「今の夢?」向かいの女が言う

清水氏を見ると、大腿部から血が流れている
「大したことはない 家へ帰って、医者に見てもらえば・・・」

玄関に出た奥さんは、わけも聞かず、医者を呼んだ
医者「また、やったんだね?」

奥さん
「どういうわけか、復員してからよくこんなことが起こるんです
 深酔いして、記憶がよみがえるたびに、戦場に引き戻されて、周りの人も一緒に・・・
 でもなぜ怪我をするのは主人だけなんでしょうか 戦争に行った人はたくさんいるのに・・・」




「風が吹きます」

野川栄助は
「初めての土地なのに、たしかにここへ来たことがある、と思うことがあるだろう?
 あれに近いんだ この団地にそんなものを感じるんだ」

妊娠8ヶ月の妻ユキは「また、そのこと?」と全然本気にしない

大阪の団地に夫婦で入居して10日ほどになる
それまで住んでいたアパートは、ご多分にもれず、子どもお断りの条件で(そんな条件があったの?!驚
子どもができてから、必死で転居先を探していた矢先、公団住宅の抽選を射止めたのだ


仕事の都合で、月に1回は、東京支社に出張がある 今回も1週間
車内のビュッフェに行くと、乗務員に引きずられるように17ぐらいの少年と少女が入ってきた

少年「無賃乗車だからって人権侵害じゃねえか!

少女「デッキでセックスやったら、どうしていけないのさ!

少女の顔にどこか見覚えがあるが、どうしても思い出せなかった


仕事が終わり、青山のスナックに入ると、ミッチャンという女の子が来た
彼女もそうなのだ 東京に来るたび、2、3回は顔を合わせるのだが
もっと別の所で会っている気がして仕方ない

「なんだかミッチャンと大阪の団地で会っているような気がしてね」
「私、近いうちに、大阪へ引っ越すかもしれないんですよ

その後も、その感覚は続いた
栄助は、一刻も早く、陽のあるうちに団地に戻りたかった
あの感覚の成否をたしかめたかったのである

2階のドアが開き、奥さんが出てきた
「野川さん、でしょ? 5階の名札を見て、まさかと思っていたんだけど・・・ちっとも、変わってらっしゃらない
 忘れたの? ミッチャンですわ 同じ団地の、同じ棟で10年ぶりに会うなんて」

「10年だって? やめてくれ!」

階段をよろめきのぼると、3階からおかみさんが降りてきた
「あら? 野川さんでしょ? 名札を見てそうじゃないかな、なんて考えたけど、やっぱりそうだったなんて」
新宿の飲み屋にいた子で、数日前よりずっと老けた顔だった

彼はわめきながら夢中で階段をのぼった 知らないうちに10年が過ぎたとでもいうのか?
ひょっとしたらユキも老けているのではないか?

「お帰りなさい

ユキはちっとも変わっていなかった しかし
突然、彼は分かった ユキの顔つきにある面影は、紛れもなく、あの少女だった
少年と無賃乗車し、デッキでセックスをしていたらしい少女のなれの果てなのであった




「交替の季節」

利克は、いつも青色で刷られていた書類が茶色なのに気づいた
向かいの女子社員に言うと「そうかしら でも、そんなことどうだっていいじゃない 変な人ねえ」

黄昏れた団地へ帰る
団地というものは年毎に重量感を増して、なにかの助けがないと窒息してしまう
その何かがテレビ、ビール、妻だった

妻の淳子に「今日、プロレスないのかな」と聞くと「明日でしょ」「そうかな まあいいや」

淳子はテレビを見て、俺はタバコを吸い、明日も会社に行く
それでいのではないか わざわざ破壊しようと試みる必要などないのだ
他の何百万人という人間と同じでよかったのではないか

その後も、伝票の色が違っていたりしたが、寝不足は錯覚を招くものだ

真昼 いつものベンチには誰もいない
そこに小柄な男が来て、風呂敷包みから、シンバルを鳴らすサルの玩具のもっと大きなものを出して
利克はあやうく失笑するところだった

サルは狂ったようにシンバルを叩いたが、誰もまったく関係がないように談笑して過ぎていく
これは、いつもあることなのか? 彼はぞっとした

課長「昨日はどうかしたかね なんだか腹が痛いとかで更衣室にいたそうじゃないか」
利克「昨日、ですね?」 彼はまる1日失念していたのだ

翌日、取引先から電話があり
「注文もしてないのに納品してもらっちゃ困るじゃないか
「あの・・・7月10日で注文書を頂いてますが」

「そうそう、たしか5万円引いてもらったんだった
「値引きしましたか?」汗が肩から胸へとすべった
「今ごろそんな風に言われちゃどうもならんな ま、いい たしかに受け取りましたから」


どこかズレはじめている
が、月給はもらい、仕事があり、淳子は夕食を作る
現代の人間は、多かれ少なかれ、他人との接触を非人間化することで独立性を保っているのだ

朝から課長が書類を片付けている 課長がこんな風に仕事をこなすのを一度も見たことがない
「キカイ」 女子社員がつぶやき、くすりと笑った

課長「石川くん、君は今朝、インクを飲んだね どんな味だった」
利克「美味しかったです

ガタンと女子社員が倒れた
「いま言ったの本当?」
「別に・・・言わないよ」

「どうしたのかしら」 彼女は立ち上がって、今度は叫んだ「空が青いわ! 助けて・・・」
社内の誰も顔を上げなかった
つまらぬことをする前に、仕事を片付けなければならない


家に帰ると淳子が「いつもの用事があるので トラックの運転行ってきます
ああ思い出した 妻はトラックの運転を毎晩やっていたのだ

ラッシュの地下鉄で、みんなの顔は同じような諦めた表情だ
誰かが不意に叫んだ「ここで降りる」
ぞろぞろと乗客はみんな降りて、走りはじめた

団地に帰り着き、淳子と無表情な顔の男が言う
「あなたは存在を止める」
「僕は存在を止める」

トラックにはシートがかけられ、中にいる人々が見えないようになっている


報告:
ワレワレガトッタ記憶剥奪ニヨル混乱策ハ期待ニソエル見込ミ
カレラハ、自己防衛ノ本能トシテ、経験ノナイコトヲ、アタカモ体験シタカノヨウニ感ジル能力ガアル

ワレワレは不用ニナッタ原住民ヲ捨て、ソノ分ダケ入リ込マネバナラナイ
カレラハ日常生活ガ破壊サレヌカギリ、カナリノ異変ニモ鈍感デアル
日常生活ヘノ執着のオカゲトイッテモ過言デハナイ



「仕事ください」

私はわめいた
「オレはやりたいことが沢山ある それなのに、酒を飲んで、おまけに泣き出したりして・・・」

不意にこの間読んだ本のことが脳裏をかすめた
必死の場合、本気で念じれば、人間は何だって出来るのだ それだけ潜在力を持っているのだ

「オレの奴隷 早く来て、俺を助けろ!」
「お呼びになったので参りました」 月明かりに青白い痩せた男の顔が浮かんでいる

「何でもご用をお申し付け下さい」
「よし オレを家まで連れてゆけ 不法建築のおんぼろアパートだ」


ノドが乾いて目が覚めると、あいつが居る!
「何がご用があれば言って下さい」
「出てゆけ! 二度と来るな」

「そんな無理をおっしゃっては困ります 私はあなたが生みだした奴隷です
 あなたから離れるわけにはいきません」

通勤で玄関から出ても、奴隷は立っている
「あなた、少しどうかしてやしないか? ゆうべ助けてくれたのは礼を言うよ だからどこかへ行ってくれ」
「それは無理です」 薄笑いが男のこけた頬に浮かんだ

バスに乗ると、運転手に「25円です ないんですか?」と言われ、男は降り、歩いてついてくる
(馬鹿な!)←出ました


会社にもきて、「仕事、ありませんか」と泣き出しそうな声だった
「僕のアパートの掃除をして、夕食の仕度をして待っているんだ」

「いつまで待つのですか」
「いつまででもだ」
「仕事が終わったら、また来ます」

2時間もしないうちに化け物はまた来た
「仕事、ください」

このままではダメだ 会社における立場も生活も・・・
「外へ出て話そう」

「オレには生活がある オレはお前に出てきてくれと頼みはしなかった 亡霊なのか?」
「あなたは望んだ 期待が生み出した それが私です」

「お前のようなものじゃない! 消えるんだ!」
「私自身の存在は、私にはどうすることもできません あなたが念ずればいいことです」

「それじゃオレにそんな思念を抱かせたのは酒か? 会社か? 毎日の生活か?
 何でもいい、そいつをみんなぶっ潰してもらおうじゃないか! やれないのか?」

次の瞬間、目の前で何かが爆発した 身体の感覚も何も残っていなかった・・・

「これで、私のつとめも終わりました
 ひとは、誰でも思念による構成力を持っています
 存在を信じ、本気で作り出そうとすれば、必ず作り出せるのです
 それが、1人ひとりの世界となって認知されるものでございます
 望んだものが出てくるのに気がつかないだけでございます では、さようなら」

灯りも実体もない空洞の中に、私はいつまでもさまよい続けていた


「酔い潰れて凍死したんだな」警官がつぶやいた
サラリーマン風の男の死体の周りを、痩せた野良犬がうろついて追っても去らなかった

「その人、この犬に時々、餌をやってましたよ どちらも寂しかったんでしょうね」




「信じていたい」

僕は、婚約者の美津子とホームで別れて、岡山県にある地味なメーカーの関西工業に行くのだ
就職活動につまづき、なんとか採用してくれたのが関西工業だったが
新人は岡山で2、3年勉強するのが条件だった

両親が早く死に、兄貴の家に居候して、なんとか学校を出たのだ
少々不満があっても、辛抱して、定収入を得るのが先決だ

工場に着くと、滅入った気持ちは消えた
ここには明らかに、現実に存在するもののみが持つ、たしかな重みがあった

忙しい毎日が始まり、昼は仕事、夜は毎晩ぶっつづけにぐでんぐでんに酔わされた
1週間がまたたく間に過ぎ、美津子と約束した日曜日が来た

駅に急ぐと、美津子がやって来た
「ど、どうして?
「あなたが電話で、この町でデートしようというから来たのに ウソだったの?!」

僕はなんとか誤魔化して怒りをしずめ、デートは楽しいものになった


仕事中、美津子から長距離電話がきた
「昨日は大阪に帰ると言っていたのにどうしたの? 私、1日中家で待っていたのよ!
 そっちにすっかりお馴染みになって、もう大阪のことなんか、忘れてしまったのね!

電話は切られた どういうことか考えても分かるわけもなかった


その夜、工場の歓迎会があり、散々飲まされたが酔えなかった
美津子はまるで日曜にH町に来た記憶さえないようだったではないか

僕はすすめられるままに酒を飲み、美津子に電話をすると
「こちらは局ですが 、番号のないところへかかりましたので」
何度かけても録音された声が聞こえるばかり

酔いつぶれ、どうやらはじめの料亭に戻っていた
前に寝込んでいる男に手をついたが、目を覚ます気配もない
覗きこむと「まさか」 そいつは僕そっくりだった
幻覚だ 酔って夢を見ているに違いない


美津子からの連絡は途絶え、速達は住所不明で戻ってきた
何も言わず引っ越すはずはない 事故でもあったのでは

次の休日 美津子の家に行くと、母親が出てきて

「ああ、4年ほど前に一度おいでになりましたね?
 美津子はおととし結婚して、子どもも生まれましてね なにか?」

何がはじまっているのだ? 本社へ行けば何か分かるかもしれない
総務課長は「うちは、岡山県に工場はありません 君は不採用だったはずだ」

いったん外に出て、やはり戻ってみると、関西工業がなくなっていた
「先月倒産して、ここを引き払いましたよ」
後ろを見て、2人とも卒倒するところだった そいつは僕に瓜二つだったのだ


喫茶店で、名刺を出し合った 相手は生命保険の勧誘員だという
不気味がるウエイトレスに「双子の弟なんだ」と誤魔化す

「僕たちは、無数の世界を転々と移っているらしいね」

「あんなにたしかに見えた現実、頼りになりそうな実体という奴が、
 こんなにあてにならないとは・・・夢にも思わなかった」

「まったくだ だが、どうにもなりはしないよ 成り行きに任せるだけさ
 何も信じず、風のまにまに漂うだけの話さ」

「いらっしゃいませ」とウエイトレスが言い、キャッと悲鳴をあげた

そこには新しい僕と、左右の腕には、美津子が2人すがりついていた





【武蔵野次郎解説 内容抜粋メモ】

ショートショートという呼称は定着した観があるが、すっかり有名になったのはSF界からなのは非常に興味深い
先駆的開拓者の星新一をはじめ、眉村卓もその一人だ

戦前「コント」と呼ばれる掌編が書かれ、川端康成の「掌の小説」などの名作もあるが
ショートショートはやはり戦後に隆盛になった文学形式で、SFに優れたものが多い
(コントってお笑いじゃないのか?

小松左京、筒井康隆、眉村卓の3作家の作調、持ち味は独特で、他の追随を許さぬものがある

本書について著者みずからの解説の中でもあるように、サラリーマン体験が活かされてる

高校時代は俳句部に入り、年間2、3000句作ったという
小説を始めたのは大学に入ってからというが、学生時代からの文学修行が、後年の素地になっていることは疑えない

「小説のコンポジション作り」の重要さは創作上まず第一に必要だが、それについては
「小説のコンポジション作りのはしりというか、基礎作りのはしりになっていると思います」『SFマガジン』

本書に収められているのは、昭和35~45年の10年間にわたって書かれた

SF同人誌『宇宙塵』(ステキな命名w)に参加し、1961年の『SFマガジン』第1回コンテストに佳作第二席に入選している
入選者は小松左京氏だった

ショートショートは、意外性(プロット構成上)が何より必要と思われる





読むうちに、これまでサラリーマンの不条理にばかり目がいっていたけれども
これはどんな殺人ミステリーよりも怖いホラーじゃないかという気がしてきた

日常が少しずつズレて、あるいは突然違った世界に変わる
誰も気づかない あるいは気にもとめない

現代の風刺というより、現代社会そもので
私たちが鈍感、無関心になっていることにゾッとした

こんな強い警告が昭和50年代からあったのにも関わらず
世の中はほとんど変わらない

それだけ今の「日常生活」を守りたいという「執念」によって
変わらずに成立しているのではないだろうか




追。

新刊案内に楳図さんの『漂流教室』がある 小説化もされたのか?



古書からは、いろんな当時のチラシや、しおりが挟んだまま出てくる
今回、ガムの包み紙まで出てきてビックリw
いろんなものを挟む人がいるんだなあ 気持ちは分からないでもない

昔ながらのロッテのグリーンガムで「デイトのおともに。」なんて書いてあると、なんだかほっこりした





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