■『C席の客』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和48年初版 昭和55年12版)
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[カバー裏のあらすじ]
妙な男が新幹線のC席にすわった。赤い髪をして鼻が高く、
まっ黄色のブレザーのブレザーを着ている。強烈に人目をひく男だ。
印刷されてない白紙の本を取りだし、何分かおきにページを繰ってニヤニヤ笑っている。
つぎの瞬間、ぼくはドキッとした。その男には、指が4本しかないのだ。
乗客たちはまったく無関心、見向きもしない。ぼくは恐怖でしだいに冷や汗が出てきた……。
企業や社会慣習にもみくちゃにされる滑稽であわれな人間像、
現代の盲点や落とし穴を鋭くえぐるSFショートショートの傑作集。
▼あらすじ(ネタバレ注意
「特訓」
アフリカのQ国について万国博に来るまでなにも知らなかったが、これほど見事な民芸品を生み出しているのか
ブローカーとしては、大量に輸入して絶対に売れると確信した
その時、男から声をかけられた
「実はQ国は、自分たちの言語を話す者しか相手にしないのです
私はQ国に10年近くいたので、ペラヌヒ語を教えてあげますよ
それに見合った授業料は頂きますが」
男は毎晩7時に来て、2時間みっちりと教えた
10日後、男はQ国の知人を連れてきた 割り増しを払えば、現地語で話せるという
私は次第に楽に喋れるようになった
2週間後、万国博のQ国のホステスにペラヌヒ語で呼びかけたが反応がない
「ヨク、ワカリマセン 英語カ日本語デ話シテクダサイ」
警備員が来た
「この頃、2人組が、見物客をペテンにかけているんです そんな言語は存在しないんですがね」
「発明チーム」
僕たちが会社を作ろうとした時、友人らは「つまらんことはやめろ」と言った
あらゆるものがコンピュータにより統御された商品が大規模に生産され
配給ルートで世界中の消費者の手に渡る時代に、発明会社を始めたかった
まず、個人用ヘリコプターの設計にとりかかった
「いよいよ試作するか」
メーカーは噛み付くように言った
「わが社の最小取引は100トンです 2キロとか細かいものは小売店でも行ってください」
小売店「何型ですか? 販売しているものは、みな規格化されています」
止む無く借金して100トンの材料を買い込んだが、工作機械のリースが1年単位だと後で知った
「だから言っただろう? あてがわれるものを大人しく受けていれば一番、無難なんだ」
「有望な職業」
入社試験に松島がいてドキンとした
世の中にはツイている人間と、そうでないのがいるが、僕と彼が見本みたいだった
ライバル関係にありながら、なぜか、いつも僕が幸運をつかみ、彼は失敗してしまう
これからは情報社会になる その動向を決定するのはコンピュータだと、
数理技術者になるつもりで勉強し、試験はやはり僕はパスし、彼はダメだった
数理技術者は花形となり、エリートの地位を確立し、独立して事務所をもった
だが、時代は少しずつ変わりはじめていた
いつかコンピュータが自力で処理し、坂道を転がり落ちるように、僕は落ちぶれていった
松島から声をかけられた
「うまくやってるようだな」
「あの会社に入れず、いわゆる有望職種につくのを諦めて、文章書きをしてるのさ
音声タイプが普及した今じゃ、自分で考えて文字を書ける人間は減る一方だ
地味だけど、けっこう儲かるんだよ」
「キャンプ」
少しでも新しい新製品が発売されると、妻は目の色を変えて買おうと言い始める
それも、実際に欲しいのではなく、流行に遅れるのが恐ろしいだけなのだ
妻「あの子がキャンプに行くときかないんです あの子には絶対に無理よ!」
「あの子ももう15歳だ たまには原始的な暮らしをしてみても悪くないだろう」
息子は興奮して、いつになくきっぱりと言った
「これは文明に毒された現代人を解放する試みなんだ
大自然で、男が、本来の男らしさをとり戻す手段なんだよ!」
その夜、レクリエーション会社の係員が、息子を連れてきた
「どうも近頃は、参加者の半数以上がこうなるので・・・」
「怖かったよう 暗いし、虫がたくさんいて刺すんだ 風が怖い声で脅かすんだよう」
所詮、息子も妻と同様、流行に遅れまいとパンフレットにつられて目論んだだけだった
「成功者」
僕たちのクルマはトラックと激しく衝突し、僕はそのまま気を失った
それが、こんなに早く全快するなんて! これからは死んだつもりで頑張るぞ
僕は、がむしゃらに仕事に向かった 甘っちょろいマイホームなんてもうたくさんだ
僕は自分が生きた爪あとを世に残すのだ
仕事で頭角をあらわすかわりに、敵もたくさん作った
家庭は冷え冷えとし、妻は何も言わず、子どもたちは、父親になんの親しみも持たず、妻に加担した
数年後、僕は新進の政治家として認められるに至った 今やまぎれもない成功者だ
家庭がどうしたというのだ? 他にいくらでも女がいるし、子どももいる
病院長
「ここに着いた時はもう絶望でしたのでパノラマ装置を使って、
被験者が心の底で望んでいたとおりの生涯を1秒たらずで見て、信じ、亡くなられたはずです」
妻「優しい夫で、いいパパでした 私たちとの幸せな一生を夢見てくれたのならいいんですけど」
夫の死に顔は満足げだった
「倉庫係」
「ちょっと、この書類を、港の倉庫の山田さんに届けてくれないか」
課長に頼まれると、課員たちがどよめくのを感じたが、
ついこのあいだ入社したばかりの僕にはなぜかは分からない
倉庫に行き、山田さんの仕事ぶりを見ると、高能率の見本そのものだった
書類を渡すと「たしかに受け取りました ご苦労様でした」
そして、何も言わずイスに座ると、虚空に目を向け、動かなくなった
用が済んだから帰れという意味か?
「山田さん!」
「はい、何でしょうか」
「いえ・・・別になにもありません」
これは人間そっくりのロボットなのだ!
課長
「あの人はたしかに人間じゃない 15年前からちっとも歳をとらないし
だが、それがどうした? 会社にとって大切なのは、その社員が役に立つかどうかだけなんだ」
「ヘルメット」
今はほとんどの人間がヘルメットを利用している
かぶると、目的にしたがって、素早く判断し、自動的に指示してくれる
猛烈ビジネスマン用、デート用、盛んに作られ、売られ、利用されている
奥さんが「待ってて、すぐにご飯の用意をするから」と主婦用ヘルメットをかぶった
会社に着くと、どうしてもヘルメットをかぶろうとしない彼に対する軽侮の目にさらされる
ヘルメットをかぶった上司から話しかけられた
「とうとう日本も月世界基地の建設に踏み切ったそうじゃないか」
「そのようですね でも・・・」
それ以上言えない みんなのようにサッサと判断ができないからだ
もっとよく考えて、いろんな条件を考えなければならないと思うからだ
上司も同僚も、同じ目つきで見ている
こいつは自分で何もかも判断しようとしているバカなんだ だから仕事もろくに役に立たないんだ
「使命」
「やはり現在の自動車の振動は、人間の内臓に無視できないほどの影響を与えるようです」
「そうだろう 裏づけを行ってから発表しよう メーカーは慌てるぞ
一斉に振動緩和装置の設計・製造に取りかかるだろう
これでまた、世の中から危険がなくなるわけだ」
レストランに行くと、支配人が緊張した顔で
「当店では、問題になるような材料は一切使っていません」
いい加減なことをすると、僕たちがすぐ調査し、世間に公表するのを知っているのだ
チーフ
「我々は、人間の安全を守るため、あらゆる分野に監視の目を向けなければならない」
かつて公害は野放しの状態だった 僕らの研究所は片っ端から指摘し
マスコミに言い、改善策を考え、発表する こんな素晴らしい仕事があるだろうか
だが、僕の家族は同意見ではない
妻「あなたたちの発表で、次々と新型を買わなきゃならないから、たくさんの人の恨みを買っているのが分からないの?」
息子
「もともと需要のないところに需要を作り出しているんだ 悪質だよ!
昔ながらの自然の中で暮らしていれば、そんなものは全然必要ないんだよ!」
僕にはさっぱり理解できないし、理解したいとも思わない
「災難」
「どうか、署名をお願いします 私たち、人類救済連合の者です どうか、ご協力を
このままでは人類は自滅します 私たちはそれを防ぐために努力しています」
大げさにもほどがある だがひどく愉快になった
僕は、単にユーモアを感じさせてくれたお礼のつもりで署名した
夜明けに電話が鳴った
「人類救済連合の指令です あなたのところに連合の名簿を送ります
それを写して、全員に封書で郵送するのです 分かりましたね? これは義務です」
彼らは勤務先にも自宅にもひっきりなしに夜昼なしに電話してきた
警察に話すと、そんな団体は登録されていなかった
僕は指示された仕事を始めざるを得なかった
たかが、遊び半分で署名しただけなのに・・・
「ビルの中」
今日中に片付けなければならない仕事があり、稲田は一人残った
「まだですか?」 夜遅いと時々酒を飲む癖のある管理人が声をかけた
「じゃ、11時過ぎまでは裏のドアに鍵をかけずにおきますから それより遅くなるなら知らせてください」
集中していたら12時を回っている エレベータはとまっていた
階段をおりて気づいた このビルは各階の廊下と階段を仕切る扉があるのだ
管理人に電話をしても出ない 酔って熟睡してるのに違いない
110番しようとしてやめた えらい騒ぎになり、大恥をかくことになるだろう
「あら、稲田さんん、早いんですね! 随分疲れてるみたい」
「ああ、疲れたよ」
不意に、稲田の目に涙があふれ出て、ふいてもふいても止まらないのだ
「C席の客」
入社して半年 急成長で名の知れる会社だから就職したが、仕事、仕事、仕事で息抜きも出来ない
たまに東京に出張に行くのも、鬼と呼ばれる課長のおともだ
僕は課長の話をうわの空で聞いていた
車室に妙な人物が入ってきたのだ 赤い髪、黄色いブレザーコートを着てC席に座った
開いた本には何も書かれていないのに、にやにやしてページをくっている
男には指が4本しかない これは何物だ?
課長
「そない神経細かいことではどないもならんで 世間にはいろんなのがおるんや
ええ加減、学生気分抜いて、仕事に身を入れんかいな」
「ディレクター」
ディレクターになって初めての生放送で、2人の出演者に説明した
「この番組の狙いは自由奔放さです ハプニング大歓迎なので、どんどん話し合ってください」
過当競争のせいで、彼の局も24時間放映を強いられていて、経費も徹底的に切り詰められている
「われら天才」と銘打って、街からヘンテコなのを連れ込んで討論させるという夜明け番組だ
自称芸術家「やっと思い出したぞ! このあいだ公園で、俺のパンをひったくったのは、お前だろう!」
大法則を発見した青年「あれがパンかよ!」
2人はケンカの言い合いで、とうとう青年が芸術家の頭を殴り、今や裸になってもみあっている
青年は泣きながら小便を洩らした
「ストップだ」
翌日、誰も文句を言わなかった 何の投書も、電話もなかった
機械係
「チャンネルは50もあるんだぜ おまけに夜明けの放映だ
断言するが、あれを見ていた人間は一人もいなかったにきまってる」
事実、その通りだった
「レジャー・パイロット」
労働時間が短縮され、余暇を持て余す時代になり、人それぞれの細かい条件に合わせて
あらゆるタイプの楽しみのプログラムを組むのがレジャー・パイロット
長谷川はやっと国家試験にパスしたが、このぶんでは店仕舞いすることになりそうだ
太田が来た
「僕はもうオフィスを持っていないよ 東洋レジャー・コンツェルンは、レジャー・パイロットを雇うことにしたんだ
うちだけじゃない 他の巨大企業もはじめようとしてる」
「馬鹿な!(出たw) 我々は、他人に雇われるのが嫌だからこそ、自由業の道を選んだんだ」
「現代に、自由業者の存続する余地はない 我々も新中間層に組み込まれていった、あの道をたどるだけだよ」
「知識ロボット」
現代は、人間の欲しいものは、自動生産・配給機構により、望むがままに与えられる
仕事をしても何の報酬もないが、僕は音声タイプで論文を書いている
娯楽開発同好会メンバの友人Pから映話がかかってきた
「君んところに、古い知識ロボットがあるそうだね
知り合いはみんな処分して、保存してるのは君だけだ それを貸してほしいんだ」
物置からロボットを出し、スイッチを入れると
「私は、現代の最高水準の知識を詰め込まれています さあ、何でも質問してください」
その後、ふと立体テレビにそのロボットが出演しているのを見た
司会者がなにかを尋ね、知識ロボットが答えると観客はどっと笑う
知識ロボットの言うことは何もかも時代遅れだが、知識ロボットは自信満々だから余計に滑稽なのだ
友人はうまい娯楽を考えたものだと私もゲラゲラ笑った
「職場」
係には係長と若い社員しかいない
「食事に行こうか?」
「今日は、他の課の連中とボウリングをやるんです」
若い社員は11回もストライクを出した
周囲はどよめいた 次もストライクなら300点の完全ゲームだ
ボールは見事にポケットに入り、全員わあっと叫んだが、1本だけピンが残った
「惜しかったなあ!」
昼休みが終わり、席に戻っても興奮はおさまらず
「さっき、惜しかったんですよ 最後にストライクを取りそこなったんです」
「ボウリングなんて、たかが遊びじゃないか 仕事の時間には仕事の話をしてくれないか」
たかが遊びだと? 遊ぶために働いているんじゃないか
「興味深い資料ですね 私にはまるで想像もつきません」
“有職者”は100年前の手記を読んで言った
みんな遊んで暮らせて、職をもつことは特権となった時代の人間には、奇想天外な物語なのだ
「旧友」
東洋情報産業の岩上から映話があった 久しぶりに夕食でもという誘いだ
「長い間、月面都市に行ってたんだ 君に負債を支払ってもらおうと思って」
昔のたあいもない賭けの話をした 「学校をパスしたら、おごってやる」と言ったのだ
何をおごると言ったっけな
「天丼だよ」
当時はまだ天然食品が普通だが、今は合成食品の時代だ
天然食品がべらぼうな贅沢品になった今ごろまで待って、食わせろというのか?
1杯で、クルマ1台ぶんの値段だろうなあ
岩上はにたにたと笑っていた
「蘇生」
意識を取り戻した時は、何が起こったか分からなかった
「アナタハヨミガエッタノデス」
そうだ、現代医学のあらゆる手を尽くしてもどうにもならない病気で俺は死にかけていたのだ
財産をすべてつぎこんで、低温保存し、人工冬眠に入り、成功したのだ
医師の話だと、保存されていたものの、事実上は死亡していて、この時代の技術で生き返らせたのだった
「いつ、外へ出られるのですか?」
「モウスコシシテカラ」
「僕はできるなら、ここで働きたい 大いに活躍したいんです!」
「地球ノ人口ハ 昔ノ何倍ニモナリ 競争モキビシイ
ヒトナミノ常識ヲ手ニ入レルニハ ホボ50年間教育ヲ受ケルノガ標準デス」
「その間に私はくだばってしまいますよ!」
「イマ 人間ハ150歳カラ160歳グライマデ生キマス
赤ン坊ノコロカラ 身体ヲ強化スルイロンナ処置ヲスルノデ
残念デスガ アナタハ処置ヲ受ケテイマセン
コノ部屋デ 何モセズ一生保護サレテ暮ラスホカナイノデス」
「審査委員」
吉岡「きょう審査するのはどんなものですか」
「立体幻像とかいうしろもので・・・ 若者たちは、これこそ新しい芸術だと申し立てているんです
今は理論は不要、感じるかどうかが大切だと言って、馬鹿馬鹿しい」
それは奇妙な機械だった 無数の色を帯び、形もこれでもかと変わる 居眠りを抑えるのが精一杯だった
理事
「わが委員会としては、こうしたものには習慣性があり、青少年教育によろしくないという観点から審査が必要です」
「年寄りに何が分かる! 今の傑作は1000万部も売れているんだ!」
吉岡「ああいうものは、非合法化するのが当然でしょう」
オブザーバーらはカンカンに怒ったが、委員らは慣れている
これほどの学識経験者を集めた委員会だ 審査の結論は正しいに決まっている
「新人」
本田と尾中はライバル関係にあったが「おたくは、何人、新人を回してもらいました?」と聞かれた
近頃のような求人難では、支店長らは人の獲得のため必死なのだ
「一人きり それも女の子です」
「うちも同じです このごろの新人はひどいのが多いから・・・」
「ろくに仕事もできないが、本店に文句を言うと、人の使い方が悪いと叱られる やりきれませんな」
新入社員の女の子は、社内でマンガを見ている
「きみ! そんなことでは困るじゃないか!」
女子社員はわあわあと泣き出し、周りがなだめると、さらにしゃくりあげて泣き続ける
本田
「ひどい話ですな でも、うちも似たような状態で
うちの新人は、何が可笑しいのか、始終、気違いみたいに笑いこけるんで、さっきから頭痛がしてるんです」(ww
「美しい世界」
夫を送り出すと、岩崎夫人は続きもののドラマのビデオカセットを観始めた
夫に言うと、所詮作り話で、現実とは似ても似つかないと言われる
「でも、これは立派な人たちが選定しているのよ
現実が醜いぶん、こうした美しい心を誰もが持てば、世の中ももっと良くなると思うわ!」
「まったく気楽なもんだよ!」
冗談じゃないわ こっちも苦労が多いのに
この間も「家庭婦人にでもできる高収入アルバイトの技術」という通信教育を申し込んだばかりだ
玄関ブザーが鳴り出てみると、同年代ぐらいの女がうつむいて立っていた
「恥ずかしいことですけど、1年前に主人を亡くしたもので・・・
その・・・鉢植えの花を買っていただきたいんです」
かすかな優越感をおぼえながら夫人は微笑んだ 「お気の毒に」
「家庭婦人にでもできる高収入アルバイトの技術」の教材が届いていて
パラパラとページをめくり、セールスの文字が目に入った
“鉢植えの花を売るには、共感しやすいタイプを見つけて、アタックすれば成功するでしょう
ビデオクラブの加入者やなどが好例です 相手の同情をひくと思わぬ成果があります・・・”
あの人はこれを読んでいたのか? いいえ違うわ 偶然よ
あとで花を注文しよう 夫人はテレビのスイッチを入れた
「来訪者」
深夜スナックを出て歩いていると「タスケテクレ・・・」という声が頭の内側に飛び込んできた
見ると、街路樹の根元に誰か倒れている 「しっかりしろよ!」
肩に手をかけると、身体が妙にぐにゃぐにゃして、消毒薬のようなニオイがする
顔は変に白く、目は異様に大きい(グレイ?
「ワタシハ人間ダ コノ惑星デハナイ 別ノ遠イ星デ発達シタ人間ナノダ
ワレワレハ、コノ惑星ノ人間ト交渉スルツモリダッタガ、ワタシ以外ハミンナ死ンデシマッタ
大気ニマジッタガスデ、ボロボロニナリ、呼吸器ヲヤラレタ 水ヲ飲ムト毒性ヲモッテイタ
モノスゴイ騒音デ何人カハ発狂シタ 道端ノニオイデ自殺シタモノモイル
ダメダ・・・毒ノ水ガカカリハジメタ」
雨が降り始めていた そいつは死んだのだろう
誰が本気にしてくれる? 公害に対する新手の嫌味にしか受け取ってくれないにきまってる
「職住密着」
「今度の週末に遠出しない?」と妻が言い、「今夜にでも検討しよう」と家を出た
エレベーターが来たので乗り込む 乗っているのは、同じ制服の人たち
この大きなビルは、オフィスと社宅がすべておさまっている「職住密着」なのだ
彼の生活は、同じビルの24階の自宅から4階のオフィスの往復
彼はこんな安定した生活はないと信じて適応していた
ビジネスマンの例にもれず、彼も近所の店には食傷していたので
上司から聞いた地下列車で20分ほどの店に行き、満腹のため眠りこけ、終点に着いてしまった
地下列車はおそろしくスピードが速いので、オフィスのあるビルから何百kmも離れている
駅員に「家に電話したらどうです?」と言われたが、妻は外出中だった
1週間後、やっと彼を発見した人々は、口もきけなかった
彼は、慣れた環境から放り出され、見知らぬ都会を半分狂ったままボロをまとい乞食をしていたのだ
「ヒゲ」
独力で事業をおこした先輩から「ぜひ、うちに来てもらいたい」と誘われた
誘いは受けたいが、今の会社に随分、世話になり、あと足で砂をかけるような真似はしたくない
会社のほうから退職を勧告してくるか、居づらくなる方法はないものかと相談すると
「ヒゲはどうだ? どんなに文句を言われても伸ばし続けるんだ」
「やってみましょう」
ヒゲは少しずつ伸びてきて、最初のうちはちらちら眺める者もいたが、注意されない
先輩「君の会社でよそへ転職した人間がいるか?」
「いますよ この半年で5人ばかり ホープと言われていたのばかりです」
先輩「それだ 君も警戒されて意図を見抜かれているのかもしれない とことんまでやることだ!」
僕はヒゲを整えるのもやめ、いろんな色に染めた でもダメだった
誰も文句をつけてくれないのだ
「夜行列車」
夜行列車の自由席はがらあきだった
そこに帽子を深くかぶった老人らしき男が座ってきた
「そんなに一生懸命にならないほうがいいですよ
あなたの会社は半年もしないうちに倒産する
読んでる本の知識も、2年もしないうちに時代遅れになる」
怒って、帽子をとりあげてぎょっとした 自分に酷似しているのだ
「わしは、あんたのなれの果て・・・未来の姿さ」
男が消えた あれは夢だったのか?
頑張ってああなら、頑張らなかったら一体どうなる?
叫びたいのをこらえながら、また本を読み始めた
「新広告」
「今から当社の研究成果を発表させていただきます」
ユニーク宣伝社は、僕たち経済記者の間では最低評価だ
今度の商品のタイトルも大げさで「消費者を購買ロボットにするユニーク・スクリーン」とある
催眠術と広告を合わせたもので、見ている人間が無意識にものを買わされるらしい
「よう見といてくなはれ」
スクリーンを見ていると、猛烈にノドが乾いてきて、廊下にあるウォータークーラーには行列ができた
やられた! あの広告塔のせいだ
「アメリカでの識閾下訴求広告は禁止されたはずだ」
「まさに、エコノミック・アニマルだ!」
世間が騒ぎ、警察も許可できないと言い出した頃
ある大手デパートがユニーク・スクリーンを採用した
合法的にやったのだ
“このカーテンの中に入ると、品物をお買い上げいただくことになります
それでも構わないという方だけお入りください”
もちろん、デパートは大もうけだった
「ミスター・力レー」
川崎さんは、実直だが、ミスター・力レーというあだながつけられている
毎日のランチでカレーしか食べないからだ
「よほど好きなんですねえ」
「別にそうじゃないが、僕のような所帯持ちは、ランチに使える金は決まっている
カレーなら、よほどじゃない限り、予算内でおさまるからね
僕は食べたカレーを全部、記録してるんだ なかなか面白いよ」
手帳を見せてもらうと、食べた月日、店名、値段、味、飯の炊き具合、すべて詳細に書かれている
川崎さんが出向になった時
「君たちと別れるのは残念だが、会社のまわりの店はあらかた食べたから
また新しい店にあたれると思うと待ちきれないよ」
社用を済ませ、同僚たちとたまたま川崎さんの勤める会社を通りかかり
今ごろは部長待遇のはずだから、美味しいカレーをおごってもらおうと訪ねた
川崎さんは豪華なレストランでフルコースの料理を注文した
「カレーを食べないんですか?」
「こっちへ来てから、接待費を使って贅沢な食事が多くなって、
カレーを食うチャンスがなくなり、僕にはもうカレーの味の判断ができない
僕は何を楽しみに生きていけばいいんだ」
「自動管制車」
大嫌いな記者が言った「ご自慢の自動管制車、今にきっと事件が起こりますよ」
自動管制車のどこが悪い 通勤ラッシュは解消し、交通事故はゼロに近い
浅井は、市の幹部の一人として誇りに思っているのだ
「ご自身でご覧になるほうがいいでしょうな
市の幹部は、郊外に邸宅を構えて、市庁舎を往復しているだけでしょ?」
浅井は幹部の打ち合わせの宴会でだいぶ飲んだ帰り、自動管制車に乗ってみることにした
行きたい停留所のボタンを押せば、ゴンドラが入って、最寄り駅で降りることが出来る
突然1人の男がわめきはじめた どうやら借金の催促らしく、やかましいし、聞くに堪えない
易者が声をかけてきた「あんた、よくない相が出ていますぞ、よかったら見てさしあげるが」
酔って寝ていた男はゲエゲエと吐きはじめ、隅のほうでは男女が熱烈なラブシーンを演じている
けれども浅井はあと30分は乗っていなければならないのだった
「降雪」
今夜はカギタとともに宿直しなければならない
僕たちの仕事は定められた地方に雨が降るようボタンを推したり、記録したりすることだ
四季の移り変わりは昔どおりだが、降雨は特定の地域に集中しないようコントロールし
台風エネルギーを有用なものに転換したりして、世界的なバランスを考えた計画に従っている
カギタは日本の古い行事や風習に異常に興味を抱いている
時代の先端をいく気象制御局の人間が、そんな後進的な気持ちでいいものか?
「寒いな これなら雪を降らせることができるぞ」
「変なこと言わないでくれ プログラムでは、今夜はなにも降らさない予定なんだ」
「やはり、今夜こそオレはやるべきなんだ」 カギタは勝手に計器のボタンを押している
「やめないか!」
カギタは各放送局へメッセージを送っていた
「これは皆様への特別プレゼントです どうか、雪降りしきる大晦日のムードを昔にかえってお楽しみください」
「音」
目の前を同窓のKが通った 彼は有名会社に入り、昇進を続けているはずだ
声をかけると、なにかに怯えているようだ
相談にのるつもりもないわけではなかったが、相手が惨めったらしくなっているのを見て
理由を聞いて幾分かの快感を味わおうという動機のほうが強かった
彼は私を裏道に連れ込んだ
「ここならおそらく記録装置はない 君は聞いたことがないか? カチリという音を
個人の自由だとかいうたぐいのことを口にするたびにカチリ、カチリと音がするんだ
ある回数に達すると、、、不都合な人間として消される仕組みだ
最近、蒸発が多いだろう あれは何の痕跡もなく消された人間なんだ
その装置が仕掛けられているのは、会社だけじゃない 町中いたるところに配置されている」
Kは狂っている 幻聴に悩まされているのだ
だが、あれ以降、私にも聞こえるようになった
上司に反発したり、バーで気炎をあげ、本音を吐くたびに、
カチリ、カチリと音がするのだ
「理由」
叔父と甥の関係でもあり、仕事上では上司と部下の関係の青年は
叔父を階段で突き飛ばし、打ちどころが悪くて死亡してしまった
「被害者は、僕のほうです! 叔父は僕のことなど心配なんかしていませんでした
はじめ叔父は“会社勤めは神経を使うから、胃をヤラれるぞ”と毎朝顔を合わせるたびに繰り返すんです
いつも言われているうちに、本当に胃が痛むようになりました
次に“リラックスしなきゃいけない”と、サウナ風呂をすすめて、“心臓がおかしくなるぞ”と
何度も言われて、実際に心臓は変になってきました
“スポーツはやめたほうがいい”と言われ、“足腰が弱くなる”と言われ、仕事にも自信を失いました
すると今度は“こんなに頼りにならない奴だとは思わなかった”と嫌味を言うんです
やめてくれと頼んだんです でも叔父は呆れたように何と言って拒否したと思います?
“自分は叔父で、上司だから”って そんな理由にもならない理由で、僕に干渉し得ると信じきっていたんです!」
「みんなの町」
都市のはずれで育った私は、そこに出張を命じられ、心が躍った
むろん、小さな畑などは影も形もなく、S工場が広大な面積を領して並んでいる
幼い頃走り回った路地はどこへ消えてしまったんだ?
空しさと怒りで足を早めると、母に手を引かれてよく行った商店街に以前の面影があるではないか
「もしもし、あなた このあたりに、何かご用があるのですか?
さっきから拝見してると、もうこれで1時間にもなります どういうつもりです?」
僕は呆れ、不愉快になったが、その時気づいた
行き来する人のほとんどが今の男と同じような制服を着て
奥さん連中は、胸にS工業のバッジをつけている
「まだいるのですか? 挙動不審の人がウロウロするのは困るんです
ここは、“みんなの町”ですからね あなたはみんなのうちに入りません
S工業と関係がない みんなの一員に認めることはできないのです」
「報告者」
女房が法事で実家に行き、僕はバットを持って、団地の屋上で素振りをしていると
なにかが降りてきた 全体にぼんやり光っていて、屋上に着陸した
そこから這い出して来たのは、1mくらいで、大きな頭部、ひょろ長い触手のヘンテコな怪物なのだ(ステキ
怪物が小さな箱を持って言った
「コノ箱ハ、自動言語変換器ダ」
「何しに来た? 地球を征服しに来たのか?」
「違ウ 私ハ調査員ダ コノ星のスベテヲ知リタイ」
「知ってどうする?」
「ワレワレハ、平和デ高度ナ文明ヲ有シテイル コノ星ガ独力デ発展シソウカ
ソウデナケレバ破滅シナイヨウ指導員ヲ送ッテモラワネバナラナイ」
私はそいつを自分の号室に連れ込むと、新聞や本を片っ端から読み
「信ジラレン コレデハ自滅ヘノ一本道ダ」
そいつはまた飛び立った それから1年 どうなったか想像はつくが僕は知らない
「正義の使者」
ストに入ってから、もう3日目になる
われわれが要求したボーナスの額は高かったかもしれないが、これまでがあまりに安かったせいだ
今期は、新製品が当たり、売り上げも上昇したのだからと言っても、会社側は認めようとしない
そこにどうしても会わせろとくたびれた中年男が来て、“正義の使者”と書かれたたすきをかけている
「10ヶ月分のボーナスとは、身の程知らずも甚だしい! 6ヶ月分の回答を出す会社も会社だ!
世の中には、労働組合もできない連中がいる 大企業にしぼりとられて泣いている中小企業も多いんだ
あなたがたの会社がボロ儲けしてるのは、下請けを締め付けた結果じゃないか!
なぜ、利益を社会に還元しない? 私は正義の使者として・・・」
他の役員や、会社側の委員も来て、「埒もないことを演説しやがって」とののしった
「うちの会社に恨みでもあるのかな」
「じゃ、あと1時間で団交を再開しましょう」
「テレビドラマ」
うちの妻はPTAや、教育協議委員などをいくつも兼ねていて、視聴覚文化にはえらくうるさい
その妻が珍しく子どもとテレビドラマを見ている
一緒に見ていると、だらだらとして、スリルもサスペンスもない
「退屈な番組だね」
「そんなことを言うのは、あなたが毒されているからよ!
以前の、むやみに刺激的な番組に未練があるのよ
家族が集うお茶の間では、こうして健全な娯楽が正しいの
こうなったのも、私たちの運動が実を結んだからだわ
私たち全母親連合は、古い男どもの圧力を跳ね返し、
いかさまウーマンリブを叩き潰して、ついに巨大な圧力団体よ
興味本位の番組をやれば、スポンサーは不買運動の対象になる」
妻の演説にうんざりし、外へ出て、一杯ひっかけてから眠るとしよう
こっちが仕事だけに精力をすり減らして、ほかの何事も念頭になかったのがいけなかったのだろうか
馴染みの飲み屋へ来ると、テレビでアクションドラマをやっていた
しかし、ドラマが終わると、死んだはずの男たちが画面に出てきた
「ただ今のはすべて作り事です 残酷な場面ももちろんお芝居です どうかご安心ください」
「意欲」
馬場氏からすぐ来てくれと言われた 現代では誰一人知らぬ者のいない異色の超人だ
部屋に入ると、生気のない姿に目を疑った
「あなたの研究報告読みましたよ やる気を失くした人間に催眠術をかけて意欲を取り戻す
あれを、私にやってくれませんか?」
スーパーマンのような馬場氏には関係ない代物だ
「私は本気です 今の私には、もう求めるものがない
金は充分すぎるほどある 地位も名声も保持している
だが、引退する気は毛頭ない 現在の状態を維持できればいいんです が・・・
それでは周囲がおさまらない 私がさらに次の段階目指して頑張ることを期待しているんです
これ以上あくせくしたくないが、やらなきゃなないんです」
僕は承諾するしかなかった
それからの馬場氏は、新規事業をはじめ、挙句の果ては政治に首を突っ込み過労で急死した
でも、そうなると知っていたのではないかと思うのだ
「パーティー」
常務と課長から
「君、すまないが、取引先のK社の社屋落成披露パーティに出てくれないか?
お土産があるはずだから、それを持って帰って、常務に簡単な報告をすればいいんだ」
K社に行くと、それぞれグループをなして談笑している
知った顔は見当たらず、彼と同年輩の人間さえいない
要するに、彼はここにいてもいなくてもいい存在なのだ
しかし、来たばかりで、最初にお土産をもらって帰るのはあまりいい図ではない
もう少し辛抱しよう 5杯目の水割りを飲み干してもひとりぽっちだ
パーティとはこんなに孤独なものなのか?
いや、課長らは、こうなるのを知っていて出席するよう言ったに決まってる
彼はとうとうガマンできず泣き出した
それでも軽蔑したような顔をチラと向けるだけで、相変わらず談笑を続けるのだった
「監視員」
工場長
「制御室に幽霊が出るなんて、そんなばかな話があるか
工場の自動制御機構は、もともと人がいなくてもいいよう設計されている
これまでは2人だったが、単独勤務になったのが面白くないんだろう?」
「本当なんです 座っている僕たちの前に、ぼうっと人影が浮かび上がるんです」
工場医
「人は一人きりになると、無意識に自身と対話を始めるものです
この人たちには強い使命感がある 抑圧が積み重なると、それが視覚的なものになる
いわゆる幻覚ですよ 対話のための分身です」
「たしかにそうだ 気を緩めると、幽霊が振り返って、話しかけてきそうで・・・」
「みんな大変だろうが、頑張ってくれないか」
「そうはいかないんです 僕たちは幽霊は怖くないけれども、
会社の方針通り、いつもと違ったことが起こらないか注意を集中させていますが
幽霊がいつ振り返って話しかけるか、それだけが気になって・・・」
「スポーツ」
集団学習の時間に、同じグループの少年が、ロボット教師の質問に
あまりにトンチンカンな返事をしたため、つい笑ってしまい、自由時間にそいつが来て
「隔離室へ行こう」と言った
「隔離室」は、ロボットが入るのを禁じられている部屋で、人間だけで処理しなければならない問題が起きた時に使われる
僕たちは言い合いとなり、胸ぐらをつかまれ突き飛ばされた 悔しかった
僕は自室に帰ると、補助ロボットに命じて、人間同士の戦いの資料を揃えさせようとしたが見つけられなかった
楽しく暮らしていればよい現代では、争いの記録は抹消されている
そうだスポーツだ!
期待して図書館に行き、昔の文字を読み始めた ジュウドウ、カラテ、ケンドウ・・・
しかし、巨頭と細い腕で、15分以上は立っていられない僕たちには無縁の遺物だった
「模範社員」
私は、今の会社を辞めようと思っている
条件に不足はないが、半年前、川田さんが入社してからおかしな具合になった
「変わってるんだ ひどく折り目正しくて、極端な合理主義者なんだよ」
翌朝、古風な時代遅れの格好の青年が入ってきて、いちいち礼儀正しいため、とうとう笑ってしまった
給料日 川田さんは、ロッカーから巻いた大きな紙を持ち出した みんなに何かと聞かれ、
「配分です 洗濯代とか、詳細を記して、私がサラリーマンとして不健全な使い方をしていないかどうか判断するのです」
それから半年後、川田さんへの評価が上がるにつれて、はじめ笑っていた人たちも
今はみな同じようになってしまったのだ
「帰途」
彼は今日も午前10時過ぎに会社を出た こんなことが3ヶ月も続いている 過労なのだ
国電に乗ると、たちまち眠気が襲う
寝ちゃいけないと言い聞かせたが、とうとう寝てしまい、目をあけると乗り過ごしていた
またやったのだ!
反対方向の電車に乗り、座らずに窓の外を眺めていると、学生時代のことを思い出された
記憶をたどっているうちに、我に返ると最寄りのS駅を発車したところだった
顔をひきつらせ、再びS駅方面の電車に乗る もう乗り過ごしはしない 次の駅なのだ
情けなくなり、カセットテープの早送りや巻き戻しを繰り返すのと同じだと思った
仕事がきつすぎるのだ でも、やらないわけにはいかないではないか
反動があり、見ると、S駅のホームが流れている
泣きそうになりながらタクシーを降りて、自宅に帰ると、妻が寝ないで待っていた
「今日も遅いのね もっと早く帰らせてもらうことはできないの?」
「ロボット楽隊」
僕が家族で住むニュータウンの団地に、月に一度現れるロボット楽隊が通っていく
すっかり慣れたが、多分、中には人間が入っているか、どこかで電波で操っているのだろう
新手のチンドン屋にしては、何の宣伝もしないのが妙だが
最近はCMらしくないのが多いから、逆手に出た広告なのかもしれない
先頭のロボットが、子どもの三輪車につまずいて、ひっくり返り、
すぐ頭をあげ、また行進する その様子があまりに自主的すぎる
僕は連中のあとを追ってみた
ついて来る子どもの顔ぶれは何回も変わったが、相変わらず無表情に演奏しながら
次の町へと歩いて行く 夜になってもそのままで、やむなく家に引き返した
その次の月にもロボット楽隊はニュータウンにやって来た
「日曜日」
日曜日なので、団地内で遊ぶ子どもの声が聞こえるが、彼は仕事に出た
自業自得だ 宮仕えが性に合わず、独学でイラストレータになり
やっと一本立ちしたのだから、仕事がつまると休日どころではないのだ
身をつつむ春風が気持ちいい 彼は自分が多感になっているのを自覚した
忙しさで後回しにしていたが、回り道をしている今、やってみよう
ぶらぶらと歩き、ベンチに座ると、十数人の小学生の姿が見えた
チャンバラをしている様子を微笑して眺めていたが、
その中の一人が子どもの頃の自分によく似ていることに気づいた
他の子どもも小学校時代のクラスメートそのものなのだ
子どもたちは公園から走り去り、自宅に戻ると、電話応対でヒステリックになった妻が叫んだ
「タバコを買いに行くのに、どうしてそんなに時間がかかるの? ほんとに、時間の観念がないんだから」
(なんか、この気持ち分かる気がする 家にいると、“数字”がどうでもよくなってくる
「支配人」
私は、今日、この店の支配人に任命されたばかりだ
ウエートレス「お客さんが変なんです」
「気味が悪いからって、いちいち逃げてちゃ、商売にならないじゃないか いいとも 僕が出てやる」
ウエートレスが怯えたのも無理はない そこにいたのは化け物としかいいようのない奇妙なしろものだった
口は裂け、鼻と耳がなく、身長は2m以上で、金属製のウロコのようなものを着ている
他の客も食事どころではなくなっている これではいけない
化け物「アレガホシイ」 化け物は陳列棚の見本を指さした
「ビーフカツでございますね 恐れ入りますが、お代金はいただけますでしょうか?」
「コレハ金ダガ、コレデイイカネ?」
支配人は、金塊らしきものを確かめさせると本物だった ビーフカツを持っていくと
「違ウ! アレダ!」
化け物は、ロウづくりの見本を3つ、たて続けに食べると店を出て行った
相手が化け物でも、代金はたっぷりもらったし、僕は支配人としては合格だ
次の昇給はきっと多いぞ
「ホテル」
田舎にある工場で商談を済ませ、酒を飲み、気づくと9時前で、もう列車はないといわれた
駅員「明朝の6時過ぎまでありません」
飲み屋に戻り、宿がないか聞くと「2軒ばかりあるけど、こんな時間だから・・・」
やっと探し当てた宿屋は2軒とも、誰も出てこない
そこにホテルという看板を発見し、「泊めてください!」と大声をあげた
案内されると、すべて横文字で、バーに入ると、日本語が通じない
「いい加減にしてくれ!」
僕は逃げ出し、部屋から家に電話しても、交換手にも日本語が通じない
翌朝、フロント係が言った
「いかがでしたか? ここはR工業の海外出張をする社員のための訓練用ホテルで、スペイン語しか使えないんです」
「住人」
目を覚ました僕は、自動洗顔機で顔を洗い、配達された使い捨ての服を着て、外へ出ると
例によって数人の奥さんたちが、僕を見るなり薄気味悪そうに声をひそめるが、とっくに慣れている
ここいらは、僕が生まれ育った土地で、よその土地に行くなんて考えられないぐらいだ
上司にランチに誘われた
「君が自然食ファンだと知ってるから、自然食のレストランに行こうじゃないか」
今は自然食は高いため、何か話したいことがあるに違いない
上司
「君、今でも前のマンションに住んでいるのか? 君の奥さんは亡くなられて10年も経つのになぜ?」
「なぜって・・・」
「今はテンポがおそろしく速い時代、変わり身の速さが尊ばれているんだ
なのに、思い出に囚われて、同じ土地にしがみついて動かない人間なんて、狂人以外の何者でもないんだよ
精神病院に入れられたらどうする? 会社も君も困るじゃないか」
「土地成金」
三浦氏は、いわゆる土地成金だ 先祖の田地が、開発ブームで高く売れて、うなるほど金を持っている
僕は、彼の息子の家庭教師をしていた縁で呼ばれた
「ちょっとうちの息子を見てやってほしいんだ
変にあたりを見回したり、急に高い声で怒鳴ったり 最近流行りのノイローゼじゃないかと思うんだ
もし医者が大事な息子を精神病だなんて言って、気違い病院に入れられたら、外聞が悪い」
豪邸に入り、息子の部屋に入ると、最高級のステレオ装置で占められていて驚いた
「あ、先生 ちょうどよかった 僕は、新生物を発見したんですよ!
このシステムは高級で、2万サイクルの音も録音できるんです」
テープからキイキという恐ろしく高い音が聞こえてくる
「これは通信なんです 言葉なんです」
「我々の回りに、何か未知の生物がいるというのか? 事実とすれば大変だ
これはもっと詳しく研究しなきゃならないぞ!」
三浦氏は力ずくで部屋を改装し、アンプなども壊してしまい
結局、実行されずに終わってしまった
「自衛剤」
石原氏は、知り合いに教えてもらった新しい自衛剤を飲んだ
妻「作用キツイんでしょう? こんなこと、いつまで続くのかしら だんだんエスカレートしていくばかりで」
自衛剤とは、大脳皮質刺激による一時的精神活動高揚促進剤で、
何時間か頭の働きが鋭くなるが、その分、副作用で、後にぼんやりしてしまう
これが、時間にしばられて働くビジネスマンに歓迎された
石原氏は、ライバル会社の社員に出くわした もちろん、相手も自衛剤を飲んでいるので
瞬時の間に互いに着ている服などで、月収がどれだけ増えたか推測し、会社の成績をつかみ取った
来客が来て、頭の下げ方がいつもより少し低いため、他で思わしい成果が上がらなかったことが分かる
相手は売り込み、石原氏も頭をフルに使って立ち向かう 騙されたら負けなのだ
経理部長とも渡り合い、表の誤魔化しを指摘し、最小限の譲歩にとどめた
今日使い始めたクスリは優秀だぞ
それから石原氏は、仕事後の、あの平和な低脳の楽しさをチラっと思うのだ
「校庭」
K中学校の宿直室でよく眠ってしまったことに気づいた
用務員にも言われバツが悪い 今日は休日だから校内はしんとしている
そこに数人の男が入ってきた 手に荷物や竹竿のようなものを持っている
用務員もスコップを持ち出して、男たちとともに校庭の真ん中を掘り始めた
バケツで何度も水を入れると、小さな池になり、にわかづくりの池で、釣りを始めた
そして、魚が次々と釣り上げられた
「このあたり、昔は池だったんだ 魚たちの魂は残っていてね
しばらくすれば消えてしまうが、ちゃんと釣れるのさ」
「拾得物」
係長「君は気が弱くていけない だから八方美人だなんて言われるんだ」
彼にも分かっているが、部下に反抗を許さない係長に逆らったら、どんなにイビられるか分からない
帰り道、腹を立てながら歩いていると、金属製の物体を蹴飛ばした 見慣れぬ武器なのだ
警察に届けようと思ったが、警官がいなかった
これ以上待つと、アパートに錠をかけられてしまう 明日にしよう
戻ろうとすると、クルマが突っ込んできた 反射的に例の武器のボタンを押していた
クルマは消えた これは、物体を原子に分解するのか? 別世界に飛ばしてしまうのか?
狙った相手を消して、形跡は残らないなら、うまく使えば完全殺人も不可能ではない
誰を消してやろうか 彼は空想を楽しんだ
係長「君、どういうワケで自信たっぷりになったんだ? 凄みが出てきたと社内でも評判だよ」
彼は、いつでも消してやるぞという微笑
係長は怯えたように目を伏せるのだ
「出勤」
20分ほど遅刻して急行に間に合わず、郊外電車に向かいながら憂鬱だった
あの猛烈な人波の中を、死に物狂いで乗り込み、身動きできないまま、
1時間以上も揺れられることに、はやくも疲労を感じている
電車に乗って、妙なことに気づいた 車内を見渡して、危なく声が出そうになった
いくつか空席があり、立っている者がいないのだ
休日ではない ストの心当たりもない だがいつもの人々はどうしたのだ?
ひょっとしたら、今、とてつもない大事件が起きているのか?
これは錯覚で、まだ寝床で夢を見ているのか?
不安というより恐怖だった
そのうちホームに着くと、行き交う男女、正常だった 僕は安心した
しかし、忘れようとしても、つい考えてしまい、仕事で何度かつまらぬミスをした
翌朝、行くとホームは満員 昨日空いていた理由はどんなに考えても分からないが
ラッシュが嬉しかった 僕は歓声をあげて、急行のドアに突進した
「似合いの夫婦」
同窓会の仕事で、学校に行くと、幹部はもう集まっている 会報づくりなのだ
私たちは、コンピュータを利用する
今は、個人番号など一連の数字を押すと、自動的に返事がきて、そのまま会報の原稿になる
一人ひとりが何をしたかがすべて分かるため
「××さん、また離婚したらしいわよォ」と時々手を止めて、あれやこれやと噂話に熱中する
何の報酬もない作業で、こんな楽しみがあるからこそ続いているのだ
プライバシーもあるため、本人が役所にこの事項は秘密扱いにしてくれと届け出ると公表されないが
それはそれで余計面白い
顔見知りのPさんは、今年のつい1ヶ月前までまったくのブランクになっていて、
その後、別の会社に勤めていると分かった
Pさんは秀才で、冷たい感じの美人のため、女王様づらをして、私たちを見下している人物だ
「どう思う? 秘密扱いって、よほど個人的か、犯罪に関したことでないとしてくれないわよね」
「分かった! 彼女、結婚詐欺にひっかかったのよ この頃、そんなニュースがあったじゃない」
帰宅した夫は
「チーフに呼び出されて文句を言われたよ 会社のコンピュータは記憶しただろうな
でも、誰でもミスはしているから、いちいち気にしていられるもんか」
「私たち・・・どうやら、うまく適応しているのねえ」
「青い市民証」
僕は5年ぶりの故国、日本を機内から見下ろして泣きそうになった
若者らしい野心に駆られて日本を出たものの、何をしてもうまくいかず
各地を転々として放浪した挙句の帰還だった
係官
「市民証は? 国民総背番号制が施行されて以来、日本人は市民証を携行することを義務付けられているんです
あなたの場合は手続きが必要だ 役人のスピードは昔とは違います 発行には30分もかかりませんよ」
部屋には人はいない スピーカーからの恐ろしく詳細な質問に答えて、市民証を発行してもらった
乏しい金を握り締めてレストランに入ると、「市民証をお見せください」
見せると「冗談じゃないわよ! 出て行ってちょうだい」
ほかの店も同様だった
近くの交番で警官に聞くと
「そりゃ、お前の市民証が安物だからだ 全部で400あまりの階級があって、それぞれの社会的信用になってる
その青色は最下級を意味する 気にするな 毎年書き換えなきゃならないから、
その間にお国の役に立つよう励むんだな あの連中のように、清掃奉仕などから始めるのもいいだろう」
【山田宗睦解説 内容抜粋メモ】
私はショートショートのあまりいい読者ではない
眉村氏とのつき合いも、たぶんはじめは尾崎秀樹が仲立ちしてくれたと思う
私に映った眉村氏は、折り目の正しい人だった
今作を読んで、彼がなかなか風流だと知った
私は、このごろ、人類は破滅の道に入り込んだと観じ、
ならばせめて優雅に滅びたいと念じているが、眉村氏はともに語るに足る風流の士に映るのだ
「ミスター・カレー」を読むと、伊勢物語を思い出す
“古のしづのをだまきくり返し昔を今になすよしもがな”
「降雪」を読めば、風流の始祖、在原業平の歌が古今集にある これを踏まえた新古今集の一首で
“夢かともなにかおもはんうきよをばそむかざりけん程くやしき”
今の遁世を夢とは思わない 現世に背かなかった間が悔しいというのである
しかし、世を捨てた者が、離れて見たものをもって、もう一度この世に戻るのが
遁世、風流の根底的(ラジカル)な性格なのだ
発表した順に並べられている全編を素直に読むと、誰もが自然に気がつく
この世を離れ、外からこれを批判しようとする遁世者の面目がうかがわれる
「ロボット楽隊」がちゃんとニュータウンにやって来たことの恐ろしさ
それについての眉村卓の風流な警告の意味を理解できるのではないか
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和48年初版 昭和55年12版)
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
[カバー裏のあらすじ]
妙な男が新幹線のC席にすわった。赤い髪をして鼻が高く、
まっ黄色のブレザーのブレザーを着ている。強烈に人目をひく男だ。
印刷されてない白紙の本を取りだし、何分かおきにページを繰ってニヤニヤ笑っている。
つぎの瞬間、ぼくはドキッとした。その男には、指が4本しかないのだ。
乗客たちはまったく無関心、見向きもしない。ぼくは恐怖でしだいに冷や汗が出てきた……。
企業や社会慣習にもみくちゃにされる滑稽であわれな人間像、
現代の盲点や落とし穴を鋭くえぐるSFショートショートの傑作集。
▼あらすじ(ネタバレ注意
「特訓」
アフリカのQ国について万国博に来るまでなにも知らなかったが、これほど見事な民芸品を生み出しているのか
ブローカーとしては、大量に輸入して絶対に売れると確信した
その時、男から声をかけられた
「実はQ国は、自分たちの言語を話す者しか相手にしないのです
私はQ国に10年近くいたので、ペラヌヒ語を教えてあげますよ
それに見合った授業料は頂きますが」
男は毎晩7時に来て、2時間みっちりと教えた
10日後、男はQ国の知人を連れてきた 割り増しを払えば、現地語で話せるという
私は次第に楽に喋れるようになった
2週間後、万国博のQ国のホステスにペラヌヒ語で呼びかけたが反応がない
「ヨク、ワカリマセン 英語カ日本語デ話シテクダサイ」
警備員が来た
「この頃、2人組が、見物客をペテンにかけているんです そんな言語は存在しないんですがね」
「発明チーム」
僕たちが会社を作ろうとした時、友人らは「つまらんことはやめろ」と言った
あらゆるものがコンピュータにより統御された商品が大規模に生産され
配給ルートで世界中の消費者の手に渡る時代に、発明会社を始めたかった
まず、個人用ヘリコプターの設計にとりかかった
「いよいよ試作するか」
メーカーは噛み付くように言った
「わが社の最小取引は100トンです 2キロとか細かいものは小売店でも行ってください」
小売店「何型ですか? 販売しているものは、みな規格化されています」
止む無く借金して100トンの材料を買い込んだが、工作機械のリースが1年単位だと後で知った
「だから言っただろう? あてがわれるものを大人しく受けていれば一番、無難なんだ」
「有望な職業」
入社試験に松島がいてドキンとした
世の中にはツイている人間と、そうでないのがいるが、僕と彼が見本みたいだった
ライバル関係にありながら、なぜか、いつも僕が幸運をつかみ、彼は失敗してしまう
これからは情報社会になる その動向を決定するのはコンピュータだと、
数理技術者になるつもりで勉強し、試験はやはり僕はパスし、彼はダメだった
数理技術者は花形となり、エリートの地位を確立し、独立して事務所をもった
だが、時代は少しずつ変わりはじめていた
いつかコンピュータが自力で処理し、坂道を転がり落ちるように、僕は落ちぶれていった
松島から声をかけられた
「うまくやってるようだな」
「あの会社に入れず、いわゆる有望職種につくのを諦めて、文章書きをしてるのさ
音声タイプが普及した今じゃ、自分で考えて文字を書ける人間は減る一方だ
地味だけど、けっこう儲かるんだよ」
「キャンプ」
少しでも新しい新製品が発売されると、妻は目の色を変えて買おうと言い始める
それも、実際に欲しいのではなく、流行に遅れるのが恐ろしいだけなのだ
妻「あの子がキャンプに行くときかないんです あの子には絶対に無理よ!」
「あの子ももう15歳だ たまには原始的な暮らしをしてみても悪くないだろう」
息子は興奮して、いつになくきっぱりと言った
「これは文明に毒された現代人を解放する試みなんだ
大自然で、男が、本来の男らしさをとり戻す手段なんだよ!」
その夜、レクリエーション会社の係員が、息子を連れてきた
「どうも近頃は、参加者の半数以上がこうなるので・・・」
「怖かったよう 暗いし、虫がたくさんいて刺すんだ 風が怖い声で脅かすんだよう」
所詮、息子も妻と同様、流行に遅れまいとパンフレットにつられて目論んだだけだった
「成功者」
僕たちのクルマはトラックと激しく衝突し、僕はそのまま気を失った
それが、こんなに早く全快するなんて! これからは死んだつもりで頑張るぞ
僕は、がむしゃらに仕事に向かった 甘っちょろいマイホームなんてもうたくさんだ
僕は自分が生きた爪あとを世に残すのだ
仕事で頭角をあらわすかわりに、敵もたくさん作った
家庭は冷え冷えとし、妻は何も言わず、子どもたちは、父親になんの親しみも持たず、妻に加担した
数年後、僕は新進の政治家として認められるに至った 今やまぎれもない成功者だ
家庭がどうしたというのだ? 他にいくらでも女がいるし、子どももいる
病院長
「ここに着いた時はもう絶望でしたのでパノラマ装置を使って、
被験者が心の底で望んでいたとおりの生涯を1秒たらずで見て、信じ、亡くなられたはずです」
妻「優しい夫で、いいパパでした 私たちとの幸せな一生を夢見てくれたのならいいんですけど」
夫の死に顔は満足げだった
「倉庫係」
「ちょっと、この書類を、港の倉庫の山田さんに届けてくれないか」
課長に頼まれると、課員たちがどよめくのを感じたが、
ついこのあいだ入社したばかりの僕にはなぜかは分からない
倉庫に行き、山田さんの仕事ぶりを見ると、高能率の見本そのものだった
書類を渡すと「たしかに受け取りました ご苦労様でした」
そして、何も言わずイスに座ると、虚空に目を向け、動かなくなった
用が済んだから帰れという意味か?
「山田さん!」
「はい、何でしょうか」
「いえ・・・別になにもありません」
これは人間そっくりのロボットなのだ!
課長
「あの人はたしかに人間じゃない 15年前からちっとも歳をとらないし
だが、それがどうした? 会社にとって大切なのは、その社員が役に立つかどうかだけなんだ」
「ヘルメット」
今はほとんどの人間がヘルメットを利用している
かぶると、目的にしたがって、素早く判断し、自動的に指示してくれる
猛烈ビジネスマン用、デート用、盛んに作られ、売られ、利用されている
奥さんが「待ってて、すぐにご飯の用意をするから」と主婦用ヘルメットをかぶった
会社に着くと、どうしてもヘルメットをかぶろうとしない彼に対する軽侮の目にさらされる
ヘルメットをかぶった上司から話しかけられた
「とうとう日本も月世界基地の建設に踏み切ったそうじゃないか」
「そのようですね でも・・・」
それ以上言えない みんなのようにサッサと判断ができないからだ
もっとよく考えて、いろんな条件を考えなければならないと思うからだ
上司も同僚も、同じ目つきで見ている
こいつは自分で何もかも判断しようとしているバカなんだ だから仕事もろくに役に立たないんだ
「使命」
「やはり現在の自動車の振動は、人間の内臓に無視できないほどの影響を与えるようです」
「そうだろう 裏づけを行ってから発表しよう メーカーは慌てるぞ
一斉に振動緩和装置の設計・製造に取りかかるだろう
これでまた、世の中から危険がなくなるわけだ」
レストランに行くと、支配人が緊張した顔で
「当店では、問題になるような材料は一切使っていません」
いい加減なことをすると、僕たちがすぐ調査し、世間に公表するのを知っているのだ
チーフ
「我々は、人間の安全を守るため、あらゆる分野に監視の目を向けなければならない」
かつて公害は野放しの状態だった 僕らの研究所は片っ端から指摘し
マスコミに言い、改善策を考え、発表する こんな素晴らしい仕事があるだろうか
だが、僕の家族は同意見ではない
妻「あなたたちの発表で、次々と新型を買わなきゃならないから、たくさんの人の恨みを買っているのが分からないの?」
息子
「もともと需要のないところに需要を作り出しているんだ 悪質だよ!
昔ながらの自然の中で暮らしていれば、そんなものは全然必要ないんだよ!」
僕にはさっぱり理解できないし、理解したいとも思わない
「災難」
「どうか、署名をお願いします 私たち、人類救済連合の者です どうか、ご協力を
このままでは人類は自滅します 私たちはそれを防ぐために努力しています」
大げさにもほどがある だがひどく愉快になった
僕は、単にユーモアを感じさせてくれたお礼のつもりで署名した
夜明けに電話が鳴った
「人類救済連合の指令です あなたのところに連合の名簿を送ります
それを写して、全員に封書で郵送するのです 分かりましたね? これは義務です」
彼らは勤務先にも自宅にもひっきりなしに夜昼なしに電話してきた
警察に話すと、そんな団体は登録されていなかった
僕は指示された仕事を始めざるを得なかった
たかが、遊び半分で署名しただけなのに・・・
「ビルの中」
今日中に片付けなければならない仕事があり、稲田は一人残った
「まだですか?」 夜遅いと時々酒を飲む癖のある管理人が声をかけた
「じゃ、11時過ぎまでは裏のドアに鍵をかけずにおきますから それより遅くなるなら知らせてください」
集中していたら12時を回っている エレベータはとまっていた
階段をおりて気づいた このビルは各階の廊下と階段を仕切る扉があるのだ
管理人に電話をしても出ない 酔って熟睡してるのに違いない
110番しようとしてやめた えらい騒ぎになり、大恥をかくことになるだろう
「あら、稲田さんん、早いんですね! 随分疲れてるみたい」
「ああ、疲れたよ」
不意に、稲田の目に涙があふれ出て、ふいてもふいても止まらないのだ
「C席の客」
入社して半年 急成長で名の知れる会社だから就職したが、仕事、仕事、仕事で息抜きも出来ない
たまに東京に出張に行くのも、鬼と呼ばれる課長のおともだ
僕は課長の話をうわの空で聞いていた
車室に妙な人物が入ってきたのだ 赤い髪、黄色いブレザーコートを着てC席に座った
開いた本には何も書かれていないのに、にやにやしてページをくっている
男には指が4本しかない これは何物だ?
課長
「そない神経細かいことではどないもならんで 世間にはいろんなのがおるんや
ええ加減、学生気分抜いて、仕事に身を入れんかいな」
「ディレクター」
ディレクターになって初めての生放送で、2人の出演者に説明した
「この番組の狙いは自由奔放さです ハプニング大歓迎なので、どんどん話し合ってください」
過当競争のせいで、彼の局も24時間放映を強いられていて、経費も徹底的に切り詰められている
「われら天才」と銘打って、街からヘンテコなのを連れ込んで討論させるという夜明け番組だ
自称芸術家「やっと思い出したぞ! このあいだ公園で、俺のパンをひったくったのは、お前だろう!」
大法則を発見した青年「あれがパンかよ!」
2人はケンカの言い合いで、とうとう青年が芸術家の頭を殴り、今や裸になってもみあっている
青年は泣きながら小便を洩らした
「ストップだ」
翌日、誰も文句を言わなかった 何の投書も、電話もなかった
機械係
「チャンネルは50もあるんだぜ おまけに夜明けの放映だ
断言するが、あれを見ていた人間は一人もいなかったにきまってる」
事実、その通りだった
「レジャー・パイロット」
労働時間が短縮され、余暇を持て余す時代になり、人それぞれの細かい条件に合わせて
あらゆるタイプの楽しみのプログラムを組むのがレジャー・パイロット
長谷川はやっと国家試験にパスしたが、このぶんでは店仕舞いすることになりそうだ
太田が来た
「僕はもうオフィスを持っていないよ 東洋レジャー・コンツェルンは、レジャー・パイロットを雇うことにしたんだ
うちだけじゃない 他の巨大企業もはじめようとしてる」
「馬鹿な!(出たw) 我々は、他人に雇われるのが嫌だからこそ、自由業の道を選んだんだ」
「現代に、自由業者の存続する余地はない 我々も新中間層に組み込まれていった、あの道をたどるだけだよ」
「知識ロボット」
現代は、人間の欲しいものは、自動生産・配給機構により、望むがままに与えられる
仕事をしても何の報酬もないが、僕は音声タイプで論文を書いている
娯楽開発同好会メンバの友人Pから映話がかかってきた
「君んところに、古い知識ロボットがあるそうだね
知り合いはみんな処分して、保存してるのは君だけだ それを貸してほしいんだ」
物置からロボットを出し、スイッチを入れると
「私は、現代の最高水準の知識を詰め込まれています さあ、何でも質問してください」
その後、ふと立体テレビにそのロボットが出演しているのを見た
司会者がなにかを尋ね、知識ロボットが答えると観客はどっと笑う
知識ロボットの言うことは何もかも時代遅れだが、知識ロボットは自信満々だから余計に滑稽なのだ
友人はうまい娯楽を考えたものだと私もゲラゲラ笑った
「職場」
係には係長と若い社員しかいない
「食事に行こうか?」
「今日は、他の課の連中とボウリングをやるんです」
若い社員は11回もストライクを出した
周囲はどよめいた 次もストライクなら300点の完全ゲームだ
ボールは見事にポケットに入り、全員わあっと叫んだが、1本だけピンが残った
「惜しかったなあ!」
昼休みが終わり、席に戻っても興奮はおさまらず
「さっき、惜しかったんですよ 最後にストライクを取りそこなったんです」
「ボウリングなんて、たかが遊びじゃないか 仕事の時間には仕事の話をしてくれないか」
たかが遊びだと? 遊ぶために働いているんじゃないか
「興味深い資料ですね 私にはまるで想像もつきません」
“有職者”は100年前の手記を読んで言った
みんな遊んで暮らせて、職をもつことは特権となった時代の人間には、奇想天外な物語なのだ
「旧友」
東洋情報産業の岩上から映話があった 久しぶりに夕食でもという誘いだ
「長い間、月面都市に行ってたんだ 君に負債を支払ってもらおうと思って」
昔のたあいもない賭けの話をした 「学校をパスしたら、おごってやる」と言ったのだ
何をおごると言ったっけな
「天丼だよ」
当時はまだ天然食品が普通だが、今は合成食品の時代だ
天然食品がべらぼうな贅沢品になった今ごろまで待って、食わせろというのか?
1杯で、クルマ1台ぶんの値段だろうなあ
岩上はにたにたと笑っていた
「蘇生」
意識を取り戻した時は、何が起こったか分からなかった
「アナタハヨミガエッタノデス」
そうだ、現代医学のあらゆる手を尽くしてもどうにもならない病気で俺は死にかけていたのだ
財産をすべてつぎこんで、低温保存し、人工冬眠に入り、成功したのだ
医師の話だと、保存されていたものの、事実上は死亡していて、この時代の技術で生き返らせたのだった
「いつ、外へ出られるのですか?」
「モウスコシシテカラ」
「僕はできるなら、ここで働きたい 大いに活躍したいんです!」
「地球ノ人口ハ 昔ノ何倍ニモナリ 競争モキビシイ
ヒトナミノ常識ヲ手ニ入レルニハ ホボ50年間教育ヲ受ケルノガ標準デス」
「その間に私はくだばってしまいますよ!」
「イマ 人間ハ150歳カラ160歳グライマデ生キマス
赤ン坊ノコロカラ 身体ヲ強化スルイロンナ処置ヲスルノデ
残念デスガ アナタハ処置ヲ受ケテイマセン
コノ部屋デ 何モセズ一生保護サレテ暮ラスホカナイノデス」
「審査委員」
吉岡「きょう審査するのはどんなものですか」
「立体幻像とかいうしろもので・・・ 若者たちは、これこそ新しい芸術だと申し立てているんです
今は理論は不要、感じるかどうかが大切だと言って、馬鹿馬鹿しい」
それは奇妙な機械だった 無数の色を帯び、形もこれでもかと変わる 居眠りを抑えるのが精一杯だった
理事
「わが委員会としては、こうしたものには習慣性があり、青少年教育によろしくないという観点から審査が必要です」
「年寄りに何が分かる! 今の傑作は1000万部も売れているんだ!」
吉岡「ああいうものは、非合法化するのが当然でしょう」
オブザーバーらはカンカンに怒ったが、委員らは慣れている
これほどの学識経験者を集めた委員会だ 審査の結論は正しいに決まっている
「新人」
本田と尾中はライバル関係にあったが「おたくは、何人、新人を回してもらいました?」と聞かれた
近頃のような求人難では、支店長らは人の獲得のため必死なのだ
「一人きり それも女の子です」
「うちも同じです このごろの新人はひどいのが多いから・・・」
「ろくに仕事もできないが、本店に文句を言うと、人の使い方が悪いと叱られる やりきれませんな」
新入社員の女の子は、社内でマンガを見ている
「きみ! そんなことでは困るじゃないか!」
女子社員はわあわあと泣き出し、周りがなだめると、さらにしゃくりあげて泣き続ける
本田
「ひどい話ですな でも、うちも似たような状態で
うちの新人は、何が可笑しいのか、始終、気違いみたいに笑いこけるんで、さっきから頭痛がしてるんです」(ww
「美しい世界」
夫を送り出すと、岩崎夫人は続きもののドラマのビデオカセットを観始めた
夫に言うと、所詮作り話で、現実とは似ても似つかないと言われる
「でも、これは立派な人たちが選定しているのよ
現実が醜いぶん、こうした美しい心を誰もが持てば、世の中ももっと良くなると思うわ!」
「まったく気楽なもんだよ!」
冗談じゃないわ こっちも苦労が多いのに
この間も「家庭婦人にでもできる高収入アルバイトの技術」という通信教育を申し込んだばかりだ
玄関ブザーが鳴り出てみると、同年代ぐらいの女がうつむいて立っていた
「恥ずかしいことですけど、1年前に主人を亡くしたもので・・・
その・・・鉢植えの花を買っていただきたいんです」
かすかな優越感をおぼえながら夫人は微笑んだ 「お気の毒に」
「家庭婦人にでもできる高収入アルバイトの技術」の教材が届いていて
パラパラとページをめくり、セールスの文字が目に入った
“鉢植えの花を売るには、共感しやすいタイプを見つけて、アタックすれば成功するでしょう
ビデオクラブの加入者やなどが好例です 相手の同情をひくと思わぬ成果があります・・・”
あの人はこれを読んでいたのか? いいえ違うわ 偶然よ
あとで花を注文しよう 夫人はテレビのスイッチを入れた
「来訪者」
深夜スナックを出て歩いていると「タスケテクレ・・・」という声が頭の内側に飛び込んできた
見ると、街路樹の根元に誰か倒れている 「しっかりしろよ!」
肩に手をかけると、身体が妙にぐにゃぐにゃして、消毒薬のようなニオイがする
顔は変に白く、目は異様に大きい(グレイ?
「ワタシハ人間ダ コノ惑星デハナイ 別ノ遠イ星デ発達シタ人間ナノダ
ワレワレハ、コノ惑星ノ人間ト交渉スルツモリダッタガ、ワタシ以外ハミンナ死ンデシマッタ
大気ニマジッタガスデ、ボロボロニナリ、呼吸器ヲヤラレタ 水ヲ飲ムト毒性ヲモッテイタ
モノスゴイ騒音デ何人カハ発狂シタ 道端ノニオイデ自殺シタモノモイル
ダメダ・・・毒ノ水ガカカリハジメタ」
雨が降り始めていた そいつは死んだのだろう
誰が本気にしてくれる? 公害に対する新手の嫌味にしか受け取ってくれないにきまってる
「職住密着」
「今度の週末に遠出しない?」と妻が言い、「今夜にでも検討しよう」と家を出た
エレベーターが来たので乗り込む 乗っているのは、同じ制服の人たち
この大きなビルは、オフィスと社宅がすべておさまっている「職住密着」なのだ
彼の生活は、同じビルの24階の自宅から4階のオフィスの往復
彼はこんな安定した生活はないと信じて適応していた
ビジネスマンの例にもれず、彼も近所の店には食傷していたので
上司から聞いた地下列車で20分ほどの店に行き、満腹のため眠りこけ、終点に着いてしまった
地下列車はおそろしくスピードが速いので、オフィスのあるビルから何百kmも離れている
駅員に「家に電話したらどうです?」と言われたが、妻は外出中だった
1週間後、やっと彼を発見した人々は、口もきけなかった
彼は、慣れた環境から放り出され、見知らぬ都会を半分狂ったままボロをまとい乞食をしていたのだ
「ヒゲ」
独力で事業をおこした先輩から「ぜひ、うちに来てもらいたい」と誘われた
誘いは受けたいが、今の会社に随分、世話になり、あと足で砂をかけるような真似はしたくない
会社のほうから退職を勧告してくるか、居づらくなる方法はないものかと相談すると
「ヒゲはどうだ? どんなに文句を言われても伸ばし続けるんだ」
「やってみましょう」
ヒゲは少しずつ伸びてきて、最初のうちはちらちら眺める者もいたが、注意されない
先輩「君の会社でよそへ転職した人間がいるか?」
「いますよ この半年で5人ばかり ホープと言われていたのばかりです」
先輩「それだ 君も警戒されて意図を見抜かれているのかもしれない とことんまでやることだ!」
僕はヒゲを整えるのもやめ、いろんな色に染めた でもダメだった
誰も文句をつけてくれないのだ
「夜行列車」
夜行列車の自由席はがらあきだった
そこに帽子を深くかぶった老人らしき男が座ってきた
「そんなに一生懸命にならないほうがいいですよ
あなたの会社は半年もしないうちに倒産する
読んでる本の知識も、2年もしないうちに時代遅れになる」
怒って、帽子をとりあげてぎょっとした 自分に酷似しているのだ
「わしは、あんたのなれの果て・・・未来の姿さ」
男が消えた あれは夢だったのか?
頑張ってああなら、頑張らなかったら一体どうなる?
叫びたいのをこらえながら、また本を読み始めた
「新広告」
「今から当社の研究成果を発表させていただきます」
ユニーク宣伝社は、僕たち経済記者の間では最低評価だ
今度の商品のタイトルも大げさで「消費者を購買ロボットにするユニーク・スクリーン」とある
催眠術と広告を合わせたもので、見ている人間が無意識にものを買わされるらしい
「よう見といてくなはれ」
スクリーンを見ていると、猛烈にノドが乾いてきて、廊下にあるウォータークーラーには行列ができた
やられた! あの広告塔のせいだ
「アメリカでの識閾下訴求広告は禁止されたはずだ」
「まさに、エコノミック・アニマルだ!」
世間が騒ぎ、警察も許可できないと言い出した頃
ある大手デパートがユニーク・スクリーンを採用した
合法的にやったのだ
“このカーテンの中に入ると、品物をお買い上げいただくことになります
それでも構わないという方だけお入りください”
もちろん、デパートは大もうけだった
「ミスター・力レー」
川崎さんは、実直だが、ミスター・力レーというあだながつけられている
毎日のランチでカレーしか食べないからだ
「よほど好きなんですねえ」
「別にそうじゃないが、僕のような所帯持ちは、ランチに使える金は決まっている
カレーなら、よほどじゃない限り、予算内でおさまるからね
僕は食べたカレーを全部、記録してるんだ なかなか面白いよ」
手帳を見せてもらうと、食べた月日、店名、値段、味、飯の炊き具合、すべて詳細に書かれている
川崎さんが出向になった時
「君たちと別れるのは残念だが、会社のまわりの店はあらかた食べたから
また新しい店にあたれると思うと待ちきれないよ」
社用を済ませ、同僚たちとたまたま川崎さんの勤める会社を通りかかり
今ごろは部長待遇のはずだから、美味しいカレーをおごってもらおうと訪ねた
川崎さんは豪華なレストランでフルコースの料理を注文した
「カレーを食べないんですか?」
「こっちへ来てから、接待費を使って贅沢な食事が多くなって、
カレーを食うチャンスがなくなり、僕にはもうカレーの味の判断ができない
僕は何を楽しみに生きていけばいいんだ」
「自動管制車」
大嫌いな記者が言った「ご自慢の自動管制車、今にきっと事件が起こりますよ」
自動管制車のどこが悪い 通勤ラッシュは解消し、交通事故はゼロに近い
浅井は、市の幹部の一人として誇りに思っているのだ
「ご自身でご覧になるほうがいいでしょうな
市の幹部は、郊外に邸宅を構えて、市庁舎を往復しているだけでしょ?」
浅井は幹部の打ち合わせの宴会でだいぶ飲んだ帰り、自動管制車に乗ってみることにした
行きたい停留所のボタンを押せば、ゴンドラが入って、最寄り駅で降りることが出来る
突然1人の男がわめきはじめた どうやら借金の催促らしく、やかましいし、聞くに堪えない
易者が声をかけてきた「あんた、よくない相が出ていますぞ、よかったら見てさしあげるが」
酔って寝ていた男はゲエゲエと吐きはじめ、隅のほうでは男女が熱烈なラブシーンを演じている
けれども浅井はあと30分は乗っていなければならないのだった
「降雪」
今夜はカギタとともに宿直しなければならない
僕たちの仕事は定められた地方に雨が降るようボタンを推したり、記録したりすることだ
四季の移り変わりは昔どおりだが、降雨は特定の地域に集中しないようコントロールし
台風エネルギーを有用なものに転換したりして、世界的なバランスを考えた計画に従っている
カギタは日本の古い行事や風習に異常に興味を抱いている
時代の先端をいく気象制御局の人間が、そんな後進的な気持ちでいいものか?
「寒いな これなら雪を降らせることができるぞ」
「変なこと言わないでくれ プログラムでは、今夜はなにも降らさない予定なんだ」
「やはり、今夜こそオレはやるべきなんだ」 カギタは勝手に計器のボタンを押している
「やめないか!」
カギタは各放送局へメッセージを送っていた
「これは皆様への特別プレゼントです どうか、雪降りしきる大晦日のムードを昔にかえってお楽しみください」
「音」
目の前を同窓のKが通った 彼は有名会社に入り、昇進を続けているはずだ
声をかけると、なにかに怯えているようだ
相談にのるつもりもないわけではなかったが、相手が惨めったらしくなっているのを見て
理由を聞いて幾分かの快感を味わおうという動機のほうが強かった
彼は私を裏道に連れ込んだ
「ここならおそらく記録装置はない 君は聞いたことがないか? カチリという音を
個人の自由だとかいうたぐいのことを口にするたびにカチリ、カチリと音がするんだ
ある回数に達すると、、、不都合な人間として消される仕組みだ
最近、蒸発が多いだろう あれは何の痕跡もなく消された人間なんだ
その装置が仕掛けられているのは、会社だけじゃない 町中いたるところに配置されている」
Kは狂っている 幻聴に悩まされているのだ
だが、あれ以降、私にも聞こえるようになった
上司に反発したり、バーで気炎をあげ、本音を吐くたびに、
カチリ、カチリと音がするのだ
「理由」
叔父と甥の関係でもあり、仕事上では上司と部下の関係の青年は
叔父を階段で突き飛ばし、打ちどころが悪くて死亡してしまった
「被害者は、僕のほうです! 叔父は僕のことなど心配なんかしていませんでした
はじめ叔父は“会社勤めは神経を使うから、胃をヤラれるぞ”と毎朝顔を合わせるたびに繰り返すんです
いつも言われているうちに、本当に胃が痛むようになりました
次に“リラックスしなきゃいけない”と、サウナ風呂をすすめて、“心臓がおかしくなるぞ”と
何度も言われて、実際に心臓は変になってきました
“スポーツはやめたほうがいい”と言われ、“足腰が弱くなる”と言われ、仕事にも自信を失いました
すると今度は“こんなに頼りにならない奴だとは思わなかった”と嫌味を言うんです
やめてくれと頼んだんです でも叔父は呆れたように何と言って拒否したと思います?
“自分は叔父で、上司だから”って そんな理由にもならない理由で、僕に干渉し得ると信じきっていたんです!」
「みんなの町」
都市のはずれで育った私は、そこに出張を命じられ、心が躍った
むろん、小さな畑などは影も形もなく、S工場が広大な面積を領して並んでいる
幼い頃走り回った路地はどこへ消えてしまったんだ?
空しさと怒りで足を早めると、母に手を引かれてよく行った商店街に以前の面影があるではないか
「もしもし、あなた このあたりに、何かご用があるのですか?
さっきから拝見してると、もうこれで1時間にもなります どういうつもりです?」
僕は呆れ、不愉快になったが、その時気づいた
行き来する人のほとんどが今の男と同じような制服を着て
奥さん連中は、胸にS工業のバッジをつけている
「まだいるのですか? 挙動不審の人がウロウロするのは困るんです
ここは、“みんなの町”ですからね あなたはみんなのうちに入りません
S工業と関係がない みんなの一員に認めることはできないのです」
「報告者」
女房が法事で実家に行き、僕はバットを持って、団地の屋上で素振りをしていると
なにかが降りてきた 全体にぼんやり光っていて、屋上に着陸した
そこから這い出して来たのは、1mくらいで、大きな頭部、ひょろ長い触手のヘンテコな怪物なのだ(ステキ
怪物が小さな箱を持って言った
「コノ箱ハ、自動言語変換器ダ」
「何しに来た? 地球を征服しに来たのか?」
「違ウ 私ハ調査員ダ コノ星のスベテヲ知リタイ」
「知ってどうする?」
「ワレワレハ、平和デ高度ナ文明ヲ有シテイル コノ星ガ独力デ発展シソウカ
ソウデナケレバ破滅シナイヨウ指導員ヲ送ッテモラワネバナラナイ」
私はそいつを自分の号室に連れ込むと、新聞や本を片っ端から読み
「信ジラレン コレデハ自滅ヘノ一本道ダ」
そいつはまた飛び立った それから1年 どうなったか想像はつくが僕は知らない
「正義の使者」
ストに入ってから、もう3日目になる
われわれが要求したボーナスの額は高かったかもしれないが、これまでがあまりに安かったせいだ
今期は、新製品が当たり、売り上げも上昇したのだからと言っても、会社側は認めようとしない
そこにどうしても会わせろとくたびれた中年男が来て、“正義の使者”と書かれたたすきをかけている
「10ヶ月分のボーナスとは、身の程知らずも甚だしい! 6ヶ月分の回答を出す会社も会社だ!
世の中には、労働組合もできない連中がいる 大企業にしぼりとられて泣いている中小企業も多いんだ
あなたがたの会社がボロ儲けしてるのは、下請けを締め付けた結果じゃないか!
なぜ、利益を社会に還元しない? 私は正義の使者として・・・」
他の役員や、会社側の委員も来て、「埒もないことを演説しやがって」とののしった
「うちの会社に恨みでもあるのかな」
「じゃ、あと1時間で団交を再開しましょう」
「テレビドラマ」
うちの妻はPTAや、教育協議委員などをいくつも兼ねていて、視聴覚文化にはえらくうるさい
その妻が珍しく子どもとテレビドラマを見ている
一緒に見ていると、だらだらとして、スリルもサスペンスもない
「退屈な番組だね」
「そんなことを言うのは、あなたが毒されているからよ!
以前の、むやみに刺激的な番組に未練があるのよ
家族が集うお茶の間では、こうして健全な娯楽が正しいの
こうなったのも、私たちの運動が実を結んだからだわ
私たち全母親連合は、古い男どもの圧力を跳ね返し、
いかさまウーマンリブを叩き潰して、ついに巨大な圧力団体よ
興味本位の番組をやれば、スポンサーは不買運動の対象になる」
妻の演説にうんざりし、外へ出て、一杯ひっかけてから眠るとしよう
こっちが仕事だけに精力をすり減らして、ほかの何事も念頭になかったのがいけなかったのだろうか
馴染みの飲み屋へ来ると、テレビでアクションドラマをやっていた
しかし、ドラマが終わると、死んだはずの男たちが画面に出てきた
「ただ今のはすべて作り事です 残酷な場面ももちろんお芝居です どうかご安心ください」
「意欲」
馬場氏からすぐ来てくれと言われた 現代では誰一人知らぬ者のいない異色の超人だ
部屋に入ると、生気のない姿に目を疑った
「あなたの研究報告読みましたよ やる気を失くした人間に催眠術をかけて意欲を取り戻す
あれを、私にやってくれませんか?」
スーパーマンのような馬場氏には関係ない代物だ
「私は本気です 今の私には、もう求めるものがない
金は充分すぎるほどある 地位も名声も保持している
だが、引退する気は毛頭ない 現在の状態を維持できればいいんです が・・・
それでは周囲がおさまらない 私がさらに次の段階目指して頑張ることを期待しているんです
これ以上あくせくしたくないが、やらなきゃなないんです」
僕は承諾するしかなかった
それからの馬場氏は、新規事業をはじめ、挙句の果ては政治に首を突っ込み過労で急死した
でも、そうなると知っていたのではないかと思うのだ
「パーティー」
常務と課長から
「君、すまないが、取引先のK社の社屋落成披露パーティに出てくれないか?
お土産があるはずだから、それを持って帰って、常務に簡単な報告をすればいいんだ」
K社に行くと、それぞれグループをなして談笑している
知った顔は見当たらず、彼と同年輩の人間さえいない
要するに、彼はここにいてもいなくてもいい存在なのだ
しかし、来たばかりで、最初にお土産をもらって帰るのはあまりいい図ではない
もう少し辛抱しよう 5杯目の水割りを飲み干してもひとりぽっちだ
パーティとはこんなに孤独なものなのか?
いや、課長らは、こうなるのを知っていて出席するよう言ったに決まってる
彼はとうとうガマンできず泣き出した
それでも軽蔑したような顔をチラと向けるだけで、相変わらず談笑を続けるのだった
「監視員」
工場長
「制御室に幽霊が出るなんて、そんなばかな話があるか
工場の自動制御機構は、もともと人がいなくてもいいよう設計されている
これまでは2人だったが、単独勤務になったのが面白くないんだろう?」
「本当なんです 座っている僕たちの前に、ぼうっと人影が浮かび上がるんです」
工場医
「人は一人きりになると、無意識に自身と対話を始めるものです
この人たちには強い使命感がある 抑圧が積み重なると、それが視覚的なものになる
いわゆる幻覚ですよ 対話のための分身です」
「たしかにそうだ 気を緩めると、幽霊が振り返って、話しかけてきそうで・・・」
「みんな大変だろうが、頑張ってくれないか」
「そうはいかないんです 僕たちは幽霊は怖くないけれども、
会社の方針通り、いつもと違ったことが起こらないか注意を集中させていますが
幽霊がいつ振り返って話しかけるか、それだけが気になって・・・」
「スポーツ」
集団学習の時間に、同じグループの少年が、ロボット教師の質問に
あまりにトンチンカンな返事をしたため、つい笑ってしまい、自由時間にそいつが来て
「隔離室へ行こう」と言った
「隔離室」は、ロボットが入るのを禁じられている部屋で、人間だけで処理しなければならない問題が起きた時に使われる
僕たちは言い合いとなり、胸ぐらをつかまれ突き飛ばされた 悔しかった
僕は自室に帰ると、補助ロボットに命じて、人間同士の戦いの資料を揃えさせようとしたが見つけられなかった
楽しく暮らしていればよい現代では、争いの記録は抹消されている
そうだスポーツだ!
期待して図書館に行き、昔の文字を読み始めた ジュウドウ、カラテ、ケンドウ・・・
しかし、巨頭と細い腕で、15分以上は立っていられない僕たちには無縁の遺物だった
「模範社員」
私は、今の会社を辞めようと思っている
条件に不足はないが、半年前、川田さんが入社してからおかしな具合になった
「変わってるんだ ひどく折り目正しくて、極端な合理主義者なんだよ」
翌朝、古風な時代遅れの格好の青年が入ってきて、いちいち礼儀正しいため、とうとう笑ってしまった
給料日 川田さんは、ロッカーから巻いた大きな紙を持ち出した みんなに何かと聞かれ、
「配分です 洗濯代とか、詳細を記して、私がサラリーマンとして不健全な使い方をしていないかどうか判断するのです」
それから半年後、川田さんへの評価が上がるにつれて、はじめ笑っていた人たちも
今はみな同じようになってしまったのだ
「帰途」
彼は今日も午前10時過ぎに会社を出た こんなことが3ヶ月も続いている 過労なのだ
国電に乗ると、たちまち眠気が襲う
寝ちゃいけないと言い聞かせたが、とうとう寝てしまい、目をあけると乗り過ごしていた
またやったのだ!
反対方向の電車に乗り、座らずに窓の外を眺めていると、学生時代のことを思い出された
記憶をたどっているうちに、我に返ると最寄りのS駅を発車したところだった
顔をひきつらせ、再びS駅方面の電車に乗る もう乗り過ごしはしない 次の駅なのだ
情けなくなり、カセットテープの早送りや巻き戻しを繰り返すのと同じだと思った
仕事がきつすぎるのだ でも、やらないわけにはいかないではないか
反動があり、見ると、S駅のホームが流れている
泣きそうになりながらタクシーを降りて、自宅に帰ると、妻が寝ないで待っていた
「今日も遅いのね もっと早く帰らせてもらうことはできないの?」
「ロボット楽隊」
僕が家族で住むニュータウンの団地に、月に一度現れるロボット楽隊が通っていく
すっかり慣れたが、多分、中には人間が入っているか、どこかで電波で操っているのだろう
新手のチンドン屋にしては、何の宣伝もしないのが妙だが
最近はCMらしくないのが多いから、逆手に出た広告なのかもしれない
先頭のロボットが、子どもの三輪車につまずいて、ひっくり返り、
すぐ頭をあげ、また行進する その様子があまりに自主的すぎる
僕は連中のあとを追ってみた
ついて来る子どもの顔ぶれは何回も変わったが、相変わらず無表情に演奏しながら
次の町へと歩いて行く 夜になってもそのままで、やむなく家に引き返した
その次の月にもロボット楽隊はニュータウンにやって来た
「日曜日」
日曜日なので、団地内で遊ぶ子どもの声が聞こえるが、彼は仕事に出た
自業自得だ 宮仕えが性に合わず、独学でイラストレータになり
やっと一本立ちしたのだから、仕事がつまると休日どころではないのだ
身をつつむ春風が気持ちいい 彼は自分が多感になっているのを自覚した
忙しさで後回しにしていたが、回り道をしている今、やってみよう
ぶらぶらと歩き、ベンチに座ると、十数人の小学生の姿が見えた
チャンバラをしている様子を微笑して眺めていたが、
その中の一人が子どもの頃の自分によく似ていることに気づいた
他の子どもも小学校時代のクラスメートそのものなのだ
子どもたちは公園から走り去り、自宅に戻ると、電話応対でヒステリックになった妻が叫んだ
「タバコを買いに行くのに、どうしてそんなに時間がかかるの? ほんとに、時間の観念がないんだから」
(なんか、この気持ち分かる気がする 家にいると、“数字”がどうでもよくなってくる
「支配人」
私は、今日、この店の支配人に任命されたばかりだ
ウエートレス「お客さんが変なんです」
「気味が悪いからって、いちいち逃げてちゃ、商売にならないじゃないか いいとも 僕が出てやる」
ウエートレスが怯えたのも無理はない そこにいたのは化け物としかいいようのない奇妙なしろものだった
口は裂け、鼻と耳がなく、身長は2m以上で、金属製のウロコのようなものを着ている
他の客も食事どころではなくなっている これではいけない
化け物「アレガホシイ」 化け物は陳列棚の見本を指さした
「ビーフカツでございますね 恐れ入りますが、お代金はいただけますでしょうか?」
「コレハ金ダガ、コレデイイカネ?」
支配人は、金塊らしきものを確かめさせると本物だった ビーフカツを持っていくと
「違ウ! アレダ!」
化け物は、ロウづくりの見本を3つ、たて続けに食べると店を出て行った
相手が化け物でも、代金はたっぷりもらったし、僕は支配人としては合格だ
次の昇給はきっと多いぞ
「ホテル」
田舎にある工場で商談を済ませ、酒を飲み、気づくと9時前で、もう列車はないといわれた
駅員「明朝の6時過ぎまでありません」
飲み屋に戻り、宿がないか聞くと「2軒ばかりあるけど、こんな時間だから・・・」
やっと探し当てた宿屋は2軒とも、誰も出てこない
そこにホテルという看板を発見し、「泊めてください!」と大声をあげた
案内されると、すべて横文字で、バーに入ると、日本語が通じない
「いい加減にしてくれ!」
僕は逃げ出し、部屋から家に電話しても、交換手にも日本語が通じない
翌朝、フロント係が言った
「いかがでしたか? ここはR工業の海外出張をする社員のための訓練用ホテルで、スペイン語しか使えないんです」
「住人」
目を覚ました僕は、自動洗顔機で顔を洗い、配達された使い捨ての服を着て、外へ出ると
例によって数人の奥さんたちが、僕を見るなり薄気味悪そうに声をひそめるが、とっくに慣れている
ここいらは、僕が生まれ育った土地で、よその土地に行くなんて考えられないぐらいだ
上司にランチに誘われた
「君が自然食ファンだと知ってるから、自然食のレストランに行こうじゃないか」
今は自然食は高いため、何か話したいことがあるに違いない
上司
「君、今でも前のマンションに住んでいるのか? 君の奥さんは亡くなられて10年も経つのになぜ?」
「なぜって・・・」
「今はテンポがおそろしく速い時代、変わり身の速さが尊ばれているんだ
なのに、思い出に囚われて、同じ土地にしがみついて動かない人間なんて、狂人以外の何者でもないんだよ
精神病院に入れられたらどうする? 会社も君も困るじゃないか」
「土地成金」
三浦氏は、いわゆる土地成金だ 先祖の田地が、開発ブームで高く売れて、うなるほど金を持っている
僕は、彼の息子の家庭教師をしていた縁で呼ばれた
「ちょっとうちの息子を見てやってほしいんだ
変にあたりを見回したり、急に高い声で怒鳴ったり 最近流行りのノイローゼじゃないかと思うんだ
もし医者が大事な息子を精神病だなんて言って、気違い病院に入れられたら、外聞が悪い」
豪邸に入り、息子の部屋に入ると、最高級のステレオ装置で占められていて驚いた
「あ、先生 ちょうどよかった 僕は、新生物を発見したんですよ!
このシステムは高級で、2万サイクルの音も録音できるんです」
テープからキイキという恐ろしく高い音が聞こえてくる
「これは通信なんです 言葉なんです」
「我々の回りに、何か未知の生物がいるというのか? 事実とすれば大変だ
これはもっと詳しく研究しなきゃならないぞ!」
三浦氏は力ずくで部屋を改装し、アンプなども壊してしまい
結局、実行されずに終わってしまった
「自衛剤」
石原氏は、知り合いに教えてもらった新しい自衛剤を飲んだ
妻「作用キツイんでしょう? こんなこと、いつまで続くのかしら だんだんエスカレートしていくばかりで」
自衛剤とは、大脳皮質刺激による一時的精神活動高揚促進剤で、
何時間か頭の働きが鋭くなるが、その分、副作用で、後にぼんやりしてしまう
これが、時間にしばられて働くビジネスマンに歓迎された
石原氏は、ライバル会社の社員に出くわした もちろん、相手も自衛剤を飲んでいるので
瞬時の間に互いに着ている服などで、月収がどれだけ増えたか推測し、会社の成績をつかみ取った
来客が来て、頭の下げ方がいつもより少し低いため、他で思わしい成果が上がらなかったことが分かる
相手は売り込み、石原氏も頭をフルに使って立ち向かう 騙されたら負けなのだ
経理部長とも渡り合い、表の誤魔化しを指摘し、最小限の譲歩にとどめた
今日使い始めたクスリは優秀だぞ
それから石原氏は、仕事後の、あの平和な低脳の楽しさをチラっと思うのだ
「校庭」
K中学校の宿直室でよく眠ってしまったことに気づいた
用務員にも言われバツが悪い 今日は休日だから校内はしんとしている
そこに数人の男が入ってきた 手に荷物や竹竿のようなものを持っている
用務員もスコップを持ち出して、男たちとともに校庭の真ん中を掘り始めた
バケツで何度も水を入れると、小さな池になり、にわかづくりの池で、釣りを始めた
そして、魚が次々と釣り上げられた
「このあたり、昔は池だったんだ 魚たちの魂は残っていてね
しばらくすれば消えてしまうが、ちゃんと釣れるのさ」
「拾得物」
係長「君は気が弱くていけない だから八方美人だなんて言われるんだ」
彼にも分かっているが、部下に反抗を許さない係長に逆らったら、どんなにイビられるか分からない
帰り道、腹を立てながら歩いていると、金属製の物体を蹴飛ばした 見慣れぬ武器なのだ
警察に届けようと思ったが、警官がいなかった
これ以上待つと、アパートに錠をかけられてしまう 明日にしよう
戻ろうとすると、クルマが突っ込んできた 反射的に例の武器のボタンを押していた
クルマは消えた これは、物体を原子に分解するのか? 別世界に飛ばしてしまうのか?
狙った相手を消して、形跡は残らないなら、うまく使えば完全殺人も不可能ではない
誰を消してやろうか 彼は空想を楽しんだ
係長「君、どういうワケで自信たっぷりになったんだ? 凄みが出てきたと社内でも評判だよ」
彼は、いつでも消してやるぞという微笑
係長は怯えたように目を伏せるのだ
「出勤」
20分ほど遅刻して急行に間に合わず、郊外電車に向かいながら憂鬱だった
あの猛烈な人波の中を、死に物狂いで乗り込み、身動きできないまま、
1時間以上も揺れられることに、はやくも疲労を感じている
電車に乗って、妙なことに気づいた 車内を見渡して、危なく声が出そうになった
いくつか空席があり、立っている者がいないのだ
休日ではない ストの心当たりもない だがいつもの人々はどうしたのだ?
ひょっとしたら、今、とてつもない大事件が起きているのか?
これは錯覚で、まだ寝床で夢を見ているのか?
不安というより恐怖だった
そのうちホームに着くと、行き交う男女、正常だった 僕は安心した
しかし、忘れようとしても、つい考えてしまい、仕事で何度かつまらぬミスをした
翌朝、行くとホームは満員 昨日空いていた理由はどんなに考えても分からないが
ラッシュが嬉しかった 僕は歓声をあげて、急行のドアに突進した
「似合いの夫婦」
同窓会の仕事で、学校に行くと、幹部はもう集まっている 会報づくりなのだ
私たちは、コンピュータを利用する
今は、個人番号など一連の数字を押すと、自動的に返事がきて、そのまま会報の原稿になる
一人ひとりが何をしたかがすべて分かるため
「××さん、また離婚したらしいわよォ」と時々手を止めて、あれやこれやと噂話に熱中する
何の報酬もない作業で、こんな楽しみがあるからこそ続いているのだ
プライバシーもあるため、本人が役所にこの事項は秘密扱いにしてくれと届け出ると公表されないが
それはそれで余計面白い
顔見知りのPさんは、今年のつい1ヶ月前までまったくのブランクになっていて、
その後、別の会社に勤めていると分かった
Pさんは秀才で、冷たい感じの美人のため、女王様づらをして、私たちを見下している人物だ
「どう思う? 秘密扱いって、よほど個人的か、犯罪に関したことでないとしてくれないわよね」
「分かった! 彼女、結婚詐欺にひっかかったのよ この頃、そんなニュースがあったじゃない」
帰宅した夫は
「チーフに呼び出されて文句を言われたよ 会社のコンピュータは記憶しただろうな
でも、誰でもミスはしているから、いちいち気にしていられるもんか」
「私たち・・・どうやら、うまく適応しているのねえ」
「青い市民証」
僕は5年ぶりの故国、日本を機内から見下ろして泣きそうになった
若者らしい野心に駆られて日本を出たものの、何をしてもうまくいかず
各地を転々として放浪した挙句の帰還だった
係官
「市民証は? 国民総背番号制が施行されて以来、日本人は市民証を携行することを義務付けられているんです
あなたの場合は手続きが必要だ 役人のスピードは昔とは違います 発行には30分もかかりませんよ」
部屋には人はいない スピーカーからの恐ろしく詳細な質問に答えて、市民証を発行してもらった
乏しい金を握り締めてレストランに入ると、「市民証をお見せください」
見せると「冗談じゃないわよ! 出て行ってちょうだい」
ほかの店も同様だった
近くの交番で警官に聞くと
「そりゃ、お前の市民証が安物だからだ 全部で400あまりの階級があって、それぞれの社会的信用になってる
その青色は最下級を意味する 気にするな 毎年書き換えなきゃならないから、
その間にお国の役に立つよう励むんだな あの連中のように、清掃奉仕などから始めるのもいいだろう」
【山田宗睦解説 内容抜粋メモ】
私はショートショートのあまりいい読者ではない
眉村氏とのつき合いも、たぶんはじめは尾崎秀樹が仲立ちしてくれたと思う
私に映った眉村氏は、折り目の正しい人だった
今作を読んで、彼がなかなか風流だと知った
私は、このごろ、人類は破滅の道に入り込んだと観じ、
ならばせめて優雅に滅びたいと念じているが、眉村氏はともに語るに足る風流の士に映るのだ
「ミスター・カレー」を読むと、伊勢物語を思い出す
“古のしづのをだまきくり返し昔を今になすよしもがな”
「降雪」を読めば、風流の始祖、在原業平の歌が古今集にある これを踏まえた新古今集の一首で
“夢かともなにかおもはんうきよをばそむかざりけん程くやしき”
今の遁世を夢とは思わない 現世に背かなかった間が悔しいというのである
しかし、世を捨てた者が、離れて見たものをもって、もう一度この世に戻るのが
遁世、風流の根底的(ラジカル)な性格なのだ
発表した順に並べられている全編を素直に読むと、誰もが自然に気がつく
この世を離れ、外からこれを批判しようとする遁世者の面目がうかがわれる
「ロボット楽隊」がちゃんとニュータウンにやって来たことの恐ろしさ
それについての眉村卓の風流な警告の意味を理解できるのではないか