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『それぞれの曲り角』 眉村卓/著(角川文庫)

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■『それぞれの曲り角』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和61年初版 昭和61年再版)


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[カバー裏のあらすじ]
ここに登場する十人の男たちは皆、平凡なサラリーマンである。
現実からの逃避を考えながらも、若さを、自由を、成功を夢見る普通の人間なのだ。
そうした彼らの前に突然、願いをかなえてくれる不思議な現象が起きた。

あるものは年を取らない女を知り、またある者は若返りの機械を手に入れる。
やがて幻影は残酷な現実世界へと引き戻される。それぞれのとき、それぞれの立場で…。
「ビルにいた女」他9編を集め、眉村インサイダーSFの幕が開く。



私が学生時代に読んだ眉村作品はあと1冊残すのみで、
それは、私が眉村作品の中でもっとも好きな作品なので後に残すとして

この短篇もサラリーマンものなので、いちいち自分のことなのか?という思いで読んだ
眉村さんの経験も入っているのか、広告代理店に勤務する者や、
フリーライターなどの自由業に憧れる登場人物が多い感じ

自由業といっても、全然、自由とは思えないと常々思う
いつも締め切りに追われて、企業やスポンサーの顔色を窺って、
自分の意思を曲げなきゃいけない矛盾も少なからずあるだろうし

広告代理店なんて名前だけでげんなりする
自分が興味のない、むしろ、こんなモノをどうして大量に売るのかと思っているものの
宣伝文句を入力していた時は、本当に心底擦り切れていたことを思い出す

金絡みには、なにかしらの犠牲が伴って、それを生理的に嫌悪している自分には
今の社会ではどこにも居場所はないのでは、という気がする



▼あらすじ(ネタバレ注意

「映介」
周りには、会社の仲間、家族としか付き合わない人間がたくさんいる
それだけが親しい、本当の知り合いなのだろう
映介は、会社の仲間は、生活に必要な金を稼ぐ場での協力者に過ぎないと思うばかりだ

映介の両親はもう亡く、きょうだいもなく、独身で、恋人もいない
やっと誰かと親しくなっても、いつも自分のせいではない理由でいなくなってしまうのだ

会社帰り、初めての酒場に入って、マスターに話す
「転勤や、引越しなどで会えなくなるんです」
「つかず離れずの関係を保てば、そうならずに済むかもしれませんよ

1ヵ月後、その店は人手に渡って、親しくなったマスターもいなかった

年月が経つにつれ、誰とも親しくなろうとせず、ますます偏屈になっているのが自分でも分かる
彼は定年を迎えた

ある日、別に用もなく、家にいても暗い気分になるので散歩をしていると
「お久しぶり!」と、昔付き合っていた女から声をかけられた

その後も、学校の同窓生などに偶然会う妙な日だった
途中、コーヒーでも飲もうと入った喫茶店に入ると、あのマスターがいた

自分の運が逆流しはじめたのか? それとも、そろそろ自分の寿命も終わりなのか?
彼は、黙って、コーヒーが淹れられるのを眺めていた



「ビルにいた女」
フリーのコピーライターとして事務所を借りようと貸事務所を回ったが
小奇麗な室は高すぎるし、安いとそれなりに環境が悪い

妻に言われて、会社勤めをしていた頃にいた「貸机」の弥平ビルを思い出した
「貸机」とは、事務所にデスクを並べ、1ついくらの月ぎめで使うシステムなのだ

いろんな人が使っていて、女子事務員がよく働き、ヒマがある時は連中の手伝いもしていた
たしか大久保信子といったっけ あれから7年以上になる
連中は撤退するか、自分のオフィスをもつかのどちらかだ

自分がこんな後ろ向きな気分になるのは、疲れのせいだと分かっている
それと、自分が少しずつ世の中から遅れているのではないかという不安も抱くようになった
自分の仕事では、それではおしまいだと思い、新しいものに接し、頑張ってはいるが不安は強くなるばかりだ

弥平ビルに入ると、持ち主は彼を覚えていた もう貸机はやってないが
ちょうどいい部屋が空いていて、賃貸料も安くなりそうだ

この室を使い始めて約1ヶ月 彼はだんだん妙な寂しさを覚え始めた
これまで一度も一人きりで仕事をしたことがないせいらしい

ぽつんと作業しているうちに、自分を置き去りにして、世の中では何かが始まっているのではないかという気分だ
彼は1階の喫茶店にコーヒーの出前を頼んだ 入ってきたのは、あの大久保信子だった

彼女は、彼が去ってから1年ほど後に辞めたと持ち主は言っていたが、
おとといからウエイトレスとして働いていて、彼を覚えていた
かつての知人に会えて、孤独感が薄らいだ気がした

この10日間ほど、自信喪失と焦りが続いている
先方は、あからさまに彼の感覚が古いと言うのである
自分よりずっと若い社員に、感覚のズレと知識の不足をあげつらわれ、苦情を言われた

飲みたい気分になったところに大久保信子が来て、「1軒くらいなら付き合うわよ」と言い、店で事情を話した

「君は、あの頃からちっとも年をとらないな
 何百年も生きている女の人の話を聞いたことがある
 そういうのだったらいいなと思うよ」

「待って 仮にいたとして、本人は困るんじゃないかな
 何十年も変わらなかったら怪しまれるでしょ あちこち移り住まなきゃならないし
 へたに有名になったりしたら、あとが大変じゃない?

 それに感覚がズレてくるのよ
 あなたの場合はいいわ 時代の流れに遅れても、遅れたなりの人生があるでしょ
 でも、若いままではそれもできない 年月が経つだけ地獄になるんじゃない?
 だから、時にはたまりかねて、昔なじみの場所へふらりと舞い戻ってみたりするかもしれない」

昨夜の彼女の話が気になり、彼は仕事前に喫茶店を覗くと、マスターが
「朝早く電話をかけてきて辞めるというんですわ まったく、近頃の女の子は勝手で・・・」

彼女は素性を喋ってしまったから姿を消したのではないか?
もしそうなら、彼女のこれからの年月は、やはり彼などとは段違いの地獄なのかもしれない
もしかしたら、彼女は、彼の不安を知り、救うためにそれを教えて去ったのでは

信子がもうこの室に来ないかぼそい喪失感が彼をとらえていた



「証明の機械」
新幹線の車中で、最近よく見る夢の1つを見た
自分がまだ学生で、単位不足で卒業できそうもないというものだ
自分はすでに47歳で、広告代理店の営業部長 まだ若さを失っていない

顧客のミドー電機に行くと、妙なものを試作したから試してもらいたいといわれる
懐中時計か万歩計のようなもので、つまみを押すとトン、トン、トンと低い音が鳴る

「このスピードは変えられるんです 目盛りが0・1から10まである
 スポーツ選手が使うペースメーカーのように、生理的感覚の測定、同調
 自分に合ったテンポを楽しむおもちゃでもいいでしょうが

 社員の中には眠る時にも使えるんじゃないかというのもいます
 おたくでもモニターの人たちに使ってほしいんです」

柏井の頭にはなにか日常感覚と合致したが、部下の愛川は不得要領な感じだ
柏井のように、たえず己を駆り立てている人間には支持されるはずだ

ペースメーカーを持ち歩いてほぼ10日になる

柏井はフリーアナウンサーの征子にも持たせて、一緒にロックコンサートに行った
彼女とは年は離れているが、なんだかデートのように感じられる

彼は学生時代から自由業になりたいと思っていた
時間の制約もなく、やりたいことに全力投入する姿は輝いて見えたのだ
だが、そんな余裕も気力もなく、成功しなければ生活さえ出来かねるとあって
一般的な企業に籍を置くコースを進んできた

征子は新しいおもちゃを楽しんでいたが、妻や愛川は懐疑的だった
「機械と自分のペースを合わせて、何になるの? 私はあんまり好きになれないわ」

妻はペースメーカーの発想そのものに馴染めないのだ
自分のペースが絶対で、他者のペースを受け入れる気は頭からない
これはビジネスの世界にいる彼と、主婦の間に横たわる宿命的なものともみなし得る

征子「愛川さんには愛川さんの行き方があるんだから、傍からとやかく言うことはないわ
   試作品のモニターは正直に反応すればいいんでしょ?」

征子の今の数字は1秒間に4回 相当な速さだ
彼はじりじり上昇している観があるが、それでも3くらいだ

その後、ミドー電機との合同会議で検討され、さまざまな利用法があると分かった
子どもも興味を示して、親が考えつかない利用法をいろいろ案出した報告もある
使用法次第では、ブームを引き起こさないとも限らないと
ちょっとしたファッション商品として売り出し、様子をみることになった

名称は「MP」 マイペースでも、ミニペースメーカーでもいい
解釈より、短い名前が大切なのだ

征子と顔を合わせることも多くなり、あと一歩か二歩で深い関係になるのではないかと思う時もあった
それも己の疾走感覚だと信じていた
航空機は失速すると墜落する 墜落しないためには高速で飛ぶしかない

愛川は「僕は家までは持って帰りません 家までMPに追いかけられるのはかないませんから」と言った

家でMPを見ると目盛りは2
「会社では大抵4くらいなのに 差があるもんだ」

妻「その機械の音、聞いてるとイライラするのよ 追いかけられているみたい
  少しみっともなくない? そんな機械の数字にこだわって
  愛川さんは、自分のペースや生活を自分で守っているんだと私は思うな」

「それでやっていけるほど仕事は甘くないんだ だから何かで自分を駆り立てなきゃならない
 僕は自由業のつもりで、自分を励ましているんだ MPはその良き道具なんだ」

「またその話? せっかく年月かけてここまで来て、まだ自由業にこだわるなんて未練よ」

腹立ちより、自分の信念、存在すら否定されたようだった
また学生の夢を見た 仕方ないではないか 自分は全力疾走しなければならないのだ

その果てには破滅が待っているような気がする
MPを捨て、マイペースになるのは失速で、墜落するのもたしかだ

しかし、どちらを選んでも、いずれは壁にぶち当たるのではないかと彼は思った



「メタモの果て」
その日に予定していた仕事が思ったより早く終わってしまい、
東京在住の友人などにも電話したが一人もつかまらない

これではまるでひま人だ 空いた時間を有効に使えないようでは話にならない
それくらいの気持ちの若さはまだ持っているつもりだ

ふと今朝ホテルで読んだ記事を思い出した
我々は、精神的に28歳あたりで止まっているのではないか
当時の気持ちを捨てられず、まだその年代だと錯覚したりするとも書いてあり、なるほどと同感した

彼はしばしば30過ぎの頃を想起する
出張でしょっちゅう東京に来て、仕事に打ち込み、痛飲もした
45歳の今、気分だけはその頃とあまり変わらない自信がある

先月の同窓会で聞いた「メタモ」の話を思い出した
60歳近い俳優が、ドラマで25、6の青年役を演じて、ちっとも不自然に見えない
雑誌記者の友人の話では、メタモという技術があって、皮膚を伸ばし、皺も消しているらしい

「そんなのがあれば、どうして流行しないんだろう」

「3時間か、長くても7時間くらいしかもたないらしい
 それに頻繁にやると、肌が痛むからお化粧の代わりにはならんだろう」

山手線のS駅(渋谷か)に行ってみて、メタモを受け、若い頃に還ったつもりで彷徨したらどんなだろう
彼は電話帳で調べて店に行くと、施術は2時間で済むと商売熱心にすすめられ、ためらいは完全に消えていた
なぜ受けたいのかなど一切聞かれず、何歳ぐらいになりたいか聞かれて、25、6と答えた

白衣の所長は「あなたのような締まった顔立ちの人は、輪郭をそのまま使えるので楽ですよ」と言い
鼻孔以外、ガーゼで覆われ、薬液らしいものが吹きつけられ、歯科の道具のようなもので圧迫されたりして
施術は1時間ほどで終わり、定着するまで1時間寝ていればいい

その間、30代の頃の自分を思い出す
東京で根拠地ができたのは、センター街の近くにあるK旅館に泊まってからだ
カーネギーホールという名の名曲喫茶、ポップスを流すマリンバという喫茶店、
そうした雑然として活気に満ちた界隈を彼は愛し、3年あまりいた

あの時代が自分にとっての青春だったのかもしれない
受験においまくられた学生時代、会社に入ってからも多忙な上に
早く結婚したから、羽を伸ばすことを知らなかった
センター街の生活を得て初めて、自分だけの時間が持てたのだ

ガーゼを取って、鏡を見ると別人がいるようだ 25、6の青年だ
もっともそれは実際に彼が25、6の時とは違うが

所長「用が済んだら、液体を布につけてメタモを落としてください
   放っておくと、崩れて異様な顔になりますからね」

犬の銅像の横を通り過ぎる いよいよセンター街へ帰還するのだ 25、6の青年として
が 知った店がひとつもないのだ 見覚えがある店も改装している
かつて愛した雑駁さはなく、まとまり、垢抜けて、その分ちまちまし、隙がない感じだ

スカラ館もなく、よく行ったスナックも今は電動ゲーム屋(ゲーセンのこと?)なのだ
ここは別の町になった それでもK旅館は健在だろうと行くと、それも小さなビルになっていた

彼は初めて入る店でぽつねんと焼酎のお湯割りをすすっていた
ここに入るまでに、いろいろとやってみた

さすがにディスコはムリだが、電動ゲームに挑戦し、パチンコをし、ラーメンも食った
さまよった挙句疲れて、ここにたどり着いた

その時、27、8くらいの女が声をかけてきて、彼は青年っぽい口調で応じた
自分が青年として遇されていることに、落ち込んだ気持ちがぱっと明るくなった

夜中まで飲み、駅まで送ると
「ここから一人で帰らせる気? どこかへ行かない?」

それはできなかった 朝までにメタモの効果は消えてしまう
タクシー代を求められて渡し、女はためらいもせず受け取ってタクシーは出ていった

その後、奇妙なことに気づいた 最近の若い連中は、必ずしも女が男のご馳走になるとは決まっていないという
なのに、年下の男から、タクシー代をあっさり受け取るだろうか
ひょっとして彼女は、自分がメタモを受けているのを見破っていたのではないか

滑稽なのは自分だったなと苦笑した
明日になれば、自分はもっと老け込んでいるのではないかと思った

(相手の女性もメタモを受けていたってオチかと思った



「途中下車」
川西は新幹線のO駅で降りた ここからさらにずっと離れたH市へ行かなければならない
H市のホテルには、部下が集結していて、市役所の連中との会議にのぞむ予定だ

時刻表を見るとあと3分で急行バスが出る これがH市行きの最終便らしい
乗ってから、川西は便所に行っておかなかったのを後悔していた
先ほどから小用の欲求のみならず、腹の具合までおかしい

腕時計を覗くと、O駅を発車してほぼ40分 あと1時間くらいでH市だ 辛抱しなければなない
景色を見ても気が紛れず、仕事のことを考え出した

彼は、この仕事を大手の広告代理店らしく、徹底的に作戦を練り、先方を圧倒して
こちらのペースで運ばねばならない これまでもそうして成功してきたのだ
自分の強引な流儀に社内で異論があるが、実績をおさめさえすればいいではないか

また痛みだした下腹に手をやり時刻を確かめると、あれからまだ15分しか経っていない
このバスを降りたら、こんな山の中では空車のタクシーもないだろう

だがもう駄目だ バスに他の乗客がいる中で恥をかく光景も想像できた

「すみません どこかで降ろしてください 腹具合がよくないんです」

「次の停留所ならトイレがある だけど降りたあと、もうバスはないよ」

「もう何でもいいんです」

バスから飛び出して、ぎりぎりトイレに間に合った
あたりは耳鳴りがするほど静かで、犬の遠吠えが聞こえる
頭を使えばなんとかなるはずだ 落ち着くんだ

タクシーなど来ないばかりか、1台のクルマも通らない
公衆電話で呼ぼうにもどこにもない
どこかの家で借りようと思い、遠い谷のあたりに集落が見えたが
この暗さの中をあそこまで行く勇気はなかった

やむを得ない じっとしているよりは国道を歩くしかない
そのうちにクルマが来るだろう

ともすれば頭の中にH市のホテルがちらつく
自分はこんな所を、こんな風に歩くような人間ではないのだ

ぽつりと冷たいものが頬にかかった まさか
ぽつぽつから、どっと容赦なく雨が降ってきた
雨宿りする所などどこにもない

そろそろ限界だ 足の裏の皮が破れ、一歩ごとに痛む
体力も気力も尽きようとしている

こんなに自分は弱かったのか? あの自信は錯覚だったのか?
それとも自分の体力や気力は、都会では格好をつけられても、こんな状況では通用しないものだったのか?

そこに後方からクルマが来た
「おーい とまってくれ!」

乗用車は速度をゆるめたが、たちまちかすめて行ってしまった 無視されたのだ
屈辱が冷めると、なまじ期待を抱いただけにどっと失望が襲い、彼はその場にしゃがみ込んだ
もう動く気にもなれない

そこにまたクルマが来て、若い3人の男がおりてきた

「オレたちのクルマを止めたわけを聞かせてもらおうか
 乗せてやってもいいが、お礼はたっぷりもらえるんだろうな

つかまったら何をされるか分からない恐怖で彼は前方へと駆けた
クルマは追ってくる、轢かれるかもしれない

彼はガードレールを越えて、滑って転がり、樹にぶつかり、そのまま腹ばいで伏せた
連中は「どうせ怪我をして動けないさ」などと言って走り去った

所詮自分は都会でしか大きな顔ができない人間だったのかという自嘲の気分になるばかりで
また歩き出すと、行く手にドライブインのような建物が現れた
何人かの男女が食卓についている

「助けてください 疲れて、お腹が空いているのです」

「あんた、何ができる 自分の体を使って働けるかね
 あんたのように机の上での仕事しかしない人間には無理だと思うがね」

倒れて眠り、夢を見ていた 古典的な肉体労働と精神労働に関する夢かもしれない

トラックが来た時、轢かれるのも覚悟で急停止させると、運転手は彼をののしり、H市まで乗せてくれた

早朝の打ち合わせが始まり、スタッフがなぐさめる
昨日までの自信と強引さはもう二度と取り戻せないのではないか
バスを途中下車しただけでなく、人生そのものを途中下車しかけているのかもわからなかった



「楽あれば」
酒井が定年退職のためデスクを片付けていると、中谷は
「いいなあ もう仕事しなくてもいいんだものなあ」と言った
彼のデリカシーのなさは、ほとんど殺人的だ

「僕、明日、結婚式があって、送別会に行けないんです
 大学の先輩だから行かなきゃ義理を欠きます そうでしょ?」

好きなことなら飛びつくが、イヤなことはできるだけ後回しにし、
可能ならやらずに済ませようとする現代の風潮に乗っかっているのだ

世の中そんなに甘いはずがない 楽あれば苦あり
そうでなければならない
だから自分はイヤなことを先にやり、楽しみは後にとっておくようにしてきた

いつも通り電車は混んでいる つり革につかまるのがやっとだ
酒井は10年ほど前から、外で飲まなくなった

理由は3つ 1つは金がもったいないから
クレジットカードなどは持たず、月賦の買い物もしたことがない
家もローンを抱えるのがイヤなので借家だ

2つ目の理由は、酒に酔って気分が良くなっても、
醒めれば何も事態は変わっていないと悟ったためだ

そして、決定的な理由は、なにかというと口論を始める習性がついたからだ
彼の会社は、業容を拡大し、借りた金をつぎこんで投資している
日ごろの不満で、自分でも制御不能になってしまい、殴り合いのケンカになったこともある

彼の前の席には若者がマンガを読んで笑っている
こんなに若いのに座らなければ辛抱できないのか?

シルバーシートの前で、彼はやせ我慢して立つことがたびたびあるが
その空席に若い男女が座ることがしばしばある

怒りを抑えようとして、広告を見ると「サラ金の悲劇」とある
借りなくても済む人間が、なぜ借りるのだ? 現金がたまるまで辛抱したらどうなのだ?

危ない また興奮しかけている
彼は、自分が世の中とだいぶズレているのを承知している
食うや食わずの戦後の生活の中で、この手につかんだもの以外何ひとつ信用できない

その夜は、3年前に結婚した息子夫婦が来て、会社勤めをしている娘と妻と酒を飲んだ
娘は会社を辞めて、半年か1年じっくり外国を見たいと言い出し、彼の怒りが噴出した
「せっかくの勤め先を棒に振って そんなことは許さんぞ!

息子が口を出した
「やりたいことは、できるうちにしなきゃ
 僕たちは今度マンションを買うよ 金を貸してもらえるめどがついたんだ
 父さんは分かっていない 今の世の中、そう長くは続かないよ」

娘「私の友だちも言ってるわ 人類はあと20年か30年でみんな死ぬ
  そんな感じがするのよ そういう人が多いのよ」

息子「だから楽しみたいことがあれば、今のうちにしておかなくちゃ、未来なんてないんだから」

彼は腹立ちと、意外さで、言葉が出なかった 妻に愚痴ると

「あなたが定年まで働いて、私たちを食べさせてくれたことには感謝します
 でも、私や子どもたちがどんなに苦労したか分かっているんですか?

 世間では、年をとって働けなくなった夫を“粗大ゴミ”とか言って家を出る奥さんもいるようです
 私はそこまで非情にはなれませんけど、今後のあなたの態度次第では分かりませんよ」

酒井の送別会では、余儀ない事情とやらで欠席者が数名おり、寂しい会合になった
昨夜は、自分の信念ばかりか、存在そのものを否定された感じだった

堤課長「元気を出してください これから悠々自適で羨ましいですよ」

「いやそうもいきません すぐにまた働かなければ」

男子社員「今みたいな世界、もう長くないからね」

女子社員
「私たち若い世代には、人生の収穫とか老後とか残っていないんだもん
 今のうちにやりたいことをやっておかなくちゃね」

そんなこと、ただの牽強付会だとしか彼には思えない
それで、もしも世界が滅びなかったらどうなるのだ?
自分はずっと世界が続くという仮定の上で生きてきたのだ

「世界が滅ぶかどうか僕は知らないが、滅びなかった時にツケが回ってきても自業自得じゃないか
 その時にうんと苦しめばいいんだ」

「酒井さんはいいですよ もうけっこう長く生きてきたんですから」


酒井は、前に勤めていた会社が倒産した記事を読んでにたにた笑い出した
世界は終わらなかった あの頃、楽しいことを先取りした連中は
個人も、企業も、国も報いを受け始めている それを確認するのが愉快でたまらないのだ

「おじいちゃん、またニコニコしてるよ 何が楽しいのかな」

むこうで孫たちが話しているのは、遠くなった彼の耳には届かない



「美形会社」
高島は、今池係長に連れられ、顧客回りでアズサ産業に来た

入社試験が難しく、一流の学校の成績上位者しか採用しないこの会社で
今池係長は、大学を出ておらず、実力で係長になったものの
もう40代後半で、サラリーマンとしては先が見えている

アズサ産業は美人の多い会社だな、と彼はひそかに思った
今池と同級生だった浦課長に紹介された後、喫茶店で休憩していると、

「あの会社、美形ばかり選んで社員にするんだ 女だけでなく、男もだ
 上の趣味なんだろうな 老舗だからできるが、普通なら潰れてしまうところだ
 人の値打ちが特定の条件で決まるなんて、そんな単純なものじゃない」

研修後、高島は一人で顧客回りを始めた
今池係長はうるさかった 帰社するたびに口頭での報告を求めたり、いちいち干渉する

それでも訪ねて楽しいのは、やはりアズサ産業だ
出会う女子社員全員が魅力的に見えた
男子社員は少し事情が違う

男の価値は容貌ではない、知力などもっと決定要因があるはずだ
それも彼自身、子どもの頃からハンサムなどと言われた記憶がないひがんだ気持ちのせいかもしれない

そのため、アズサ産業の男子社員には、むしろ反感を抱いている なんとなく気圧されるのだ
いやでも対抗意識が出て、相手を論破し、心中、ざまを見ろと快哉を叫ぶのだ

アズサ産業は同族企業だ にも関わらずこれまで潰れなかったのは、
ただのれんの信用と、既存の販売網のお蔭だ 早晩、倒産すると判断した

今池「君はアズサ産業に会社分析に行っているとしか思えん時がある
   新人だからいつまでも大目に見てくれると思ったら大間違いだぞ」

浦課長から飲みに誘われた

「美人だからってどうってことはない 上の人たちの自己満足なんだ
 外来者の評判はいいし、早くお嫁に行って、経営者には好都合だが、仕事の素人ばっかりだ

 人間の顔はだんだん変化する 美男子だっていつまでもそうだとは限らない
 とはいえ、入ってからでは遅い 定年まで落とし穴にいるしかありませんわ
 何でも、何かを至上にして型にはめるのは良くない それで固まっておしまいになる」


ある日、今池は怒鳴った

「きみ! 見積書をアズサ産業に届けなかったのか!
 今日の昼が期限なのに、もう午後2時じゃないか!

高島は忘れていた 電話を代わってお詫びを入れると

「もう締め切ったので この前もそうだったでしょう?
 何度もあっては、うちも軽く見られているのではないかという気になるので」

今池から「これからでも走って行け!」と言われ、アズサ産業の若い社員の顔が浮かんだ
いつも言い負かされることへの仕返しか?
受付に行くと、相手は今しがた外出したという

仕方なく浦課長を呼んでもらって哀願した

「約束は約束ですよ うちにも面子があります
 だが今池さんの電話があれば、仕方ありません お預かりしましょう」

今池係長が電話して頼んでくれたのだ

今池
「君は、小さい会社を馬鹿にしているところがあるからな
 たしかにアズサ産業は変な会社だ いつも浦に言うが、どう言い返すと思う?
 お前の会社も本質的には似たようなものだと言いやがるんだ

 型にはまった思考しかできない学校秀才ばかり集めてる
 理屈屋ばかりに任せておけば、そのうち世の中についていけなくなるぞなんて」



「フォクスル工房」
自分に合った職場がきっとどこかにあるはずだと、あちこち勤め先を変える人を「青い鳥症候群」と呼ぶ
若い人に多いらしい 「君なんか典型じゃないかね」と佐藤は言われた

大学を出て、メーカーに入り、3ヶ月の研修を2ヶ月で退社し、スーパーは8ヶ月で辞め、
あとはアルバイトの繰り返しで、あっちで2ヶ月、こっちで半年

だがやる気はあるのだ 率先して働くのが常である
だが、周囲にいつもイヤな奴がいて、干渉されると、とても耐えられないのだ
彼は文章を書くのが好きで、特技を生かせる部門に回してほしかった

求人誌でフォクスル工房を見つけ、ライターを募集 未経験者も可とあり、
面接に来たら、集まっているのは女性ばかりだ

筆記試験が終わり、弁当を食べていると男がやってきて、彼を年下と見て、ぞんざいに言う

「もう1人男が来ていたが帰ったようだな きっと事情を知らなかったんだろう
 ここは女ばかりでやっていると業界ではことに知られた会社なんだ」

午後から面接が始まり、さっきの男がいまいましげな顔で出てきて
「こんな所やめておくのが無難だぜ お高くとまってやがる

彼は面接で正直に答えると
「男だからって大きな顔をしないところがいいわ うちの仕事はきついですよ 覚悟はある?」

女に務まるものなら、男の自分にやれないはずはないという心が多少あったのは事実だが、彼は面接に通った

その日からしごきが始まった

「これは主婦のための雑誌なのに、こんな数式を並べてどういうつもりなの?」
「主婦なら誰でも知っていることをくどくど説明して、ろくに炊事も洗濯もやってないんでしょう?」

「いえ、独身生活ですから、一応のことはしていますが」
「それじゃ駄目なのよ! 本格的に勉強しろと何度言ったら分かるの?

うんざりするほど文句を言われ、事務所の掃除、お茶くみ、使い走りまで何でもしなければならない
新人は、彼を含めて4人 ほかはみな女性で、たった一人男でまじり込んだ自分が先に辞めるのは、
やはり自尊心が許さなかった

取引先に行くと

「あそこへ男が一人入ったと聞いていたが、あなたですか
 大変ですねえ ちょっぴり羨ましくもあるが

どうしてみんな、こんな反応を示すのだろう 仕事は、仕事だ
女ばかりだろうと、ちゃんと経営していけるならいいではないか

電車内で、いつかの面接の男に出会った

「あの会社に入ったにしては、あんまり女性化してないなあ
 みんな男を求めているだろうし、これまで何人くらいものにした?

こいつは、そんな風にしか考えられないのか? 腹が立ち、さっさと離れた


上司に呼ばれて、近くの喫茶店に来た 会社に入ってそろそろ半年だ

「今だから言うけど、はじめは男の子を入れるのは反対も多かったの
 でも、会社も大きくなって、いつまでも女だけでは不自然だから、試しに1人入れようかってなって
 その代わり徹底的にしごいてみようとの申し合わせもできていたのよ

 あなたの前で言うのもなんだけど、今の男、どんどん駄目になっていると思わない?
 昔の教育を受けた男は、男尊女卑が当然と信じていて、
 人間の半数を占める女を戦力にしようとも考えていない

 若い男は、受験勉強を人生の目的みたいに思わされてきた結果、
 自分で進んで何かやるとか、新しいものを作るとか一切しない
 青い鳥症候群が増えたのは、企業や社会が、従来の型にはまった人間ばかり求めているせいもあるんじゃない

 そんなわけで、こうした形が今後も期待できるなら、新しく男の子を入れるのを検討してるんだ
 有能で、しごきに耐えて、妙な自意識やプライドのない人間ならね」

彼はいまやチーフの1人だが、男子社員のトラブルを処理する立場にもある 今年入社した天野が

「もう辛抱できません! チーフはよく平気ですね! 男のくせに女の風下に立って、それでいいんですか?」
「いいんだよ ここはそういう会社なんだ」
「男だけの組合を作ってやる! その時になって後悔するな!

天野は自分から辞めるだろう 社内に数名しかいない男の組合を作るなんて、
そんな提案に誰も鼻もひっかけないだろう

今後、世の中にこういう会社が多くなるか何ともいえないが、そうなっても自分は異存はないのだ

(これがSFなら、今でも相当時代錯誤なままだな



「しつこい女」

世の中には、子どもの頃からの環境などで、早起きが苦手な人が多い
だが、大抵は、自己矯正によって、なんとかサラリーマンになりきるものだ

しかし、どうしても駄目な者もいる 圭吾がそうだ
しだいに遅刻が増え、目覚まし時計が鳴ろうが、起きられない

几帳面な男が上司になってから誤魔化せなくなった
その頃から雑文書きのバイトを始め、その収入が給料の3倍以上になり会社にバレた

バイトを辞めろと迫られ、彼は12年勤めた会社を辞めた
別の会社で働く妻も賛成した

仕事も今抱えている注文だけで3か月分 半年、1年はまず心配ない

フリーになって最初の日、昼間に風呂に入った
こんな時間に自宅の風呂に入れるなんて贅沢なのだ

でも、このうそ寒さは何だろう
どうやら先への不安のようだった 今から弱気になってどうする?

そこに電話がかかってきた 無視してもベルが止まない
「早瀬さんですか? 高校の一期下の野中と申します お会いしてお話ししたいんです」
用件を聞いても、こう繰り返すばかりで切ってしまった

その夜もかかってきた
「もし良かったら、これからそちらへお伺いします」
「いい加減にしてください

妻に事情を話し、高校の同窓会名簿を調べてみると、たしかに一期下に野中以志子という名がある
高校時代の同じクラブの一期下の男に電話すると、記憶がないという
次の日曜に同窓会があるからそこで嫌味でも言ってやろう

仕事をして、ちゃんとした食事をとろうとレストランに入った
今日渡してきたのは、PR雑誌用の原稿で担当者はこれで結構ですと言った後

「フリーになって羨ましい限りですよ
 病気でもして休んだら無収入になるわけだし、勇気に脱帽します
 何人もの人がフリーになって、成功した方もいますけど、
 2、3年で消息を聞かなくなった人も多い」

ふと人影が近づいてきた とくに特徴も魅力もない女だ

「早瀬さんですね? 野中です」
「僕をつけて来たんですか
「それは、ヒミツ」

厚顔さに呆れて、食べるのをやめ、用件を聞いてもじらすばかりで進まない
ねちねちしたものの言い方に胸が悪くなりそうで彼は席を立った


圭吾は電車に座りうとうとしていた
取材に丸一日かかり、帰ってゆっくり眠らなければ 明日は高校の同窓会だ
例の女について話を聞くのだ あれ以来、毎日電話をかけて会ってくれと要求してくる

横に誰かが座り、声をかけてきた 野中なのだ
「今日は、ゆっくりお話できるわね 私のために時間をさいてくれてもいいでしょう?」

もう駄目だ 耐えられない まだ最寄駅ではないが、次の駅で降りた
次の電車まで15分待たなければならなかった

日曜日に同窓会に行った
10期ばかり先輩のKはかなり高名な作家で、挨拶をして、フリーになったと聞くと何か言いたげだったが

後輩を見つけたので、早速聞くと、
「野中さん、今日来てますよ! この人です こんな美人なのに、学生の頃は気づかなかったなあ」

たしかに同名だが、まるで違う では、あの野中以志子は?
その様子を見ていたKが声をかけた

「君、フリーになってからなにか変なことはないかね?」

事情を話すと

「そいつがお化けかどうか分からん だが、そいつは君が呼び込んだんだよ
 フリーになると、ちょっと奇妙な体験をする

 組織を離れて一人になったせいで、知人の態度が変わった気がしたり
 僕の場合は、みんなが蔭で軽はずみだと笑っているような強迫観念に1ヶ月ほどとり憑かれた

 君はすっかり解放された気分になり、その隙に乗じてとりつく魔性の存在があり
 そいつは、君が自由になったつもりの時間を食いに来たんじゃないのかな」



「残照のBコン」
60過ぎた松沢は、同窓会に行く前に次男の会社に寄るつもりだ
文章を書くのが趣味で、定年退職する前から随筆を書いていたが
この2、3年はほとんど依頼は来ない その理由は分かっているつもりだ

新聞やラジオを見ると、とんでもない変なことが次々と流行るようになり
近頃はとてもついていけそうにない
そんな中で彼の書くものは正論で、地味すぎるのだ

若い頃はもっと奔放で、やりたいようにやってきたが、永い勤めのうちにルールを守り、
世間の習慣に合わせ、自己を律するようになっている
そして、そうしない人を見ると腹立つようにさえなっていた

駅前には自転車が至るところに放置されている
ホームでは近くに吸殻入れがあるのに、足元に落として、ひどいと火がついたまま放り出す者もいる

人生、こんなものなのかな
会社に勤め、郊外に家を買い、子どもは独立し、自分は退職してそこそこの生活だ

若い頃は夢も野心もあり、波乱万丈の生涯を送りたいと思っていたが
他人と合わせ、まあまあの成績をあげればいいのだと言い聞かせ、無事に勤めあげた
これで充分としなければならぬ 世間もそう考えてくれるだろう

次男は「“外出券”を切って行くよ」と言ったが“外出券”というのは初耳だった
松沢のいた生産財のメーカーではなく、情報整理システム開発とかいう企業で
具体的なことはさっぱり分からない

やたら新しい概念や単語には、もはや半分諦めている
聞いたところで、やっぱり分からないだろう

近頃は、親、どちらかというと母親が、子どもの勤務先に顔を出す風潮が強まっている
息子離れできない母親が、子どもの入社試験や入社式についてきたりする
だから、一度くらい次男の会社に行ってもいいのではと妻に言われて根負けしたのだ

近くの喫茶店に行って話すと、忙しくて、帰るのはいつも夜だと言う
“外出券”のことを聞くと、席を離れる時は時刻を打ち込むと
重要な用件があればポケットベルが鳴る仕組みだと説明されたが

「もう、いいよ よく分からん それは、何だ?」

「これ、カラーフリーペンていうんだ 色は自由にかえられるし、
 書いた文字が何分残るかも調節できるんだ 知らなかった?」

「だいぶ、わしらの頃とは変わったなあ」
「現場から離れて、郊外にいると仕方ないよ」と慰められた

「この間、上司のアイデアを徹底的に批判して反省室に入れられたよ」
「反省室とはなんだ?」

「吸音材を張りつめた密室さ そこで反省して結論を出すんだ」

「あまり調子に乗らないほうがいいと思うがなあ
 わしも若い頃はやたら衝突したが、それじゃ人間関係がうまくいかないと悟った
 気をつけたほうがいいぞ」とつい訓戒を垂れてしまった

「僕はB型だからな
 血液型判断によれば、B型はアイデアマンで新しいものにすぐに馴染む代わりに
 他人の気持ちを考えないところがあるそうだよ」

「わしもB型だが、お前が言うのとだいぶ違う」

「矯正したんだろうね 僕はやりたいようにやるのが楽しいんだ
 父さんもほんとはそうじゃないの?」

次男と別れて、同窓会にはまだ時間が余る
パチンコなんてもう長い間してない きっとフシギなほど新型になっているに違いない

でもせっかくだからと店に入ると、台の中央に女の子の立体像がある
すべてのチューリップが一斉に開閉すると、その子がマイクを手に歌うのだ
面白くなった 自分は本当は新しいものがすきなのだ 大勝だった

同窓会に行くと新聞記者あがりの大学講師・岡がいた 次男の話をすると

「君が若かった頃によく似ている きみ、明らかにBコンだよ B型コンプレックス
 血液型による性格の違いがあるかは何とも言えんが、人にさまざまな性質があるのは事実だ

 近頃の若い連中は、他人の気持ちを思いやるつもりでも、自分を基準にして
 自分と同じように感じるのが当たり前と信じてる

 だが、血液型による性格を持ち出すと、なんとなく伝わるんだな
 他人は自分と違うという考え方を作るには役立つんだ

 これまでのA型日本社会では、B型は少数派で協調性が欠けるということになっている
 従来の日本の融和が大事な企業社会では歓迎されない型なんだ
 きみは、昔はB型人間の典型だったが、A型的になったんだ

 コンプレックスとは“複合”の意味で、一般には劣等感と解釈されるが、複合心因という表現もある
 きみは内部にB型人間に戻りたいエネルギーが蓄積されて
 それを抑えようとして、さらに律儀になり、モラリストになろうとするんだ

 これからは、ユニークなのが出てこなきゃ日本はやっていけないと思うね
 きみも会社や家庭の責任を果たしたんだから、自分を解放してもいいかもしれない
 でなきゃ、不満を殺したままあの世行きか、大爆発する恐れがある」

松沢は、しばらく旅行に出かけるといって、これで3日目だ
夫人は止めようとしなかった

夫人自身、いろいろ地域活動したりしていると、夫が退屈に見え始めていたのだ
解放されて、変身するなら結構なことだ



【星敬 解説 内容抜粋メモ】

本書は、日常の中に潜む幻影、生活に疲れ果てた男たちの見る幻影をテーマにしている
インサイダーSF、サラリーマンSFにもう1つの要素が加わった 幻想小説だ
サラリーマン社会に潜む矛盾、人間の孤独と焦燥感を明確にしている

メトセラ

本書で描かれる男たちはみな人生に疲れた平凡なサラリーマン、一般人だ
彼らが垣間見る幻影は、いつしか彼らを超現実の世界に引き込む
それはどれも悪夢で、不安や錯綜だ

実社会に生きる大人が常に心のどこかに抱いている様々な問題が描かれている

眉村さんが描こうとする世界は日常の中に潜む魔だ
日常が突如として恐るべき世界に変容した時、私たちは何を見ることになるのだろうか




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