■『EXPO'87』 眉村卓/著(角川文庫)(2)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和年53年初版)
・『EXPO'87』 眉村卓/著(角川文庫)(1)
【第三部 ’86】
1 雪
豪田:(熊岡社長の容態はいつ危篤になるか分からない 今日お見舞いに行かなければ
海外企業のシェアがにわかに落ちて、財閥系と同士討ちとなっている間
大阪レジャー産業は一般大衆の関心の的になった
山科は「内山下プレイランド」で沖らと仕事をさせている
沖の行動についても聞きだせるかもしれない
主力取引銀行は、財閥系とは無関係の岡山銀行で、豪田は超純粋金属自体を担保にして
6億5000万円を借り入れる約束をしていたが、本社に入ると経理部長の浅川が慌てて出てきた
浅川:岡銀から融資を取りやめると急に言うてきました!
もし融資がダメになれば、三津田商事に振り出した手形が不渡りになる
お見舞いを諦め、急いで岡山銀行本店に向かうと、審査部長・大森が出てきた
大森:
頭取が理由もなしに融資をやめろと言うもので
そういえば、昨日、見慣れぬお客さまと2人きりで長い間話しこんでいました 三津田昇助とか
おかしなことに三津田商事は全然手形を外へ出していないんです
そこにプレイランドの支配人が入ってきて、熊岡社長の死を告げた
豪田らはすぐに大阪に戻ろうとして、三津田のもとにクルマを走らせた
豪田:手形の期日を延ばしてもらうよう交渉するんや!
三津田商事に入ると、25、6歳の青年が出てきた
「社長は今日から15日間、休暇をとっています 2月13日まで連絡方法はありません」
2 二月(1)
奇妙なことが起こり始めていた
日本になだれこんだ海外ビッグ・ビジネス
の日本制覇のスピードが鈍りはじめた
かつてこんなことは前例がない
アメリカ、ヨーロッパの一部の世界市場に君臨する巨大企業にいったん狙われた市場、企業は必ず落とされるのが常だったが
自国産業防衛策に助けられているのは事実だ
為政者は、経済優先に固執し、世界に耳をふさいでやりたいようにやるところがあった
国民の実生活を知らない官僚にとって、世論は大計を知らぬ俗論で、ごり押しこそ正しいと考える
1970年からの新官僚の台頭がなければ、日本の保守政権は崩壊していたかもしれない
新官僚は使われる人間を知り尽くしており、お役所にない実績主義の競争を経ていた
一方、行政の上層部、政府自体が次第に財界を中心とした産業界のロボットにかわりつつあり
新旧交代は終わりを告げた今、日本を動かしているのは産業人である
日本企業群の反撃は想像を絶していた
各企業は軍隊そこのけの組織をもち、敵の根拠地にぶつかった
消費者を完全に仲間に組み入れ、海外企業製品に対する嫌悪感、恐怖感を植え付けた
これらの作戦には、作り手、売り手、買い手とわず、
20歳くらいの一群の若い男女がコンピューターと一体化して中核におさまっていた
最高級クラブでは、産業士官学校運営の連絡協議会が開かれていた
「あれだけ準備に手間隙かけ、莫大な金をつぎ込んだんですから思惑通りにいかなければ」
「産業将校があちこちでぶつかりあっているのは無駄に思えるが」
「そろそろ第一目標の海外企業駆逐に集中しなければ 我々同士の争いになる可能性があります」
「あの連中に横の連絡を持たせたら?」
若手幹部「もし彼らが与えられた権限を私物化し、我々の意志に反して動きだしたら・・・」
「まさか」議長は笑った
3 二月(2)
朝倉のところには面会券も持たずに、あらゆる連中が押しかけてきた
筆頭マネージャーが調べた最近の家庭党の転向の原因を催眠記憶に叩き込む
組織を動かしているのは、恵利良子と同様の男女らしい
出現時期は、三津田昇助と同じくらいの1985年2月
総計87名のうち、23名の身元が分かり、いずれも過疎地帯の極貧で生まれ育っている
皆なぜか中学で義務教育をやめ、1978年に行方不明になり、7年間空白
1985年に再び姿を現した時には、膨大な知識、人や団体をコントロールする技術まで身に付けていた
明らかにどこかで秘密裏に特殊教育を受けたのだ
彼らこそ、朝倉たちの真正の敵だ 強力になる前に対決しなければ
4 二月(3)
総合集会室には、再訓練中の産業将校が駆けつけている
「外資駆逐を最高目標 産業将校のメリットの縮小 普遍原理を求む」
「普遍原理は体制維持」
「現供与者にては破綻!」
これは反逆だったが、彼らは自分らのモラルに従って正当な判断を下しただけだ
三津田昇助「大阪レジャー産業は必然」
恵利良子「丸の内、ロス」
2人は握手を交わした
5 記事
2月15日 15名のビッグ・ビジネス幹部が到着した
来年3月15日に開かれる万国博の進行状況を見ることになっているが
真意は、最近アメリカのビッグ・ビジネスの日本市場での成績が伸び悩んでいる理由を究明し、対策を考えるためと推察される
6 交換条件
大阪レジャー産業は万策尽き果てていた
残された手段はただ一つ 三津田商事の手形の期日を延ばすほかない
6億1000万の期日は3月1日 あと4日で会社は潰れてしまう
豪田のもとに三津田昇助が若い男女2人を連れてやって来た
三津田:
こちらが大川律子、むこうが広野鉄夫です どちらも私の仲間です
用件は手形の期日を延ばすことでしょう 交換条件があります
この2人に大阪レジャー産業の経営を任せていただきたい
手形は2ヶ月延ばすつもりですが、この2人の言う通りにすれば問題ない
どこに配属してもいい その後、クビにしても、そのまま使っても構いません
まず、巨大スリリングマシンの生産の即時ストップ
実感装置はあなたの会社の受け持ちになります
無駄な競争をやめて、人も資材も適正に配置するのです
決戦に耐える体制づくりです
アメリカの巨大企業の幹部が来日し、日米の友好関係の緊密だといって帰りましたが
実際は、圧力をかけ、在日海外企業を駆り立てに来たのです
外国の大会社が史上空前の決戦にくるのは確実 その前に準備を整えなければ
生産、流通、消費が完全一体になることが必要です
我々は競争力のある企業を選んで工作しています 財閥系だけでは戦力不足です
(連中は気違いだ 誇大妄想狂だ)と思いながら、豪田には言うことを聞くしかない
豪田は条件を飲んだ 会社は助かったのだ
7 渦
万博開幕まであと1年
海外ビッグ・ビジネスは猛然と攻撃に転じてきた
どの国も経験したことのない恐るべき大規模な攻撃だった
日本人口の6割ほどを有する「東海道メガロポリス」を中心にあらゆる売り込み、会社を潰し、乗っ取ろうとした
各家庭にはセールスマン、映話などをフルに使って
ライフサイクルの短い豪華な商品、習慣性のある飲料などが売り込まれた
世界最高レヴェルの技術と金の力で、大量生産した材料が貸与され、
会社の工作、吸収の圧力は激しさを増したが、
日本側は、情報交換、技術提携、半製品の相互活用で応戦した
かつて外国製だというだけで飛びついた消費者も、自分の勤める会社の製品を買った
これは家庭党をはじめとする消費者団体に原因があった
日本産業全体が、優秀なリーダーによって指揮されていると気づいた海外企業群は密かに探った
それほど能力のない者は放り出され、力のない会社は次々倒産
昔ながらの一家心中、強盗、クルマで大勢が集まるところに突っ込んで即死する青年が続発した
職があってもやっていけないのは、本人にやる気がないか、無能だというムードが生まれた
朝倉はそのアイドル的な存在になっていたが、マスコミの様相そのものが変貌し、
今までのような有利な条件の出演依頼は減少した
組織の成員として生きた経験の少ない人間の常として、朝倉も世間智を信じず、
自分について来ない連中はレヴェルが低いからだと解釈した
だが、ビッグ・タレントは見世物の1つで、飽きられてしまった
集会に集まるのは、社会に適応できない理由を正当化してもらおうとする者が大半
万国監視員はいよいよ派手な動きをみせた
もはや監視どころか、道化の役割をしている
渦の中で日本財閥によって作られた“最終兵器”産業将校らは
財閥首脳部が予想もしない手段で最終段階の行動に移ろうとしていた
8 真昼
会場に着くと、万博の工事は完成に近く、建設会社社員が豪田と沖を案内しながら
新たに配属された2人の若者を褒め上げた
「あんなに頭のいい技術者は初めてです 呆れるばかりですよ」
大川律子、広野鉄夫の肩書きは経営顧問にしたが、見事な働きぶりだった
実感装置の改良点を指摘するばかりか、新製品まで作って、おそるべき勢いで売れた
手形を楽々落とした後もとどまるよう依頼して、5ヶ月後の今では豪田らは2人の指示するまま行動している
(利用するだけして、思いきって捨てなければ、命取りになる)
「最近、いろんな新製品があちこちで発表されて、作ったのはみな21、2歳の連中だという噂ですよ」
朝倉が叫ぶ画面を豪田、山科、未知も見ていた
朝倉:
物質の満足は、精神の充足と同じではありません
物質中心の世の中では都合が悪い産業界と、そのロボットである政府が原因です
万国博こそ、その象徴です
監視員総会以来、山科はスポンサーから愛想をつかされ、仕事は目に見えて減った
大口は、この大阪レジャー産業ぐらいだ
レストラン2階の特別室では、4、5人の丸の内のエグゼクチブが話し合っている
「最近の産業将校のやり方は、我々の考えを実行しているとは思えない
たかが外資駆逐用に養成された道具にすぎないというのに」
「目的完遂のために、高効率な手段をとらなければならないのでしょう」
「主導権を奪われるどころか、へたすると、日本が彼らの思うままに動かされるかもしれません」
植田香子:
いきすぎないよう、やわらかく規制することです
ロボットたちに、真の支配者が誰か教える必要があります
明日、産業士官学校へ行く用があるので、運営委員長に話しましょう
東ゲートのそばでは2人の男が話し合っている
家庭用自動機器の最大メーカー、ワールドホームの極東支配人と
世界的組織を有する外資系サービス会社の日本駐在所長
極東支配人:
連中を調査するのは最終目的ではない
我々が本社から与えられている命令は、1日も早く日本市場を制圧すること
そのために連中を排除する仕事を頼みたい
駐在所長:即日着手しましょう
9 真相
万国博反対運動は大幅に縮小し、朝倉の仕事も減ったが、
仕事量は変わらず、割の悪い仕事をこなさなければならない
朝倉に寄生し、安心感を持ちたい追従者が大半だ
組織に同化されて安全になろうとする人々、
常に主流派としてしか生きられない人々で溢れている
万国博まであと半年 惑わされた大衆をどう目覚めさせることができる?
今日の面会券は1人で買い占められている 最近では稀ではない
客は40くらいの油断のならない顔つきの男だった
「これは手前どもが調査した資料です お読みいただきたいのですが」
そこには、「産業士官学校」についてまとめられていた
1973年 3財閥の丸の内、日本橋、中之島の指導者が参集し密かに会合した
当時、大阪万博後の不況のもと、資本の全面自由化を迫られていた
1972年ごろから思わぬ不安があらわれた 人材不足だ
ペーパーテスト中心の教育制度の欠陥により、実際に役立つエンジニアらの人口が伸びず
各企業はそれぞれ研修を行うと、他にスカウトされるのが頻発
そこで、従来の教育を無視し、高度で、普遍性のある教育機関を作ろうとした
1975年 奥多摩で産業士官学校の起工式を挙行
はじめは人工交配も考えられたが、まだ技術が完成されず間に合わないため
ごく優秀な成績者のDNAを調べて作ったリストをもとに、スカウトが始まった
普通教育で本来の才能をスポイルされる前でなければならず、中学卒業前か、年少に限られた
高給をちらつかせて、高校進学を断念させる交渉したが、半数以上が進学
スカウトできたのは、経済的、地理的に不利な家庭の出身者だった
1978年 第一期生の入学
教育期間は7年 平均点90点未満は進級できない
まず肉体面から訓練され、ハードトレーニングが終わると、圧縮睡眠記憶の学習がはじまる
科目はほぼ2つ 為政者として上に成る組織力学の養成 もう1つは、現代科学 完全武道もある
上級に進むとコンピュータを使う力を持ち始める
同情、恋愛感情などの情操的なものはすべて厳しく拒否されるので、
彼らには自己の内面からの衝動があってはならない
卒業した「産業将校」らは、一定期間ごとに学校に戻り、最新の知識を共同記憶として吹き込む
現在の産業将校は第一期87名、第二期96名 所属組織は以下の通り・・・
朝倉:
(これが彼らの正体だったのか そんな人間に個人の自由、尊厳が分かるはずがない
今の世に間に合うよう作られた人間ロボットにすぎないのだ
たしかに彼らのお蔭でまだ海外企業に踏み潰されずに済んでいるが
本当の文化が生き残る余地がなくなってしまう
男:
朝倉さんたちの反対運動を阻んだのは彼らです
しかし、一般に訴えるには証拠がない その資金を私たちに出させてくれませんか?
反対運動を成功させませんか?
朝倉:(この機会を逃すことはできない やるのだ)
相手が海外ビッグ・ビジネスの回し者だと悟りつつ、朝倉は最後のチャンスに賭ける
10 黄昏
産業士官学校に来た三津田昇助は、何者かに襲われる
恵利良子「逃亡」 催眠術でなにもかも喋らせる
今日の議題は運営委員会からの干渉をどう排除するか
結論はもう出ている 今放棄すれば、日本企業は回復不可能だ
恵利良子「内偵者 派遣 朝倉遼一」「山科紀美子不明」
産業将校らの次の目標は、朝倉らに向けられる
その頃朝倉は、産業将校らへの激しい非難を開始した
【第四部 ’87】
1 夜明け
1851年パックストンの水晶宮とともに幕を上げた世界的博覧会
突貫工事は最終段階にかかり、それぞれのお国柄が顕著になってきた
異様なのは日本のパビリオン
こうした建設にはトラブルがつきものだが、ほぼロスもミスもなく、リードしているのは30名ほどの若い男女
中下級技術者らは、このまま自分たちはどこへ行くのだろうという不安がよぎるが作業は続けられる
都市においては、一群の若い男女が、実は財閥によって仕立てられたものと知って
昔ながらの資本化不信と結びつき恐怖を覚え始めた
むろん煽り立てたのは朝倉を中心とするキャンペーン
“世の中は彼らの思い通りに動かされるであろう
この2月には第三期の卒業生がまた100名近く増えるのです
私たちの質問に対し、公開の場所で釈明を求める”
朝倉が外資のバックアップに支えられているらしいという噂はマイナス要因だった
対案を示さないことも大きなマイナスになっている
財閥側は沈黙を守っていたが、実は、士官学校の詳細が洩れたことで
互いの疑心暗鬼、失脚を怖れて、足並みが乱れていた
それすら産業将校の計算内だった
公開会談は10日と決まった 財閥関係筋はノーコメントを通した
技師らは産業将校が勝つとしか思えない が、そのあとは?
どのみち彼らに許されているのは、事態を傍観することだけで、目の前の仕事が大切なのだ
2 戦術
第4回目の「産業将校排撃大会」が開かれた
若手のビッグ・タレントが司会をして同志に呼びかける
「3日後 13時より4時間 場所は千駄ヶ谷の国立競技場 人員は3名
第三大学教授、現革新党議員・伊達健治郎氏
文筆家、家庭党の万国監視員でもある山科紀美子氏
彼女は、産業将校によりおそるべき催眠術にかけられて行動していたのです!
最後の一人は、言うまでもなく、われらが朝倉遼一氏!」
これが擬似イベントだと朝倉は百も承知していた
山科紀美子を奪い、高度な催眠術を駆使して、産業将校の術を解いた
ポテンシャルのぎりぎりまで酷使されていたため、本当なら1年以上の休養が必要だが、国民を感情的に動かす道具なのだ
朝倉は思った (勝てる)
3 戦略
この半年の間、産業士官学校の組織も設備も大きく変化した
産業将校は、自分の家や贅沢な乗り物を持たず、新しい候補生探し、遺伝子による人工交配の実験を続けた
これらは自己改造を続ける1個の有機体だった
朝倉と話し合うのは、三津田昇助、恵利良子、室井精造
ビッグ・タレントとの話し合いは一時的な通過点でしかない
4 一月十日
国立競技場は4分の入りだった
今はコピー文明で、現場に行くより、家で画面を見るほうがいい
10万人は集まると大会場に固執した朝倉のもくろみは外れた
10分前、真っ白なオープンカーから朝倉が現れ、
平凡なトラックに乗り、地味なスーツを着た産業将校らも椅子に座った
朝倉は世の「説得技術者」や、それに振り回される連中を軽蔑していた
まずは、理屈で押し、感情で攻める それには山科紀美子が必要だ
続いて彼らに不得手な人間の生の意義をぶつけて混乱させ、反省をうながすのだ
「公開討論」が始まった
朝倉:あなた方は危険なロボットですよ 産業将校とは何です?
室井:
現代は産業社会です
それを大局的に分析に具体的に手を打てる者が今までいなかった そうした人間は必要です
恵利:
今の政治技術は、不正確なコントロールしか出来ません
社会構造をそのままにしては、根本的なコントロールは出来ません
伊達:では構造なり体制を変えればいいではないですか
三津田昇助:
それはあなた方がやるべきではなかったのですか?
今の世界情勢では、後進国であるのは極めて不利な条件です
1日ごとに高度化している今は、複雑に絡み合った有機体です
全体の維持発展を行わなければなりません
室井:
私たちは組織力学の公式化されたものを身に付けています これは誰にでも活用できます
三津田昇助:
みんなが組織力学を身につけた時、世の中が大きく変化する可能性もある
自分の生活がなぜ圧迫されているか見通し、対策を立てられる
もはやかつての恐怖政治も独裁もあり得ません
伊達は興味をそそられ話に聞き入っているのを見て、朝倉は焦る
敵はこちらの弱点を見抜いている 平常心を失わせようとしているのだ
山科紀美子を見て、顔色が真っ青なのに気がついた
弱っていた上、ここ2週間ばかり排撃大会に出たりしたせいだろう
だが、今倒れられては困る
朝倉は紀美子に活力剤を渡し、紀美子は気丈にそれを飲んだ
山科紀美子が催眠術にかけられていたことを指摘し、恵利良子の仕業だと指をさしたが
恵利良子は作り話だとシラをきった
活力剤は1、2分しか効かず、もう効果は失われつつある
恵利良子は泣き声を出し
「あなた自身、私たちが存在すると困る理由をお持ちなんじゃないですか?
私の尊敬する友人は脅迫されているんでしょう 力ずくで誘拐したのではないですか?」
紀美子はイスから転げ落ち、恵利良子はすぐに駆けつけた
「あなたはヒロイズムにとり憑かれた鬼だわ 可哀相に」
恵利良子は紀美子を抱えて退場した 感情作戦は産業将校らのものになってしまった
三津田昇助:こちらも2人でお相手いたします
伊達が意見すると
三津田:
ここにいるのはあなたの生徒ではないのです 誰でも判るよう普通の言葉を使うことは出来ないのですか?
室井:
そんな風に自分のやり方についてくる人にしか知識を与えないのですか?
それがあなた方の時代の“教養”ですか?
伊達は怒りで横を向いてしまう 朝倉が乗り出すほかなかった
三津田と室井が目配せしたのを見た 焦りが思考を鈍らせる
朝倉:あなたたちはいわば特殊な人間でしょう?
三津田:
あなた方が排撃大会で言っていたことへの誤解を解いていきましょう
今の職業は分化しています それぞれに差異が生まれて当然です
普通の人間が一生かかってもものにできないことをマスターしたあなたは非人間ですか?
産業士官学校の閉鎖性を攻撃していましたが、外資にすべて知られた上で産業将校を育てることはできますか?
産業将校は人間に不可欠な文化的なものを持たないと言いました
私たちは残念ながら組織力学、科学技術を学ぶだけで精一杯でした
1つの団体の特定目的の走狗となっているということについては
それが全員にとって最大の利益になるなら構わない
全員の利益にならなくなった時に離脱すればいい
あと1つ 産業将校が体制維持のためにしか働かないということでした
今の環境にすでに満足している人には、現状の破壊は別の欲求不満が生まれる
普遍的なものにするには、理想社会像を漠然にとどめるほかなく、ここ数千年人類はそうしてきた
私たちに言わせれば微視的 元々、人間は集団化する生物です 巨視的な見方が必要なのです
あなたの望む体制に、もし産業将校のような存在が現れたら、あなたは否定しますか?
朝倉:
あなた方はマクベスの同類だということです
やがては日本を乗っ取るつもりなんだ
室井:私たちは産業社会を効率的に維持し、発展させるだけです
三津田:
堂々巡りはよしましょう あなたがこれから攻勢を仕掛ける順序は大体推察できます
それにお答えしたほうが時間の節約になります
万博工事を推進していけないのなら、日本中がそう言えばいい でも反対している比率は少ない
その他も三津田は鮮やかに論破し、スタンドの何人かが失笑した
室井:
これぐらいで終わりにしましょう
殴りあいを期待された方がいらっしゃるかもしれませんが、私たちはそんな野蛮なことはしません
何事も平和的に、納得ずくでやります
おどけた会釈をしてみせて、観客は微笑し拍手すらあった
朝倉:あなたがたは一体どんな世の中を作るつもりだ?
三津田:
やり方さえよければ、もっと文明を享受できるようになる そのための推進力になるのが仕事です
これまでバラバラで、重複の多い全社会のエネルギーを、ロスのないよう集約すれば
頂上部は高くなり、全体を潤すことにつながる
芸術などは一段落ついてから花を咲かせればいいのです
1人ひとりは一流でなくても、成果をバランスよく社会のものにする人間が必要です
実例をお見せしましょう
トラックから直径1mほどの円盤を出して置いた
三津田:
これはファイ波にもとづき引力を操る仮説に基づき、現代興業の超一級を集めて開発しました
産業将校により今の産業体制のもとでは可能なのです
ほかにも天候管理、超小型燃料電池なども近く実現させます
私たちの未来はやっと管理可能になったのです
私たちの希望は未来に向かってこそ託さなければなりません
拍手が沸き起こった それはビッグ・タレントの完全降伏を意味していた
5 終末
朝倉ルームは、後援者らが手を引き壊滅するだろう
産業将校排斥運動も終わり、彼らの操るままにコントロールされるだろう
かれらがやがて作り上げる世界
誰も世の中全体には無関心になり、自分の仕事、家庭に熱中し、全体の一分子に飼育される世の中
物質面しか価値を持たない世の中 騙されていたと気づいた時にはもう遅いのだ
朝倉遼一は敗残者として生きていけるわけがない
筆でなにか書き終えると、睡眠薬を致死量だけ出して思いきり飲み、ベッドに横たわった
“周粟ヲ食マズ”
6 奔流
朝倉の死をきっかけに世の中は加速度的に変わりはじめた
産業将校の統制のもと、日本企業群は次々と新しい文明の利器を実現しはじめた
それらは以前のようにすぐに発表せず、本来の効果を発揮するタイミングで登場させた
海外ビッグ・ビジネスの力はぐっと弱くなった代わりに、日本企業群相手に交渉を始めた
財閥のトップクラスは、産業将校らにより追い落とされたという噂が流れた
人々は、これまでの為政者より産業将校のほうが公正だと信じ、有能なほうを好んだ
産業士官学校は、人工交配人間までのつなぎとして、初めて候補生を公募した
それまでとは違い、みなエリートの像を描いてどっと志願者が殺到した
「万博リズム」というおかしな唄と踊りが広がった
それは「ええじゃないか」とあまりに酷似していた
3月5日
万国監視員の解散式が行われたが、そこに恵利良子と山科紀美子の姿はなかった
山科紀美子は死の床についていた
「鏡を貸して・・・私がまだ美しいかどうか見たいの」
7 党葬
3月12日
薄幸のヒロイン、山科紀美子の党葬が行われた
山科信也:ぼくは夫なんだぞ! 別居はしていたが配偶者に間違いはないんだ
「家庭党では拒んでいるのです
なぜあなたは、お通夜と、内輪の告別式にいらっしゃらなかったんです? あの時なら誰でも入れたのに」
山科信也:万博工事の仕上げに没頭して知らなかった ついさっきニュースで見て飛んで来たんだ
山科がクルマに戻ると、未知と豪田もいる
忘れたつもりでも、こうなると、作家になる以前の紀美子の顔が浮かんでくる
豪田は、産業将校団から、北海道支社長に赴任してほしいと命令を受けていた
今の大阪レジャー産業は、産業将校の体系で実感装置の中軸メーカーの役割を与えられている
豪田に誘われ、昔ながらの日本式料亭で飲むことになった
未知がつぐままに豪田は杯をあおった(やっぱり女性がつぐのね
豪田:飲んで忘れるんや
山科:
かれらに不必要な人間は、みんな死ぬか追い出される
我々のような中途半端な専門家の要らない時代が来る
その果てにもう一度それがくつがえされる
豪田:
沖を追い出したのは傑作やった
わしは、うちの息子を産業将校にさせて、もういっぺん大阪レジャー産業を取り戻させる どや?
山科:
(産業将校が超人類? 超人類とはたしか突然変異によるミュータントのことだ
ミュータントはこれからますます発達する人間文明、科学文明に耐え、適応していく
産業将校はそのミュータントを保護する培養器の役割をするかもしれない)
8 EXPO’87
安城の会場にパビリオンが約200
万国博専用線は満員の客を乗せて、ピストン往復している
7つのゲートで一斉にテープが切られた
1987年3月15日9時 EXPO’87の幕が開いた
34種類の最新の遊戯施設を詰め込んだ「サークランド」は子どもで溢れ、早くも長い行列ができる
GM館には、人類最初の月面都市、火星基地の一部実物大セットがある
これだけの入場者を集め続けるなら、EXPO’87は間違いなく大成功をおさめそうだった
それは、産業将校による成功ではなかったか?
万博は、産業将校による、産業将校の万博だった
*
全身に響く音 時間なのだ ささやきかける声
「はじめもなく 終わりもない時間の中での ほんの一瞬のきらめき・・・
それが証拠なのよ 生きていた証拠なのよ」
波に揺れる感覚、ひたすら夢を追う冒険が胸をふくらませる
嵐だ 船は揺れたがまだ死なない 倒れていたのは砂だ
自分はブタだったのか?
ひとつ眼の巨人を殺したのか?
砂漠の落日
いま船は故郷にむかっている
実感装置が止まった
未知:こちらのほうが本物のように思えるわ
山科:
(テープを作り編集した自分にこれだけ残存感があるなら
普通の入場者にはもっと強い刺激に違いない)
豪田:ほんまよう出来とる この装置は、わしらが創りあげたんや
不意に山科は、この数年間全部がまるで夢ではなかったかという気分に襲われた
実感装置に与えられるものと変わりないのでは?
あの日本の情勢下では、産業将校かそれに似た存在は必然的に登場すべきだったのだ
豪田は北海道に帰る その影がどよめきの群衆にまぎれて行った
【山本明 解説内容抜粋メモ】
SF作家の多くは、編集者、放送台本の仕事を経て作家になったが
眉村は、サラリーマン生活を8年続け、『燃える傾斜』が刊行され、コピーライターとなり、文筆業に入った
彼は実直なサラリーマンだったと自称している
彼が好んで取り上げるテーマは、会社・社会の管理機構の強化と、精神労働・肉体労働の分離、
それにともなう人々の創造力の相対的貧困だ
これはブラッドベリーの『華氏四五一度』、オーウェルの『1984』にも描かれているが
これらでは管理社会が出来上がってからの状況を描き、それに至るプロセスには触れていない
小松左京『日本アパッチ族』『日本沈没』も管理機構の矛盾を描いている
管理社会の恐ろしさの告発より、どう生まれるか描くほうが難しい
本書が書かれたのは、日本万国博の2年前の1968年
日本は高度経済成長期で、バラ色の未来論が蔓延していた
眉村の描いた過程は、古典的な世論形成の理念型の踏襲でいささか同意しがたく現実離れしている
だが、まるでワイマール憲法下の混乱からナチスが出現したことを想起させる
この「産業将校」のアイデアを眉村は気に入り、のちに『産業士官候補生』を書いている
「ビッグ・タレント」も繰り返し現れる
本書を書く1年ほど前、僕は「産業将校」のイメージをアメリカで実見した
NYにおける日本人ビジネスマン社会だ
ホテルのロビーで突然、2、30人の「バンザイ!」の声にみな振り返ると、ドブネズミ軍団が万歳三唱している
わけを聞くと「第二次佐藤内閣が成立したんですよ」
あれから10年以上経つ
今のドブネズミ軍団は、もっとスマートで、もっと大きな力を持っている
ナチスや、日本の青年将校のように、なにものかに仕えるために作られた集団が、
自分たちの力の大きさを自覚して支配者になろうとする動きも皆無とはいえない
この10年間 石油ショックを契機として恒久的不況が訪れ、200海里を巡る海洋資源が問題になった
ハイジャック、浅間山荘事件、成田空港阻止闘争など、1968年には考えもしない活動が展開された
僕は、そしておそらく眉村も、本作が荒唐無稽な夢物語だと読者が大笑いする日が来ることを念願しているが
当分はシリアスに読まれ続けるだろう
それは不幸なことと同時に、一層の不幸の歯止めになることを期待せずにおれない
***
読み終えて、最初の感想は「読み終えてしまったじゃないか、こんちくしょう!」だ
たくさんの登場人物への思い入れ、それぞれの結末とこれからは
本書の中で別次元の現実として続いてゆく
エンデの「それはまた別の話」というように
どちらがユメか現実か?
私もその中の1つで生きている それだけのこと
あらゆる駆け引きの中で、確実に万博へのカウントダウンが刻まれる
そして万博ははじまり、終わる そしてまた日常は続く
ピョンチャンオリンピックも、東京オリンピックもそうした莫大なお金が絡み合い
無数の想いが絡まりあって、はじまり、終わり、またいつもの現実に戻るのだろう
ユメとも、現実とも分からない、その合間の虚構
その永遠の繰り返しの中に一瞬一瞬がある
実感装置のプロローグのささやきのように
「はじめもなく 終わりもない時間の中での ほんの一瞬のきらめき・・・
それが証拠なのよ 生きていた証拠なのよ」
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和年53年初版)
・『EXPO'87』 眉村卓/著(角川文庫)(1)
【第三部 ’86】
1 雪
豪田:(熊岡社長の容態はいつ危篤になるか分からない 今日お見舞いに行かなければ
海外企業のシェアがにわかに落ちて、財閥系と同士討ちとなっている間
大阪レジャー産業は一般大衆の関心の的になった
山科は「内山下プレイランド」で沖らと仕事をさせている
沖の行動についても聞きだせるかもしれない
主力取引銀行は、財閥系とは無関係の岡山銀行で、豪田は超純粋金属自体を担保にして
6億5000万円を借り入れる約束をしていたが、本社に入ると経理部長の浅川が慌てて出てきた
浅川:岡銀から融資を取りやめると急に言うてきました!
もし融資がダメになれば、三津田商事に振り出した手形が不渡りになる
お見舞いを諦め、急いで岡山銀行本店に向かうと、審査部長・大森が出てきた
大森:
頭取が理由もなしに融資をやめろと言うもので
そういえば、昨日、見慣れぬお客さまと2人きりで長い間話しこんでいました 三津田昇助とか
おかしなことに三津田商事は全然手形を外へ出していないんです
そこにプレイランドの支配人が入ってきて、熊岡社長の死を告げた
豪田らはすぐに大阪に戻ろうとして、三津田のもとにクルマを走らせた
豪田:手形の期日を延ばしてもらうよう交渉するんや!
三津田商事に入ると、25、6歳の青年が出てきた
「社長は今日から15日間、休暇をとっています 2月13日まで連絡方法はありません」
2 二月(1)
奇妙なことが起こり始めていた
日本になだれこんだ海外ビッグ・ビジネス
の日本制覇のスピードが鈍りはじめた
かつてこんなことは前例がない
アメリカ、ヨーロッパの一部の世界市場に君臨する巨大企業にいったん狙われた市場、企業は必ず落とされるのが常だったが
自国産業防衛策に助けられているのは事実だ
為政者は、経済優先に固執し、世界に耳をふさいでやりたいようにやるところがあった
国民の実生活を知らない官僚にとって、世論は大計を知らぬ俗論で、ごり押しこそ正しいと考える
1970年からの新官僚の台頭がなければ、日本の保守政権は崩壊していたかもしれない
新官僚は使われる人間を知り尽くしており、お役所にない実績主義の競争を経ていた
一方、行政の上層部、政府自体が次第に財界を中心とした産業界のロボットにかわりつつあり
新旧交代は終わりを告げた今、日本を動かしているのは産業人である
日本企業群の反撃は想像を絶していた
各企業は軍隊そこのけの組織をもち、敵の根拠地にぶつかった
消費者を完全に仲間に組み入れ、海外企業製品に対する嫌悪感、恐怖感を植え付けた
これらの作戦には、作り手、売り手、買い手とわず、
20歳くらいの一群の若い男女がコンピューターと一体化して中核におさまっていた
最高級クラブでは、産業士官学校運営の連絡協議会が開かれていた
「あれだけ準備に手間隙かけ、莫大な金をつぎ込んだんですから思惑通りにいかなければ」
「産業将校があちこちでぶつかりあっているのは無駄に思えるが」
「そろそろ第一目標の海外企業駆逐に集中しなければ 我々同士の争いになる可能性があります」
「あの連中に横の連絡を持たせたら?」
若手幹部「もし彼らが与えられた権限を私物化し、我々の意志に反して動きだしたら・・・」
「まさか」議長は笑った
3 二月(2)
朝倉のところには面会券も持たずに、あらゆる連中が押しかけてきた
筆頭マネージャーが調べた最近の家庭党の転向の原因を催眠記憶に叩き込む
組織を動かしているのは、恵利良子と同様の男女らしい
出現時期は、三津田昇助と同じくらいの1985年2月
総計87名のうち、23名の身元が分かり、いずれも過疎地帯の極貧で生まれ育っている
皆なぜか中学で義務教育をやめ、1978年に行方不明になり、7年間空白
1985年に再び姿を現した時には、膨大な知識、人や団体をコントロールする技術まで身に付けていた
明らかにどこかで秘密裏に特殊教育を受けたのだ
彼らこそ、朝倉たちの真正の敵だ 強力になる前に対決しなければ
4 二月(3)
総合集会室には、再訓練中の産業将校が駆けつけている
「外資駆逐を最高目標 産業将校のメリットの縮小 普遍原理を求む」
「普遍原理は体制維持」
「現供与者にては破綻!」
これは反逆だったが、彼らは自分らのモラルに従って正当な判断を下しただけだ
三津田昇助「大阪レジャー産業は必然」
恵利良子「丸の内、ロス」
2人は握手を交わした
5 記事
2月15日 15名のビッグ・ビジネス幹部が到着した
来年3月15日に開かれる万国博の進行状況を見ることになっているが
真意は、最近アメリカのビッグ・ビジネスの日本市場での成績が伸び悩んでいる理由を究明し、対策を考えるためと推察される
6 交換条件
大阪レジャー産業は万策尽き果てていた
残された手段はただ一つ 三津田商事の手形の期日を延ばすほかない
6億1000万の期日は3月1日 あと4日で会社は潰れてしまう
豪田のもとに三津田昇助が若い男女2人を連れてやって来た
三津田:
こちらが大川律子、むこうが広野鉄夫です どちらも私の仲間です
用件は手形の期日を延ばすことでしょう 交換条件があります
この2人に大阪レジャー産業の経営を任せていただきたい
手形は2ヶ月延ばすつもりですが、この2人の言う通りにすれば問題ない
どこに配属してもいい その後、クビにしても、そのまま使っても構いません
まず、巨大スリリングマシンの生産の即時ストップ
実感装置はあなたの会社の受け持ちになります
無駄な競争をやめて、人も資材も適正に配置するのです
決戦に耐える体制づくりです
アメリカの巨大企業の幹部が来日し、日米の友好関係の緊密だといって帰りましたが
実際は、圧力をかけ、在日海外企業を駆り立てに来たのです
外国の大会社が史上空前の決戦にくるのは確実 その前に準備を整えなければ
生産、流通、消費が完全一体になることが必要です
我々は競争力のある企業を選んで工作しています 財閥系だけでは戦力不足です
(連中は気違いだ 誇大妄想狂だ)と思いながら、豪田には言うことを聞くしかない
豪田は条件を飲んだ 会社は助かったのだ
7 渦
万博開幕まであと1年
海外ビッグ・ビジネスは猛然と攻撃に転じてきた
どの国も経験したことのない恐るべき大規模な攻撃だった
日本人口の6割ほどを有する「東海道メガロポリス」を中心にあらゆる売り込み、会社を潰し、乗っ取ろうとした
各家庭にはセールスマン、映話などをフルに使って
ライフサイクルの短い豪華な商品、習慣性のある飲料などが売り込まれた
世界最高レヴェルの技術と金の力で、大量生産した材料が貸与され、
会社の工作、吸収の圧力は激しさを増したが、
日本側は、情報交換、技術提携、半製品の相互活用で応戦した
かつて外国製だというだけで飛びついた消費者も、自分の勤める会社の製品を買った
これは家庭党をはじめとする消費者団体に原因があった
日本産業全体が、優秀なリーダーによって指揮されていると気づいた海外企業群は密かに探った
それほど能力のない者は放り出され、力のない会社は次々倒産
昔ながらの一家心中、強盗、クルマで大勢が集まるところに突っ込んで即死する青年が続発した
職があってもやっていけないのは、本人にやる気がないか、無能だというムードが生まれた
朝倉はそのアイドル的な存在になっていたが、マスコミの様相そのものが変貌し、
今までのような有利な条件の出演依頼は減少した
組織の成員として生きた経験の少ない人間の常として、朝倉も世間智を信じず、
自分について来ない連中はレヴェルが低いからだと解釈した
だが、ビッグ・タレントは見世物の1つで、飽きられてしまった
集会に集まるのは、社会に適応できない理由を正当化してもらおうとする者が大半
万国監視員はいよいよ派手な動きをみせた
もはや監視どころか、道化の役割をしている
渦の中で日本財閥によって作られた“最終兵器”産業将校らは
財閥首脳部が予想もしない手段で最終段階の行動に移ろうとしていた
8 真昼
会場に着くと、万博の工事は完成に近く、建設会社社員が豪田と沖を案内しながら
新たに配属された2人の若者を褒め上げた
「あんなに頭のいい技術者は初めてです 呆れるばかりですよ」
大川律子、広野鉄夫の肩書きは経営顧問にしたが、見事な働きぶりだった
実感装置の改良点を指摘するばかりか、新製品まで作って、おそるべき勢いで売れた
手形を楽々落とした後もとどまるよう依頼して、5ヶ月後の今では豪田らは2人の指示するまま行動している
(利用するだけして、思いきって捨てなければ、命取りになる)
「最近、いろんな新製品があちこちで発表されて、作ったのはみな21、2歳の連中だという噂ですよ」
朝倉が叫ぶ画面を豪田、山科、未知も見ていた
朝倉:
物質の満足は、精神の充足と同じではありません
物質中心の世の中では都合が悪い産業界と、そのロボットである政府が原因です
万国博こそ、その象徴です
監視員総会以来、山科はスポンサーから愛想をつかされ、仕事は目に見えて減った
大口は、この大阪レジャー産業ぐらいだ
レストラン2階の特別室では、4、5人の丸の内のエグゼクチブが話し合っている
「最近の産業将校のやり方は、我々の考えを実行しているとは思えない
たかが外資駆逐用に養成された道具にすぎないというのに」
「目的完遂のために、高効率な手段をとらなければならないのでしょう」
「主導権を奪われるどころか、へたすると、日本が彼らの思うままに動かされるかもしれません」
植田香子:
いきすぎないよう、やわらかく規制することです
ロボットたちに、真の支配者が誰か教える必要があります
明日、産業士官学校へ行く用があるので、運営委員長に話しましょう
東ゲートのそばでは2人の男が話し合っている
家庭用自動機器の最大メーカー、ワールドホームの極東支配人と
世界的組織を有する外資系サービス会社の日本駐在所長
極東支配人:
連中を調査するのは最終目的ではない
我々が本社から与えられている命令は、1日も早く日本市場を制圧すること
そのために連中を排除する仕事を頼みたい
駐在所長:即日着手しましょう
9 真相
万国博反対運動は大幅に縮小し、朝倉の仕事も減ったが、
仕事量は変わらず、割の悪い仕事をこなさなければならない
朝倉に寄生し、安心感を持ちたい追従者が大半だ
組織に同化されて安全になろうとする人々、
常に主流派としてしか生きられない人々で溢れている
万国博まであと半年 惑わされた大衆をどう目覚めさせることができる?
今日の面会券は1人で買い占められている 最近では稀ではない
客は40くらいの油断のならない顔つきの男だった
「これは手前どもが調査した資料です お読みいただきたいのですが」
そこには、「産業士官学校」についてまとめられていた
1973年 3財閥の丸の内、日本橋、中之島の指導者が参集し密かに会合した
当時、大阪万博後の不況のもと、資本の全面自由化を迫られていた
1972年ごろから思わぬ不安があらわれた 人材不足だ
ペーパーテスト中心の教育制度の欠陥により、実際に役立つエンジニアらの人口が伸びず
各企業はそれぞれ研修を行うと、他にスカウトされるのが頻発
そこで、従来の教育を無視し、高度で、普遍性のある教育機関を作ろうとした
1975年 奥多摩で産業士官学校の起工式を挙行
はじめは人工交配も考えられたが、まだ技術が完成されず間に合わないため
ごく優秀な成績者のDNAを調べて作ったリストをもとに、スカウトが始まった
普通教育で本来の才能をスポイルされる前でなければならず、中学卒業前か、年少に限られた
高給をちらつかせて、高校進学を断念させる交渉したが、半数以上が進学
スカウトできたのは、経済的、地理的に不利な家庭の出身者だった
1978年 第一期生の入学
教育期間は7年 平均点90点未満は進級できない
まず肉体面から訓練され、ハードトレーニングが終わると、圧縮睡眠記憶の学習がはじまる
科目はほぼ2つ 為政者として上に成る組織力学の養成 もう1つは、現代科学 完全武道もある
上級に進むとコンピュータを使う力を持ち始める
同情、恋愛感情などの情操的なものはすべて厳しく拒否されるので、
彼らには自己の内面からの衝動があってはならない
卒業した「産業将校」らは、一定期間ごとに学校に戻り、最新の知識を共同記憶として吹き込む
現在の産業将校は第一期87名、第二期96名 所属組織は以下の通り・・・
朝倉:
(これが彼らの正体だったのか そんな人間に個人の自由、尊厳が分かるはずがない
今の世に間に合うよう作られた人間ロボットにすぎないのだ
たしかに彼らのお蔭でまだ海外企業に踏み潰されずに済んでいるが
本当の文化が生き残る余地がなくなってしまう
男:
朝倉さんたちの反対運動を阻んだのは彼らです
しかし、一般に訴えるには証拠がない その資金を私たちに出させてくれませんか?
反対運動を成功させませんか?
朝倉:(この機会を逃すことはできない やるのだ)
相手が海外ビッグ・ビジネスの回し者だと悟りつつ、朝倉は最後のチャンスに賭ける
10 黄昏
産業士官学校に来た三津田昇助は、何者かに襲われる
恵利良子「逃亡」 催眠術でなにもかも喋らせる
今日の議題は運営委員会からの干渉をどう排除するか
結論はもう出ている 今放棄すれば、日本企業は回復不可能だ
恵利良子「内偵者 派遣 朝倉遼一」「山科紀美子不明」
産業将校らの次の目標は、朝倉らに向けられる
その頃朝倉は、産業将校らへの激しい非難を開始した
【第四部 ’87】
1 夜明け
1851年パックストンの水晶宮とともに幕を上げた世界的博覧会
突貫工事は最終段階にかかり、それぞれのお国柄が顕著になってきた
異様なのは日本のパビリオン
こうした建設にはトラブルがつきものだが、ほぼロスもミスもなく、リードしているのは30名ほどの若い男女
中下級技術者らは、このまま自分たちはどこへ行くのだろうという不安がよぎるが作業は続けられる
都市においては、一群の若い男女が、実は財閥によって仕立てられたものと知って
昔ながらの資本化不信と結びつき恐怖を覚え始めた
むろん煽り立てたのは朝倉を中心とするキャンペーン
“世の中は彼らの思い通りに動かされるであろう
この2月には第三期の卒業生がまた100名近く増えるのです
私たちの質問に対し、公開の場所で釈明を求める”
朝倉が外資のバックアップに支えられているらしいという噂はマイナス要因だった
対案を示さないことも大きなマイナスになっている
財閥側は沈黙を守っていたが、実は、士官学校の詳細が洩れたことで
互いの疑心暗鬼、失脚を怖れて、足並みが乱れていた
それすら産業将校の計算内だった
公開会談は10日と決まった 財閥関係筋はノーコメントを通した
技師らは産業将校が勝つとしか思えない が、そのあとは?
どのみち彼らに許されているのは、事態を傍観することだけで、目の前の仕事が大切なのだ
2 戦術
第4回目の「産業将校排撃大会」が開かれた
若手のビッグ・タレントが司会をして同志に呼びかける
「3日後 13時より4時間 場所は千駄ヶ谷の国立競技場 人員は3名
第三大学教授、現革新党議員・伊達健治郎氏
文筆家、家庭党の万国監視員でもある山科紀美子氏
彼女は、産業将校によりおそるべき催眠術にかけられて行動していたのです!
最後の一人は、言うまでもなく、われらが朝倉遼一氏!」
これが擬似イベントだと朝倉は百も承知していた
山科紀美子を奪い、高度な催眠術を駆使して、産業将校の術を解いた
ポテンシャルのぎりぎりまで酷使されていたため、本当なら1年以上の休養が必要だが、国民を感情的に動かす道具なのだ
朝倉は思った (勝てる)
3 戦略
この半年の間、産業士官学校の組織も設備も大きく変化した
産業将校は、自分の家や贅沢な乗り物を持たず、新しい候補生探し、遺伝子による人工交配の実験を続けた
これらは自己改造を続ける1個の有機体だった
朝倉と話し合うのは、三津田昇助、恵利良子、室井精造
ビッグ・タレントとの話し合いは一時的な通過点でしかない
4 一月十日
国立競技場は4分の入りだった
今はコピー文明で、現場に行くより、家で画面を見るほうがいい
10万人は集まると大会場に固執した朝倉のもくろみは外れた
10分前、真っ白なオープンカーから朝倉が現れ、
平凡なトラックに乗り、地味なスーツを着た産業将校らも椅子に座った
朝倉は世の「説得技術者」や、それに振り回される連中を軽蔑していた
まずは、理屈で押し、感情で攻める それには山科紀美子が必要だ
続いて彼らに不得手な人間の生の意義をぶつけて混乱させ、反省をうながすのだ
「公開討論」が始まった
朝倉:あなた方は危険なロボットですよ 産業将校とは何です?
室井:
現代は産業社会です
それを大局的に分析に具体的に手を打てる者が今までいなかった そうした人間は必要です
恵利:
今の政治技術は、不正確なコントロールしか出来ません
社会構造をそのままにしては、根本的なコントロールは出来ません
伊達:では構造なり体制を変えればいいではないですか
三津田昇助:
それはあなた方がやるべきではなかったのですか?
今の世界情勢では、後進国であるのは極めて不利な条件です
1日ごとに高度化している今は、複雑に絡み合った有機体です
全体の維持発展を行わなければなりません
室井:
私たちは組織力学の公式化されたものを身に付けています これは誰にでも活用できます
三津田昇助:
みんなが組織力学を身につけた時、世の中が大きく変化する可能性もある
自分の生活がなぜ圧迫されているか見通し、対策を立てられる
もはやかつての恐怖政治も独裁もあり得ません
伊達は興味をそそられ話に聞き入っているのを見て、朝倉は焦る
敵はこちらの弱点を見抜いている 平常心を失わせようとしているのだ
山科紀美子を見て、顔色が真っ青なのに気がついた
弱っていた上、ここ2週間ばかり排撃大会に出たりしたせいだろう
だが、今倒れられては困る
朝倉は紀美子に活力剤を渡し、紀美子は気丈にそれを飲んだ
山科紀美子が催眠術にかけられていたことを指摘し、恵利良子の仕業だと指をさしたが
恵利良子は作り話だとシラをきった
活力剤は1、2分しか効かず、もう効果は失われつつある
恵利良子は泣き声を出し
「あなた自身、私たちが存在すると困る理由をお持ちなんじゃないですか?
私の尊敬する友人は脅迫されているんでしょう 力ずくで誘拐したのではないですか?」
紀美子はイスから転げ落ち、恵利良子はすぐに駆けつけた
「あなたはヒロイズムにとり憑かれた鬼だわ 可哀相に」
恵利良子は紀美子を抱えて退場した 感情作戦は産業将校らのものになってしまった
三津田昇助:こちらも2人でお相手いたします
伊達が意見すると
三津田:
ここにいるのはあなたの生徒ではないのです 誰でも判るよう普通の言葉を使うことは出来ないのですか?
室井:
そんな風に自分のやり方についてくる人にしか知識を与えないのですか?
それがあなた方の時代の“教養”ですか?
伊達は怒りで横を向いてしまう 朝倉が乗り出すほかなかった
三津田と室井が目配せしたのを見た 焦りが思考を鈍らせる
朝倉:あなたたちはいわば特殊な人間でしょう?
三津田:
あなた方が排撃大会で言っていたことへの誤解を解いていきましょう
今の職業は分化しています それぞれに差異が生まれて当然です
普通の人間が一生かかってもものにできないことをマスターしたあなたは非人間ですか?
産業士官学校の閉鎖性を攻撃していましたが、外資にすべて知られた上で産業将校を育てることはできますか?
産業将校は人間に不可欠な文化的なものを持たないと言いました
私たちは残念ながら組織力学、科学技術を学ぶだけで精一杯でした
1つの団体の特定目的の走狗となっているということについては
それが全員にとって最大の利益になるなら構わない
全員の利益にならなくなった時に離脱すればいい
あと1つ 産業将校が体制維持のためにしか働かないということでした
今の環境にすでに満足している人には、現状の破壊は別の欲求不満が生まれる
普遍的なものにするには、理想社会像を漠然にとどめるほかなく、ここ数千年人類はそうしてきた
私たちに言わせれば微視的 元々、人間は集団化する生物です 巨視的な見方が必要なのです
あなたの望む体制に、もし産業将校のような存在が現れたら、あなたは否定しますか?
朝倉:
あなた方はマクベスの同類だということです
やがては日本を乗っ取るつもりなんだ
室井:私たちは産業社会を効率的に維持し、発展させるだけです
三津田:
堂々巡りはよしましょう あなたがこれから攻勢を仕掛ける順序は大体推察できます
それにお答えしたほうが時間の節約になります
万博工事を推進していけないのなら、日本中がそう言えばいい でも反対している比率は少ない
その他も三津田は鮮やかに論破し、スタンドの何人かが失笑した
室井:
これぐらいで終わりにしましょう
殴りあいを期待された方がいらっしゃるかもしれませんが、私たちはそんな野蛮なことはしません
何事も平和的に、納得ずくでやります
おどけた会釈をしてみせて、観客は微笑し拍手すらあった
朝倉:あなたがたは一体どんな世の中を作るつもりだ?
三津田:
やり方さえよければ、もっと文明を享受できるようになる そのための推進力になるのが仕事です
これまでバラバラで、重複の多い全社会のエネルギーを、ロスのないよう集約すれば
頂上部は高くなり、全体を潤すことにつながる
芸術などは一段落ついてから花を咲かせればいいのです
1人ひとりは一流でなくても、成果をバランスよく社会のものにする人間が必要です
実例をお見せしましょう
トラックから直径1mほどの円盤を出して置いた
三津田:
これはファイ波にもとづき引力を操る仮説に基づき、現代興業の超一級を集めて開発しました
産業将校により今の産業体制のもとでは可能なのです
ほかにも天候管理、超小型燃料電池なども近く実現させます
私たちの未来はやっと管理可能になったのです
私たちの希望は未来に向かってこそ託さなければなりません
拍手が沸き起こった それはビッグ・タレントの完全降伏を意味していた
5 終末
朝倉ルームは、後援者らが手を引き壊滅するだろう
産業将校排斥運動も終わり、彼らの操るままにコントロールされるだろう
かれらがやがて作り上げる世界
誰も世の中全体には無関心になり、自分の仕事、家庭に熱中し、全体の一分子に飼育される世の中
物質面しか価値を持たない世の中 騙されていたと気づいた時にはもう遅いのだ
朝倉遼一は敗残者として生きていけるわけがない
筆でなにか書き終えると、睡眠薬を致死量だけ出して思いきり飲み、ベッドに横たわった
“周粟ヲ食マズ”
6 奔流
朝倉の死をきっかけに世の中は加速度的に変わりはじめた
産業将校の統制のもと、日本企業群は次々と新しい文明の利器を実現しはじめた
それらは以前のようにすぐに発表せず、本来の効果を発揮するタイミングで登場させた
海外ビッグ・ビジネスの力はぐっと弱くなった代わりに、日本企業群相手に交渉を始めた
財閥のトップクラスは、産業将校らにより追い落とされたという噂が流れた
人々は、これまでの為政者より産業将校のほうが公正だと信じ、有能なほうを好んだ
産業士官学校は、人工交配人間までのつなぎとして、初めて候補生を公募した
それまでとは違い、みなエリートの像を描いてどっと志願者が殺到した
「万博リズム」というおかしな唄と踊りが広がった
それは「ええじゃないか」とあまりに酷似していた
3月5日
万国監視員の解散式が行われたが、そこに恵利良子と山科紀美子の姿はなかった
山科紀美子は死の床についていた
「鏡を貸して・・・私がまだ美しいかどうか見たいの」
7 党葬
3月12日
薄幸のヒロイン、山科紀美子の党葬が行われた
山科信也:ぼくは夫なんだぞ! 別居はしていたが配偶者に間違いはないんだ
「家庭党では拒んでいるのです
なぜあなたは、お通夜と、内輪の告別式にいらっしゃらなかったんです? あの時なら誰でも入れたのに」
山科信也:万博工事の仕上げに没頭して知らなかった ついさっきニュースで見て飛んで来たんだ
山科がクルマに戻ると、未知と豪田もいる
忘れたつもりでも、こうなると、作家になる以前の紀美子の顔が浮かんでくる
豪田は、産業将校団から、北海道支社長に赴任してほしいと命令を受けていた
今の大阪レジャー産業は、産業将校の体系で実感装置の中軸メーカーの役割を与えられている
豪田に誘われ、昔ながらの日本式料亭で飲むことになった
未知がつぐままに豪田は杯をあおった(やっぱり女性がつぐのね
豪田:飲んで忘れるんや
山科:
かれらに不必要な人間は、みんな死ぬか追い出される
我々のような中途半端な専門家の要らない時代が来る
その果てにもう一度それがくつがえされる
豪田:
沖を追い出したのは傑作やった
わしは、うちの息子を産業将校にさせて、もういっぺん大阪レジャー産業を取り戻させる どや?
山科:
(産業将校が超人類? 超人類とはたしか突然変異によるミュータントのことだ
ミュータントはこれからますます発達する人間文明、科学文明に耐え、適応していく
産業将校はそのミュータントを保護する培養器の役割をするかもしれない)
8 EXPO’87
安城の会場にパビリオンが約200
万国博専用線は満員の客を乗せて、ピストン往復している
7つのゲートで一斉にテープが切られた
1987年3月15日9時 EXPO’87の幕が開いた
34種類の最新の遊戯施設を詰め込んだ「サークランド」は子どもで溢れ、早くも長い行列ができる
GM館には、人類最初の月面都市、火星基地の一部実物大セットがある
これだけの入場者を集め続けるなら、EXPO’87は間違いなく大成功をおさめそうだった
それは、産業将校による成功ではなかったか?
万博は、産業将校による、産業将校の万博だった
*
全身に響く音 時間なのだ ささやきかける声
「はじめもなく 終わりもない時間の中での ほんの一瞬のきらめき・・・
それが証拠なのよ 生きていた証拠なのよ」
波に揺れる感覚、ひたすら夢を追う冒険が胸をふくらませる
嵐だ 船は揺れたがまだ死なない 倒れていたのは砂だ
自分はブタだったのか?
ひとつ眼の巨人を殺したのか?
砂漠の落日
いま船は故郷にむかっている
実感装置が止まった
未知:こちらのほうが本物のように思えるわ
山科:
(テープを作り編集した自分にこれだけ残存感があるなら
普通の入場者にはもっと強い刺激に違いない)
豪田:ほんまよう出来とる この装置は、わしらが創りあげたんや
不意に山科は、この数年間全部がまるで夢ではなかったかという気分に襲われた
実感装置に与えられるものと変わりないのでは?
あの日本の情勢下では、産業将校かそれに似た存在は必然的に登場すべきだったのだ
豪田は北海道に帰る その影がどよめきの群衆にまぎれて行った
【山本明 解説内容抜粋メモ】
SF作家の多くは、編集者、放送台本の仕事を経て作家になったが
眉村は、サラリーマン生活を8年続け、『燃える傾斜』が刊行され、コピーライターとなり、文筆業に入った
彼は実直なサラリーマンだったと自称している
彼が好んで取り上げるテーマは、会社・社会の管理機構の強化と、精神労働・肉体労働の分離、
それにともなう人々の創造力の相対的貧困だ
これはブラッドベリーの『華氏四五一度』、オーウェルの『1984』にも描かれているが
これらでは管理社会が出来上がってからの状況を描き、それに至るプロセスには触れていない
小松左京『日本アパッチ族』『日本沈没』も管理機構の矛盾を描いている
管理社会の恐ろしさの告発より、どう生まれるか描くほうが難しい
本書が書かれたのは、日本万国博の2年前の1968年
日本は高度経済成長期で、バラ色の未来論が蔓延していた
眉村の描いた過程は、古典的な世論形成の理念型の踏襲でいささか同意しがたく現実離れしている
だが、まるでワイマール憲法下の混乱からナチスが出現したことを想起させる
この「産業将校」のアイデアを眉村は気に入り、のちに『産業士官候補生』を書いている
「ビッグ・タレント」も繰り返し現れる
本書を書く1年ほど前、僕は「産業将校」のイメージをアメリカで実見した
NYにおける日本人ビジネスマン社会だ
ホテルのロビーで突然、2、30人の「バンザイ!」の声にみな振り返ると、ドブネズミ軍団が万歳三唱している
わけを聞くと「第二次佐藤内閣が成立したんですよ」
あれから10年以上経つ
今のドブネズミ軍団は、もっとスマートで、もっと大きな力を持っている
ナチスや、日本の青年将校のように、なにものかに仕えるために作られた集団が、
自分たちの力の大きさを自覚して支配者になろうとする動きも皆無とはいえない
この10年間 石油ショックを契機として恒久的不況が訪れ、200海里を巡る海洋資源が問題になった
ハイジャック、浅間山荘事件、成田空港阻止闘争など、1968年には考えもしない活動が展開された
僕は、そしておそらく眉村も、本作が荒唐無稽な夢物語だと読者が大笑いする日が来ることを念願しているが
当分はシリアスに読まれ続けるだろう
それは不幸なことと同時に、一層の不幸の歯止めになることを期待せずにおれない
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読み終えて、最初の感想は「読み終えてしまったじゃないか、こんちくしょう!」だ
たくさんの登場人物への思い入れ、それぞれの結末とこれからは
本書の中で別次元の現実として続いてゆく
エンデの「それはまた別の話」というように
どちらがユメか現実か?
私もその中の1つで生きている それだけのこと
あらゆる駆け引きの中で、確実に万博へのカウントダウンが刻まれる
そして万博ははじまり、終わる そしてまた日常は続く
ピョンチャンオリンピックも、東京オリンピックもそうした莫大なお金が絡み合い
無数の想いが絡まりあって、はじまり、終わり、またいつもの現実に戻るのだろう
ユメとも、現実とも分からない、その合間の虚構
その永遠の繰り返しの中に一瞬一瞬がある
実感装置のプロローグのささやきのように
「はじめもなく 終わりもない時間の中での ほんの一瞬のきらめき・・・
それが証拠なのよ 生きていた証拠なのよ」