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「本能寺の変 明智光秀と家族の運命」@歴史秘話ヒストリア

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「悲劇の父娘 反逆の果てに 〜本能寺の変 明智光秀と家族の運命〜」

光秀は、もともと貧しい武家の出だったが、信長にとりたてられ、
人生経験を生かして、交渉役として活躍し、数年で大きく出世した。
妻・照子との間に3女誕生。玉子は、絶世の美女と言われたのちの細川ガラシャ。

光秀は、再三の反対も空しく、信長より比叡山延暦寺の焼き討ち(なできり=皆殺し)を命じられる。
この時の死者は数千人、そのほとんどが無抵抗な人々だった。

出世とともに次々と縁談が舞い込み、長女は荒木村重の嫡男(!)、末娘は信長の甥・津田のもとへ嫁いだ。
玉子は、信長の仲介で細川忠興に嫁ぐ。




【本能寺の変・その謀反のワケとは?】
天下統一を目前にした、信長の急激な「組織改革」にあると言われる。
本能寺の変の数年前、家臣の大リストラを開始。その領地・ポストを息子たちに分け与えていた。
村重は謀反を起こした1人だが、信長はすべての謀反を武力で鎮圧。

本能寺の変を起こした時、光秀は67歳。
生死の境をさまようほどの大病をしたり、跡継ぎの十五郎はまだ元服前とあって、先々への不安が大きかった。
信長の家臣が各地に配置され、京に来た信長も少人数だったため、これぞ好機と思い、兵をあげて、たった2時間で討ち取った。
本能寺は、入念な工事をした、いわば小さな城。そこに攻め入るというのは、よくよく考えた作戦だったと思われる。

光秀は、その後、安土城を占領。早速、朝廷の使者を迎え、近畿を占領するなど、トップの座を固めようとする。



【家族の離散】
娘婿・津田は、襲撃を受けて戦死し首をさらされ、娘も行方不明になる。
玉子は、子どもを残して離縁される。



光秀は十五郎を坂本城に残して、重要な拠点・天王山に向けて出陣する。
本陣は、高台にある古墳を大規模に改造。万全の準備をする。





【羽柴秀吉の逆襲】

信長は生き延びたと偽り、「大義名分」を掲げて、毛利軍ほか援軍を募る。

「山崎の戦い」

勢いのある秀吉軍は、淀川沿いの湿地帯をも進軍。
形勢不利とみた光秀は、秘かに数人の供を連れて城を脱出する。
城に残した十五郎と再会して、兵力を整えようとするも、落ち武者狩りに遭い絶命する。

秀吉軍に包囲され明智一族は坂本城で自害。十五郎も命を落とす。
生き残ったのは、幽閉されていた玉子1人。後に復縁し、6人の子を産んだ。



【「明智軍記」における光秀像】

「信長を殺したのは、信長自身であって、明智光秀ではない」
謀反を起こした武士というよりも、さまざまな功績が伝え残っている。


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