■『アレクセイと泉のはなし』(アリス館)
本橋成一/写真と文
こないだ、映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』を観た後、写真展を観て、本橋成一さんに興味をもち、借りてみた。
【ポレポレ坐イベント~無限抱擁】
「2016.4.19~5.8.新版『無限抱擁』(本橋成一写真集)刊行記念写真展」
チェルノブイリ原発事故から30年 ウクライナで追悼
“1986年4月26日未明に起きた原発での爆発と同時刻にサイレンが鳴らされた。
炉心溶融(メルトダウン)が起きた同原発の事故は史上最悪の被害をもたらした。”
▼あらすじ(ネタバレ注意
ベラルーシの小さな村に父母と暮らすアレクセイ。
1986年4月26日、畑にジャガイモを植えて帰宅すると、
強い風が吹き、空はオレンジ色に染まっていた。
雨が降って、急にやんだ。
何が起こったのかは分からなかった。
アレクセイの村は、事故を起こした原発から180km離れていたけれど、
放射能汚染により“もうここに住んではいけない”と言われた。
大勢が村を離れ、55人の年寄りとアレクセイは残った。
「ここにはきれいな泉があるからね。
この泉の水は、100年もかかって地上に湧き出てきたんだよ。
この泉は奇跡さ」
アレクセイの家には、たくさんのいのちがいる。
ウマ、ウシ、ブタ、ガチョウ、ニワトリ、ネズミ、鳥、畑のミミズ、
数えきれないいのちといっしょに暮らしているんだ。
母はいつもこう言う。
「この子たちを残して、町へ行くことなんてできやしないよ」
役人が引越しをすすめた時も
「この動物、木、草はどうするんだい。いっしょに連れていってもいいのかい?」
アレクセイは何にでも話しかける。
「おーい白樺、きょうは凍てつくね」
みんな生きているものどうしだから、言葉はちゃんと伝わっている。
人間のからだは、何でもできるすばらしい道具。
僕たちはからだぜんぶを使って、たくさんのいのちを育てる。
こうして地に這いつくばって、自然とともに生きることが、ほんとうの生きるってことかもなあ
大事に育てて、美味しく食べる。
人間が食べないところは、イヌやネコが食べてくれる。
あとには何も残らない。
こうして1つのいのちは、すべてのいのちにつながっていく。
原子力発電所ができれば、生活がもっと豊かになると教えられた。
でも、僕の村は、ほんのすこしの電気で、とても豊かで、みんな満足している。
この村には、なんでもそろっている。
ただ1つ要らないのは、人間が作った放射能だけ。
保険局が放射能を測りに来ると、村人はいつもこう言う。
「測ると減るのかい?」
放射能には、何億年も力が減らないものがある。
村人はまだまだ元気。
でも、何十年か過ぎたあと、ここに住むのは僕だけになっているかもしれない。
8月の終わりの日の収穫祭には、何年ぶりかで司祭がやってきた。
その後パーティーが開かれて、隣り村からガルモニカ(ボタン式アコーディオン)弾きもやって来た。
泉は、春夏秋冬、朝昼晩、湧きつづけている。
泉の水が僕の中に流れて、僕をここに引きとめている。
【あとがき 世界じゅうの子どもたちへ 本橋成一~内容抜粋メモ】
僕が初めてアレクセイに会ったのは、この村に通いだして3年目の1995年。
その頃は、まだ大勢が住んでいて、いつも賑やかでした。
映画『アレクセイと泉』の撮影中、アレクセイの馬ルイシックが突然暴走し、
取りつけた鋤が飛び跳ねながら約50mほど走ったところで、やっと止めることができた。
普段優しいアレクセイは、ルイシックの腹を蹴り、首にパンチをした。
鋤を引いたまま暴走することはとても危険なことで、馬や人間に当たれば大事故になるところだったと後で知った。
この村では、馬なしでは暮らせず、馬もヒトなしには生きてはいけない。
あれは若いルイシックに危険を分からせる大事なコミュニケーションだった。
今、この地球にあるいのちは、33億年の時をかけてつながってきました。
この地球では、人間だけの都合では、決して生きていけないのです。
●本橋成一(ウィキ参照
映画館「ポレポレ東中野」と喫茶店「ポレポレ坐」オーナーさんだったんだ/驚
「“ポレポレ”はスワヒリ語で“ゆっくりゆっくり”の意味である。」
本橋成一/写真と文
こないだ、映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』を観た後、写真展を観て、本橋成一さんに興味をもち、借りてみた。
【ポレポレ坐イベント~無限抱擁】
「2016.4.19~5.8.新版『無限抱擁』(本橋成一写真集)刊行記念写真展」
チェルノブイリ原発事故から30年 ウクライナで追悼
“1986年4月26日未明に起きた原発での爆発と同時刻にサイレンが鳴らされた。
炉心溶融(メルトダウン)が起きた同原発の事故は史上最悪の被害をもたらした。”
▼あらすじ(ネタバレ注意
ベラルーシの小さな村に父母と暮らすアレクセイ。
1986年4月26日、畑にジャガイモを植えて帰宅すると、
強い風が吹き、空はオレンジ色に染まっていた。
雨が降って、急にやんだ。
何が起こったのかは分からなかった。
アレクセイの村は、事故を起こした原発から180km離れていたけれど、
放射能汚染により“もうここに住んではいけない”と言われた。
大勢が村を離れ、55人の年寄りとアレクセイは残った。
「ここにはきれいな泉があるからね。
この泉の水は、100年もかかって地上に湧き出てきたんだよ。
この泉は奇跡さ」
アレクセイの家には、たくさんのいのちがいる。
ウマ、ウシ、ブタ、ガチョウ、ニワトリ、ネズミ、鳥、畑のミミズ、
数えきれないいのちといっしょに暮らしているんだ。
母はいつもこう言う。
「この子たちを残して、町へ行くことなんてできやしないよ」
役人が引越しをすすめた時も
「この動物、木、草はどうするんだい。いっしょに連れていってもいいのかい?」
アレクセイは何にでも話しかける。
「おーい白樺、きょうは凍てつくね」
みんな生きているものどうしだから、言葉はちゃんと伝わっている。
人間のからだは、何でもできるすばらしい道具。
僕たちはからだぜんぶを使って、たくさんのいのちを育てる。
こうして地に這いつくばって、自然とともに生きることが、ほんとうの生きるってことかもなあ
大事に育てて、美味しく食べる。
人間が食べないところは、イヌやネコが食べてくれる。
あとには何も残らない。
こうして1つのいのちは、すべてのいのちにつながっていく。
原子力発電所ができれば、生活がもっと豊かになると教えられた。
でも、僕の村は、ほんのすこしの電気で、とても豊かで、みんな満足している。
この村には、なんでもそろっている。
ただ1つ要らないのは、人間が作った放射能だけ。
保険局が放射能を測りに来ると、村人はいつもこう言う。
「測ると減るのかい?」
放射能には、何億年も力が減らないものがある。
村人はまだまだ元気。
でも、何十年か過ぎたあと、ここに住むのは僕だけになっているかもしれない。
8月の終わりの日の収穫祭には、何年ぶりかで司祭がやってきた。
その後パーティーが開かれて、隣り村からガルモニカ(ボタン式アコーディオン)弾きもやって来た。
泉は、春夏秋冬、朝昼晩、湧きつづけている。
泉の水が僕の中に流れて、僕をここに引きとめている。
【あとがき 世界じゅうの子どもたちへ 本橋成一~内容抜粋メモ】
僕が初めてアレクセイに会ったのは、この村に通いだして3年目の1995年。
その頃は、まだ大勢が住んでいて、いつも賑やかでした。
映画『アレクセイと泉』の撮影中、アレクセイの馬ルイシックが突然暴走し、
取りつけた鋤が飛び跳ねながら約50mほど走ったところで、やっと止めることができた。
普段優しいアレクセイは、ルイシックの腹を蹴り、首にパンチをした。
鋤を引いたまま暴走することはとても危険なことで、馬や人間に当たれば大事故になるところだったと後で知った。
この村では、馬なしでは暮らせず、馬もヒトなしには生きてはいけない。
あれは若いルイシックに危険を分からせる大事なコミュニケーションだった。
今、この地球にあるいのちは、33億年の時をかけてつながってきました。
この地球では、人間だけの都合では、決して生きていけないのです。
●本橋成一(ウィキ参照
映画館「ポレポレ東中野」と喫茶店「ポレポレ坐」オーナーさんだったんだ/驚
「“ポレポレ”はスワヒリ語で“ゆっくりゆっくり”の意味である。」