■毎年恒例上映 『31年目のチェルノブイリ』@ポレポレ東中野(2017.4.27)
“1986年4月26日にチェルノブイリ原子力発電所でレベル7の事故が起きてから31年。
今年も毎年恒例の”4.26上映”を行います。
今年は、『ナージャの村』(1997)、『アレクセイと泉』(2002)の監督本橋成一が、
両作品の撮影地ベラルーシを再訪し、ドキュメント映像を製作します。
かつて本橋がとらえた汚染されたふるさとに住み続ける「サマショール」(自ら住む人)と呼ばれる人びとの暮らしは
31年が経過した今、どのように変化しているのでしょうか。
福島第一原発の事故からも6年の月日が経ち、日本でも「災害処理」としての復興は進んできたかもしれませんが、
地域や共同体、人間と自然の共生は分断されたままといえるのではないでしょうか。
自然と文明のなかで人はどう生きるのかを繰り返し問われる今、ベラルーシの被災地の現在を短編映像と写真で伝えます。
また今年は、恒例の『ナージャの村』、『アレクセイと泉』をデジタルリマスター版で上映します。
フィルムとは異なる質感、音の拡がりをお楽しみください。”
本橋成一さんについては※「作家別」参照
ベラルーシの村人は・・・ドキュメンタリー上映会@東京新聞
『ナージャの村』(1997)
『アレクセイと泉』(2002)
「ベラルーシ再訪2017」(2017年 25分 予定)
4/27(木) 15:00~B+C
監督の本橋成一さんのトークも聞きたかったけれども、日程の都合と
昼の部で『アレクセイと泉』(2002)のほうを観たかったのでB+Cを選んでみた
ソファで時間を待っている女性は連れの方に
「私は原発に絶対反対」と声高く話していた
ヤンバルクイナの手作り帽子をかぶった男性がチラシを配っていた
トークショーだろうか? 聴きたいけれども、予定がかぶってしまって残念
「2017zenko - 平和と民主主義をめざす全国交歓会」
上映時間までに、外でサンドイッチを食べて腹ごしらえしてから
喫茶店の中でまた催されていた、今回の映画で撮った写真展を観た
壁に掲示された写真や新聞記事等も写真を撮っていいとのことで、いろいろ撮った(インスタにもアップする予定
ディランの映画『Dont Look Back』(1967)のチケットも貼り出されていたけど、どこかでかけるのかな?
沖縄基地問題の記事もあった
***
30分ほど前に着いてチケットを買ったら11番目で、後方の端の席が選べたv
平日とあって高齢者が多かった 若い人にもぜひ観てもらいたい
スタッフ「本日は、本橋成一監督がいらっしゃってますので、ひと言ご挨拶があります」ええっ!?
挨拶も聞けたし、映画を観た後にゆっくり話せて貴重な経験が持てた/感謝
本橋成一:
1986年4月26日にあったチェルノブイリ原子力発電所事故に合わせて、毎年4月26日前後に上映を行っています。
前の2作を撮ってから、12年ぶりに2つの村を再訪したわけですが、何もなくなってしまっていてショックでした
以前、暮らしていた「サマショール」、現地の言葉で“困った人たち”という意味の造語なんですが
彼らも高齢で亡くなってしまったり、村を離れたりして、すっかり人気がなくなっていました
この企画は、これからも毎年やっていきたいと思っていますので、ぜひまた来てくださると嬉しいです
●『アレクセイと泉』(2002)
trailer
監督:本橋成一
製作:神谷さだ子、小松原時夫
撮影:一之瀬正史
音楽:坂本龍一
録音:弦巻裕
編集:村本勝
スチール:明石雄介
ナレーション:アレクセイ・マクシメンコ
“ベラルーシ・ブジシチェ村はチェルノブイリ原発事故によって放射能で汚染された。
しかし村の泉からは放射能が一切検出されない。
豊かな大地、奇跡の泉と共に暮らす人々を、坂本龍一の音楽と美しい映像で綴ったベルリン映画祭受賞作。”
【内容抜粋メモ】
本当に豊かな自然 その自然の移り変わりとともに生活する村人たちのたくましさ
ここが高濃度の放射能で汚染されているなんてとても思えない
村に住む唯1人の青年アレクセイのナレーションによって素朴な村人の生活が描かれてゆく
“事故があった日、私はじゃがいもを掘って、家に戻った時だった
急に強い風が吹いて、雨が降り、すぐに止んだ 事故のことは何も知らされなかった
避難指示が出て、ほとんどの村人が去っていったが、私はこの村が好きだし
残る両親の手伝いがしたくて、残ることを決めた
国の人たちは、「ここにいたら病気になる」と言った
それを証明するために、村の泉の水を持ち帰って調べたら、放射能量はまったく検出されなかった”
ジャガイモが主食なのか、家畜の餌にもするので、1年分を収穫するのに
少数の老人たちではムリだから、近所同士手伝い合ったり、街に住む家族が帰ってきたりする
(日本と同じだね 私の母も昨日の電話で、そろそろジャガイモの苗を植えると話していた
とにかく、なんでも自分たちで作る自給自足っぷりに感服
これが本来のヒトの生活だと思った
カラダに合うだけ働いて、自然の恵みを必要な分だけもらって
収穫祭には感謝を捧げて歌って踊り、司祭を呼んで、奇跡の泉に祈りを捧げる
十字架をたて、イコンを「曲がってない?」と慎重に飾るシーン
糸を撚ってセーターを編んだり、生地を織ったり、
枝でカゴを作って、街に売りに行くが二束三文にしかならない
年金を受け取る時は「金持ちになったねえ!」なんてからかわれる
すぐに砂糖などの必需品を買って、あとは子どもたちに送る
“お金はほとんど必要ないんだ”
あとからこっそりウォッカを買って、その場ですぐコップを出して「飲むかい?」て言うお父さんw
アレクセイの誕生日には、ガチョウ?を料理して3人で祝った
他の家族は仕事で忙しくて来られなかった
母親は「早くいいお嫁さんが見つかりますように」と言うと
アレクセイ「いらないよ」と照れている
“お祭りで賑やかになったが、みんな昔話が多くなって、それが寂しい”
“ここでは馬がいないと仕事にならない トラクターもあるが、安く買ったものだから
兄が直してくれなきゃ今ごろは壊れている それでも年寄りばかりの村にはトラクターが大活躍する”
馬もステキだけれども、いつも自由に走り回って、アレクセイの前を尻尾を振って走る白い犬も可愛かった
ネコも2匹いて、殺したガチョウを調理する間、ずっと見ていて、おこぼれをもらっていた
70~80代の男たち4、5人が、井戸の腐った囲いを直すことになった
“洗濯する時に困ると2年ほど前から言われていた”
森に行き、木を伐り、釘も使わずに斧などで器用に角材にして仕上げていく見事な職人技には目を見張る/驚
“女たちのために頑張らないとな”“はじめよう そしたら終わるんだから”ってセリフもよかった
あんなに頑張って立派に作り上げて、ウォッカを飲んで休んでいたら、アレクセイのお母さんがやって来て
「あなたたちはお酒を飲んで、すっかり休んでるけど、あれじゃ洗濯するには狭すぎるわよ!」てww
夫「あれはいつも文句が多いんだ 気にしないでくれ」
ここでも音楽はヒトの心の支えとなっている
刺繍をしながら鼻歌を歌ったり、水汲みをしながらアレクセイの歌う哀しい恋の歌も感動した
あの井戸の水は、今も清いまま湧き出ているのだろうか?
どんなにヒトの手によって荒らされたとしても、自然はやがて復活する
よく“地球が危ない”と言うけれども、危ないのはヒトのほうだ
ヒトがいなくなったとしても、自然は残り、また再生する
映画『あたらしい野生の地ーリワイルディング』(ネタバレ注意)@渋谷アップリンク
アヌップ・シャー写真展 「マサイマラ」@コニカミノルタプラザ(2016.11.22) ほか
●「ベラルーシ再訪2017」(2017年 25分 予定)
trailer
“2017年3月11日、本橋成一は12年ぶりにベラルーシ・ブジシチェ村を訪れ、
今は故郷を離れたアレクセイと一緒に村を歩いた。翌日はナージャ一家を訪ねる。
事故から31年経って、ベラルーシの人々はどのように暮らしているのか。最新レポート。”
【内容抜粋メモ】
前2作の場所と人々を訪ね、今の様子と比較するという短篇
時間があれば『ナージャの村』も観たくなった
2つの村に住んでいるのは、今では老人1人ずつのみ?!
アレクセイのお父さんも、娘の働く病院で1年間寝たきりの後に亡くなってしまった
それでも、奥さんは懐かしく本橋さんらを迎え入れてくれて、夫たちの眠る墓へも案内してくれた
アレクセイは、今では村から離れた場所の保育園の掃除などをして生計を立てている
本橋「今でも村に戻りたい?」
アレクセイ「いいえ、そうは思わない」
『ナージャの村』に出演した家族に集まってもらって「変わらないねえ!」と本橋さん
家にあがり、ごちそうを頂いた
本橋「あれから、あの家族はどうなったのか、と日本でよく聞かれるんですよ」
それから、映画で撮影した村を訪ねる 今住んでいるのは高齢の女性1人
最初は取材拒否していたが、訪ねるとやはり懐かしんで家に招いてくれた
「送ってくれた写真集を見て、懐かしんでいますよ」
当時撮った写真を見せると、「彼も、彼も亡くなった」と顔を曇らせる
ヒトの住まなくなった家は荒れ果て、雑木林に戻っていた
おじさんが言っていた言葉が耳に残った
「天国なんていらない 故郷をくれれば」
***
本橋成一さんが、映画のパンフレットにサインをしながら、
お客さんと気さくに話されていたので、私もサインが終わるのを待ってから話をさせてもらった
Q:東日本大震災とチェルノブイリとの違いは何でしたか?
A:同じです 全然、違いはない みんな故郷に帰りたくても帰れない状況
Q:高齢者の方は、放射能汚染で亡くなられたんですか?
A:いや、老衰で 観ていただいた通り、撮影した時すでに70代、80代だったので
Q:子どもさんの中には、甲状腺を患っているのと放射能が関係しているのではってニュースもありますよね?
A:そう、だから子どもがいる家族は皆避難して村を離れてしまった
Q:自然は残っていたけれども、動物たちもいなくなっちゃったんですか?
A:動物はいます イノシシとか でも、動物たちもいつまであすこで生き続けていられるかどうか
Q:村の人たちが自給自足で豊かに暮らしていることに感動しました お金なんて必要ないんじゃないかと思った
A:まったく必要ないわけではない やっぱり中国から安いモノが入ってきたりして、生活の形態は変わってきてます
Q:ニンゲンの経済活動が自然を破壊していますよね 原発も最初は経済を潤すと宣伝して
A:そう だから、経済が問題
Q:国はあの村の復興にまったく力を入れてないんですか?
A:まったく何もしてないことはないけれども、貧しい国だから、なかなか復興が進まないのと
原発事故自体なかったことにしたいんですよね
Q:忘れてしまいたいってことですか 「困った人たち」って言っているのは、同じ国民なんですよね?
A:最初は政府が言い始めて、国民もそのうち同じように言い始めた
Q:日本と同じですね 避難生活をしている人たちへの差別とか
A:同じなんです
“原発避難いじめ” 子どもに何が?大人はどうする?@週刊ニュース深読み
Q:私も震災当時は、節電とかしてたけれども、今はそれほど気にしなくなってしまった
クリーンエネルギーの電気を選ぼうにも、とっかかりがなくて 電気のない生活に急には戻れないし、もどかしいです
A:とにかく原発はなくすべき 電気のない生活に戻すのはムリかもしれないけれども
村の人々は、原発による恩恵は何も受けてないのに、あんな風になってしまったんですよ
チェルノブイリ原発で作った電気は、他の地域へと送られていた
Q:東北で作った電気が、関東で使われているのと同じですね
A:同じなんです
Q:どうしたらいいんでしょう? 巨大な負の遺産を子どもの、そのまた子どもの、、、世代まで残すことになってしまって
A:本当にそこですよね 一歩一歩少しずつやっていくしかないのかもしれない
チラシの中から丸木夫妻の写真展も薦めてくださったけれども、埼玉県松山市の「丸木美術館」はちょっと遠いなあ・・・
原発事故のことを、国も国民も“なかったことにしたい”ということを聞いて胸が詰まった
[その他のチラシ]
【ブログ内関連記事】
NHKアーカイブス「チェルノブイリが語ること~原発事故30年の教訓~」
『セバスチャンおじさんから子どもたちへ 放射線からいのちを守る』
『カリーナのりんご チェルノブイリの森』(子どもの未来社)
『希望の国』(2012)
『1億3000万人の自然エネルギー』(講談社)
チェルノブイリ原発事故から30年目
※読書感想メモリスト3の[原子力発電所]も参照
“1986年4月26日にチェルノブイリ原子力発電所でレベル7の事故が起きてから31年。
今年も毎年恒例の”4.26上映”を行います。
今年は、『ナージャの村』(1997)、『アレクセイと泉』(2002)の監督本橋成一が、
両作品の撮影地ベラルーシを再訪し、ドキュメント映像を製作します。
かつて本橋がとらえた汚染されたふるさとに住み続ける「サマショール」(自ら住む人)と呼ばれる人びとの暮らしは
31年が経過した今、どのように変化しているのでしょうか。
福島第一原発の事故からも6年の月日が経ち、日本でも「災害処理」としての復興は進んできたかもしれませんが、
地域や共同体、人間と自然の共生は分断されたままといえるのではないでしょうか。
自然と文明のなかで人はどう生きるのかを繰り返し問われる今、ベラルーシの被災地の現在を短編映像と写真で伝えます。
また今年は、恒例の『ナージャの村』、『アレクセイと泉』をデジタルリマスター版で上映します。
フィルムとは異なる質感、音の拡がりをお楽しみください。”
本橋成一さんについては※「作家別」参照
ベラルーシの村人は・・・ドキュメンタリー上映会@東京新聞
『ナージャの村』(1997)
『アレクセイと泉』(2002)
「ベラルーシ再訪2017」(2017年 25分 予定)
4/27(木) 15:00~B+C
監督の本橋成一さんのトークも聞きたかったけれども、日程の都合と
昼の部で『アレクセイと泉』(2002)のほうを観たかったのでB+Cを選んでみた
ソファで時間を待っている女性は連れの方に
「私は原発に絶対反対」と声高く話していた
ヤンバルクイナの手作り帽子をかぶった男性がチラシを配っていた
トークショーだろうか? 聴きたいけれども、予定がかぶってしまって残念
「2017zenko - 平和と民主主義をめざす全国交歓会」
上映時間までに、外でサンドイッチを食べて腹ごしらえしてから
喫茶店の中でまた催されていた、今回の映画で撮った写真展を観た
壁に掲示された写真や新聞記事等も写真を撮っていいとのことで、いろいろ撮った(インスタにもアップする予定
ディランの映画『Dont Look Back』(1967)のチケットも貼り出されていたけど、どこかでかけるのかな?
沖縄基地問題の記事もあった
***
30分ほど前に着いてチケットを買ったら11番目で、後方の端の席が選べたv
平日とあって高齢者が多かった 若い人にもぜひ観てもらいたい
スタッフ「本日は、本橋成一監督がいらっしゃってますので、ひと言ご挨拶があります」ええっ!?
挨拶も聞けたし、映画を観た後にゆっくり話せて貴重な経験が持てた/感謝
本橋成一:
1986年4月26日にあったチェルノブイリ原子力発電所事故に合わせて、毎年4月26日前後に上映を行っています。
前の2作を撮ってから、12年ぶりに2つの村を再訪したわけですが、何もなくなってしまっていてショックでした
以前、暮らしていた「サマショール」、現地の言葉で“困った人たち”という意味の造語なんですが
彼らも高齢で亡くなってしまったり、村を離れたりして、すっかり人気がなくなっていました
この企画は、これからも毎年やっていきたいと思っていますので、ぜひまた来てくださると嬉しいです
●『アレクセイと泉』(2002)
trailer
監督:本橋成一
製作:神谷さだ子、小松原時夫
撮影:一之瀬正史
音楽:坂本龍一
録音:弦巻裕
編集:村本勝
スチール:明石雄介
ナレーション:アレクセイ・マクシメンコ
“ベラルーシ・ブジシチェ村はチェルノブイリ原発事故によって放射能で汚染された。
しかし村の泉からは放射能が一切検出されない。
豊かな大地、奇跡の泉と共に暮らす人々を、坂本龍一の音楽と美しい映像で綴ったベルリン映画祭受賞作。”
【内容抜粋メモ】
本当に豊かな自然 その自然の移り変わりとともに生活する村人たちのたくましさ
ここが高濃度の放射能で汚染されているなんてとても思えない
村に住む唯1人の青年アレクセイのナレーションによって素朴な村人の生活が描かれてゆく
“事故があった日、私はじゃがいもを掘って、家に戻った時だった
急に強い風が吹いて、雨が降り、すぐに止んだ 事故のことは何も知らされなかった
避難指示が出て、ほとんどの村人が去っていったが、私はこの村が好きだし
残る両親の手伝いがしたくて、残ることを決めた
国の人たちは、「ここにいたら病気になる」と言った
それを証明するために、村の泉の水を持ち帰って調べたら、放射能量はまったく検出されなかった”
ジャガイモが主食なのか、家畜の餌にもするので、1年分を収穫するのに
少数の老人たちではムリだから、近所同士手伝い合ったり、街に住む家族が帰ってきたりする
(日本と同じだね 私の母も昨日の電話で、そろそろジャガイモの苗を植えると話していた
とにかく、なんでも自分たちで作る自給自足っぷりに感服
これが本来のヒトの生活だと思った
カラダに合うだけ働いて、自然の恵みを必要な分だけもらって
収穫祭には感謝を捧げて歌って踊り、司祭を呼んで、奇跡の泉に祈りを捧げる
十字架をたて、イコンを「曲がってない?」と慎重に飾るシーン
糸を撚ってセーターを編んだり、生地を織ったり、
枝でカゴを作って、街に売りに行くが二束三文にしかならない
年金を受け取る時は「金持ちになったねえ!」なんてからかわれる
すぐに砂糖などの必需品を買って、あとは子どもたちに送る
“お金はほとんど必要ないんだ”
あとからこっそりウォッカを買って、その場ですぐコップを出して「飲むかい?」て言うお父さんw
アレクセイの誕生日には、ガチョウ?を料理して3人で祝った
他の家族は仕事で忙しくて来られなかった
母親は「早くいいお嫁さんが見つかりますように」と言うと
アレクセイ「いらないよ」と照れている
“お祭りで賑やかになったが、みんな昔話が多くなって、それが寂しい”
“ここでは馬がいないと仕事にならない トラクターもあるが、安く買ったものだから
兄が直してくれなきゃ今ごろは壊れている それでも年寄りばかりの村にはトラクターが大活躍する”
馬もステキだけれども、いつも自由に走り回って、アレクセイの前を尻尾を振って走る白い犬も可愛かった
ネコも2匹いて、殺したガチョウを調理する間、ずっと見ていて、おこぼれをもらっていた
70~80代の男たち4、5人が、井戸の腐った囲いを直すことになった
“洗濯する時に困ると2年ほど前から言われていた”
森に行き、木を伐り、釘も使わずに斧などで器用に角材にして仕上げていく見事な職人技には目を見張る/驚
“女たちのために頑張らないとな”“はじめよう そしたら終わるんだから”ってセリフもよかった
あんなに頑張って立派に作り上げて、ウォッカを飲んで休んでいたら、アレクセイのお母さんがやって来て
「あなたたちはお酒を飲んで、すっかり休んでるけど、あれじゃ洗濯するには狭すぎるわよ!」てww
夫「あれはいつも文句が多いんだ 気にしないでくれ」
ここでも音楽はヒトの心の支えとなっている
刺繍をしながら鼻歌を歌ったり、水汲みをしながらアレクセイの歌う哀しい恋の歌も感動した
あの井戸の水は、今も清いまま湧き出ているのだろうか?
どんなにヒトの手によって荒らされたとしても、自然はやがて復活する
よく“地球が危ない”と言うけれども、危ないのはヒトのほうだ
ヒトがいなくなったとしても、自然は残り、また再生する
映画『あたらしい野生の地ーリワイルディング』(ネタバレ注意)@渋谷アップリンク
アヌップ・シャー写真展 「マサイマラ」@コニカミノルタプラザ(2016.11.22) ほか
●「ベラルーシ再訪2017」(2017年 25分 予定)
trailer
“2017年3月11日、本橋成一は12年ぶりにベラルーシ・ブジシチェ村を訪れ、
今は故郷を離れたアレクセイと一緒に村を歩いた。翌日はナージャ一家を訪ねる。
事故から31年経って、ベラルーシの人々はどのように暮らしているのか。最新レポート。”
【内容抜粋メモ】
前2作の場所と人々を訪ね、今の様子と比較するという短篇
時間があれば『ナージャの村』も観たくなった
2つの村に住んでいるのは、今では老人1人ずつのみ?!
アレクセイのお父さんも、娘の働く病院で1年間寝たきりの後に亡くなってしまった
それでも、奥さんは懐かしく本橋さんらを迎え入れてくれて、夫たちの眠る墓へも案内してくれた
アレクセイは、今では村から離れた場所の保育園の掃除などをして生計を立てている
本橋「今でも村に戻りたい?」
アレクセイ「いいえ、そうは思わない」
『ナージャの村』に出演した家族に集まってもらって「変わらないねえ!」と本橋さん
家にあがり、ごちそうを頂いた
本橋「あれから、あの家族はどうなったのか、と日本でよく聞かれるんですよ」
それから、映画で撮影した村を訪ねる 今住んでいるのは高齢の女性1人
最初は取材拒否していたが、訪ねるとやはり懐かしんで家に招いてくれた
「送ってくれた写真集を見て、懐かしんでいますよ」
当時撮った写真を見せると、「彼も、彼も亡くなった」と顔を曇らせる
ヒトの住まなくなった家は荒れ果て、雑木林に戻っていた
おじさんが言っていた言葉が耳に残った
「天国なんていらない 故郷をくれれば」
***
本橋成一さんが、映画のパンフレットにサインをしながら、
お客さんと気さくに話されていたので、私もサインが終わるのを待ってから話をさせてもらった
Q:東日本大震災とチェルノブイリとの違いは何でしたか?
A:同じです 全然、違いはない みんな故郷に帰りたくても帰れない状況
Q:高齢者の方は、放射能汚染で亡くなられたんですか?
A:いや、老衰で 観ていただいた通り、撮影した時すでに70代、80代だったので
Q:子どもさんの中には、甲状腺を患っているのと放射能が関係しているのではってニュースもありますよね?
A:そう、だから子どもがいる家族は皆避難して村を離れてしまった
Q:自然は残っていたけれども、動物たちもいなくなっちゃったんですか?
A:動物はいます イノシシとか でも、動物たちもいつまであすこで生き続けていられるかどうか
Q:村の人たちが自給自足で豊かに暮らしていることに感動しました お金なんて必要ないんじゃないかと思った
A:まったく必要ないわけではない やっぱり中国から安いモノが入ってきたりして、生活の形態は変わってきてます
Q:ニンゲンの経済活動が自然を破壊していますよね 原発も最初は経済を潤すと宣伝して
A:そう だから、経済が問題
Q:国はあの村の復興にまったく力を入れてないんですか?
A:まったく何もしてないことはないけれども、貧しい国だから、なかなか復興が進まないのと
原発事故自体なかったことにしたいんですよね
Q:忘れてしまいたいってことですか 「困った人たち」って言っているのは、同じ国民なんですよね?
A:最初は政府が言い始めて、国民もそのうち同じように言い始めた
Q:日本と同じですね 避難生活をしている人たちへの差別とか
A:同じなんです
“原発避難いじめ” 子どもに何が?大人はどうする?@週刊ニュース深読み
Q:私も震災当時は、節電とかしてたけれども、今はそれほど気にしなくなってしまった
クリーンエネルギーの電気を選ぼうにも、とっかかりがなくて 電気のない生活に急には戻れないし、もどかしいです
A:とにかく原発はなくすべき 電気のない生活に戻すのはムリかもしれないけれども
村の人々は、原発による恩恵は何も受けてないのに、あんな風になってしまったんですよ
チェルノブイリ原発で作った電気は、他の地域へと送られていた
Q:東北で作った電気が、関東で使われているのと同じですね
A:同じなんです
Q:どうしたらいいんでしょう? 巨大な負の遺産を子どもの、そのまた子どもの、、、世代まで残すことになってしまって
A:本当にそこですよね 一歩一歩少しずつやっていくしかないのかもしれない
チラシの中から丸木夫妻の写真展も薦めてくださったけれども、埼玉県松山市の「丸木美術館」はちょっと遠いなあ・・・
原発事故のことを、国も国民も“なかったことにしたい”ということを聞いて胸が詰まった
[その他のチラシ]
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『セバスチャンおじさんから子どもたちへ 放射線からいのちを守る』
『カリーナのりんご チェルノブイリの森』(子どもの未来社)
『希望の国』(2012)
『1億3000万人の自然エネルギー』(講談社)
チェルノブイリ原発事故から30年目
※読書感想メモリスト3の[原子力発電所]も参照