■シリーズ 戦後70年 第4回 精神障害者の戦後 ―病院か地域か―@ハートネットTV
今年は、太平洋戦争から71年目。
去年録りためた録画を1つ1つ観て、その都度アップしていこうと思う。
【内容抜粋メモ】
●都内にある「こらーるカフェ」
ここで働いているのは精神障害のある人たち25人。
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右側の女性は病気が回復してきたにも関わらず、20年以上病院で暮らしていた。
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似たようなケースは多い。それは戦後の歴史と深く関係している。
終戦直後、多くは自宅に閉じ込められていた。
その後、経済成長の影で「精神障害者は危険な存在」と考えられて、病院に隔離・収容されていく。
職員による暴力で亡くなる事件も相次いだ。
その後、当事者たちが、当然の自由と尊厳を守るために声を上げた。
●日本における精神障害者をめぐる現状は世界とくらべて特殊
(話を聞いたら、海外も昔は酷かったよね。ショック療法とか、拘束服とか、薬漬けとかetc...今でも偏見はあるだろう
長期入院者が突出して多いのが特徴
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「社会的入院」
入院治療の必要がなくなったにも関わらず、地域に受け皿がなく、退院ができない。
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「40~50年という方もいる」
●日本の精神医療の歴史
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「病院に入れろ」
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日本でもっとも古い精神科病院の1つ
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まるで犯罪者・・・無知、集団心理の怖さが垣間見れる
終戦直後まで精神障害者がどんな状況に置かれていたかを示す写真がある。
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「私宅監置」自宅の一部で監禁されるのが一般的だった。
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「監護より“監禁”といったほうがいいですね。
家屋に接した小屋に閉じ込められている。風の吹き込む小屋もあった」
1950年 「私宅監置」を禁止し、病院で治療することを基本とした。
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初めての全国調査を実施。多くの精神障害者が治療を受けられていないことが分かった。
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[病院数が危機的に足りないことを報じた番組]
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岡田:
精神科医でない人、産婦人科医や結核療養所、パチンコ屋で儲けた人が金を出して病院を開設したりしていた。
当時は、国が治療とはいえない詰め込みを公認していた。
国は精神科病院を増やす施策を打ち出す。
「精神科特例」
精神科の医師の数は、他の診療科の1/3、看護師は2/3でよいとした。
これにより、少ない病院で大勢を入院させる病院が増えた。
カギで患者を閉じ込めるなど、治療より収容。
●ライシャワー事件
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さらに隔離・収容を進めたのは「高度経済成長」の最中。
東京オリンピックで町が整備される中、ある事件が起こった。
統合失調症の少年が当時のアメリカ大使を刺した「ライシャワー事件」。
メディアは一斉に「精神障害者を野放しにするな」と報道。
「病院に隔離すべき」という風潮がさらに強まる。
結果、地域で暮らせるはずの精神障害者までが自由を奪われた。
(今でも凄惨な事件が起きると「頭のおかしな人が多いからねぇ」なんて声もあるものね
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「ノーマライゼーション」
1990年代から欧米で進められた、障害者も健常者も平等に暮らせる社会を実現しようという動き。
山本:
隔離して閉じ込めておけばいいという“安上がり”の管理で対応された。
患者の、人として当然の権利が大事にされなかった。
●地域で生きる模索~1970年代
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1968年、日本で初めてすべての病棟にカギをかけない開放型の精神科病院として造られた。
記録映画
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「この病院にはカギと鉄格子がない。閉じ込めることはココロを病むヒトを癒やすはずがない。問題はどうカギが外せるかだ」
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週末は病院内でディスコが開かれ、地域の人と踊った。
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この病院をつくった石川さん
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石川:
自由を増やすことで患者自身の力を引き出せると考え、実際に病棟の雰囲気は変わった。
患者さんの顔に、ある程度の笑顔、お互いに助け合ったり、話し合ったり、
何か得体の知れないものがいる印象から“ここにも人間がいる”というような、
病棟の中が明るい感じになってきた。
「共同住宅」
家族と疎遠になるなど、退院後に行き場のない患者の支援にも取り組んだ。
6畳1間に1人ずつ。病院スタッフは毎日訪問し、慣れない退院後の暮らしを支えた。
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中田:
笑顔ですね。穏やかな表情と笑顔。
帽子とポロシャツを着て、自転車で行き交いしているのを見ると、病院の風景とまるで違いますから。
ここで暮らす中でその人らしさが出てきた。
しかし、こうした取り組みに国や自治体の補助はなかった。費用はすべて病院もち。
精神医療の体質は変わらなかった。
石川:
全国の中で開放自由化の集まりもあったし、人々も輩出したけれども、
病院は損失ばかり被っていく。そういう運動は広がらない。
国の地域化・開放自由化運動を経済面で後押しする仕組みができなかった。
山本:
ヒトとして大事にされると誰でもほっこりしていろんな力が出てくる。
普通に散歩したいという気持ちを出せることで自信につながる。すごくホッとする。
そのための人手、予算化する必要があった。病院だけのせいではない。
地域の偏見、メディアの差別の目と対峙しながら、サポートする必要がある。
●1990年代~立ち上がった患者たち
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きっかけは相次いだ患者への暴力事件。職員の暴力により2人の患者が亡くなった(今でも介護や保育所などで似たようなことがあるけどね
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患者への日常的な暴力、強制的に働かせる、などが明らかとなった。
他の地域でも相次ぎ、国際的にも大きな非難を浴びた。
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[大阪精神医療人権センター]
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患者や家族からの電話相談を開始したところ、暴力、虐待、プライバシーの侵害など閉ざされた病院の体質が分かった。
山本さんらは、府内に実態調査を申し入れ、渋る病院を説得し、実現にこぎつけた。
トイレに囲いがないなど、人権を無視した設備には改善をうながした。
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患者のプライバシーを守るカーテンやついたての設置を要望、
電話、面会に厳しい制約がある病院には、患者の自由を訴えた。
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1つ1つ病院を回って、調査結果を公表し、今では府内にある60すべての精神科病院が訪問を受け入れている。
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●当事者だったからこそできること
山本:
管理の厳しい病棟に行くと、空気が凍りついたみたいにピーンと緊張感が高い。みなさんが沈黙している。
あれ、おかしいな、と思って「どうして公衆電話が2mも高い所に置いてあるんですか?」と聞いたら、
病院側は「刺激のカットが治療上大事なんだ」と言った。
必要な情報が提供されないと、未来を描くこともできない。
家族の声を聞きたいという当たり前の気持ちを踏みにじられる。
「トイレでなら話せる」ということを目で合図されて、実際の話を聞くことができた。
力をもっていない患者の言葉が、当事者なら分かる。
キャッチボールしていける関係を第三者が作ることが大事。
病院もいろんな関係が積み重なって、だいぶ努力して変わっていって、医療機関らしく変わってきたところが増えた。
●なるべく早く退院して、地域で暮らす
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都内の精神科病院に月2回訪れる「NPOこらーるたいとう」のメンバー。
入院患者の訪問が目的。長い入院で単調な生活を繰り返すと、退院する意欲を失いがち。
メンバーが話すことで希望を引き出し、勇気づける。
「NPOこらーるたいとう」のメンバーも入院経験がある。同じ境遇だったからこそ、本音で話せる。
具体的なイメージがもてるよう、住まいや、仕事の相談にものる。
メンバーの加藤さん「ハローワークは、敷居が高い感じはほんとにないの。みんなすごく気楽に来てるよ」
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「また復活してやりたいと思います」
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「人並みの生活がしたいです。中にずっとこもっていると浦島太郎や浦島花子になってしまう」
加藤:
当事者の人を病院が受け入れて、こういう風に動いていくというのは大事だし、
最初は大変かもしれないけど、もっともっとお互いに、入院している人を退院させていくお手伝いをするのは大事。
山本:
地域に出たら、あんな風に暮らせるんだなっていう自信がわくと思う。
困った時に尋ねられる安心感、“添え木”になること
弱った時、どうしようって思った時に「あの人たちに相談してみよう」って思い出してくれたら。
「ピアサポート」
当事者同士が支え合う活動。精神障害者のピアサポートは2000年以降、各地で広がっている。
国や自治体もようやく支援に動き始めた。
●ここから学べること
山本:
“精神障害”っていうと分かりにくい言葉になるけれども、悩んだ時のココロの弱さ、ゆらぎを“悩む力”と捉えること。
関わりをもつことが出来れば、閉鎖空間に閉じ込めるのではなく、地域の見守りの中で関係を作っていける。
サヘル:
自分も関わり方が分からなくて、「専門の方に任せておけばいいんだ」って思っていた。
薬ではなく、人と人がお互い癒やすこともできるから、自分たちができることもあるんだなと分かった。
今年は、太平洋戦争から71年目。
去年録りためた録画を1つ1つ観て、その都度アップしていこうと思う。
【内容抜粋メモ】
●都内にある「こらーるカフェ」
ここで働いているのは精神障害のある人たち25人。
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右側の女性は病気が回復してきたにも関わらず、20年以上病院で暮らしていた。
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似たようなケースは多い。それは戦後の歴史と深く関係している。
終戦直後、多くは自宅に閉じ込められていた。
その後、経済成長の影で「精神障害者は危険な存在」と考えられて、病院に隔離・収容されていく。
職員による暴力で亡くなる事件も相次いだ。
その後、当事者たちが、当然の自由と尊厳を守るために声を上げた。
●日本における精神障害者をめぐる現状は世界とくらべて特殊
(話を聞いたら、海外も昔は酷かったよね。ショック療法とか、拘束服とか、薬漬けとかetc...今でも偏見はあるだろう
長期入院者が突出して多いのが特徴
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「社会的入院」
入院治療の必要がなくなったにも関わらず、地域に受け皿がなく、退院ができない。
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「40~50年という方もいる」
●日本の精神医療の歴史
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「病院に入れろ」
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日本でもっとも古い精神科病院の1つ
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終戦直後まで精神障害者がどんな状況に置かれていたかを示す写真がある。
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「私宅監置」自宅の一部で監禁されるのが一般的だった。
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「監護より“監禁”といったほうがいいですね。
家屋に接した小屋に閉じ込められている。風の吹き込む小屋もあった」
1950年 「私宅監置」を禁止し、病院で治療することを基本とした。
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岡田:
精神科医でない人、産婦人科医や結核療養所、パチンコ屋で儲けた人が金を出して病院を開設したりしていた。
当時は、国が治療とはいえない詰め込みを公認していた。
国は精神科病院を増やす施策を打ち出す。
「精神科特例」
精神科の医師の数は、他の診療科の1/3、看護師は2/3でよいとした。
これにより、少ない病院で大勢を入院させる病院が増えた。
カギで患者を閉じ込めるなど、治療より収容。
●ライシャワー事件
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さらに隔離・収容を進めたのは「高度経済成長」の最中。
東京オリンピックで町が整備される中、ある事件が起こった。
統合失調症の少年が当時のアメリカ大使を刺した「ライシャワー事件」。
メディアは一斉に「精神障害者を野放しにするな」と報道。
「病院に隔離すべき」という風潮がさらに強まる。
結果、地域で暮らせるはずの精神障害者までが自由を奪われた。
(今でも凄惨な事件が起きると「頭のおかしな人が多いからねぇ」なんて声もあるものね
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「ノーマライゼーション」
1990年代から欧米で進められた、障害者も健常者も平等に暮らせる社会を実現しようという動き。
山本:
隔離して閉じ込めておけばいいという“安上がり”の管理で対応された。
患者の、人として当然の権利が大事にされなかった。
●地域で生きる模索~1970年代
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1968年、日本で初めてすべての病棟にカギをかけない開放型の精神科病院として造られた。
記録映画
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「この病院にはカギと鉄格子がない。閉じ込めることはココロを病むヒトを癒やすはずがない。問題はどうカギが外せるかだ」
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週末は病院内でディスコが開かれ、地域の人と踊った。
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この病院をつくった石川さん
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石川:
自由を増やすことで患者自身の力を引き出せると考え、実際に病棟の雰囲気は変わった。
患者さんの顔に、ある程度の笑顔、お互いに助け合ったり、話し合ったり、
何か得体の知れないものがいる印象から“ここにも人間がいる”というような、
病棟の中が明るい感じになってきた。
「共同住宅」
家族と疎遠になるなど、退院後に行き場のない患者の支援にも取り組んだ。
6畳1間に1人ずつ。病院スタッフは毎日訪問し、慣れない退院後の暮らしを支えた。
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中田:
笑顔ですね。穏やかな表情と笑顔。
帽子とポロシャツを着て、自転車で行き交いしているのを見ると、病院の風景とまるで違いますから。
ここで暮らす中でその人らしさが出てきた。
しかし、こうした取り組みに国や自治体の補助はなかった。費用はすべて病院もち。
精神医療の体質は変わらなかった。
石川:
全国の中で開放自由化の集まりもあったし、人々も輩出したけれども、
病院は損失ばかり被っていく。そういう運動は広がらない。
国の地域化・開放自由化運動を経済面で後押しする仕組みができなかった。
山本:
ヒトとして大事にされると誰でもほっこりしていろんな力が出てくる。
普通に散歩したいという気持ちを出せることで自信につながる。すごくホッとする。
そのための人手、予算化する必要があった。病院だけのせいではない。
地域の偏見、メディアの差別の目と対峙しながら、サポートする必要がある。
●1990年代~立ち上がった患者たち
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きっかけは相次いだ患者への暴力事件。職員の暴力により2人の患者が亡くなった(今でも介護や保育所などで似たようなことがあるけどね
Image may be NSFW.
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患者への日常的な暴力、強制的に働かせる、などが明らかとなった。
他の地域でも相次ぎ、国際的にも大きな非難を浴びた。
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[大阪精神医療人権センター]
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患者や家族からの電話相談を開始したところ、暴力、虐待、プライバシーの侵害など閉ざされた病院の体質が分かった。
山本さんらは、府内に実態調査を申し入れ、渋る病院を説得し、実現にこぎつけた。
トイレに囲いがないなど、人権を無視した設備には改善をうながした。
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患者のプライバシーを守るカーテンやついたての設置を要望、
電話、面会に厳しい制約がある病院には、患者の自由を訴えた。
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1つ1つ病院を回って、調査結果を公表し、今では府内にある60すべての精神科病院が訪問を受け入れている。
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●当事者だったからこそできること
山本:
管理の厳しい病棟に行くと、空気が凍りついたみたいにピーンと緊張感が高い。みなさんが沈黙している。
あれ、おかしいな、と思って「どうして公衆電話が2mも高い所に置いてあるんですか?」と聞いたら、
病院側は「刺激のカットが治療上大事なんだ」と言った。
必要な情報が提供されないと、未来を描くこともできない。
家族の声を聞きたいという当たり前の気持ちを踏みにじられる。
「トイレでなら話せる」ということを目で合図されて、実際の話を聞くことができた。
力をもっていない患者の言葉が、当事者なら分かる。
キャッチボールしていける関係を第三者が作ることが大事。
病院もいろんな関係が積み重なって、だいぶ努力して変わっていって、医療機関らしく変わってきたところが増えた。
●なるべく早く退院して、地域で暮らす
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都内の精神科病院に月2回訪れる「NPOこらーるたいとう」のメンバー。
入院患者の訪問が目的。長い入院で単調な生活を繰り返すと、退院する意欲を失いがち。
メンバーが話すことで希望を引き出し、勇気づける。
「NPOこらーるたいとう」のメンバーも入院経験がある。同じ境遇だったからこそ、本音で話せる。
具体的なイメージがもてるよう、住まいや、仕事の相談にものる。
メンバーの加藤さん「ハローワークは、敷居が高い感じはほんとにないの。みんなすごく気楽に来てるよ」
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「また復活してやりたいと思います」
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「人並みの生活がしたいです。中にずっとこもっていると浦島太郎や浦島花子になってしまう」
加藤:
当事者の人を病院が受け入れて、こういう風に動いていくというのは大事だし、
最初は大変かもしれないけど、もっともっとお互いに、入院している人を退院させていくお手伝いをするのは大事。
山本:
地域に出たら、あんな風に暮らせるんだなっていう自信がわくと思う。
困った時に尋ねられる安心感、“添え木”になること
弱った時、どうしようって思った時に「あの人たちに相談してみよう」って思い出してくれたら。
「ピアサポート」
当事者同士が支え合う活動。精神障害者のピアサポートは2000年以降、各地で広がっている。
国や自治体もようやく支援に動き始めた。
●ここから学べること
山本:
“精神障害”っていうと分かりにくい言葉になるけれども、悩んだ時のココロの弱さ、ゆらぎを“悩む力”と捉えること。
関わりをもつことが出来れば、閉鎖空間に閉じ込めるのではなく、地域の見守りの中で関係を作っていける。
サヘル:
自分も関わり方が分からなくて、「専門の方に任せておけばいいんだ」って思っていた。
薬ではなく、人と人がお互い癒やすこともできるから、自分たちができることもあるんだなと分かった。