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内田百?『東京日記 他六篇』(岩波書店)

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『東京日記 他六篇』(岩波書店)
内田百?/作 川村二郎/解説

先日『ノラや』(中央公論社)を読んで、すっかり魅了された内田さんの文章の世界。
友だちが教えてくれた、内田さんの旧友が亡くなった話が収められているのは本書かと思ったが違ったかな?

内田さんの文体の最大の魅力は、なんといっても旧仮名づかいにあるから、
図書館で借りる際にも、もっとも発行年が古いものを選んだが、それでも1993年で、
巻末に弟子の中村武志さんさんが、師匠があれほどこだわっていた仮名遣いを現代の諸事情により、
文庫にかぎって一部新仮名遣いに変えざるを得なくなって、非常に恐縮すると共に謝罪しているあとがきが身につまされた

「幸いにして、霊界で師にお目にかかることを得れば、まず新漢字、新仮名づかいに
 勝手になおしたことをお詫びし、ひたすらにお許しを乞うつもりである」


【内容抜粋メモ】

「白猫」
旅館の隣りに泊まった不思議な男女。旅館内を縦横無尽に跳びまわる白猫


「長春香」
英文科生徒で独逸語を習いに来た女性・長野初。
いろいろ厳しい注文にも関わらず真面目に勉強していたが、9月1日に起きた関東大震災と、それに続く大火で消息が途切れ、
心配して初の自宅を訪ねると焼け跡に曲がった花瓶を見つけて持ち帰る。途中、累々と焼死体が転がっていた。
もう初も生きてはいまいと諦め、仲間同士で追悼会を営み、酔った勢いで位牌まで闇鍋に入れてしまうシーンにはビックリした


「柳〓校の小閑」
盲目の筝師匠の愛弟子とも言える女性・三木から「また稽古をつけてほしい」と頼まれる。
身の回りの世話をする手引役の伊進に小言を言って気まずくなった後、伊進は病気になって亡くなってしまった。
英子という弟子にも教えていて、あまりに集中していないことに怒り
琴爪をした手で打って知らずに怪我をさせていたことが仲間内でも噂となる。
あと少しで難しい1曲が終わるというところで三木はぱったりと来なくなり理由も分からないまま時が経つ。
後で再会し、見合い話があったけれども断っってしまい、ゴタゴタしていたとのこと。
三木もまた大震災で軍港の町で焼け死んだか、崖崩れに巻き込まれてしまったか消息不明となる。
師匠はもやもやした思いも長年ののちには落ち着いていたが、その後、三木に教えていた「残月」を誰にも教えていない。

「今はつてだにおぼろ夜の月日ばかりはめぐり来て」

●気になる言葉
晴眼=目が見える人のこと
歔欷(きょき)=すすり泣くこと。
六ずかしい


「青炎抄」
これまた夢日記みたいな短編が連なった不思議な話ばかり。
昔、世話をしていた女中が瀕死だからと見知らぬ男が何度も訪ねてきたり、
「“もる”(雨漏り)ほど怖いものはないというお婆さんの話を聞いた虎と狼が一目散に逃げた」ってゆう落語みたいな話や、
なにか事情があって殺人をしてしまった知人を知らずに訪ねてしまい、告白を聞いてしまう話、
美人で気の利く女中に郷里から男が訪ねてきて、見合い話を持ってくるが断るとしつこく家にあがってきて話がもつれ、
女中は男がいなくなった翌朝ふいに姿を消し、庭の柘榴の下枝にその男がぶら下がっていた話、
盲目の主人のもとに来た派出婦(一般家庭からの求めに応じ、出向いて家事などをする女性)の話など。


●気になる言葉
抽斗(ひきだし)
草臥(くたび)れ休み←学校にこんな休みがあったのかな?
愚図愚図する
機み(はずみ)
嫣然(えんぜん)=にっこりほほえむさま。美人が笑うさまについていう。


「東京日記」
こちらも不思議な短編集。
用事があって丸ビルに行ってみると、がらんとした跡地になっていて、誰も気にしていない様子。
でも日を改めて行ったら、ちゃんとビルはあって、そこに勤める知人も「昨日は都合で休んだ」というばかり。
死んだ甘木さんが何年か前に死んだ時のままで寝ているところを見た話とか、
初めてトンカツ屋に連れて行ってもらったら、お客の顔が獣に変わっていたり、
盲学校で手をつないで踊っている輪の中に、なぜか山羊が混ざっていたり(可愛いかも
夜や昼間にも往来に馬が突然現れて危険だって噂が流れる話とか、
日比谷公会堂の一番後ろの席からヴァイオリン奏者を見ていると奏者も楽器も
“音の工合によっては幅広になったり、厚くなったりして、仕舞にはやわらかい餅を見ている様な気がした”てw
同窓会で隣りの席の男に職業を聞くと「僕は君、実は泥坊をやっているよ」てゆうのも可笑しいw

タイトル通り、“本郷から小石川に帰るのに、真砂町から春日町へ・・・”なんて、
今でもなんだか目に浮かぶような地名や景色がその都度書かれていて面白い。

●気になる言葉
餉台(ちゃぶだい)
飛行機の査証=ビザ
肉叉(フォーク)


「南山寿」
ちょっと著者の自伝的要素もある作品。トラブルがあって大学を辞めてから、奥さんも亡くなって(これはほんと?
所在ない感じになったところに、馬と接触しそうになった女性を助ける事件があって、彼女は偶然にも教師仲間。
それが縁で家にも遊びに行ったり、外で食事をする仲になり、まだまだ動けるうちに次の仕事や、
再婚などのこともうっすら考えている著者。女のほうも夫と離縁して、そのつもりな雰囲気を醸し出している。

しかし、著者が辞めた後に入った新卒教師の男が、最初は授業の仕方について教えてほしいと急に訪ねてきてから、
女性と一緒の時は必ず同じ店に居合わせては腰を落ち着けて、妙な勘ぐりをしたりするまったく気分の悪い奴で、
しかも「大学にちょくちょく先生のところの女中が来る」などと嘘か本当か分からないことを言い出す。
子連れの女中も、なぜか気を利かせたようにぷいっと家を出てしまうが、そのすぐ後に女性が来て掃除などしてくれる。


●気になる言葉
余っ程
糟糠の妻(そうこうのつま)=貧しいときから一緒に苦労を重ねてきた妻。「糟糠」は酒かすと米ぬか。貧しい食事の形容。
転手古舞(てんてこまい)
去就=どう身を処するかの態度。進退。


「サラサーテの盤」
これは以前も書いたからリンクのとおり。でも、やっぱり読んでしまう。何度読んでも味わい深い逸品。


【川村二郎さんによる解説メモ】
スタティック=静止しているさま。静的。
永井荷風『日和下駄』:“街歩きの愉しみを心得た趣味人の漫文”だそうな。読んでみたいかも。
漫文=1.思いつくままに書いた、とりとめのない文章。2.こっけい・風刺をまじえた、くだけた文章。
万物照応

内田さんは少年時代から琴も習っていて、音楽愛好、特に絃楽器への愛着があるそうな(なんでもこなすねえ/驚
文章の中にときどき出てくる“散らかった気持ち”“片づかない相手”などの言い方がとても気に入っている。


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